先生×生徒

小貝川リン子

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 先生とするセックスは最悪だ。
 緩やかな坂の上に建つ高校。その北校舎四階、廊下の突き当たりにある地歴準備室。西日の射すこの部屋へ、先生は毎日のように俺を呼び出す。

「痛ぇ」
「これくらい我慢しろよ。男の子だろ」

 先生はよく俺を縛る。ネクタイで手首を括り、後ろ手に拘束する。俺はそのままソファに転がされ、後背位で抱かれる。
 いつ誰がやってくるともわからない中、前戯もそこそこに、ただ入れて、出して、終わりだ。排泄行為と変わらない。俺に対する気遣いだとか思いやりといった感情を、先生は持ち合わせていないらしかった。自分さえ良ければいいのだ。こいつはそういうやつだ。

「はい、今日も良かったよ」

 手首の拘束を解く前に、財布から適当に小銭を取り出す。

「あー、ごめん。今日も五百円玉切らしてるわ。三百円でいい?」
「てめぇ、ふざけてんのか。そうやって昨日も一昨日も――」
「いやいや、先生にとっちゃ毎日五百円でも相当な出費なのよ。五百円かける二十日で、月に一万円? 無理無理、先生そんなに稼いでないもん」

 三百円でもないよりマシだ。明日の昼飯代くらいにはなるか……。

「大体、文句があるなら来なくたっていいんだよ。別に強制してないんだから」
「るせぇ。どうでもいいから手ェ解け」

 先生は今気づいたような振りをして、俺の腕を解放した。今日も、手首に痣ができてしまった。
 先生の指摘は、全くその通りである。本気で嫌ならこんなとこ来なきゃいい。先生とのセックスは最悪なのに、呼び出されれば自然と足が向いてしまう。憎たらしいことこの上ない。

 事の起こりは、二か月前に遡る。
 
 *
 
 夏休みも終盤に差し掛かり、俺は暇を持て余していた。とにかく暇で暇で仕方なくて、暇潰しにウリをやっていた。

「おいお前、うちの生徒だろう」

 普段は掲示板を使って相手を探すのだが、その日はちっとも当てがなかった。しかし家に帰ることもできず、歓楽街の外れに突っ立って声をかけられるのを待っていた。ここはそういうスポットなのだった。俺の他にも、日本人だか他国のアジア人だか区別のつかない若い女がぞろぞろ立っていて、買ってくれる相手を探していた。

 残暑はいまだ厳しく、夜になっても蒸し暑くて敵わない。汗を拭いながら粘っていても誰もやってこないし、もう諦めて帰ろうかと思っていた時、先生が現れたのだった。学校にいる時と同じく、体育教師じゃないくせにジャージを、しかも着古したようなヨレヨレのジャージを着て、気だるげに煙草を咥えていた。

「……何とか言いなさい。先生のこと忘れちゃった?」
「……いや、知ってる」

 確か俺のクラスの副担任だが、副担任であるがゆえに関わり合いは薄い。一年生は日本史を履修しないから、こいつの授業を受けたこともない。それなのになぜか目を引く印象深さがあった。

「アンタの方こそ、こんなとこで何してる。女でも買いに来たのかい」
「年上に対する言葉遣いがなってないねぇ。無知な君に先生が知恵を授けてやろう。立ちんぼは違法ですよ。未成年は特にな」

 やばいことをしている自覚はあった。学校や警察にチクられてはたまったもんじゃない。特に、親にバラされるのが一番困る。

「……だから何だってんだ。脅すつもりですか」
「やだな。先生がそんな器の小さい男に見えますか」

 そう言って、胡散臭い笑みを浮かべた。器が小さいどころか、詐欺師のようにしか見えない。

「泊まるとこ探してんだろ。うち、この近くだから、寄ってけば」
「……そりゃあ、俺を買ってくれるってことかい」
「先生は先生だからねぇ。法に触れることはしませんよ。今夜の寝床に困ってる哀れな家出少年を助けてあげるだけ」

 その前に飯が食いたいと言ったら、マクドナルドに連れていかれた。
 

 先生の奢りで腹を満たし、ほとんど無言のまま一緒に家へ帰った。築三十年は経過していそうな、木造のボロいアパートである。二階へ上がる階段は塗装が剥げて、赤い錆が目立っていた。手摺りに掴まると、軋むような変な音がした。部屋はワンルームで、申し訳程度のキッチンとユニットバスが備えてある。

「ゴム無し二万、有りならイチゴだ。どうする」

 シャワーを借りた後、俺から切り出した。うちに来いと言われた時点で、するのだろうなと思っていた。先生は驚いた風もなく、胡散臭い笑顔を張り付けたままである。

「お前、セーフセックスって言葉知ってる? 普段からそんなんしてたら、いつか病気罹っちまうよ。二万は魅力的かもしんないけどさ」

 どうせ抱くくせにいつまでも教師面して講釈垂れているのが気に食わなかった。声を聞いているだけで苛々した。俺は先生に飛びかかると、敷きっぱなしの布団へと押し倒した。煎餅布団に見えたが、案外柔らかかった。

「おーこわ。何、そんなにヤリてぇの。生理なの? それとも金?」
「セックスは嫌いだ」
「だったらどうして立ちんぼなんかしてんの。前にも同じ場所でお前のこと見かけたよ。ああいうの、先生はよくねぇと思うな。児童売春は犯罪ですよ」
「犯罪だろうが何だろうが構わねぇ。お前こそ、家に呼んどいてする気がねぇわけねぇだろう。金はきっちり払ってもらうからな」

 俺にマウントを取られているのに、先生は瞬き一つしないで相変わらずへらへらしている。ムカつく野郎だ。

「共犯関係ってこと? んなことしなくても、誰にも言わねぇよ」
「俺はただ、大人に情けを掛けられるのが死ぬほど嫌だってだけだ。誰にも借りは作りたくねぇ。それにてめぇは、なんだか信用ならねぇからな」
「酷いやつ。先生だってね、一応お前のことを心配してるんだよ? 親御さんも心配してるだろうし、お前のためにも――」
「うるせぇんだよ! どうせ親父にでも頼まれたんだろ。いくらもらったんだ」

 つい、声を荒げた。
 いつもそうだ。世間体を気にする父親は、俺をこうして野放しにしている反面、時々動向を監視して牽制してこようとする。学校の教師も例外じゃない。中学校でも、親父の手先に成り下がった教師がいた。高校では、きっとこいつがそれなのだ。

「……何か勘違いしてない? お前のお父さんはそりゃあ立派な人だけど――」
「俺の前であいつの話をするな! くそムカつくんだよ、あいつもてめぇも。何も知らないくせに、知ったような口利くんじゃねぇ。だから大人は嫌いなんだ。みんな嘘吐きだ」

 先生の目がわずかに見開かれるのがわかった。初めて、表情に感情が表れた。

「ごちゃごちゃ言い訳してねぇで、さっさと俺を買えよ! できないなら最初から声なんかかけんな! お前みたいな偽善者に恵んでもらうほど、俺は落ちぶれちゃいねぇ」

 俺が投げ付けた暴言の一つが、先生の逆鱗に触れたらしかった。
 瞬間、華麗に形勢が逆転する。先生は腕ずくで俺を組み敷いた。押さえ付けられてわかったが、先生は体育教師じゃないくせにやたらと筋肉質で力が強かった。押し返そうにもびくともしない。
 先生は氷みたいに冷たい目で俺を見据える。さっきまでのチャラけた雰囲気とはまるで別人だった。

「そんなに掘ってほしいなら、望み通りにしてやる」

 尖った犬歯が覗く。獣のようだった。恐ろしくてたまらないのに、背中にぞくりとしたものが走る。

「あ、待っ」

 制止の声は無視されて、先生に唇を奪われた。先ほどまで吸っていた煙草の味がする。苦味が舌に沁みる。大きく首を振って、先生の唇から逃れた。
 キスは大嫌いだ。セックスも嫌いだが、キスはもっと嫌いだ。他人の精液よりも唾液の方が気持ち悪い。

「何、今さら。やっぱ嫌とか言うなよ」
「違ぇよ。キスは嫌いなんだ」

 追加で千円。と小声で言うと、先生は万札二枚と千円札を俺の手に握らせた。

「これでいいか? キスがオプションなんて聞いたことねぇよ」

 そしてまた唇を重ねる。言いようのない不快感に、俺はまぶたを閉じて耐えた。本当ならキスだけで一万円取りたいくらいだが、以前そうやって吹っ掛けたらキレた男にぶん殴られたので、それ以来無料で提供している。つまり、この教師はアホなのである。払わなくていい金を払って生徒とキスしているのだ。

 先生の口は大きく、唇は乾いてガサガサしていた。薄くて長い舌が唇を割って侵入してくる。先生のキスは意外なほど丁寧だった。しつこく上顎を撫でられると自然に息が上がる。

「っ、いい、もういい」
「キス、よかった? 嫌いって言ってたくせに。顔真っ赤になってんぞ」
「全然よくねぇ。調子に乗んな」
「よかったんだろ。かわいくねぇガキだな」

 語気が荒い。先生が先生でなくなっていく。
 乱暴にジャージを脱ぎ捨て、俺のシャツも乱暴に脱がす。露わになった乳首を舐めたかと思うと、流れるような手付きで俺の手首を縛った。

「は!?」
「いやぁ、今日ちょっと片付けしててさ、段ボールとか本まとめるのに使うじゃん? ちょうどポケットに入れっぱなしになってたんだわ」

 スズランテープだ。

「は、外せよ! こういうのは――」
「またオプション? 今度はいくらよ。二千円? 三千円? 金さえ払えばどんなプレイでもしてくれるの? 淫乱くん」

 害虫でも目にしたような、酷く軽蔑した眼差しを向けられる。軽蔑したくなる気持ちもわかるが、そこまで貶められる筋合いもない。こいつも同じ穴の狢だっていうのに。

「だんまりってことはタダでいいのかな。続けるぞ」

 一気に下着ごとボトムスを下ろされて、反射的に股を閉じる。

「恥ずかしがってんの? 処女でもないくせに」

 さっきのキスのせいで、ほんの少し兆し始めていた。悔しくて涙が出そうになる。

 先生は躊躇いもなく俺のモノを深く咥える。口ですることはあってもされることには慣れておらず、腰が引けた。逃げようとする腰を先生の大きな手が掴んで引き戻す。太腿を押さえ付けられ、強引に足を開かされる。

 ゆっくりと裏筋を啄まれ、カリ首をなぞりながら亀頭を吸い上げられる。微弱な電気が流れたみたいに腰が甘く痺れ、ビクビクと勝手に跳ね上がる。頭上にまとめられた腕が軋み、暴れるほどにロープが食い込んで痛い。

「あ、あ、やだ」

 せんせぇ、と媚びるような声で口走る。脳細胞が死滅していく。感情と感覚がこんがらがって錯綜する。視界が真っ白に溶けていく。

「あッ、もう、もう……」
「もうイッちゃう?」

 先生がいきなり口を離したせいで、ぎりぎりイケなかった。限界まで昂った熱が急激に冷めていく。俺は胸を上下させながら抗議した。

「な、なんで……」
「なんでって、お客はオレなんだから、ご奉仕してもらうべきかと思って。お前一人だけイクなんてずるいだろ」

 そう言うと先生は俺の顔面にまたがり、立派に育った肉棒を取り出して唇に押し当てた。

「ほら、舐めてよ。できるでしょ」

 酸っぱいようなしょっぱいような、少なくとも良い香りとは言えない男っぽい汗の臭いがした。思わず顔をしかめるが、お構いなしに突っ込まれる。えずきそうになるのを堪えた。

「オレさ、お前のこと初めて見た時から、ずっとこうしたかったんだよね」

 真正の変態じゃねぇか。と心の中で突っ込むが、口に突っ込まれているので喋れない。先生は自分で腰を揺する。硬い肉の塊が舌の上を行ったり来たりする。頬の内側や喉を強く突かれる。
 無理やり奥までこじ開けられて窒息しそうなほど苦しいのに、亀頭で上顎を擦られる度に背筋がぞくぞく震えるのを止められなかった。口の中も性感帯になりうるのだということを、身をもって知った。

「追加料金払ったら飲んでくれたりするの?」

 首を横に振ったつもりなのに、先生は声を上げて笑う。これでもかと、両腕を押さえ付けられる。

「はは、そっか。じゃあ飲んで。ちゃんと全部飲んでね」

 肉棒が脈打って弾け、口の中に独特の風味が広がった。ネトネトしていて青臭くてとても飲めたものじゃなかったが、いくら暴れても先生が逃がしてくれないので、否応なく飲み込む羽目になった。喉に絡みついて呼吸もしにくければ声も出しにくい。最悪の気分だった。

 
 翌朝。目を覚ますと俺は布団にいて、先生は床で寝ていた。寝顔はだらしなく、癖の強いもじゃもじゃの頭髪は大爆発を起こしている。そろそろ始発電車が発車する頃だろう。静かに布団から出ると、先生も目を覚ました。

「黙って出てくなんて水臭いじゃん」

 のそりと起き上がり、ぼりぼりと頭を掻く。

「別に、言うことなんかねぇ。本当なら泊まる気もなかった」
「つれないねぇ……絢瀬凪あやせなぎくん」

 寝ぼけ眼を擦りながら少々間延びした口調で言う。

「……俺の名前、知ってたのか」
「知ってますよ。一応副担任だもん」

 昨晩はずっと、おいとかお前とかで呼んでいたから、てっきり覚えていないのだと思っていた。

「先生の名前は? 覚えてますか」
「……佐々木」
「ブッブー、惜しい~」

 枇々木ひびき准一というらしい。まぁド変態淫行教師の名前なんか覚える価値も

「覚える価値もないって思った? 心外だなぁ」

 何がおもしろいのか、ずっとにやにやしている。気持ちが悪い。街で会った時と同じ雰囲気だ。セックス中とはまるで別人である。

「先生から提案があるんだけど。余所で悪さするくらいならさ、いっそオレ専用になっちゃえば?」
「……イカレてるのか?」
「ぜーんぜん。大真面目よ」

 ふざけた提案だし、こいつが本気なのかどうかもわからない。始終へらへらしているからだ。

「毎日男を漁るのは大変だろ? 事件に巻き込まれるかもしれないし。オレのとこに来れば飯と寝床は確保できるし、そのお礼に昨日みたいなことしてくれりゃいいからさ。ウィンウィンじゃない?」

 裏があるのではないかと思ってじっと睨んでみても、先生の表情は変わらない。

「……アンタ、本当に親父とは何の関係もないんだよな」
「それ昨日から言ってるよな。事情は全然知らねぇけど、たぶんお前が思ってるようなことはねぇよ。高校生は家庭訪問なんかしないしね。お前の親父さんには会ったこともねぇ」
「そうかい。だったらその話、乗ってやってもいいぜ」

 突っぱねてもよかったのに、俺は先生のふざけた要求を呑んだ。

 
 それ以来、俺と准一は名実共に共犯関係にある。どうしても家に帰りたくない時、俺は准一のボロアパートへ泊まりに行った。時々、准一と共に夕飯を食べに出かけることもあった。飯と寝床を提供してもらう代わりに、俺は准一の性欲処理に協力する。そういう契約だと理解していた。
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