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第五章
5-6 貴族から依頼をうける
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「貴方方に依頼を出したのは、私です」
僕らを出迎えた年老いた夫人は、静かな口調でそう言った。
穏やかで上品な美しさをもつ夫人だと思った。歳を重ねてはいるが、若い頃は今よりももっと美しかったろう。
訪ねた先は、門番の言ったように中央区で一番目立つ大きな屋敷だった。その豪奢な応接室に迎え入れられ、今こうして夫人と対面している。
上級冒険者を雇うような荒事だ。てっきり依頼者は、あの町長と同じような、偉そうなおじさんかと思っていたので、意外だった。
以前の町長の屋敷の時と同じように、ここでも屋敷に入れてもらえないセリオンさんにアリアちゃんとクーを託し、ここにいるのは僕とジャウマさんとヴィーさんの3人だけだ。
夫人の後方から、執事風の老人が布を被せた何かを持って歩み寄る。
彼はそれを赤子を扱うように優しく、そっとテーブルに置いた。その様子から、その布の中身が貴重で高価なものなのだろうと窺える。
老人が布を取り払うと、その下から手の平に乗るくらいの水晶玉が現れた。その玉は禍々しくも見える不思議な意匠を施された台座に嵌め込まれている。
似たような物を、どこかで見たことがあるような、そんな気が……
「はるか昔の話です」
夫人の言葉で、ハッと意識を取り戻した。
「私の祖先が、ある聖職者からこちらの魔導具を入手しました。この魔導具の力によって死者の声を聞くことができたと、そう伝え聞いております」
「できた、ということは、今は使えないのですね」
「はい」
ジャウマさんの言葉に、夫人はすぅと目を伏せて答える。
「ここから遠く、国境近くの森深くに遺跡があり、そこにこの魔導具を動かせる何かがあると、そう伝え聞いております。それを手に入れてきてほしいのです」
それを聞いて、ヴィーさんが大きく息を吐き出した。ジャウマさんは、それを気にも留めない素振りで、夫人に尋ねる。
「それはどのような物かはわかりますか?」
「いいえ。そのことは一切伝えられておりません。ただその遺跡には、あらゆる魔の道具と技術が集められているのだとも」
魔の道具…… いわゆる魔導具のことだろう。あらゆる…… とは、随分と大袈裟なようにも感じた。もしそれが本当なら、世界中の国々がその技術を手に入れようとするだろうに。
「では、貴女の本当の依頼は、こちらの魔導具を動かせるようになること、でしょうか?」
ジャウマさんの問いに、夫人はしばし沈黙した。そして再び口を開く。
「私はこの魔導具を使って、ある者の生死を知りたいのです……」
* * *
「昔、の話です。私には婚約者がいました。」
その言葉を最初に、夫人はぽつりと語り始めた。
その婚約者はこの国の騎士だったそうだ。騎士団の任務で、ある廃城に出かけ、そのまま帰ってこなかったのだと。
「その廃城に赴いたのは調査の為なのだと、だから危険はないのだと、私はそう聞いておりました。しかしそうではありませんでした。その廃城には強力な魔獣が住み着いていたのだそうです。結局その廃城の調査もままならずに、帰還することができた方はほんの数人でした。そしてその中に、私の婚約者の姿はありませんでした」
そこまで聞けば、僕にだって予想できる。この夫人が知りたい安否の主は、その騎士のことなのだろう。
帰らなければ死んだと思え。周りは当然のように言う。でもそれでも諦めきれない、割り切れない気持ちは確かにあるのだ。僕はそのことを、自身の経験でよく知っている。
ただ黙って言葉を待つ僕らに向けて、夫人はさらに話を紡ぐ。
不思議なことに、帰ってきた騎士の誰一人として、彼の婚約者の倒れる姿どころか魔獣と戦う姿すら見ていなかったのだと。廃城を探索している間に、いつの間にかいなくなってしまっていたのだと。
「騎士様方の任務について、詳しい話は聞かされておりませんでした。でも私には、彼が死んではいないように思えたのです。私は彼の帰りを待ちました。
1年待っても、2年待っても、彼が帰らぬどころか、生死についての手がかりも得られませんでした。それでも私は待ち続けました。3年待ったところで、父が新しい縁談を持ってきました。もう彼のことは諦めろと父は言い、私はその縁談を受けることにしました。
私には夫も子供たちもいます。子供はすでに結婚し、孫にも恵まれています。私はもちろん皆を愛しております。でも私の心の中に、帰らぬあの方のことがずっとずっと燻っているのです」
最後は、自身の胸に手を当てて言った。
しばしの沈黙の中、ヴィーさんがガリガリと自分の頭を掻く音が聞こえる。
口を開いたのはジャウマさんだった。
「――貴女は、その方を愛しておられたのですか?」
「愛して……ですか?」
夫人は少しだけ目を見開くようにして言った。それから、再び視線を下げる。
「――それは、正直わかりません。その方は、親同士が決めた婚約者でした。もしかしたら私は、あの方が死んだ証が欲しいのかもしれません。私が…… あの方を見捨てたのではないのだと、そう思いたいのかもしれません……」
迷うように、でも振り搾るような声で、夫人は語り続ける。
「私は、あの方をずっと待っているべきだったのでしょう。でも私はそうしなかった。もしかしたら彼は本当は生きているのではないかと。彼を待たなかった私を恨んで姿を消しているのではないかと。いや、そんなことがあるはずがない。彼は本当に――」
「わかりました」
ジャウマさんが、夫人の言葉を留めた。
「我々への依頼は、その魔導具を動かす術か、その騎士の生死の証を持ち帰る、ということで良いでしょうか?」
つらそうな表情をようやく収めた夫人は深く頭を下げた。
僕らを出迎えた年老いた夫人は、静かな口調でそう言った。
穏やかで上品な美しさをもつ夫人だと思った。歳を重ねてはいるが、若い頃は今よりももっと美しかったろう。
訪ねた先は、門番の言ったように中央区で一番目立つ大きな屋敷だった。その豪奢な応接室に迎え入れられ、今こうして夫人と対面している。
上級冒険者を雇うような荒事だ。てっきり依頼者は、あの町長と同じような、偉そうなおじさんかと思っていたので、意外だった。
以前の町長の屋敷の時と同じように、ここでも屋敷に入れてもらえないセリオンさんにアリアちゃんとクーを託し、ここにいるのは僕とジャウマさんとヴィーさんの3人だけだ。
夫人の後方から、執事風の老人が布を被せた何かを持って歩み寄る。
彼はそれを赤子を扱うように優しく、そっとテーブルに置いた。その様子から、その布の中身が貴重で高価なものなのだろうと窺える。
老人が布を取り払うと、その下から手の平に乗るくらいの水晶玉が現れた。その玉は禍々しくも見える不思議な意匠を施された台座に嵌め込まれている。
似たような物を、どこかで見たことがあるような、そんな気が……
「はるか昔の話です」
夫人の言葉で、ハッと意識を取り戻した。
「私の祖先が、ある聖職者からこちらの魔導具を入手しました。この魔導具の力によって死者の声を聞くことができたと、そう伝え聞いております」
「できた、ということは、今は使えないのですね」
「はい」
ジャウマさんの言葉に、夫人はすぅと目を伏せて答える。
「ここから遠く、国境近くの森深くに遺跡があり、そこにこの魔導具を動かせる何かがあると、そう伝え聞いております。それを手に入れてきてほしいのです」
それを聞いて、ヴィーさんが大きく息を吐き出した。ジャウマさんは、それを気にも留めない素振りで、夫人に尋ねる。
「それはどのような物かはわかりますか?」
「いいえ。そのことは一切伝えられておりません。ただその遺跡には、あらゆる魔の道具と技術が集められているのだとも」
魔の道具…… いわゆる魔導具のことだろう。あらゆる…… とは、随分と大袈裟なようにも感じた。もしそれが本当なら、世界中の国々がその技術を手に入れようとするだろうに。
「では、貴女の本当の依頼は、こちらの魔導具を動かせるようになること、でしょうか?」
ジャウマさんの問いに、夫人はしばし沈黙した。そして再び口を開く。
「私はこの魔導具を使って、ある者の生死を知りたいのです……」
* * *
「昔、の話です。私には婚約者がいました。」
その言葉を最初に、夫人はぽつりと語り始めた。
その婚約者はこの国の騎士だったそうだ。騎士団の任務で、ある廃城に出かけ、そのまま帰ってこなかったのだと。
「その廃城に赴いたのは調査の為なのだと、だから危険はないのだと、私はそう聞いておりました。しかしそうではありませんでした。その廃城には強力な魔獣が住み着いていたのだそうです。結局その廃城の調査もままならずに、帰還することができた方はほんの数人でした。そしてその中に、私の婚約者の姿はありませんでした」
そこまで聞けば、僕にだって予想できる。この夫人が知りたい安否の主は、その騎士のことなのだろう。
帰らなければ死んだと思え。周りは当然のように言う。でもそれでも諦めきれない、割り切れない気持ちは確かにあるのだ。僕はそのことを、自身の経験でよく知っている。
ただ黙って言葉を待つ僕らに向けて、夫人はさらに話を紡ぐ。
不思議なことに、帰ってきた騎士の誰一人として、彼の婚約者の倒れる姿どころか魔獣と戦う姿すら見ていなかったのだと。廃城を探索している間に、いつの間にかいなくなってしまっていたのだと。
「騎士様方の任務について、詳しい話は聞かされておりませんでした。でも私には、彼が死んではいないように思えたのです。私は彼の帰りを待ちました。
1年待っても、2年待っても、彼が帰らぬどころか、生死についての手がかりも得られませんでした。それでも私は待ち続けました。3年待ったところで、父が新しい縁談を持ってきました。もう彼のことは諦めろと父は言い、私はその縁談を受けることにしました。
私には夫も子供たちもいます。子供はすでに結婚し、孫にも恵まれています。私はもちろん皆を愛しております。でも私の心の中に、帰らぬあの方のことがずっとずっと燻っているのです」
最後は、自身の胸に手を当てて言った。
しばしの沈黙の中、ヴィーさんがガリガリと自分の頭を掻く音が聞こえる。
口を開いたのはジャウマさんだった。
「――貴女は、その方を愛しておられたのですか?」
「愛して……ですか?」
夫人は少しだけ目を見開くようにして言った。それから、再び視線を下げる。
「――それは、正直わかりません。その方は、親同士が決めた婚約者でした。もしかしたら私は、あの方が死んだ証が欲しいのかもしれません。私が…… あの方を見捨てたのではないのだと、そう思いたいのかもしれません……」
迷うように、でも振り搾るような声で、夫人は語り続ける。
「私は、あの方をずっと待っているべきだったのでしょう。でも私はそうしなかった。もしかしたら彼は本当は生きているのではないかと。彼を待たなかった私を恨んで姿を消しているのではないかと。いや、そんなことがあるはずがない。彼は本当に――」
「わかりました」
ジャウマさんが、夫人の言葉を留めた。
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つらそうな表情をようやく収めた夫人は深く頭を下げた。
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