先生×生徒

小貝川リン子

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2 教室

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 二学期に入り、学校では文化祭が開催された。クラスの出し物は――いつのまに決まったのか知らないが――映画製作で、一応俺も小道具の準備などを手伝った。当日は出来上がった映像を流すだけだから、ほとんど暇である。それがいけなかった。

 廊下で受付をやっていたら、ちょうど准一が通りかかった。ワイシャツを着てネクタイを締めているのに、やはりヨレヨレのジャージを羽織っている。どうにも締まりのない、いい加減な雰囲気の男である。

「何しに来た」
「そんなに怒るなよ」
「怒ってねぇ。学校で話しかけんな」
「怒ってんじゃん」

 准一は廊下の飾り付けを見て、感心したような声を出す。

「結構気合い入れて作ったのな」
「ああ、クラスの女達が……男もか」
「お前、ちゃんと参加したの? 受付で座ってるだけが文化祭じゃねぇんだぞ」
「アンタに関係ないだろ。クラスじゃうまくやってんだよ」

 ふぅん、と興味のなさそうな声が返ってくる。

「いつまでシフト入ってんの」
「一時まで」

 係の仕事が終わったら、屋上で昼飯を食べようと思う。

「どうせ一人なんだろ? 地歴準備室、あそこオレの部屋だからさ、よかったら来いよ」

 いいものやるから。そう言って准一はにやりと笑った。瞳の奥が鋭く光っていた。


 
 その場で約束はしなかった。行くとも行かないとも言わなかった。准一も、絶対に来るようにと強制はしなかった。しかし俺は、駅前のコンビニで買った焼きそばパンを引っ掴んで、地歴準備室へ向かっていた。

 一般的なクラス教室は南校舎に集まっている。文化祭の催し物の多くは南校舎の教室を使って行っているので、北校舎は実に静かだ。渡り廊下を越えるとまるで別世界である。祭りの喧騒が幻だったみたいに、しんと静まり返っていた。北校舎の四階、しかも一番突き当たりともなると人っ子一人いない。日当たりも悪いし、雑音の一つも聞こえなかった。

 地歴準備室には初めて足を踏み入れる。四月の学校見学で来たかもしれないが忘れた。准一の説明が下手だったせいで場所がわからず、一度地図で確認した。

 扉を開けようとすると鍵がかかっていた。苛々して強めにノックすると、准一の慌てたような声が聞こえて扉が開いた。

「何だ、お前かよ。脅かすなよな」
「あぁ? 自分で呼んどいてなんで鍵なんか……」

 窓が開け放されているのに、はっきりと異臭がした。

「てめぇ、ここで吸ってやがったな」
「何のこと?」
「とぼけても無駄だ。ヤニくせぇんだよ」

 煙草の臭いが嫌いだと何度か言っているのに、准一は煙草をやめない。セックスの前、俺がシャワーを浴びている最中などに、ベランダに出て一服している。何食わぬ顔をしていたってわかる。准一の唇に煙が残っているのだ。

「……帰る」

 俺が冷たく突き放すと准一は掌を返す。

「わ、わーかったわかった。悪かった。確かに吸ってた。でもいいじゃん、別に。先生は大人なんだし。煙草くらい好きに吸わせてよ。あ、教頭には内緒だぞ」
「外に喫煙所があったろ。ルールは守れよ」
「先生とエッチなことしたくてのこのこやってきたやつに偉そうなこと言われたかねぇよ」
「っ!?」

 すかさず准一から距離を取る。しかし扉の前は准一に占拠されており、あまつさえ鍵まで締められてしまった。准一は胡散臭い笑みを張り付けて一歩ずつ迫ってくる。さっき受付で会った時に見せた鋭い眼光は既に消えており、いつものちゃらんぽらんな雰囲気に戻っていた。

 俺も一歩ずつ後退るのだが、じりじりと距離を詰められる。だんだん逃げられる場所がなくなっていく。ついに、背中が本棚に触れた。

「思い込みが激しいぜ、先生。アンタがここで飯を食えって言うから――」
「ほんとにそれだけ? ちょっとくらい期待してたんじゃないの?」

 がしっと肩を掴まれる。悔しいが、准一は俺より背が高くて力もある。こうなってはもう逃げられまい。准一は少し屈んで俺に目線を合わせた。ゆっくり唇を寄せる。吐息が煙たくて目に沁みた。

「……学校でなんて、頭沸いてんじゃねぇの」
「学校だからいいんじゃん。絢瀬の学ラン姿、珍しいんだもん」

 下劣な欲望が剥き出しの台詞なのに、その表情は興奮してるのかしてないのかはっきりしない。

「こんなの、契約に入ってねぇ」
「あー、タダではしたくないってこと? わかってるよ、ちゃんとお小遣いあげるからさ」
「誰か来たらどうすんだよ。困るのはてめぇの方だろうが」
「大丈夫だって。ここオレの部屋だもん。どうせ誰も来ないし、来たとしても静かにしてればバレねぇって」

 いいともだめとも言ってないのに、腰に手が回される。触れられるだけで体が強張り、身動きできなくなる。

「てめぇ、ふざけてんじゃ……」
「超絶真面目だぜ。あと、先生のことは先生って呼べって何回も言ってんだろ」

 粗大ごみ置き場から無断で拝借してきたような、ガムテープの継ぎ接ぎが目立つ古びたソファに押し倒される。白地に黒い点々模様の見慣れた天井がずいぶん遠くに見えたが、すぐに准一の顔が視界を覆った。軽くキスを落とすと滑らかな手付きでネクタイを外し、俺の手首を縛る。

「こういうのってさ、やっぱドキドキしない? バレたらやべぇのはお前も一緒だかんな。声抑えろよ」
「なにがどきどきだ……」

 学ランのボタンが外され、胸元に手が忍び込む。手探りの状態で、ワイシャツの上から胸をまさぐられる。准一の指が上へ行ったり下へ行ったり、的確に先端を狙ってくるくると撫で回される。

「くすぐってぇ。どうせ感じねぇのに、無駄なことすんな」
「どうせ感じないならいくら触ったって構わないってことじゃん」

 准一は澄ました顔で、教師にあるまじき滅茶苦茶な論理を組み立てる。
 実際、胸では気持ちよくならない。男なのに胸で感じる方がおかしいと思うし、准一が毎回懲りずに弄ってくるのも不思議だった。ただ、快感にならないとはいえ疼くようなむず痒さはあって、それが苦手だった。この感覚はなかなか慣れない。

「感じないって言ってもさ、触ってれば反応するよ。ちょっと勃ってきたけど?」
「っ、気のせいだろ」
「んなわけないだろ。ほら」

 ぎゅっと力任せに抓られた。痛みを感じると同時に、なぜか腰を突き出してしまう。准一は嬉々としてその動きを揶揄する。

「あ、今感じた? 乳首気持ちよかった?」
「くそ、たまたまだ」
「ほんとに? でもくすぐったいとこって性感帯らしいから、もうちょいがんばればお前も乳首で気持ちよくなれっかも」
「はぁ……も、遊んでねぇで、さっさとすればいいんだ……入れたいんだろ?」

 スラックスの前がきつそうだ。涼しい顔をしているくせに、ここはすっかり張り詰めている。足の指を使ってついと摩ってやると、准一はかすかに声を漏らした。モノの硬さと大きさが、爪先からでも十分伝わる。

 ベルトを抜かれ、スラックスと下着を半端に脱がされる。布が膝の辺りでだぶついている。准一もカチャカチャと音を鳴らしてベルトを外し、半端に脱いで前だけ寛げる。そのままうつ伏せに引っくり返されそうになり、慌てて口を開いた。

「待て、上は?」

 まだ学ランもシャツも着たままだ。准一の方も、胸元は緩んでいるけどシャツを着たままである。家でする時はお互い全裸になるから、服を着たままでは落ち着かない。というか、色々飛び散ったりして汚れたら困る。

「脱ぎたいの」
「そういうわけじゃ……」
「ならいいじゃん。誰か来た時、全裸だと困るだろ」
「お前さっき、どうせ誰も来ないって」
「もしもの話だよ」

 結局着衣のまま引っくり返され、尻を高く上げさせられた。ちゃっかり用意していたらしいローションを塗りたくられたかと思うと、濡れた指が狭いところをこじ開けて侵入してくる。どうしようもない異物感に眉を寄せた。

 始めのうちは穴が閉じているせいか、より敏感に准一の指の動きを感じ取ってしまう。動きだけじゃない。指の形や太さ、個々の関節や爪の尖り、指の腹は案外ふっくらしていて柔らかいことなど、細かいところまでわかってしまう。

 そのふっくらとした指で中のシコリを撫でられると腰が重くなり、背中がビリビリして耐えられない。膝が笑って、内腿が細かく震える。自分の体重を支えていられない。上体が勝手に沈んでいき、腰はますます高く上がる。先をねだるように尻を揺らしてしまう。

「入れるぞ」

 背後から聞こえる准一の声が若干上擦っている。振り向こうとすると後頭部を掴まれ、ソファに押し付けられる。いつもこうだ。准一は行為中の顔を見せようとしない。

「力抜いとけよ」

 菊門に先端が吸い付く。いや、吸い付いているのは俺の方だろうか。丸い亀頭を呑み込み、カリまで入ればあと一息だ。たくましい男根が細い陰道を掻き分け、徐々に奥へと進んでいく。内側から体を割り裂かれる感覚だが、痛いのともまた違う。快感とも違う気がする。例えるなら、欠けていた部分が満たされていく充足感とでも言うべきか。

「あ、あ、はい、って……准一ぃ」
「先生って呼べって」
「せん……ぅぅ、せんせぇ」

 あぁ、もう、ダメだ。劣情に抗えない。

 下生えが触って根元まで埋まったのだと悟った次の瞬間。鮮やかなブラスバンドの音色が響いた。北校舎と南校舎の間にあるピロティで演奏しているようだった。一斉に同じ音を出してチューニングをしている。

 はっと我に返る。窓もカーテンも開きっぱなしではないか。ソファの背もたれが邪魔で俺の位置からは確認できないが、絶対にそうだ。准一が窓を閉めるところを見ていないし、何よりブラスバンドの演奏が非常にクリアに聞こえる。

「なあ、おい、まどが」
「気にすんなよ。だーいじょうぶ、どうせ気づかれねぇって」

 訴えは無視され、構わず腰を打ち付けられる。声を抑えるため、咄嗟に腕で口元を覆った。唾液で学ランの袖が汚れただろう。

「んぐ、んんッ」
「はは、それ苦しくねぇの。息できてる?」

 何も答えられずにいると、ここぞとばかりに繰り返し中を抉られる。カリのくびれを入口ぎりぎりに引っ掛けてから、腹の底目掛けて真っ直ぐに突かれる。激しく揺さぶられて前も後ろもわからなくなる。脳髄がじんわり痺れてゆく。

「ひぁ、んん……あッ、あ……じゅ、じゅん、」
「もー、先生だってば」
「せん、せぇ……あ、やぁ、准一ぃ」
「絢瀬って案外おバカさんなの? 先生だっつの」

 誰のせいで馬鹿になっていると思っているんだ。他人事みたいに言いやがって。

 以前の俺なら死んでも嬌声なんか上げなかったのに、准一に抱かれると喉が勝手に震えて情けない音を出す。悔しい、悔しい。正気に返ったら真っ先に舌噛み切って死んでやる。

 心の中で悪態をつくが、頭の中は真っ白に淀んでいく一方だ。まぶたの裏で白い光が忙しなく明滅する。息をするだけで精一杯だった。他に何もできない。考えられない。前後不覚の俺の耳に届くのは、肉のぶつかる音と品のない水音と、ブラスバンドの演奏だけである。

 吹奏楽部の公演は佳境であった。ディズニー映画の挿入歌を演奏していた。これは単なる想像だが、きっと部員全員で揃いのTシャツを着て、全員で指揮者の方を向いて、真剣に音を重ねているのだろう。澄み渡る晴れ空にこそふさわしい、清く正しく健康的な音色だった。

 文化祭の日に、仄暗い空き教室で、同性の教師と密かにいやらしいことに励んでいる俺とは根本的に異なる。そこには天と地ほどの開きがある。俺に青空は似合わない。

「ちっと声抑えろよ。誰か廊下通りかかったらバレちまうぞ」

 そうだ、声。忘れていた。俺は慌てて口を噤み、制服の袖を噛む。

 学ランの裾を捲られ、シャツの下から手を入れられて、腰を強く掴まれる。准一の掌は湿っていたけど、逆に俺の肌が汗ばんでいただけかもしれない。そろそろフィニッシュが近いのだ。ストロークは早く、准一の息遣いから余裕が失われる。
 くっと小さな唸り声が聞こえ、腹の奥でモノが弾けた……と思う。いつもと感覚が違う。熱くほとばしるものがない。准一は息を荒げながら俺の背中にぐったり覆い被さる。

「……重ぇ。退け」

 気分が急速に萎えていく。

「ちょ、急に冷たくない? 絶対零度じゃん」
「うるせぇんだよ。さっさと抜け」

 腹を蹴ると、准一は簡単に離れた。振り返って見てみると、見慣れた陰茎が見慣れないピンク色の皮に包まれていた。

「ゴム?」
「そーだよ。さすがに中出しはまずいっしょ。お前、腹に先生の精子抱えたまま教室帰ることになるんだぞ」
「……そりゃあ確かに最悪だな」

 俺は何となく自分の腹を見下ろした。何もない、空っぽだ。准一の精液は、目の前のコンドームの先端のたるんだ精液溜まりに溜まっているのだ。俺の腹には何も残っていない。

 准一は最初セーフセックスがどうとか言っていたくせに、いまだかつてそのセーフセックスとやらを実践した試しがない。毎回飽きずに生でヤッている。アウトセックスが大好きなのだ。俺もそれに慣れ切っていたから、いきなりゴムを着けられると困惑する。

 しかし冷静に考えればわかることだが、生でヤリまくるなんてありえない。こんな俺達でも、コンドームを着けてセックスする方がいささか健全である。コンドームを着ける方がまともなのである。普段の方がおかしいのだ。

「ていうか、お前まだイッてねぇよな」

 准一は慣れた手付きでゴムを縛り、ゴミ箱に放った。

「いつもはイケるのに」

 そう言って俺の股間に手を伸ばすので、慌てて股を閉じる。

「しねぇの?」
「しねぇ。もう終わりでいい。そもそも、のんびりやってる場合じゃねぇだろ」

 准一は窓の外を見やる。吹奏楽部の公演が終わったのか休憩中なのかわからないが演奏は聞こえず、代わりに司会の女生徒が話している声が聞こえた。

 ちゃんとお小遣いあげるからと約束した手前、准一は財布を取り出したが、万札どころか千円札すら持っていない有様で、「五百円でいい?」などと訊いてくる始末であった。ヤッた直後だったせいか俺も面倒になってしまい、明らかに見合わない金額を受け取ってしまったのだった。



 以降、准一は放課後になると俺を呼び出すようになった。西日の射す教室で、吹奏楽部の合奏練習や運動部のランニングの掛け声を聞きながら、誰にも気づかれないように息を殺して、数え切れないほど体を重ねた。手首に痣を作るのが日常になった。
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