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3 風邪を引いた
平日の昼間。家で仕事をしていたら、電話が鳴った。侑のお母さんからである。一応番号は交換していたが、電話がかかってくるのは初めてだった。侑が学校で熱を出したらしいのだが、どうしても仕事を抜けられないので、代わりに迎えに行ってくれないか、という話だった。
「無理を言っているのはわかっているんですが」
「いいえ、全然大丈夫ですよ。今ちょうど休憩してたところなので」
健は仕事を中断し、小学校へ向かう。よく通る道だが、校門の向こう側に入るのは初めてだ。花壇が整備されていて、紫陽花が濡れて咲いている。校庭では体操服の子供達がキックベースをしている。二階の音楽室からはピアニカの演奏が聞こえてくる。
まず職員室へ行って事情を話し、担任の先生とも少し話し、その後で保健室まで案内された。侑はベッドで休んでいる。顔はのぼせたように赤く、ぐったりしていて辛そうだ。
「……にーちゃん……きてくれたんだ、うれしい」
「歩ける?」
「ん……ごめんね、めーわくかけて……」
「子供がそんなこと気にしなくていいよ。帰ろう」
およそ二十年ぶりに背負うランドセルは異様に小さい。傍から見たら滑稽だろう。手を繋ごうとすると侑は嫌がり、ふらつきながらも自力で歩いた。保健室の先生が校門まで見送ってくれ、曲がり角を曲がるまで侑も手を振っていた。
「にーちゃん」
先生の姿が見えなくなった途端、小さな熱い手がおずおずと触れる。
「手、いい?」
「いいよ。最初からそうすればよかったのに」
「だって、みんなに見られたら恥ずかしいじゃん」
「そんなことないと思うけど」
「恥ずかしいよ」
吊革にでも掴まるように、侑は健の手を握る。健も握り返す。柔らかく小さな子供の手だ。マシュマロみたいに弾力があって、指は短く真っ直ぐで、爪は丸くて艶がある。手の甲の指の付け根に、ぷくぷくとしたえくぼがある。
「……ねー、にーちゃん」
「あっ、ごめん」
「? 違うよぉ、あのね……あの……」
おんぶして? と、もじもじしながら言った。
「見られたら恥ずかしいんじゃなかったの」
「もう見えないもん。ねー、だめ? おんぶ……」
健はランドセルを胸に抱え、侑に背中を向けてしゃがむ。
「ほら」
「いいの!?」
侑はぱっと顔を輝かせ、勢いよく飛び乗った。体重は健の半分にも満たないだろう。軽いからほとんど苦にならない。侑は急に元気になって、健の背中の上ではしゃいだ。
「ちょっ、あんまり暴れないで」
「えへへ、だって、すっごくおっきくなったみたい。にーちゃんはいっつもこんな世界を見てんだねぇ」
「侑もすぐに大きくなるよ」
「そしたら、おんぶしてくれなくなっちゃう?」
「僕より大きくなったら、できなくなっちゃうかもね」
「じゃあおれ、にーちゃんより小さいままでいいや」
腕を回して抱きつき、こてん、と肩に頬をくっつける。
「にーちゃんの背中、ひろくてきもちい。あったかい」
ただでさえ子供体温で温かいというのに、さらに発熱で体温が上がっている。それが背中にべったり、まるでカイロのように張り付いているものだから、健はびっしょりと汗だくになった。
かかりつけの病院で診てもらい、普通の風邪でしょうということで薬をもらい、家に帰る。汗を拭いて、たっぷりの水と薬を飲ませ、パジャマに着替えさせ、ベッドに寝かせる。氷枕があればいいが、ないのでおでこに冷えピタを貼る。とりあえずできることは全部やったはずだ。
「何か食べられそうなものある? 買ってくるよ」
「ううん。ここにいて。どこにもいかないで」
侑が服の裾を掴む。健はベッドの端に腰掛ける。
「手、にぎって」
「……熱いね」
「にーちゃんの手もあついよ。……こーいうとき、だれかがそばにいてくれるの、あんまりないから、にーちゃんがいてくれてうれしい」
「お母さんも急いで帰ってくるって」
「でも、わかんないもん。おかあさん、いそがしいから」
「心配しなくても大丈夫だよ。いいから眠りな」
「……ねー、なんか歌うたって。なんでもいいから」
子守唄はよくわからないので、遠き山に日は落ちてを口ずさむ。あまり上手くはないと思うが、侑は楽しそうに笑った。
「聞いたことある。夕方流れてるやつ」
もう一曲歌い終わる頃には微睡んでいたが、しばらくそのまま手を握っていた。
夕暮れのチャイムが鳴る頃、お母さんが帰ってきた。侑はまだ寝ていて、起こすのも忍びないので、健が抱っこして布団まで移動させた。病院で言われたことを伝え、薬を渡す。
「本当すみません、何から何まで。どうお礼したらいいのか……」
「それより、侑くんにおいしいものを食べさせてあげてください。今日の給食は唐揚げだったのに食べられなかったって、ずっと拗ねてましたから」
「あらやだ、あの子ったら」
「元気になったら作ってあげてください」
子供の回復力というものは凄まじい。あれほど辛そうだったのに、夜にはすっかり熱が下がって、翌日の午後からは普通に学校へ行ったらしい。一方、しっかり風邪を移された健は数日寝込んだ。
「無理を言っているのはわかっているんですが」
「いいえ、全然大丈夫ですよ。今ちょうど休憩してたところなので」
健は仕事を中断し、小学校へ向かう。よく通る道だが、校門の向こう側に入るのは初めてだ。花壇が整備されていて、紫陽花が濡れて咲いている。校庭では体操服の子供達がキックベースをしている。二階の音楽室からはピアニカの演奏が聞こえてくる。
まず職員室へ行って事情を話し、担任の先生とも少し話し、その後で保健室まで案内された。侑はベッドで休んでいる。顔はのぼせたように赤く、ぐったりしていて辛そうだ。
「……にーちゃん……きてくれたんだ、うれしい」
「歩ける?」
「ん……ごめんね、めーわくかけて……」
「子供がそんなこと気にしなくていいよ。帰ろう」
およそ二十年ぶりに背負うランドセルは異様に小さい。傍から見たら滑稽だろう。手を繋ごうとすると侑は嫌がり、ふらつきながらも自力で歩いた。保健室の先生が校門まで見送ってくれ、曲がり角を曲がるまで侑も手を振っていた。
「にーちゃん」
先生の姿が見えなくなった途端、小さな熱い手がおずおずと触れる。
「手、いい?」
「いいよ。最初からそうすればよかったのに」
「だって、みんなに見られたら恥ずかしいじゃん」
「そんなことないと思うけど」
「恥ずかしいよ」
吊革にでも掴まるように、侑は健の手を握る。健も握り返す。柔らかく小さな子供の手だ。マシュマロみたいに弾力があって、指は短く真っ直ぐで、爪は丸くて艶がある。手の甲の指の付け根に、ぷくぷくとしたえくぼがある。
「……ねー、にーちゃん」
「あっ、ごめん」
「? 違うよぉ、あのね……あの……」
おんぶして? と、もじもじしながら言った。
「見られたら恥ずかしいんじゃなかったの」
「もう見えないもん。ねー、だめ? おんぶ……」
健はランドセルを胸に抱え、侑に背中を向けてしゃがむ。
「ほら」
「いいの!?」
侑はぱっと顔を輝かせ、勢いよく飛び乗った。体重は健の半分にも満たないだろう。軽いからほとんど苦にならない。侑は急に元気になって、健の背中の上ではしゃいだ。
「ちょっ、あんまり暴れないで」
「えへへ、だって、すっごくおっきくなったみたい。にーちゃんはいっつもこんな世界を見てんだねぇ」
「侑もすぐに大きくなるよ」
「そしたら、おんぶしてくれなくなっちゃう?」
「僕より大きくなったら、できなくなっちゃうかもね」
「じゃあおれ、にーちゃんより小さいままでいいや」
腕を回して抱きつき、こてん、と肩に頬をくっつける。
「にーちゃんの背中、ひろくてきもちい。あったかい」
ただでさえ子供体温で温かいというのに、さらに発熱で体温が上がっている。それが背中にべったり、まるでカイロのように張り付いているものだから、健はびっしょりと汗だくになった。
かかりつけの病院で診てもらい、普通の風邪でしょうということで薬をもらい、家に帰る。汗を拭いて、たっぷりの水と薬を飲ませ、パジャマに着替えさせ、ベッドに寝かせる。氷枕があればいいが、ないのでおでこに冷えピタを貼る。とりあえずできることは全部やったはずだ。
「何か食べられそうなものある? 買ってくるよ」
「ううん。ここにいて。どこにもいかないで」
侑が服の裾を掴む。健はベッドの端に腰掛ける。
「手、にぎって」
「……熱いね」
「にーちゃんの手もあついよ。……こーいうとき、だれかがそばにいてくれるの、あんまりないから、にーちゃんがいてくれてうれしい」
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