元の鞘に収まれない!

小貝川リン子

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12 邂逅②

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 まもなく、合コンの日取りがやってきた。全部赤石がセッティングしてくれた。待ち合わせ場所の駅前交番へ行くと、桐葉が既に待っている。時間ぴったりだと思ったのに、先を越された。
 
「よ、早いな」
 努めて自然な感じで声をかける。桐葉は途端に不機嫌な顔をする。
 
「お前が来るなんて聞いてねぇ」
「赤石から聞いてない?」
「聞いてねぇ。あの野郎、騙したな」
 
 じとりと俺を見る。
「お前も、何も言ってなかった」
「……んだよ。拗ねてんのかよ。だってお前、俺がいるって知ったら来なかったろ」
「嘘を言ったのが気に食わねぇ」
「帰るなんて言うなよ。今さらだろ」
 
 しばし睨み合う。熱い風が足元を吹き抜けた。そろそろ七月も終わりだ。九年前の今頃はちょうど口淫し合っていた時期だが、今のこいつにはそんな隙はない。
 
「どーもー、遅れちゃってごめんなさいねぇ~」
 
 突然現れた赤石の間抜けた声が沈黙を破る。よかった。来てくれて助かった。
「遅ぇぞてめえ、幹事のくせに」
 八つ当たり気味に、赤石の足を蹴る。
 
「ごめんってぇ。おわびに板チョコあげるから」
「お前これ、どうせパチンコの景品だろ」
「いーじゃんいーじゃん。ほら、悠絃ちゃん、甘いの好きでしょ?」
 
 桐葉は黙ってチョコを受け取る。バキッと半分に折って、口に咥えた。
「おい、ちょっと溶けてんぞ」
「夏だからねぇ。クッキーの方がよかったね」
 
 連れ立って店に移動する。洒落た雰囲気の店で、照明の薄暗い半個室に通される。女性陣はもう集まっていて、先に席についていた。俺たちも並んで座って、普通に乾杯して、自己紹介をした。全員OLだそうだ。
 かわいくないこともないが、正直桐葉の方が美人だと思う。でも彼女らは桐葉の何十倍も愛想がよく、俺に笑いかけ、話しかけ、料理を取り分けてくれた。取っつきやすい性格のせいか、赤石は結構モテていた。
 
 桐葉は入口近くの席で、誰に話しかけるでも話しかけられるでもなく、つまらなそうに水を飲んでいた。赤石が邪魔で見にくいが、たぶん水だ。目の前に置かれたサーモンを摘まみに水を飲んでいる。唐揚げ、生ハム、サラダ、そしてまたサーモンに戻る。俺はこんなにも凝視しているのに、桐葉は振り向く素振りもない。
 
「杉本くん、聞いてるの?」
 目の前に座る子が話しかけてくる。全然聞いてないよ。聞いてないけど、仕方なく笑って受け流す。
 
 桐葉がおもむろに立ち上がる。「トイレ?」と赤石が尋ねると小さくうなずいて出ていった。トイレじゃない気がして、俺も後を追った。トイレでもトイレじゃなくてもどっちでも構わない。ただ一歩でも近づきたかった。赤石の声がしたけど放っておいた。あいつなら一人でも大丈夫だろう。
 
「こんなとこで何してんだよ」
 
 桐葉は店の外で煙草を……じゃない、チュッパチャプスを舐めていた。持ち手の棒をくるくる回しながら、頬をかすかに膨らませて飴玉を転がす。
 
「何しに来た」
「別にぃ? お前に会いに来ただけ。何してるのか気になって」
「……嘘言うなよ」
「本当だって。こんな嘘言ってどうすんだよ」
「そんな台詞は向こうの女どもに言ってやれ」
「なんでだよ。お前、ずっと機嫌悪ぃぞ。何に怒ってんだ。俺のこと、そんなに嫌いか?」
「そんなんじゃねぇ」
「怒ってんだろ。俺のどこが気に入らねぇんだ」
「だから嫌いとかじゃ――」
 
 桐葉は一旦言葉を切り、苛立ちを隠しきれないという様子で舌打ちをした。
 
「お前なんか、どうせノンケのくせに」
「ノンケ?」
「女が好きなんだろ」
「ああ……」
 女は好きだけど、だからなんだっていうんだ。
 
「さっきだって、女どもに囲まれていい気になりやがって。お前は黒髪ショートが好きなんだって赤石が言ってたぞ。お前の前にいたやつとか、ちょうどいいんじゃねぇか」
 おい赤石ィ! なんてこと言ってくれてんだよ。よりによってなんでこいつに言っちゃうかな。確かに黒髪ショートは好きだけどさ! 
 
「さっさと付き合って結婚して、どっか行っちまえよ」
「まっ、待て待て。違うんだよ。俺、別に彼女を探しにきたわけじゃねぇんだ」
「じゃあなんのために合コンなんか。赤石はお前に頼まれたからって言ってたぞ」
「違うんだって。いいから聞けよ。俺はお前と……」
 
 続く言葉が出てこない。なんて言えばいいんだろう。お前と、付き合いたい? お前が好き? 会いたくて? 話したくて? ……言葉にするとしっくりこない。包み隠さず本音を言えば、お前を抱きたい、になるのだが、あまりに情緒がなさすぎる。
 というか、好きだの愛してるだの、俺たちってそんなこと言い合う関係だったっけ。言っちゃっていいんだっけ。急にわからなくなってくる。頭が真っ白になる。
 
 桐葉は訝しげに俺の顔を覗き込んだ。
 
「どうした。変な汗かいてるぞ」
「お前と、ちょっと仲良くなりたかっただけだ」
「仲良く……?」
 桐葉はきょとんとする。
 
「普通に友達に……いや、できれば前みたいになりたい、っていうか」
「前みたいにねぇ……」
 くくっと笑った。
 
「なんだお前、おれのケツが忘れられなかったのか?」
「ちが、違いますぅ! お前こそ俺のチンポが忘れらんなかったんだろ!」
「んだと、誰がてめえの粗チンなんか!」
「もう粗末じゃありませんしー! 立派なズル剥けチンポですしぃ! 今夜試してみっか? ひんひん言わせたらぁ」
 
 違う。いや大きくは違わないけども。口喧嘩したかったわけじゃないんだ。いや昔みたいに仲良くできてるっちゃできてるけども。でも今さら、ヤラせてくれなんて頭下げるのはかっこ悪い。手っ取り早く襲っちまうか? 
 
 とん、と誰かと肩がぶつかった。急いで謝る。店内からぞろぞろ出てきたのは、さっきまで一緒に飲んでいた女性たち。見るからに苛々している。後ろの方で赤石が焦った風に手を振っている。
 
「私たち、もう帰りますから!」
 先頭の女性がキッと吐き捨てる。
「そこの二人、全然帰ってこないと思ったらこんなとこでずうーっと二人で喋ってるし、そっちのふざけた坊主はふざけてるし」
「こんな最悪な合コン初めてよ」「もう二度と呼ばないで」「さよなら」
 ヒールを鳴らして去っていった。あーあ、と思いつつ黙って見送る。引き留める理由もない。
 
「坊主じゃなくて丸刈りって言ってよね……」
 赤石がぽつりと呟いた。
 
 赤石がまだまだ飲み足りないとごねるので、一杯三百円で飲めるバーで二次会と相成った。立ち飲みではないけど店内は狭小である。そのくせ客は多く、ますますせせこましく感じた。カウンターは満員、俺らはテーブル席に通される。赤石の向かいに桐葉が座ったので、俺は少し迷って桐葉の隣に座った。
 
 赤石は浴びるように酒を飲んだ。猿みたいな赤ら顔で延々と愚痴を零している。
「杉本ォ~~、なんでオレを置いて行っちゃったんだよぉ~~。一人にしたらろくなことないって知ってんだろ~~」
 
 俺もそこそこ酔っている。桐葉に粗チンと罵られたことをちょっぴり引きずっていたせいなのか、普段は飲まないウイスキーをあおったりしていた。
 
「んだよぉ、てめーがプータローだってのがバレただけだろーが」
「プーさんじゃないも~ん。これでもちゃんと働いてんだぞ~」
「風俗のキャッチだろーがよ。それがバレたから余計怒らせたんだろぉ?」
「ってゆーか、別にプータローでもよくなぁい? どーせ毎月小遣いもらえんだしさァ」
「おン前、そーゆーこと言うからだめなんだぜ。金あんならさっさとツケ払えよ」
「だってすぐ使ってあっという間になくなっちゃうんだもん。はぁあ、メグミちゃんとか言ったっけ? かわいかったのになぁ。惜しいことしたなぁ」
「名前も覚えてねぇくせに何言ってんだよ……」
 
 ぎゃんぎゃん言い合っている俺と赤石のことは気にせず、桐葉は静かに酒を舐めていた。
 
「何飲んでんだよ。コーヒー牛乳?」
「カルーアミルクだ。知らんのか」
「知ってる知ってる。甘いやつね。へへ、やっぱお前かわいーな」
 
 桐葉の肩を肘掛けにして笑った。隣で酒を飲んでいるだけなのに無性に気分がいい。ついさっきまで何か悩んでいた気がするが、どうでもよくなっていた。
 
「なんでカルーアミルクだよ。お前が好きなのはイチゴミルクだろぉ?」
「そんなのあんのか」
「あるある。ほらこれ、イチゴミルクっぽい味すんぜ。頼んでやるよ」
 
 一つのメニューを二人で覗いていると、赤石が嬉しそうに茶化した。
「あれ、あれあれ? お二人さん、前より仲良くなれたんじゃない? こりゃあオレのおかげかな? 勲章モノかな?」
「は? こいつと仲良くなんかねぇ」
 まだ酔いの浅い桐葉は冷静に返す。
 
「もー、つんけんしちゃって。杉本はさぁ、悠絃ちゃんに冷たくされて泣いてたんだよぉ? これからはもっと優しくしてやんなよ」
「てめっ、テキトーこいてんじゃねぇ。俺ァ泣いてねぇぞ」
「同じようなもんじゃん。ずっとしょぼしょぼしてたもん。杉本はぁ、悠絃ちゃんと酒飲みたかったんだもんねぇ。今回叶ってよかったじゃん。オレのおかげかな」
 
 その後、すっかり深酒した。桐葉にウイスキーをちまちま舐めさせていたらいつのまにか船を漕ぎ始め、気づいた時には終電を過ぎていた。
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