【夢小説】夢まち 「痛みは消せない。忘れるしかないんだよ」記憶の奥の物語によって

ロボモフ

文字の大きさ
19 / 28

冬の雨、冬の嵐

しおりを挟む
「さあ、触れてごらん」
 無防備な仕草を見せて犬はやってきた。犬の背中を通して、多くのことを思い出した。そうだ。この感覚だ。この仕草だ。あたたかい。遠い昔にこれと似た触れ方をしたことがあった。それを知っているという目を、犬はしていた。触れている内に徐々に無防備になり、犬の背を越えて梅の香りがする場所まで歩いた。もう一度、触れたい。(余計にあとが切なくなるのに)反逆者の声を無視して進む、歩みはもう自分では止められない。
 花に触れる。
 一瞬すべては回復し、一瞬あとにはよほど寂しくなった。けれども、それは必要な瞬間だった。
「記憶は力に、感覚は希望になるのよ」
 木は根の底からささやいた。母と同じ匂いがする。


 外は雨が降っていた。
「最近出かけなくなったね」
 雨が降ったくらいのことで、一昔前に比べると出かけることが少なくなったね、と姉が言った。
 雨なんかで……。昔はどうってことはなかったのに。出かけなければ何もしていないみたいになってしまう。
「1時間くらいは出かけないとね」
 勢いよく自転車に乗って出かけた。すぐに見つかるはずのものが見つからずに、後戻りした。土煙が立つ、ただの空き地。マクドナルド跡地には、誰もいなかった。もうすぐなくなるんだぞ。以前におじさんが汚れたタオルでハーモニカを磨きながら言っていたことを思い出した。聞いていた通りになったのだ。
 ケンタッキー。
 すぐに頭を切り替えて、次の計画を立てる。
「しかし遠いな」
 友達が言う。一駅越えなければならない。雨の中の一駅は、いつもよりも遠くなるのだ。
「待てよ!」
 モス!
 答えは近い場所にあった。完全個室の居酒屋の中にB2への階段が隠されている。空いている、ネズミの休憩所ほどの狭い座敷の中に進入して、机を動かすと小さな穴が見つかり、梯子に足をかけて降りていく。ちょうど頭だけになった。その時。
「ビール飲む?」
 モスへ行くんだよ! 気まぐれなのか、突然誘惑が湧いてきたのか、本当は元からそういうつもりだったのか。こんなことになるのなら、一人で僕はくるべきだったな。
「えっ?」
 躊躇っている間に、テーブルの上にはお造りの盛り合わせが並べられていた。
「飲むだろう?」
 脅迫と懇願の間から声が響いた。
「ああ」 
 弱々しい返事は、同意したに等しい。
 音を立てて、完全個室の壁が壊れていく。人々が談笑する模様が露わになった。意志弱く折れていく2人には、容赦なく冷たい12月の雨のような視線が突き刺さった。


 マスクをしていたので証言は後日に取られることになった。僕の証言が決定打となって男は逮捕されることになるのだが、前もって断っておくべきか迷っている内に隅に座っているのはお婆さんに変わっていて、慣れない経路をたどったことで、散々連絡口で迷うことになってしまう。
 カレー屋のショーケースの上が連絡口だ。
「通れますか?」
「通れませんか?」
 長い帽子の男は、厨房の奥から逆に返してきた。
「そこじゃなくて、もう少し上」
 頭からケースの中に突っ込んでどうにか通った。片足でエスカレーターに着地する。狭い。と、思った瞬間に動き出す。転ばないようにバランスを取りながら上に行くと生い茂る植物たちの荒々しいハイタッチの歓迎に圧倒される。どうも正規のルートではなさそうだ。
(危険! その先落とし穴 注意!)


 おい。そういうことは、もっと前に言うべきことじゃないか。引き返そうにも空間がなさすぎる。飛び越えられない暗闇が口を開けるのが見えた瞬間、どこからか釣り竿のようなものが伸びているのがわかった。天の助けと信じて、手を伸ばす。それはしっかりと体重に耐えて、僕の体を上の階にすくい上げた。
 トレイを持ったままテイクアウトしていることに気がついたが、直前までのことを考えればそれは些細な問題として捉えることができた。そして、実際歩いている内にすぐ別のチェーン店を見つけることができたのだった。店の中は空席を見つけるのも一苦労しそうなほど混んでいたけれど、そのすぐ隣の少し懐かしい趣を持つカフェはひっそりとしていた。何より落ち着ける場所と一時の休息を、最も強く求めたのは右足だった。


「間もなく三国、三国……」
 減速していくと看板におぼろげな文字が、車掌の言う通りに見え始めるような気がした。だとしたら、僕は方向を間違えたのだ。
(違う!)僕は長い間、地面を受け止めていたはずじゃないか。
(ここは既に部屋の中なんだ)
 ホームに着いたところで、何も変わりはしない。振動が収まると列車は寸分の狂いもなく決められた通りの場所に停止する。
「扉が開きます」
 開いたとしても、誰も降りも乗りもしない。僕はひとり、みんな夢だったのだから。
「間もなく発車します」
 再び、列車は動き始めた。幻の旅がまだ体を欺いていたけれど、部屋を揺らしていたのは冬の嵐だということは既にわかっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...