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第三章 身分VS自由
第23話 これが私のけじめ
次の日私が久しぶりに登校すると、事態は一変していた。
(これは…なんていうか)
ほんの数日前まで意気揚々と私に気に入らないわ!宣言したあのカレンシア・エルメアが、なんと孤立していたのだ。
ずらりと並んでいた取りまき達はすっかりといなくなり、誰も彼女を見ていない。
そして、当然のようにあった嫌がらせはパタリと止み、それをしていた連中は皆、気まずそうに眼をそらしたり、そわそわしてどこか落ち着かない。
(うーん…恐ろしいほどの手のひら返し…)
「あ、あの…」
「!何?」
おずおずと声をかけてきたのは…私の一つ前の席に座っていた、困り眉の女の子だった。
ヤバ、名前を憶えていない。
「ええと…?」
「あの、その…ククナ=リムノ、です…えっと、怪我したって 聞いたけど その」
顔を真っ赤にして、うつむきながら…という仕草が、なんだかとても可愛らしい。
この初々しさは…とうの昔に失ったわ。
「だ、大丈夫?…痛く ない?」
「ありがとう、リムノさん。大したケガじゃないから平気よ」
「!よ、良かった…あの」
「リッハシャル=ルドヴィガさん」
せっかくいい雰囲気だったのに…それをぶち壊したのは、どうやら先日見た年配の男性教官だった。
落ち窪んだ瞳はちらりと私を窺う。
「ちょっと話があるんだが」
「………」
教官室の中――
あまり広くはない部屋には、きっちりと向かい合わせに並べられた椅子が二脚、それに大きなテーブルが一つ。年配の教官は落ち着きがない様子で貧乏ゆすりをし、眼鏡を中指でクイッとあげた。
「その…君が、一部の生徒に…あー…何かこう、不快な思いをしていたと…聞いたのだが?」
「不快な思い…それって例えば、物を隠されたり、水をかけられたり色々された、とか?」
「こほん、…ちなみに、そのケガはそれが原因ではないんだね?」
(ん?何か引っかかる言い方)
「直接的な原因ではありませんけど…」
「そ、そうか!良かった!」
「よかった…って?」
私が一度じろりとにらみつけると、教官はあせあせと言葉を重ねて取り繕った。
「あー…ほら、事故であれば、我々の責任問題になるだろう?でも」
「私が勝手に転んで怪我しただけなら、関係ない、と?」
「あ、いや。足元不注意というのは誰でもあるわけで」
(ふうん…、つまりは、私が全部自己責任で一人で勝手に怪我をしてしまいました!そう言わせたいってことね)
「でも、私が怪我したのは旧校舎なんですよね。…本当は立ち入ってはいけない場所なのに入り込んでしまった私も悪いけど…あんなにボロボロで床が抜けるなんて思わなくて」
「え?あ…ま、まあ旧校舎は、ほら」
「でも、エイデン侯爵家のご兄弟も一緒に落下してしまった時、かばってくれたからこの程度で済んでいるんです」
「!それは…ぐ、偶然では?」
「はい、偶然です」
あ、教官の顔がみるみる強張っていく。
「あ…でも、偶然なんて、みんな不思議に思うかな…」
「え?!」
ちらりと教官を盗み見ると…あら、一人で百面相してる。
「そ、そんなことは…ないんじゃ?」
「わたし一人ならともかく…エイデン侯爵家の二人も一緒だもの。これがただの偶然なら、その時何があったか、みんな詮索したがるでしょうね!」
「…っ か、確認だが…なぜリッハシャル君は旧校舎に…?一体誰に何をされ」
ほうら、かかった。
「…先ほど、教官が仰いましたよね?何か不快なことはされていないか、と」
「……そ、それは」
「教官は、私に誰かの名前を挙げさせたいのですか?」
強張った顔がふ、と脱力して今度は赤くなってるわ。
「こちらとしては…穏便に済ませたい」
「あ!穏便…って、便利な言葉ですよね!」
「…っ」
「でも」
私は一呼吸おいた。
穏便なんて生ぬるいことで済ませようだなんて、そうはさせない。
「……私は、個人の処罰ではなく、等しく穏便に全員で済ませればいいのに、と思います。」
「そ、それでいいのか?」
「はい。だから…一つ、提案があるんです」
「よ、よし。なんでもいい!何なら君の評価を…」
「あ、私。教官の力がなくても、実力で行けるんで、それはいらないです」
「うぐ」
(なんか…思った以上に腐ってるわね。この学園の教官…みんな、こんなのばっかりなの?)
「旧校舎…って。王族の方がとても大事にされていたって聞きました」
「え?!」
「私も王族に仕える貴族の一員として…勿論皆さんもそうだと思いますが、全員連帯責任で旧校舎の清掃をするのはどうでしょう?!」
「れ、連帯責任…?!」
「迷い込んだ時、あまりの荒れ放題ぶりに驚きました。放置しておくと危険だと思うし…色々な方の認知も踏まえて大々的に清掃しませんか?そうしたら、きっと王族の皆さんも喜んでくれると思うんです!!」
「そ!それは…ちょ、ちょっと待て。いや、だがそれは」
「何か不都合でも?それなら私、やっぱり全部を告白して学園で問題定義を」
「あ―――!わかった!ならこうはどうだろう?!旧校舎ではなく、クラス全員でその周りの清掃!!中は危険だからな!!!」
「………わかりました。では、それで。あ、ちゃんと日にち…決めてくださいね?」
言うよりも早く、私は席を立つ。
(何よ、あからさまにほっとしたような顔して。まあでも…一石は投じれたかな?)
どことなく清々しい気持ちで外に出ると、くるくる巻いた内巻きの髪はふわりと揺れると、私を見てほっとしたように笑った。
――ククナだ。
「あ…!」
「もしかして…気にして、待っててくれたの?」
「えっと、うん…その、大丈夫かなって」
「え…」
あ、何だろう。ちょっと泣きそうになった…ここ一最近、色々あったからかな?
普通ってなんていとおしいんだろう。
「…あの、実は、私今まで一度も学園食堂に行ったことないんだ。リムノさん良かったら、これから一緒に行かない?お腹すいちゃって」
「!うん…っ」
(嬉しい。これよこれ…これが日常であるはずなのよ…!)
そうして、私は心の中で本日二度目のガッツポーズをかましたのだった。
「あのね、リッハシャルさん。食堂って…私も行ったことないの」
「そうなの?」
「うーん…あそこって、一人じゃ行きにくいっていうか。学園の全生徒が集まる大きな講堂でしょう?ちょっと、気後れしちゃって」
「そっか…名だたる名家の人たちが一堂に集まる場所だものね…」
この学園にはいる時、簡単な校内案内の説明があるんだけど…初めて見た時、あまりの広さに驚いた。
その中でも食堂は校内の独立した場所にあって、高等科も中等科も両方利用できる。そのため、普段は合わない上級生達と目に書かれる絶好の場所ということで、一種の社交訓練の場になっているらしい。
「私は特に…その、リッハシャルさん達と少し、違うんだ」
「そうなんだ…?」
校舎と校舎を繋ぐ回廊を進んでいくと…なにやら物凄い人だかりに遭遇した。
「な、何だろう…女の子ばっかり…??」
ククナはそう言うと、何となく私の後ろに隠れた。
「あ、ごめん…その、人ごみ苦手で」
「いいよ、大丈夫…と、言うかあれって」
黄色い声援と、女の子達のハートが乱舞する中心にいるのは…燃えるような赤い髪、あの人は入学式に一度だけ遭遇した。
(あ…セフィール=ヴァラモ?!うわあ、関わりたくないなあ)
「すごい人気だね…」
「うん…あ でも」
なぜか、セフィールは私の姿をとらえると、目を見てにこやかに笑った。
――え、なんでこっちを見るの?
「やあ。その美しい黒髪…ルドヴィガ伯爵令嬢だね」
「……そ、そうです けど」
さっと手をあげると、周りを取り囲んでいた女の子たちが一斉に左右に分かれ、花道を作る。
そしてすたすたとこちらに向かって歩いてくる…わあ、女の子たちは口々にあの子誰?とか、何よ…黒い髪?とか、大なり小なり、悪口雑言を無遠慮に投げかけてくる。
早々に立ち去りたいけど、あちらの方が色々と上…挨拶されたら、素通りはできない。
「……ええと、ごきげんよう」
いや、だめだ。しり込みしてはいけない…無難にやり過ごしてここから去ろう。
私に合わせてか、ククナも一緒に礼をする。
「君が食堂に来るなんて、珍しいね。一度も見たことがないな。どうだい?一緒に」
「…これから、友人と一緒に行くので。先輩もおひとりではないでしょう?」
「ああ…まあ、彼女たちは別に一緒、というわけでもないんだけど」
(いや、どう見てもあんたのファンでしょうが…ファンの面倒は最後まで見なさいよね)
「ここははじめてだろう?よければ、ルールを教えるよ。講堂は割と決まり事なんかが多いし」
「い、いいえ。恐縮です!」
それにしてもどうしてこう、ククナと友情を育むぞ!って時にみんな邪魔をするのよ…この、セフィール=ヴァラモはなんだか苦手。
すると、遠くの方でガラスが派手に割れた音がした。瞬間、ぱっとセフィールの視線が外れたので、ククナの手を取り、「急いでいるので、失礼します!!」と言って逃げ出した。
「あ…ふふ、そんなに警戒することもないのに」
セフィールの取り巻きの包囲網を何とか潜り抜ける。
「あ!ごめん、ククナ…急に走っちゃって…」
「え…う、ううん!」
途端に花が咲いたように笑った。
あれ?あ…しまった。つい、名前を呼び捨てにしてしまった。
「あ…うんと、ククナ、でいい?…私の事もシャルって呼んでいいよ」
「うん!よろしくね、シャルちゃん!」
(おお…ちゃん、呼び。なんて新鮮な響き…)
「あ、足元気を付けて」
「え?」
カシン、とガラスの破片を踏んでしまい、足をひっこめる。…コップだ。
(さっきの硝子、この音かな?…正直助かったけど)
「不注意で落としてしまってね」
「あ…」
茶髪の眼鏡先輩。
…入学式、私のリボンを拾ってくれた人だ。
「食堂ははじめて?」
「え?あ、はい…」
「なら…ここのAランチ、美味しいよ。座るときはそこのドアマンに声をかけて、案内してもらって。そうしたら、ウエイトレスがメニューとグラスを持ってきてくれるよ」
「あ…ありがとうございます」
「うん、それじゃ」
なるほど、なんか高級レストランみたいな感じで、私が想像する食堂とはだいぶ違ったようだ。
そして、また茶髪先輩はあっという間にいなくなってしまった。
「ねえ、なんであんたがここにいるの?」
「え?」
今度はなんだろう。
振り返ると…中等科の制服、私達と同じ学年の子だ。
「…あの」
「だって、あなた貴族じゃないんでしょ?」
そう言って…その子たちはククナを指さしたのだった。
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