【夢小説】夢まち 「痛みは消せない。忘れるしかないんだよ」記憶の奥の物語によって

ロボモフ

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口紅と雨

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「もう終わるところだから」
 お婆さんは、手伝いを拒んで一人仕事に打ち込んでいた。間に合っているとは、とても思えなかった。終わりが見えているようでもない。むしろ、今から増えていくようでもあった。
 落ち葉のダンスを見届けてから、離れようと思った。風を借りて円を描いた。くるくると回転して、さっと散った。みんな去ったと見えて、またやってきた。容易に終わる風ではなかった。解散と集合を繰り返して、力を増していくようでもあった。
 本当は、邪魔されたくなかったのかもしれない。自分にしかわからないようなうそで、お婆さんは自分の足下にある世界を守ることを知っていたのかもしれない。
 踊り子は、路上にいるものばかりではなかった。見上げると生い茂った木より、次々と葉は風に舞い仲間の元へ送り出されていく。
(落ち葉使い)
 きっとお婆さんはそのような存在だ。
 見届けるのをあきらめて、僕は歩き出した。


「何時まで?」
 2人連れの客が店の女に訊いた。
「21時までになります」
 もう21時半を回っていた。店内にはまだ多くの客が残っていて、皆落ち着いた様子で腰掛けているように見えるのが不思議だった。
「コーヒーの飲み方にはそれぞれペースがありますので」
 女は腕組みをしながら、コーヒーの飲み方についての持論を述べた。へー、そうなんだ。コーヒーの論理が強く働いているおかげで、閉店時間をオーバーしても、平気でくつろいでいることができるということらしかった。けれども、状況はすぐに一変する。

「ありがとうございます。どうぞ、お気をつけて」
 1人のセレブが帰途に着いたと思ったら、突然照明は落ち、開放された入り口のドアからは冷たい風が吹き込んできた。早送りを見ているように、ばたばたと人々は店を後にする。最後まで飲み切ることのできない者もいるように見えた。
「何をもたもたしているの?」

「ペースはどこに行ったんだ?」
 昔の言葉を持ち出して、食い下がった。
「さあ、早く、とっとと出て行かないか!」
 暗闇の中で、女の瞳とほうきの毛先だけが光っている。何かが乗り移ったに違いない。あるいは、何かの魔法がとけたあとかもしれない。とにかく話してもわからないことだけ確かに思えた。バッグの紐をつかむと、逃げるように店を飛び出した。
 夢中で逃げる内、靴紐が解けていることに気がついた。その場にしゃがみ込んで結ぼうとするが、何度やっても結べない。パトカーのサイレンの音が、あちらこちらから近づいてくる。駅前の交番からは、ただならぬ様子で警官たちが飛び出してくる。いつからか雨が降っていたが、傘を差すものは誰もいない。


「口紅は正しくはどこまで引いたらいいのかな?」
「僕、そういうの詳しくないから」
 訊く相手を間違えているのだ。そればかりか今は倒しても倒しても湧いてくる同じ顔を持ったゾンビと戦わなければならないのだった。みな不潔なボロ切れを身にまとい、頬に斜めに走る傷を持っている。1人1人を倒したとしても、彼らはこちらの攻撃の及ばない秘密の巣の中から次々と現れると、儀式的な動作で迷いなく向かってきた。たいした武器も持っていないというのに、少しも敗北を考えない様子は滑稽で恐ろしかった。表面的な勝利は虚しく、かえって彼らの進路に勢いを与えているように思える。

「持ってきたよ」
 ようやく彼女が武器を抱えて帰ってきた。
 連射の利くモバイルガンを持って目の前の敵に当てる。
「違う! あなたのはあっちの画面よ」
 どうやら操作する対象を間違えていたようだ。それにしても、画面がたくさんありすぎて、どれが本当の自分なのか、わからない戦いが続いた。ダメージを受ける度に漏れるうめき声が、徐々に大きくなっていき、やがては声も出なくなった。口紅の女も、両手にモバイルガンを持って、いつの間にか参戦していたが、それにしても不確かな戦いに見えた。

(負けたのかな)
 ゲームオーバーの文字が画面に現れる。ゾンビたちは、まだごそごそしているというのに、どの画面にも赤々とゲームオーバーの文字が踊りながら、敗者を見下していた。
(もう帰ろう)
 負けた者同士、あの子とは少し友達になれるかもしれない……。
 今度街で偶然すれ違うことがあれば、その時もまた雨が降っている気がした。

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