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第五章
5-8 3頭の獣
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心臓の音がドクドクと頭の中で鳴り響く。それだけじゃない。まるで全身の血が何かから解放されたように駆け巡り、体中が熱くなっていく。
頭上とお尻に違和感を覚え、そっと頭に手をやると、髪の毛ではないもふもふとした毛が手に当たった。これは……これは獣の耳だ。自分の後ろを見下すと、お尻からは黒いフサフサとした尾が生えている。
「これって…… もしかして獣の――」
と、ばさりと上から何かが掛けられた。
「一応これを羽織っていろ。向こうに着いたら元の姿に戻してやる。さあ、行くぞ」
ジャウマさんの言葉でヴィーさんたちが再び走りだす。掛けられたマントを羽織ってフードを上げると、ちょうどよく耳と尾が隠れる。胸元でマントの留め具を嵌めながら、皆の後を追いかけた。
体が軽い。今までのつらさが嘘のように、早く走れていることに驚いた。皆に並ぶように走っても、全く息が上がらない。それどころか、まだまだ余力もある。
「慣れるまでは無理をするなよ」
ジャウマさんにそう言われたけれど、不思議と以前からこの体だったかのように馴染んでいる。
「はい、でも大丈夫みたいです」
真っすぐに行く先を見ながら、そう答える。これが僕の獣の力なのか。
アリアちゃんたちが攫われてピンチのはずなのに、自分のこの力に少しだけ心が躍っていた。
* * *
「罠、だろうな」
まるで僕らを招き入れようとしているかのように、開いたままになっている大きな鉄製の門扉を見て、ヴィーさんが言った。
王都の東地区にある、貴族のものらしき屋敷の裏側に、その門はあった。
「きっと、クーもわざと戻されたんだろう」
「クゥ?」
クーが名前を呼ばれたと思ったのか、ジャウマさんを見上げて一声鳴いた。
ジャウマさんがマントを羽織ったままの僕の肩に手を置くと、さっきまでの獣の耳と尾は体の内に縮むように消えていった。
この国で獣人のような姿をしていれば厄介事の元になることは分かっている。でもちょっと惜しい気もした。
門をくぐり、さらにその奥へと続く石造りの通路を進む。まるでこっちへ来いと誘うような一本道になっている。あからさまな雰囲気で、ちょっと気分が悪い。
でも先に進むジャウマさんとヴィーさんに、警戒をしているような素振りは見えない。どちらかと言うと、二人とも面白くなさそうな表情をしている。アリアちゃんとセリオンさんを連れて行かれて、怒っているんだろう。
通路を抜けるとその先は、周囲を高い壁に囲まれた、闘技場のような広場になっていた。
「こんな見え見えな罠にかかるとは、さすが汚らしい獣人どもを仲間にしているだけある。頭が悪いようだな」
偉そうな言葉が聞こえて、そちらの方を見上げた。明らかに貴族だとわかる、金縁の付いた上着を着た壮年の男が、塀の上にある観客席のような場所からこちらを見下ろしている。それだけでなく、護衛らしき連中たちを引き連れている。ヤツらがアリアちゃんたちを攫ったんだろうか。
「お前の誘いにのってやっただけだ。俺たちにここで何をさせたいんだ?
ジャウマさんの言葉に、男はハッハッハと偉そうに笑う。
「話をしたいだけだよ。あの獣人たちを諦めてもらいたい。いくら払えばいいかね」
その言葉に、ざわりと不快感が湧き上がってくる。ヴィーさんはもちろん、普段は温厚なジャウマさんまでもが、眉間に皺を寄せている。
「それは、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。いくら出したら、あれらを手放すかね?」
「金額の問題じゃあない。彼らは俺たちの仲間で家族なんだ」
「なるほど」
男はつまらなそうにそう言った。
「まあ、そう言うとは思ったがな。面倒だ。犬の餌にしてやろう」
そう言うと、男はパンパンと合図をするように手を叩いた。
ガシャッ!! キーー……
金属でできた何かが動くような音がした。こういう時の音は、きっと碌なもんじゃない。
僕の隣にいるクーが、さっきから警戒の唸り声をあげている。あの音のする方に何がいるのか分かっているんだろう。
それがどんな敵だろうと、弱い僕に戦う術はない。せめて自分の身は守らないと。そう思い、ポケットでからい粉の入った袋を握りしめた。
次の刹那、僕らが警戒している方向から、3頭の獣が飛び出し、それぞれが僕ら3人を目掛けて飛び掛かってきた。僕に向かってきた獣に、手にしていた袋を投げつける。
「ギャン!!」
その獣はひと声鳴くと、顔を抑えて後退した。
不快そうに前足に顔を擦っているその獣は、黒い犬――黒魔犬だろうか。
いつぞやの森狼とは違い、黒魔犬はこの程度で逃げはしない。起き上がって頭を一振りすると、闇と同じ色の瞳で僕を睨みつけた。
「ラウル、結界を使え!」
ジャウマさんの声に、咄嗟に結界魔法を張る。間一髪で、再び僕に飛び掛かってきた黒魔犬が結界に弾かれて転がる。
「クゥ!!」
クーは、ひと鳴きするとそいつに飛び掛かり、抑えつけて牙を立てた。
相手の黒魔犬の方が、まだ若い月吠狼のクーよりも二回りも大きい。すぐに振り払われ、今度はクーが転げてしまった。
でも怪我はないようだ。クーはすぐに立ち上がり、またガルガル唸りながら威嚇の姿勢をとる。
クーが黒魔犬を牽制してくれている隙に、ちらりとジャウマさんとヴィーさんの様子を窺う。
ジャウマさんに襲いかかった黒魔犬は、大剣で口から串刺しにされている。ヴィーさんの相手は、クロスボウの矢で壁に縫い付けられていた。
さすが、二人は強い…… あとは僕の目の前にいる1頭だけだ。
そう思った時、目の前の黒魔犬が、黒い靄の様になって崩れた。
「なるほど、こいつが当たりだな」
ジャウマさんが言った。
頭上とお尻に違和感を覚え、そっと頭に手をやると、髪の毛ではないもふもふとした毛が手に当たった。これは……これは獣の耳だ。自分の後ろを見下すと、お尻からは黒いフサフサとした尾が生えている。
「これって…… もしかして獣の――」
と、ばさりと上から何かが掛けられた。
「一応これを羽織っていろ。向こうに着いたら元の姿に戻してやる。さあ、行くぞ」
ジャウマさんの言葉でヴィーさんたちが再び走りだす。掛けられたマントを羽織ってフードを上げると、ちょうどよく耳と尾が隠れる。胸元でマントの留め具を嵌めながら、皆の後を追いかけた。
体が軽い。今までのつらさが嘘のように、早く走れていることに驚いた。皆に並ぶように走っても、全く息が上がらない。それどころか、まだまだ余力もある。
「慣れるまでは無理をするなよ」
ジャウマさんにそう言われたけれど、不思議と以前からこの体だったかのように馴染んでいる。
「はい、でも大丈夫みたいです」
真っすぐに行く先を見ながら、そう答える。これが僕の獣の力なのか。
アリアちゃんたちが攫われてピンチのはずなのに、自分のこの力に少しだけ心が躍っていた。
* * *
「罠、だろうな」
まるで僕らを招き入れようとしているかのように、開いたままになっている大きな鉄製の門扉を見て、ヴィーさんが言った。
王都の東地区にある、貴族のものらしき屋敷の裏側に、その門はあった。
「きっと、クーもわざと戻されたんだろう」
「クゥ?」
クーが名前を呼ばれたと思ったのか、ジャウマさんを見上げて一声鳴いた。
ジャウマさんがマントを羽織ったままの僕の肩に手を置くと、さっきまでの獣の耳と尾は体の内に縮むように消えていった。
この国で獣人のような姿をしていれば厄介事の元になることは分かっている。でもちょっと惜しい気もした。
門をくぐり、さらにその奥へと続く石造りの通路を進む。まるでこっちへ来いと誘うような一本道になっている。あからさまな雰囲気で、ちょっと気分が悪い。
でも先に進むジャウマさんとヴィーさんに、警戒をしているような素振りは見えない。どちらかと言うと、二人とも面白くなさそうな表情をしている。アリアちゃんとセリオンさんを連れて行かれて、怒っているんだろう。
通路を抜けるとその先は、周囲を高い壁に囲まれた、闘技場のような広場になっていた。
「こんな見え見えな罠にかかるとは、さすが汚らしい獣人どもを仲間にしているだけある。頭が悪いようだな」
偉そうな言葉が聞こえて、そちらの方を見上げた。明らかに貴族だとわかる、金縁の付いた上着を着た壮年の男が、塀の上にある観客席のような場所からこちらを見下ろしている。それだけでなく、護衛らしき連中たちを引き連れている。ヤツらがアリアちゃんたちを攫ったんだろうか。
「お前の誘いにのってやっただけだ。俺たちにここで何をさせたいんだ?
ジャウマさんの言葉に、男はハッハッハと偉そうに笑う。
「話をしたいだけだよ。あの獣人たちを諦めてもらいたい。いくら払えばいいかね」
その言葉に、ざわりと不快感が湧き上がってくる。ヴィーさんはもちろん、普段は温厚なジャウマさんまでもが、眉間に皺を寄せている。
「それは、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。いくら出したら、あれらを手放すかね?」
「金額の問題じゃあない。彼らは俺たちの仲間で家族なんだ」
「なるほど」
男はつまらなそうにそう言った。
「まあ、そう言うとは思ったがな。面倒だ。犬の餌にしてやろう」
そう言うと、男はパンパンと合図をするように手を叩いた。
ガシャッ!! キーー……
金属でできた何かが動くような音がした。こういう時の音は、きっと碌なもんじゃない。
僕の隣にいるクーが、さっきから警戒の唸り声をあげている。あの音のする方に何がいるのか分かっているんだろう。
それがどんな敵だろうと、弱い僕に戦う術はない。せめて自分の身は守らないと。そう思い、ポケットでからい粉の入った袋を握りしめた。
次の刹那、僕らが警戒している方向から、3頭の獣が飛び出し、それぞれが僕ら3人を目掛けて飛び掛かってきた。僕に向かってきた獣に、手にしていた袋を投げつける。
「ギャン!!」
その獣はひと声鳴くと、顔を抑えて後退した。
不快そうに前足に顔を擦っているその獣は、黒い犬――黒魔犬だろうか。
いつぞやの森狼とは違い、黒魔犬はこの程度で逃げはしない。起き上がって頭を一振りすると、闇と同じ色の瞳で僕を睨みつけた。
「ラウル、結界を使え!」
ジャウマさんの声に、咄嗟に結界魔法を張る。間一髪で、再び僕に飛び掛かってきた黒魔犬が結界に弾かれて転がる。
「クゥ!!」
クーは、ひと鳴きするとそいつに飛び掛かり、抑えつけて牙を立てた。
相手の黒魔犬の方が、まだ若い月吠狼のクーよりも二回りも大きい。すぐに振り払われ、今度はクーが転げてしまった。
でも怪我はないようだ。クーはすぐに立ち上がり、またガルガル唸りながら威嚇の姿勢をとる。
クーが黒魔犬を牽制してくれている隙に、ちらりとジャウマさんとヴィーさんの様子を窺う。
ジャウマさんに襲いかかった黒魔犬は、大剣で口から串刺しにされている。ヴィーさんの相手は、クロスボウの矢で壁に縫い付けられていた。
さすが、二人は強い…… あとは僕の目の前にいる1頭だけだ。
そう思った時、目の前の黒魔犬が、黒い靄の様になって崩れた。
「なるほど、こいつが当たりだな」
ジャウマさんが言った。
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