好きです、先生

小貝川リン子

文字の大きさ
4 / 13

4 同棲

しおりを挟む
 それからとんとん拍子に話が進み、おれの進学先に程近い青山先生のアパートに居候させてもらうことになった。そして今日、この春の良き日に、待ちに待った引っ越しを行う。青のステーションワゴンに乗って、先生がうちまで迎えに来てくれた。父さんは心配そうにしていたが、母さんはどこか感慨深げな顔をして、温かく見送ってくれた。
 
 高速道路を使い、一時間ちょっとで新居に到着する。アパートというか、そこそこ立派なマンションだ。実家の近所にはこういう集合住宅はなかったので、それだけで新鮮な気分になる。エレベーターも備えてあり、重いスーツケースを担いで階段を上るなんていう苦行はせずに済んだ。
 
 先生の部屋は最上階の一個下。重厚な音を立てて鍵が開く。いよいよドアが開いて、おれは恐る恐る初めの一歩を踏み出す。
 
「お、お邪魔しまーす……」
「ようこそ、我が家へ」
 
 見慣れない部屋。狭い玄関。狭い廊下。そして知らない家の匂い。あまりにも濃い先生の匂いが充満しており、くらっとしてよろけてしまったが、すかさず先生が支えてくれる。
 
「大丈夫か。疲れたのか?」
「ううん、大丈夫。それより部屋案内してよ」
「案内するほど広くもないが……」
 
 所謂1LDKの部屋だ。広々としたリビングには炬燵とローソファが置いてあって、隣の寝室にはベッドが一つと、事前に郵送しておいたおれの荷物が積んである。
 
「一応こっちが君の部屋ということにしようと思うんだ。俺は来客用の布団を使うから、君はとりあえずそのベッドで――」
「えっ、一緒に寝ないの」
 
 うっかり、思ったことをそのまま言ってしまった。先生は驚いたように目を見開いている。
 
「ごめんなさいっ、今のは忘れて――」
「いや、君がそう言うなら、新しく大きいベッドを買いに行こう。安物のベッドを何年も使っているし、買い替えてもいい頃だ」
 
 新居に着いたのも束の間、また車に乗り込んで、近所の大型インテリアショップへ向かった。
 
 家具屋なんて滅多に来ないが、たまに来ると結構楽しい。新品の木材の香りが良い。色々な家具がたくさんディスプレイしてあって、これから始まる新生活への期待も高まる。例えばこのダイニングテーブル。二人掛けで向かい合って座るタイプ。先生の部屋には無かったし実家でも使っていなかったので、何となく憧れがある。
 
 あとはこの、すごく大きい食器棚。背が高くて幅も広くて、料理に使う家電も全て収納できるらしい。先生の部屋にも似たようなものがあったが、ここまで立派ではなかった。でもこんなに大きいのを部屋に入れるのは大変だし、あってもキッチンを圧迫しそうだ。ソファも、色々な種類のものがたくさん並んでいる。カラーもサイズも生地も色々。二人掛けや三人掛け、足を伸ばせるものや、L字型のものもある。ついつい座り心地を確かめたくなる。
 
「こら、あまりうろちょろするな。ソファなんて買わないぞ」
「分かってるけど、楽しいんだもん。先生も座ってみて」
「ふむ……確かにこれは、なかなかふかふかでいい感じだな」
「こっちのなんて、寝転びながら映画が見られるって」
「それならうちの長座椅子だって負けてないぞ。炬燵だってあるし、高さもちょうど……って、まずはベッドを見るのが先だ。つい君のペースに乗せられた」
 
 ベッドも色々な種類のものがずらっと並んでいる。普通のシングルベッドに、ダブルベッド、もっと大きいものもある。
 
「おれ、寝ながら充電したいから、コンセント付いてるやつがいい」
「俺は目覚まし時計が置けるスペースが欲しいな」
「引き出しとかあると便利じゃない?」
「下に収納スペースがあるベッドフレームもあるのか」
「ねー、それよりサイズはどうする? 普通にダブルベッドでいいのかな」
「いや、それだとたぶん狭い。もう一回り大きくないと」
「じゃあ、これくらい?」
 
 おれはクイーンサイズのベッドに寝転がった。マットレスの程よい弾力が気持ちいい。
 
「先生も寝てみて」
 
 先生は少し困ったように口籠ったが、おれの隣に静かに仰向けになった。二人で寝てもかなり余裕がある。広い。試しに寝返りを打ってみても、ちっとも狭く感じない。
 
「先生もごろごろしてみてよ」
「あー……いや、これ以上大きいのはちょっとな」
「部屋に入らないの?」
「押し入れが開かなくなる」
「それは困るね」
 
 キングサイズでも試し寝してみて、やっぱりクイーンよりも広くて豪華でとっても良かったが、部屋のサイズを考慮して、結局クイーンベッドを注文した。数日前まで高校生だったおれにとっては目ン玉が飛び出す金額だったが、先生はクレジットカードをぽんと出して支払いを済ませた。
 
 注文したベッドは翌日に早速届いた。説明書を見ながら小一時間かけて二人で組み立てた。古い方は引き取ってもらった。さらに引っ越しの際に持ってきた荷物を整理して収納していたら、すっかり日が暮れていた。
 
「慣れないことをすると疲れるな。そろそろ飯にしよう」
「おれもお腹ぺこぺこ。先生、何か作るの?」
「いや、出前を取る」
 
 大量のメニュー表を渡された。
 先生は、料理はあまり得意じゃないらしい。昨日は昼も夜も外食だったし、今日の昼は冷凍のスパゲッティだった。洗い物もなくてめちゃくちゃ楽だったけど、こんな生活を続けて大丈夫だろうかという不安もある。とはいえ、先生の部屋で先生と二人で食事を取るのは特別感があって良い。これから毎日一緒にごはんを食べるのだと思うとわくわくする。
 
 夕食後、順番に風呂に入った。実家の風呂よりは狭いが、思ったほどではない。足は伸ばせないけど、肩までお湯に浸かれる。シャンプーやボディソープは先生のものを使わせてもらった。自分の体から先生の匂いがして、妙な気分になった。
 
 先生が風呂に入っている間に髪を乾かし、新しいベッドを独占していたら、先生が寝室に戻ってきた。無地のスウェットが若干ダサくて、でもそれが可愛くも見えて、なんだかとても不思議だ。
 
「早いね」
「君と違って髪が短いからな」
「おれも切っちゃおうかな。手入れが結構大変で」
「それは駄目だ」
 
 先生がベッドに腰掛ける。マットレスが沈む。
 
「綺麗な髪なんだから」
 
 おれの髪を一房手に取って、キスをする。
 
「大切にしなさい」
「……」
「……黙っていられると逆に恥ずかしいんだが」
 
 おれは毛布を巻き込んでベッドの隅に丸くなった。そうせずにはいられなかった。これ以上先生に見つめられたらどうにかなっちゃいそう。
 
「こら、だんご虫みたいに丸くなるな。布団ももっとこっちに寄越しなさい」
「……むり」
「なぜ無理なんだ。そうやって丸まっているのも愛らしくて好みだが」
「~~っ! ……せ、先生のバカっ、女っ誑し!」
「心外だな。君以外眼中にないぞ」
「だからそういうとこっ!」
 
 おればかりどきどきして恥ずかしくて悔しい。先生は恥ずかしくないのかな。やっぱり大人だから? きっと昔もこうやって、たくさんの女の人を口説いていたのだろう。今更おれみたいな子供相手にはどきどきしないのかも。
 
「電気消すぞ」
 
 橙色の淡い照明に切り替わり、先生もおれの隣に横になる。毛布は手放したけど、おれはまだベッドの端に丸くなったまま。背中に先生の体温を感じる。
 
「さっきみたいなこと、嫌なのか?」
 
 おれが黙り込んでいるのを気にしたのか、先生が言う。
 
「別に……嫌じゃない」
「そうか」
「でも急にされるとびっくりするし……それにおれ達、付き合ってまだ一か月でしょ」
「一か月も経っていれば十分だと思うが」
「でも……なんか……」
「それに、君の髪を褒めるのなんて今更だろう。出会った当初から美しいと思っていたし、実際そう言ったし、君も嬉しそうにしてたじゃないか。君の髪、美しくて好きなんだ。こうなったからには毎晩触って寝たいくらいだ」
「んも、ほんとうるさいっ、静かにしてて!」
「君は本当に愛らしいな」
 
 何が楽しいのか愉快そうに笑う先生の手を、おれは渾身の力で握りしめた。途端に笑い声が止む。でもおれもそこから動けない。そのくせ、精一杯去勢を張る。
 
「ど、どーだっ! 先生だって、急にされたらびっくりするでしょ」
「うむ……びっくりというか、少し痛い」
「えっ、うそ、ごめん」
「いや、いいんだ。それより……」
 
 力を緩めた隙に、先生の指がおれの指にするりと絡みつく。先生の皮膚の感触、指の太さ、硬さがはっきりと分かる。
 
「どうせ手を繋ぐなら、こっちの方が嬉しい」
 
 甘い声で囁かれる。背中がぞくぞくして変だ。でも先生はおれと違って動揺していないみたい。
 
「今夜はこのまま寝ようか」
「……うん……」
「おやすみ、暁」
 
 あ、また。背中がむず痒いような、ぞくぞくするような感じがする。名前を呼ばれるのが初めてだからかも。でももう一言だって声を発することはできなくて、おれは物凄い量の手汗を掻きながらどうにか眠った。
 
 翌朝、アラームが鳴る前に自然と目が覚めた。繋いでいた手は一晩中そのままで、手汗でびっしょり湿っていた。おれが起き上がると、先生も目を覚まして欠伸をする。寝起きの虎が伸びをしているみたいで可愛い。
 
「随分早起きだな」
「なんか起きちゃった」
 
 カーテンの隙間から朝日が差し込んで明るい。
 
「まだ、もう少し寝てても」
「だめだよ。おれ今日入学式だもん。先生だって、今日からまたお仕事でしょ」
 
 引き止めようとする先生の手から抜け出してベッドを下りた。
 おれは真新しいスーツに袖を通し、慣れないネクタイを結ぶ。もちろん先生も、普段より上質なスーツに身を包み、慣れた手付きでネクタイを締める。名実共に、今日から新生活が始まるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」 大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。 しかも、現役大学生である。 「え、あの子で大丈夫なんか……?」 幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。 ――誰もが気づかないうちに。 専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。 「命に代えても、お守りします」 そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。 そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める―― 「僕、舐められるの得意やねん」 敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。 その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。 それは忠誠か、それとも―― そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。 「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」 最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。 極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。 これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。

人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい

白妙スイ@1/9新刊発売
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。 ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。 秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。 戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。 ●八架 深都(はちか みと) 20歳、大学2年生 好奇心旺盛な性格 ●秋木 晴士(あきぎ せいじ) 26歳、小説家 重度の不眠症らしいが……? ※性的描写が含まれます 完結いたしました!

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...