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プロローグ
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もしも、現代の女子高生からスマホと自由を奪って、暗い部屋で「誰か」が来るのをただ待っていろなんて言われたら、私は一時間も持たずに発狂する自信がある。
私の名前は、倉橋 あかね。高校2年生。自分ではそれなりに気が強い方だと思っているし、恋愛だって「追う」より「追わせる」のがモットーだ。
そんな私が今、最も苦手とする「古文」の授業を受けている。
窓の外はジメジメとした梅雨時特有の空気で、教室内は微かにカビの匂いが混じった冷房の風が吹いている。
「……というわけで、この『蜻蛉日記』の作者、藤原道綱母は、平安時代の元祖メンヘラ女子と言ってもいいかもしれないわね」
教壇に立つのは、由佳里先生。ビジネススーツを完璧に着こなし、眼鏡の奥の瞳で男子生徒たちを(そして時々女子も)骨抜きにしているセクシーな女教師だ。彼女がチョークを持つたびに、スーツの生地がパツンと張って、その豊かな曲線美が強調される。
「先生、メンヘラってどういうことですか?」
私は思わず手を挙げた。由佳里先生はニヤリと笑い、教卓を指でトントンと叩いた。
「彼女の夫は、藤原兼家。当時の超エリートで、イケメン。でも、とんでもない浮気性だったの。彼女は彼を愛しすぎるあまり、彼が他の女のところへ行くたびに日記で呪詛を吐き、門を閉ざして締め出し、山に籠もって家出までした。……倉橋、あなたならどうする?」
先生の鋭い視線が私を射抜く。
「私なら……そんなクズ男、こっちからポイします。待っててあげるなんて時間の無駄ですよ。門を閉めるどころか、荷物を全部外に放り出しますね」
私がはっきりと言うと、クラスの男子数名が「怖ぇ……」と小さく呟くのが聞こえた。由佳里先生はクスクスと肩を揺らして笑った。
「そうね、それが現代の感覚だわ。でも、平安時代の女性にとって、夫の訪れは『すべて』だったの。経済的にも、社会的にもね。彼女は、その『不自由な愛』の中で、書くことによって自分を保とうとした。……ある意味、最強の自己表現よね」
由佳里先生の声が、心地よいリズムで耳の奥に響いてくる。
不自由な愛。待つだけの人生。
私には絶対に無理。もし私が彼女だったら、歴史を全部書き換えてやるのに。
……そんなことを考えていたら、急に視界がぐらりと揺れた。
「あかね……あかね……」
どこからか、懐かしくて少しだけ腹立たしい男の声が聞こえたような気がした。
「倉橋、大丈夫か?」
由佳里先生の声が遠ざかり、代わりに私の鼻を突いたのは、クーラーの冷気ではなく、重苦しいほどに甘くたき込められた「お香」の匂いだった。
……え?
目を開けると、そこには見たこともない高い天井と、薄暗い部屋が広がっていた。
由佳里先生は? クラスのみんなは?
パニックになりそうな頭を抱えようとして、自分の体の異変に気づく。腕を動かすたびに、ズッシリと重い絹の衣が擦れ、シュルシュルと耳慣れない音を立てる。下を見ると、何枚も重なった派手な色の着物が、私の体を引きずるようにして床に広がっていた。
床……。机じゃない。ツルツルに磨かれた冷たい板張りだ。
「……なに、これ。映画のセット?」
声を出すと、自分の声なのにどこか遠くから響いているような、妙な違和感があった。辺りを見回しても、スマホもカバンも、ましてや由佳里先生のセクシーなスーツ姿も見当たらない。あるのは、几帳だの御簾だのといった、博物館でしか見たことのないような古めかしい家具だけ。
私は、手に取ったばかりの筆を握りしめたまま、呆然と広い部屋の真ん中で固まっていた。
嘘でしょ。これ、もしかして……。
私は直感した。
さっき先生が話してた、あの『蜻蛉日記』の世界?
千年分溜まった「恨み」と「愛」の物語に、主役として放り込まれたっていうの?
状況が飲み込めてくるにつれ、呆然としていた頭にジワジワといつもの強気な感情が戻ってくる。
待つだけの女? 冗談じゃないわよ。
現代女子高生の意地にかけて、このクソみたいな平安婚活地獄をハッピーエンドに変えてやるんだから!
私の名前は、倉橋 あかね。高校2年生。自分ではそれなりに気が強い方だと思っているし、恋愛だって「追う」より「追わせる」のがモットーだ。
そんな私が今、最も苦手とする「古文」の授業を受けている。
窓の外はジメジメとした梅雨時特有の空気で、教室内は微かにカビの匂いが混じった冷房の風が吹いている。
「……というわけで、この『蜻蛉日記』の作者、藤原道綱母は、平安時代の元祖メンヘラ女子と言ってもいいかもしれないわね」
教壇に立つのは、由佳里先生。ビジネススーツを完璧に着こなし、眼鏡の奥の瞳で男子生徒たちを(そして時々女子も)骨抜きにしているセクシーな女教師だ。彼女がチョークを持つたびに、スーツの生地がパツンと張って、その豊かな曲線美が強調される。
「先生、メンヘラってどういうことですか?」
私は思わず手を挙げた。由佳里先生はニヤリと笑い、教卓を指でトントンと叩いた。
「彼女の夫は、藤原兼家。当時の超エリートで、イケメン。でも、とんでもない浮気性だったの。彼女は彼を愛しすぎるあまり、彼が他の女のところへ行くたびに日記で呪詛を吐き、門を閉ざして締め出し、山に籠もって家出までした。……倉橋、あなたならどうする?」
先生の鋭い視線が私を射抜く。
「私なら……そんなクズ男、こっちからポイします。待っててあげるなんて時間の無駄ですよ。門を閉めるどころか、荷物を全部外に放り出しますね」
私がはっきりと言うと、クラスの男子数名が「怖ぇ……」と小さく呟くのが聞こえた。由佳里先生はクスクスと肩を揺らして笑った。
「そうね、それが現代の感覚だわ。でも、平安時代の女性にとって、夫の訪れは『すべて』だったの。経済的にも、社会的にもね。彼女は、その『不自由な愛』の中で、書くことによって自分を保とうとした。……ある意味、最強の自己表現よね」
由佳里先生の声が、心地よいリズムで耳の奥に響いてくる。
不自由な愛。待つだけの人生。
私には絶対に無理。もし私が彼女だったら、歴史を全部書き換えてやるのに。
……そんなことを考えていたら、急に視界がぐらりと揺れた。
「あかね……あかね……」
どこからか、懐かしくて少しだけ腹立たしい男の声が聞こえたような気がした。
「倉橋、大丈夫か?」
由佳里先生の声が遠ざかり、代わりに私の鼻を突いたのは、クーラーの冷気ではなく、重苦しいほどに甘くたき込められた「お香」の匂いだった。
……え?
目を開けると、そこには見たこともない高い天井と、薄暗い部屋が広がっていた。
由佳里先生は? クラスのみんなは?
パニックになりそうな頭を抱えようとして、自分の体の異変に気づく。腕を動かすたびに、ズッシリと重い絹の衣が擦れ、シュルシュルと耳慣れない音を立てる。下を見ると、何枚も重なった派手な色の着物が、私の体を引きずるようにして床に広がっていた。
床……。机じゃない。ツルツルに磨かれた冷たい板張りだ。
「……なに、これ。映画のセット?」
声を出すと、自分の声なのにどこか遠くから響いているような、妙な違和感があった。辺りを見回しても、スマホもカバンも、ましてや由佳里先生のセクシーなスーツ姿も見当たらない。あるのは、几帳だの御簾だのといった、博物館でしか見たことのないような古めかしい家具だけ。
私は、手に取ったばかりの筆を握りしめたまま、呆然と広い部屋の真ん中で固まっていた。
嘘でしょ。これ、もしかして……。
私は直感した。
さっき先生が話してた、あの『蜻蛉日記』の世界?
千年分溜まった「恨み」と「愛」の物語に、主役として放り込まれたっていうの?
状況が飲み込めてくるにつれ、呆然としていた頭にジワジワといつもの強気な感情が戻ってくる。
待つだけの女? 冗談じゃないわよ。
現代女子高生の意地にかけて、このクソみたいな平安婚活地獄をハッピーエンドに変えてやるんだから!
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