愚痴る⁉ 警備員 十全宗一郎殺人事件に巻き込まれる ~三文クリエイターより

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愚痴る⁉ 警備員十全宗一郎 殺人事件に巻き込まれる

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 才能がないということを痛感して、筆を置いてから、はや一年と数ヶ月が経つ。
 朝五時半。寝室の隣にある洗面所に行き、面倒くさそうに顔を洗う。歯ブラシで、黄色く染まっている歯を力強く磨いて、痰を吐くように、口の中を濯ぐ。
  洗面台に取り付けられている三面鏡に映った自分の顔を見ると、いつもの疲れ切った顔と対面し、口を尖らせた。
 唇を元に戻すと、親指と人差し指で頬をこすり、薄い八の字型の眉毛を撫で、すっかりしわが多くなった目尻をせわしく掻く。
 左頬の上にできた一円玉大のシミに、目を細め、左手で額を叩く。
 頭頂部には、髪の毛はほとんどない。
 側頭部に、申し訳なさそうに白髪交じりの髪の毛が、数十本あるだけだ。
(ずいぶん歳をとったものだ……)
 鏡など、しばらく観ることなかった。
 いや、あえて避けて来ていたのかも知れない。
 毎朝、あるいは風呂に入るたびに鏡に、世話になるのだが、なんとなくながめることはあっても観察することなどなかった。
 二十代、三十代の頃は、良く鏡に自分の姿を映したものだが、いまはあえて避けているような気がする。
 あの頃は、若さがすべてだった。
 体中から溢れてくる力が、根拠のない自信というものを与えてくれた。不細工な顔だが、それなりに魅力がある面相だと本気で思っていた。
 容姿に満足し、体中から溢れてくる若い力が、自分に自信を与えてくれたのだ。
 現実は、甘くはない……。
 作家を目指して、通信教育を受けた。知らない職業に飛び込んで、そこから、作品のネタを得ようとした。著名な作家のサイン会があると聞くと、片道二時間もかけて、作家のサイン会に行ったりした。
(そんなことをしても……)
 鏡から目を離した宗一郎は、洗面所に投げ捨ててあった灰色のジャンパーを、無造作に羽織った。
 洗濯かごを見ると。仕事着がある。
 仕事着である紺色の警備服をバックに詰め込み、家から外に出た。月六千円の有料駐車場に行き、中古で買った軽自動車に乗り、エンジンをかける。
 くぐもった音とともに、音響装置を兼ね備えたナビから、イージーリスリングが流れ始めた。そのまま優しい曲に身を委ねていたいが、音量を絞り、車を発進させた。一路、目的地に向かう。
 行き先は、E市の工事現場だ。
 E市は、宗一郎が住むK市から車で五十分ほどかかる街だ。ただいまの時間は、午前六時半。本日の道路警備の仕事は朝の八時半からだから、このまま車を飛ばしてゆけば、充分間に合う。
 宗一郎は、朝食を採ることにした。
 ここから、五分ほど車で飛ばしたところにある『すき屋』」は二十四時間営業している店だ。
 朝飯を抜くわけにはいかないので、大変重宝している。
 一ヶ月前に開店したばかりのお店だが、それまで、K市には二十四時間営業している飲食店は、一件もなかった。
『すき屋』のK市への出店は、ありがたい。いつでも飯が食える。独り身には至便だ。
『すき屋』の看板が見えると、宗一郎の腹が、音をたてて鳴った。
 宗一郎は、車を徐行させ、ゆっくりと『すき屋』に隣接する駐車場に入れた。
 週三回はここで朝食を採る。
 必ず、ハムエッグセットを注文し、近くのコンビニで買ってきた栄養ドリンクと、ともに胃に流し込む。それで終了。
 朝食所要時間わずか十分ほどだ。
 金を払い、再び車に乗り込み、現地に向かう。
 栄養ドリンクと、簡単な朝食で体力の回復を試みたのだが、残念ながら意気揚々というわけではない。
 五十歳を過ぎた頃から、体力の衰えが気になるし、なんとなく、憂鬱な気分になる。現地に行くのが億劫な時が、たびたびあるのだ。
 道路警備の仕事で、何時間も立っていると、脚が痛くなってくるし、耳の側で掘削機(ホリーダ)をガガガとやられると、イライラしてくる。それでも疲労した筋肉を、時々手でほぐしながら、我慢すれば、なんとかやっていけるのだが、安全棒や手旗を持って道路に立っていると、時々、いわれもない暴言を吐かれることがあるのだ。
「汚い格好をして、そこに立つな。邪魔、邪魔」
「おじいさん、大変だな。だるくはねえのか」
「立っているだけの仕事をして、なにが、おもしろい? おまえ、アホか」
 奴らは、車窓を開け、警備員に暴言を吐く。人を馬鹿にして、うさを晴らしているのだろうか。
 宗一郎は、アクセルを思い切り踏み、車を走らせた。
 途中で、相棒である同僚を拾わなければならない。今日の工事現場での道路警備は二人で仕事をする。現場の規模が大きければ、四、五人のときもあるが、今日は二人で間に合うらしい……。
 五分ほど市道を走ると、相棒がスポーツバックを抱えて道ばたに立っていた。
 ハザードライトを付け、車を路肩に停めた。
 髪を肩まで伸ばした若い男が、車に乗り込んでくる。宗一郎が挨拶をすると、「おはよっす」と、くだけた返事をよこした。
 西田雄一は、宗一郎の、二年先輩だが、まだ二十三歳という若い男だ。昨日も夜更かしをしたのか、寝ぼけ眼で、あくびをかみ殺している。
「パチンコでも、負けたのか?」
 そう、声をかけると、
「いや、連チャン、連チャンの嵐。おかげさまで夜中の十二時まで、飲んでいた」
 と、いう答えが返ってきた。
 西田は、長い髪を真ん中で分け、偉そうに口ひげを生やしているが、全然、似合っていない。本人は、外国のなんとかというミュージシャンに憧れていて、真似ていると言うわけだが、真似られたミュージシャンこそいい迷惑だ。見る人がみると、妖怪か化け物にしか見えない。
 西田を車に乗せ、それから十分ほど、車を飛ばして走行していると、宗一郎の携帯電話が鳴った。着信音で会社からの連絡だと分かる。
「相沢さんが、現場に行く途中、事故を起こしたみたい」
 事務員の明美さんの声が、携帯から聞こえてきた。
「事故!? 大丈夫ですか……怪我は?」
 と、宗一郎が尋ねた。
「車同士の接触事故だって。詳しいことは、よく分からないけれど……相手側の車が、そうとうイカレタみたい。くれぐれも事故には気をつけてね。それじゃあ」
「それじゃあって……」
 明美さんは、言うだけ言って、電話を切った。       、
 大阪明美さんは、宗一郎が働く大手警備会社K支店の事務員である。
 御年、五十三歳と、宗一郎と同い年だ。そのせいかどうだか、よくわからないが、宗一郎に気安く声をかけてくる。
 初対面からそうだった。面接時に履歴書を渡したとき、宗一郎が同じ歳で、同じ高校を出ていたと知ると、大げさに驚いて見せた。
「えっー うそっー 信じられない!」
 まるで、女子高生のように声をあげ、宗一郎の顔を、ジロジロ見たのだ。
「全然覚えていないけれど、何組だった? R高校でも情報通で知られる私が知らないってことは、よっぽど目立たなかったのね。クラブは? もしかして帰宅部だったりして……」
 確かに目立つ存在ではなかった。
 学業成績も、飛び抜けて良かったわけでもないし、文化祭などの学校行事にも、積極的に参加したことがない。クラブはテニス部で、一年から三年生まで万年補欠だった。
「面接は支店長がするけど、急な用事ができてね、支店長は留守だから、明日来て。この履歴書は預かっておくから」
 明美さんは、宗一郎の履歴書を無造作に机の上に置いた。
「えっ、留守なんですか? 電話では午後二時に会社まで来てくださいと言われたから来たんですけど……」
 宗一郎は、眉をひそめた。
「面接官がいなけりゃあ、どうしようもないでしょう。とりあえず、ここに書いてある電話番号に、後で連絡するから、今日はひとまず帰って」
 面接官とは、ずいぶんと仰々しいいいぐさだ。ちっぽけな警備会社のくせに、見栄を張っている。だいたい会社名からして、いかがわしい。県内に三カ所の支店しかない小さな警備会社のくせに大手警備会社などと名のっている。
「さあさっ、出口はあちら」
 明美さんは、宗一郎を急かした。


「先輩、何、考えているんですか?」
 隣の席で、西田がとぼけたことを言う。
「先輩って!? 先輩はおまえだろう」
 と、宗一郎が言うと、西田はニヤリと笑って、
「十全宗一郎さんは、人生の先輩でしょう。だから、先輩」
 と、言った。
 西田は、宗一郎が、大手警備会社に入社した当時は、宗一郎のことを、「十全さん、十全さん」と、敬語を使って、呼んでいたのだが、慣れ親しんでくると、「先輩、人生の大先輩。よろしく指導を、お願いします」とかなんとか言っちゃって、絡んでくるようになった。
 悪気がないと分かっていても、三十歳以上も歳が離れている男に、気軽に「人生の大先輩」なんて、言われると、腹が立つときがある。
 宗一郎は、西田を睨みつけた。
「あれっ? 怒ったの。十全さんらしくないなぁ~」
「べつに……怒っちゃあねえよ」
 宗一郎は、鼻をならした。
 怒ったふりをしても仕方がない。仮に本気で怒ってみても、西田は「エヘラエヘラ」笑うだけだろう。
「さっきの電話、なんなんだったんですか? 会社からでしょう?」
 西田が、尋ねる。
「着信音でわかったか? 明美さんからの言付けだよ。相沢さんが事故ったらしい」
「相沢さんが……あの、おっさん、おっちょこちょいだからな。縁石にでも乗り上げたのか? いや、あのおっさんのことだから、石につまずいて、車にでも轢かれたかもしれねえな」
 と、西田が勝手に空想する。
「いや、詳しいことはわからないが、とにかく事故ったらしい。だから、オレたちも事故には気をつけろということだ」
「なにそれっ~ オレたちが事故るわけねえのに」
 いや、事故るかもしれない。
 他の奴らを車に乗せても、事故る気などまったくないが、こいつを隣に乗せてると、起こさないはずの事故も、起きるような気がする。
 過去に二度ほど、こいつを車に乗せているときに、事故を起こしそうになった。
 一度目は、宗一郎が入社して一週間目、西田と市内の交通誘導の現場に行くとき、西田が助手席で、大きな咳をしたついでに、宗一郎の肩を押した。その弾みで、ハンドルを思い切り、切った宗一郎は、前の軽トラックに追突しそうになった。サイドブレーキを踏んで、なんとか回避したが、冷や汗がダラダラと流れ出たのだった。
 二度目は、つい二、三日前、後部座席に座った西田が急に腹が痛いといい、宗一郎の両肩をつかんだ。両肩を思い切り捕まれた宗一郎は、アクセルをこれまた、思い切り踏んでしまい、危うく、前を走るスクールバスにぶつかりそうになったのである。
「事故ったら、損だよね。会社は現地までのガソリン代しか出してねえし~ 車の修理代、自己負担だろう」
 と、西田が言う。
「だいたいさあ、会社に二台しか車がないっていうのはどういうことなの? 一応、オレらの会社、警備会社でしょう。それも、ほとんど工事現場の交通誘導の警備ばっかりしている警備会社。それなのに、会社には、二台しか車がないから、それぞれの現場までは、各自の自家用車で行ってちょうだい。て、ちょっとおかしくない?」
 西田の言うことは、もっともなことだ。
 車は、ガソリンだけで走るわけではない。
 潤滑油であるエンジンオイルだって常に消耗するし、タイヤだって車を走らせていれば、それなりに摩耗する。金がかかるのだ。とてもガソリン代だけでは割に合わない。
 一度、車両費という名目で、それなりの手当をくれないか、会社に掛け合ってみたいが、言っても無駄だろう。
 大手警備会社には、金がないのだ。
 申し遅れたが、宗一郎達が務める大手警備会社は、本拠地を岩手県の県庁所在地M市におく警備会社だ。
 名前だけが「大手」と名乗って気取っているが、実際の所は、名も知られていない、小さな警備会社なのだ。
 その小さな警備会社の仕事内容は、主に道路警備をする二号警備がほとんどだ。
 警備会社と言えば、多くの人は重要人物をガードする仕事や、現金輸送車などを運ぶ仕事が警備の仕事なのだと連想するが、それだけが警備会社の仕事ではない。
 大雑把に警備会社の仕事を紹介すると、四つに分けられる。
 重要人物や要人をガードする四号警備、現金や貴重品を運ぶ際に同行する三号警備、イベントや行楽施設、スーパーなどで、不審人物を見つけ出しては摘発する、一号警備。
 そして、建設現場や道路上での、交通誘導や、現場を行き交う人々の安全を守る仕事、いわゆる二号警備といわれる警備も、立派な警備の仕事なのだ。
 交通誘導警備は、道路工事には、欠かせない。
 交通誘導員がいなければ、安心して電柱埋設の工事や、アスファルトの舗装工事ができない。橋の架け替え工事や、ビルの解体工事の現場にも、いなければならない。交通誘導警備の仕事は、数も多いし、それに関わる人も大勢いる。
 大手警備会社の場合、警備の仕事は、交通誘導警備の仕事が大半を占めていた。
「相沢さんの車、今年、買ったばかりだろう。傷でもついたら、大損害だよな」
 と、西田が言った。
 仕事中に起こったことでも、自分の車を電柱などにぶつけたら、その車の車両保険で直さなければならないし、他人の車に接触したら、接触したで、対物保険で相手の車両を直さなければならない。
 会社の車を使用中での事故なら、対応も変ってくるだろうが、零細企業の大手警備会社には本社に七台、K支店に二台、E支店に三台しか車がない。
 普段の道路上での警備の仕事に社用車を使いたいが、使うにも使えないのだ。
「事故は車同士の接触事故らしい……」.
 宗一郎が、ため息交じりで言うと、
「そりゃあ~ 大変だな。警察呼んで、事故証明とって、お互の保険会社に電話をかけて……あっああ、面倒くさ。考えただけで嫌になっちまう。だから、オレ、車を持たないんだよな。免許はあるけど」
 西田は、そうおどけて見せた。
(パチンコに数万も使う奴に、車など買えるか)
 宗一郎は、鼻を鳴らした。
 西田の、パチンコ狂いは宗一郎はじめ、大手警備会社K支店の従業員なら誰でも知っている。勝つときには七万、八万も勝つと、うそぶいているが、負けるときも、七万、八万と負けるらしい。
 そんな金銭感覚で生きている奴に、車など所有できるか?
 できるわけない。
大手警備会社の給料は、決して高くはないのだ。
 仮に残業を数多くこなしても、一度のパチンコで、七~八万も使う奴に、車など買えるわけがない。そんな奴に車を買えたら、天地がひっくり返ってしまうだろう。
「西田」
 宗一郎は、話題を変えることにした。
「なんです。お金を貸せって言ったって、ダメですよ。オレ、金、ねえから~」
 西田は手のひらを、ヒラヒラと振った。
「バカ、おまえと金の話をしてどうすんだよ。おまえに金がないのは、みんなが知っている。オレが言いたいのは、今日は良い天気だなあと言いたいだけだ」
「はん? 一体なんですか、いきなり!」
 急に、どうでもいいことを言われて、面食らっているのだろう。西田は、腰を浮かした。
「いいから、今日は良い天気だなぁ~ そう思うだろう」
 四月上旬。厳しい寒さが通り過ぎ、暖かくなってきた。こんな日に、同僚の起こした事故のことで、嫌な気持ちには、なりたくはない。
 わざとらしいが、当たり障りがない話題をした方がいいに決まっている。
 宗一郎は、運転席のウインドを降ろした。
 西田と、とりとめもない話をしているうちに、工事中の標識が見えてきた。現場が近いらしい。
「おっ、本日の現場の堀田組」
 西田が、めざとく側面に堀田組と書かれてあるダンプカーを見つけた。
 宗一郎は、ダンプカーの隣に車をとめ、車から降りた。西田がまごまごしている。
「なに、やっている? さっさと降りろよ」
「ちょっと……あっ、あった、あった」 
 西田は、内ポケットから黄色い財布を取り出し、それを左手で握って、右手でドアを開けて、車から降りた。
 西田は、金の使い方が激しいので、いつも財布のことを気にする。内ポケットから財布を出して、財布がちゃんとあるかどうか確認するのだ。
「大手警備会社の警備員さんか? だったら、そこのプレハブで早く着替えて」
 ここの現場監督らしい人から、声をかけられた。
 返事をし、宗一郎と西田はプレハブに向かって歩き出した。
 十坪ほどの平屋建てプレハブ小屋が二棟、駐車場の脇に建てられてあった。
 向かって右側のプレハブ小屋前には安全標識やら、コーンやら、スコップやら、掘削機が、雑然と置かれている。
 左側のプレハブ小屋の前には二メートルほどの簡易な手洗い兼水飲み場が置かれ、水飲み場の下に汚れた安全靴が三足ほど置かれてあった。
 プレハブ小屋の脇で、二、三人の作業員がたむろしているが、宗一郎や西田に一瞥もくれることなく、軽く手足を動かしていた。
 宗一郎と西田は、薄い緑色のカーテンが垂れ下がっている左側のプレハブ小屋の引き戸を明けた。
「ここで、着替えろっていうのかい。こんなところで?」
 西田が不平を漏らす。
 雑然とした室内には、大きめの事務用デスク一つと、長テーブルが二つあった。事務用デスクの上にはノートパソコンと、ノート類が数冊。長テーブルの上には灰皿三つと、コンビニ弁当が、四つほど散らばっていた。
 床の上に置かれてあるゴミ箱にはテッシュの屑や、読み終わったスポーツ新聞が突っ込まれ、その横には空き缶や、空き瓶が数個、転がっていた。
 壁際には五つほどのロッカーがあり、二つほどのロッカーが、半ば開いていた。半ば空いてあるロッカーの中を何気なく覗いてみたが、薄汚れたジャンパーとトレーナーが数枚入っているだけだった。財布などの貴重品は持ち歩いているのだろう。そうでなければ、キチンと鍵を閉めているはずだ。
 辺りを見てみても、作業員用のロッカーはあるが、警備員用のロッカーなどは、用意されていない。
 現場によって、契約した警備会社から派遣される警備員用のロッカーが用意されている所もあるが、この現場には、そんな余裕はないのだろう。いや、余裕があっても余計なことに気をつかいたくないだけかもしれない。
 おまえたちは、適当にそこらで着替えろというわけだ。
 ぞんざいな扱いだが、着替える場所があるだけマシだ。着替える場所がない現場では、自分たちが乗ってきた車の中で着替えをしなければならない。
「東さんが、言っていたのは、これのことだろう?」
 と、西田が言う。
 プレハブ小屋の室内には、ロープが張られ、三つほどの黒い衣類用ハンガーが吊されていた。
「ここに、かけろということか」
 宗一郎が言った。」
 東さんというのは、同じ大手警備会社K支店の従業員だ。今年、三十五歳になるというが、いつもだらしなく無精ひげを生やしていて、どこか、ぱっとしない。
 口数が少なく、他人とめったに視線を合わせもしないから、そこにいるのか、いないのか、わからない空気のような存在と陰口をたたかれている。
 たまに取引先から、大手警備会社K支店に、差し入れのお菓子があったりすると、みなで均等にわけるのだが、東さんの分は、いつも最後だ。そこに東さんが居るのに、思い出したかのようにそれを配る。
「ごめんね、東さん。忘れていたわけじゃあないのよ」と、明美さんは、笑って誤魔化すが、そこに東さんが居ることなど忘れて居たのだろう。慌ててお菓子を配り直す様子は、どこか、ぎこちなかった。
 東さんは、それでもめげずに、仕事だけは真面目にやっている。
「昨日は、東さんと……佐藤さんだっけか?」
 宗一郎は片目をつぶって見せた。別にウインクをしたわけではない。佐藤さんの元気溌剌な顔を思い出して、顔をしかめたのだ。
「そうそう、佐藤さん、佐藤さん。あのおっさんもようやるよな。もう、六十を過ぎているんだろう」
 佐藤浩三さんは、還暦を過ぎた大手警備会社K支店の従業員だ。宗一郎よりも十も年上だが、日頃、体を鍛えているので、力仕事となると、いの一番に働き出し、重い荷物を率先して運ぶ。少し認知症ぎみなのが玉に瑕だが、頼りになる男なのだ。
「佐藤さんと、東さんか……いいコンビだよな。まったく」
 西田が、言った。
 空気のような男と、そこに居るだけで、みんなから頼りにされる男。いいコンビといえば、いいコンビだが、性格があまりにも違い過ぎる。行動力溢れる佐藤さんは、ぱっとしない東さんと組んで、イライラしなかっただろうか?
 しただろう……。
 佐藤さんは、そこにいてもいないような東さんを見て、発破をかけただろう。
 想像しただけで目が白黒になる。
「十全さん、なに、にやけているんですか」
 と、西田が、宗一郎の顔を覗き込んだ。
「……なんでもない」
 別ににやけていたわけではない。宗一郎は、西田から顔を背けた。
「そうですか……ニヤニヤしているように見えたから」
 西田は、首をひねった。
「な、なんなんだ……オレの顔に何かついているのか。ジロジロ見て」
「なんにもついていないけれども、いつも、仏頂面の先輩が、ニヤニヤしているんで……」
「仏頂面!? このオレが……」
「仏頂面ですよ。もっと、人生楽しまなくちゃ」
 西田は、口角をあげた。
「スマイル、スマイル……じゃあ、オレ、先に行っています」
 警備員服に着替えた西田は、言いたいことをズケズケと言って、さっさとプレハブ小屋から出て行った。
(なにが、スマイル、スマイルだ)
 プレハブ小屋に、独り取り残された宗一郎は、ため息を漏らした。
 ここ数年、思い切り笑ったことがない。酒を飲んで憂さを晴らしても、たまに行くパチンコ屋で爆勝ちしても、心の底から笑ったことなどない。
 嘲る、一笑、苦笑、失笑、自嘲、憫笑……。
 そんな言葉でくくりつけられる感情は、毎日のように宗一郎を蝕むが、大笑という経験は、しばらくしていない。
(若い頃は、友人と馬鹿話しをしただけで、高笑いできたのにな……)
 あのときの感情は、どこに行ったのだろう。
 宗一郎は、自らを冷笑した。





        2、


 着替えを終えて、プレハブ小屋から出ようとしたとき、引き戸が思い切り開いた。
「事故! 事故ですよ、十全さん」
 引き戸を思い切り開けたのは、西田だった。
「事故? 相沢さんの事故のことか、詳しいことは……」
 宗一郎が応える。
「そうじゃあなくて……ああっ、もう、じれったいな」
「じれったいとは?」
「だ・か・ら、相沢さんじゃあなくて……事故ですよ、事故。工事現場に……車が突っ込んで来たんですよ」
「えっ!」
 宗一郎は、西田とともに、事故現場に向かった。
 事故現場は、大の男が慌てふためいて尻餅をつくような状態だった。
 人身事故らしい。大きな事故だ。
 救急車を呼んだのかという、どら声が響き、何人、やられた? と、いう大声が周辺を飛び交っていた。
 現場は、人通りの少ない静かな山沿いの県道のはずだが、いわゆる蜂の巣をつついたような動揺と混乱が、辺りを包んでいたのだ。
「なんで、こんなことになったんだ!?」
 先ほど、宗一郎たちに声をかけた現場監督が、同僚の肩を揺すっている。肩を揺すられた男は、しどろもどろで、目を泳がせていた。そこから逃げ出したいのだろうか、ぎこちなく、首を左右に動かしている。
「安全管理は、どうなっていたんだ?」
 現場監督が言う。
「安全標識も、電光掲示板も、設置ずみでした……」
 その安全表示板も、電光掲示板も、事故に巻き込まれたのか、ガラクタ同然の無残な姿で、路上に転がっていた。もはや、どんな修理を施しても使い物にならないだろう。
 その傍らで、車に跳ね飛ばされたのだろう。三人の作業員が、血だらけで、路上に倒れていた。仰向けに倒れている二人の作業員は、苦しそうに、うめき声を上げている。残り一人が、うつ伏せで、首がありえもない角度を向いて千切れかけていた。
 工事現場に突っ込んで来たのは、トヨタのラウンドクルーザーだった。路肩に乗り上げた濃紺のラウンドクルーザーのエンジンは、かけっぱなしになっていた。
 その中で若い男が一人、ガタガタと震えている。
 現場は県道だが、幸いなことに交通量が多い町中を通る道路ではない。市街から少し離れた山沿いの県道だ。民家も少ないため、この時間帯、この県道を通る車はまれだ。
 が、交通量がまばらなためか、高速で走る車が多い。この濃紺のラウンドクルーザーも、スピードを出して、突っ込んで来たのだろう。十メートルほどのブ レーキ痕が道路上に残っていた。
「酷えっー 酷えよー これって、マジ!?」
 西田が、素っ頓狂な声をあげた。
「ああっ、酷いな……」
 宗一郎が確かめるように言った。
 歳をとり、それなりに人生経験を積んできた宗一郎は、過去に何回となく交通事故現場に遭遇したことがあった。
 自損事故がほとんどだが、一回だけ、他人が起こした人身事故を目撃したことがあった。目撃した事故は、老人が横断歩道で、車に跳ねられた事故だった。老人は、右足を折る重傷を負ったが、意識ははっきりしており、命には別状はなかった。
 宗一郎たちが、いま目にしている事故現場は、そんなものとは比べようもない事故だ。
 人が一人死んでいる。仰向けの二人の怪我人も相当なダメージを食らっているだろう。ほっとけば、命にかかわるかもしれない。
 仲間たちが、仰向けになって倒れていた二人の怪我人の元に駆け寄り、介抱し始める。二人は、荒い息つぎをするだけで、仲間の呼びかけに答えようともしない。
 首があり得ない角度で折れ、千切れかけている男の元に駆け寄った仲間たちは、目を閉じて、うなだれていた。
 サイレンを鳴らして、救急車とパトカーがやってきた。あらかじめ怪我人の数を報告していたのだろう。救急車は二台、パトカーは三台だった。
 救急隊員が救急車から飛び降り、怪我人のもとに急ぐ。「動かさないで」という声をかけ、怪我人から介抱していた仲間たちを遠ざける。もう一台の救急車から、オレンジ色のエアーストレッチャーを担いで二人の救急隊員がやってきた。二人は無残な姿になった遺体のもとに駆けつけ、合掌し、遺体をオレンジ色のエアーストレッチャーに乗せた。
 警察官が、ラウンドクルーザーの中から、若い男を、文字通り引きずり出した。五分刈りのその若い男は、アルコール臭を漂わせていた。
「この野郎~ 酒を飲んでいやがる」
 警官の怒鳴り声が、ここまで響いた。
 酒酔い運転での人身事故。
 重大な犯罪だ。酔っ払い運転で、人身事故、それも死亡事故を起こした場合、違反点数五十五点が加算され、免許取り消し、免許を取れなくなる期間、いわゆる欠落期間が、七年という罰が与えられる。
 被疑者が公務員だった場合、酒気帯び運転をしただけで、懲戒免職処分になることも多く、民間の会社でも、解雇、またはそれに準ずる処罰を行うことがある。
 宗一郎は、目線を下に落とした。
 若い頃、宗一郎は酒気帯び運転で捕まったことがあった。
 その時代、酒気帯び運転の罰金は、五万円だった。免許も取り消しにはならず、宗一郎は、九十日の免停をくらうだけですんだのだが……。
 二十代の頃、そんなことをしたから、この事故現場で、警察官が怒鳴る酒酔い運転だと、聞いただけで、罰則のことを頭に浮かべたのだろう。
 その時、酒気帯び運転で、宗一郎が人を車で撥ねていたら、いまの自分は、ここにはいなかったのかも知れない。
「今日は、よく事故に遭う日ですね」
 西田が言った。
 朝、この現場に着く前に、会社から、相沢さんが事故を起こしたという連絡が入っていた。
「相沢さんでしょう。それと、堀田組。一日で二件。どっちも俺には関係ねえけれど……」
 西田が、他人事のように言う。
「年に、何件の割合で、交通事故が起きているか、分かるか?」
 宗一郎が言う。
「はん? なに言っているんですか十全さん。そんなこと、俺に分かるわけねえし、知っていても意味はねえし……」
 確かに、そんな知識を知っていたところで、どうなることでもない。自慢にもならないし、知ったかぶりしやがってと、嫌がれるだけだ。
 宗一郎が、他車との接触事故を起こした二○二一年年度の交通事故発生件数は、三○万件を超えた。この数字が多いか少ないかは、宗一郎には判断できない  
 車の安全性能が向上したおかげで、年々数字的には、交通事故は減少しているらしい。けれど、現実に、三○万を超える交通事故が起こって、約二千五百人の人間が亡くなり、その十倍の二万六千人の人が重軽傷を負っているのだ。
 だから、それがどうした? 十全さんには、なんも関係もない話しでしょう。と、隣にいる西田に言われそうだが、毎年、いやこうして雑談しているときにさえ、交通事故が起こり、人が亡くなっている。現に、この場所で、人が一人、死んでいるではないか。
「大手さん、今日は、もう帰っていいよ。仕事なんかできやしないから」
 現場監督が、宗一郎たちに声をかけた。
「じゃあ、サインお願いします」
 西田が応える。
「サイン!? ああっ、いいよ。持ってきな」
 現場監督が言った。
 西田は、飛ぶように走り、駐車場にある宗一郎の車に向かった。途中で止まり、振り向いて、十全のもとに駆け寄って来る。
「十全さん、鍵、鍵、車のキー」
 西田が急かす。
 宗一郎は、車のキーを取り出すと、西田に向かって放り投げた。西田は、それを受け取り、再び、車まで、走って行った。
 車の中の助手席に、灰色のバインダーに挟まれてある一枚の用紙がある。用紙は本日の作業日報で、現場で実際に働いた警備員と現場名が書かれており、現場監督がサインする空欄がある。現場監督からサインをもらうことで、そこで仕事をしたとみなされ、月末に、工事を請け負った堀田組から、大手警備会社の口座に、警備代金が送金される。
 通常は夕方、作業が終わったときに、現場監督からサインをもらうわけだが、トラブルが発生した場合、この限りではない。午後から土砂降りになって、作業が中止になった時や、予定されていた機材が届かず、作業が中断した場合など、現場の作業は終了し、警備員たちのその日の仕事は、終了である。
 車から、戻ってきた西田は、現場監督からサインをもらって、宗一郎の傍らに歩いて行った。耳打ちをする。
「儲かりましたね、なんにもしないで、丸一日、働いたことになった」
(なにもしないで、儲かったか……)
 宗一郎は苦笑した。




 
           3、

「えっー 大事故じゃん。信じられない!」
 明美さんが、外まで届くような大きな声を出した。
「それじゃあ、お昼のニュースでやるわね。見なくちゃねえ」
 大手警備会社K支店の事務所には、この会社には似合わない大型画面のテレビが一台据え置かれている。明美さんは、そのテレビでじっくりと事故の様子を見るという。
 そりゃあそうだろう。取引のある会社の現場で、死亡事故が起きたのだ。見ないわけにはいかない。もっとも、明美さんの場合、話の種になるなら、隣の飼い猫がフンガーと泣いただけで、それを見にゆくとも聞いてはいたが……。
 午前十時過ぎ、宗一郎と西田は、大手警備会社K支店の事務所に戻ってきていた。
 作業日報を明美さんに提出し、事の次第を告げると、明美さんは女子高生のように興奮したのだ。
 年甲斐もないはしゃぎぶりだ。五十も過ぎているのに、幼児のようだと言ったら語弊があるが、それに近いものを感じる。
「どうした? 大きな声を出して」
 隣の支店長室から、横沢さんが、事務室に入ってきた。
「支店長、大変です。堀田組の現場で事故がありました」
 明美さんが応えた。
「事故? 大きな事故か」
「はい、どうやら大きな事故みたいです。車が、作業現場に突っ込んで来て、死人がでたと……」
「死んだものがいるのか……。そいつはちょいとまずいな」
 横沢さんが、薄い眉と眉の間に右手の人差し指を入れて、舌を打った。
 大きな事故が起きると、現場検証やら、原因究明やら、労働時間に問題はなかったのかとか、直接、工事とは関係がない煩雑な仕事が増える。それらの作業が一日ですめば、恩の字だが、二日や三日、酷いときは、工事そのものが、しばらく中断されることがある。
 そうなると事故を起こした堀田組から、大手警備会社に、警備員をよこしてくださいという、連絡がしばらく来なくなり、仕事に穴があく。
「堀田組さんから、まだ連絡はないが、連絡が入る前に本社に相談してみるか」
 横沢は、支店長室に再び、戻っていった。
 夕方、事務所の引き戸を開けて、佐藤さんと東さんが仕事先から帰ってきた。
「なんだい、十全さん、ずいぶん早いじゃあねえか」
 開口一番、佐藤さんが言った。
 佐藤さんは、堀田組の事故のことを知らないのだろう。事故が起こったせいで、宗一郎と西田が午前中に、大手警備会社K支店に帰ってきていたのだが、佐藤さんは、それを知らない。
 もっとも宗一郎は、一度、家に帰ってから、大手警備会社K支店に顔を出しているのだが……。
「おまえらの現場は、E市だったろう。帰りは六時過ぎになると思っていたんだがな……」
 佐藤さんが言う。
「堀田組で、事故があったのよ」
 明美さんが、応えた。
「事故!? おれらが昨日行った時は、なんも変わった様子はなかったぞ。疲れていた様子もなかったしな」
 佐藤さんが言う。
「交通事故よ。車が作業現場に突っ込んで来たのよ」
 明美さんが、声のトーンを落として言った。
「車が突っ込んで来た!」
 佐藤さんが、オウム返しにいう。
「車が……車が、突っ込んできたんですか?」
 東さんが、馬鹿の一つ覚えのように繰り返した。
「ふん、おまえが、その現場にいたら巻き込まれていたかもしれないな」
 佐藤さんが、そう言うと、東さんはなにも応えず、下を向いた。
 なにかいい返せばいいのにと思うが、へたなことを言うと、佐藤さんに、ここぞというばかりに嫌みを言われると思っているのだろう。意味ありげに、宗一郎を見ていた。 
 昨日、堀田組の現場に行ったのは佐藤さんと東さんだ。
 もし、今日も佐藤さんと東さんが堀田組の現場に行っていたなら、佐藤さんのことだ。頼んでもいないのに、率先して、あれこれと動き回り、余計なことをする奴と、白い目で見られただろうし、東さんは、そこで大きな事故が起こっても、ただ、ぼっーとしていただろう。
 いや、いや、東さんのことだ。佐藤さんの言うとおり、事故にまきこまれていたかもしれない。
「で、なんで十全さんが、ここにいるわけ? そんな大事故が、朝、起きたのなら、作業は中止になっただろうし、午前中には家に帰れただろう?」
 佐藤さんが言う。
「十全さんは、一旦、家に帰ったのよ。でも、なんか用があるみたいで……」
 明美さんが言った。
「用? なんの用だ。一旦、家に帰ったんだろう。電話ですむ用じゃあないのか。わざわざ車で、ここに来て」
 佐藤さんが、宗一郎に言う。
「ええ……実は……」
 宗一郎は、朝、事故を起こした相沢さんの事を聞きたかった。
 その後、どうしているのかも気になったが、もし、相沢さんのような事故や、それを上回る事故、あるいは事件が発生した場合、会社はどのように対処してくれるのかを、聞きたかった。
「十全さん、話ってなぁに~ あらたまって」
 明美さんが言った。
「ええっ……、あの~う。なんて言ったらいいか……」
 堀田組で、大きな事故が起こった直後だ。下手に話すと、変な目で見られる恐れがある。話しにくいし、どう切り出したらいいか分からない。
 宗一郎は、ためらいながら、何気なく、明美さんに目をやった。
「なに? 見ているの」
 明美さんの白いレディースブラウスの上にゴルフボール大の猫型のネックレスが、キラキラと輝いていた。
「いや、その猫のネックレス、素敵ですね」
「これっ? これね、横沢支店長からのプレゼントなのよ」
 明美さんが言った。
「これ、妻に買った物だけれども、いらないと言われたから、あんたにあげるよ。と、言われて」
 横沢さんは、いつも支店長室にいて、用があるときだけしか事務所に顔を見せない。面倒くさいことは、明美さん任せだ。
 その埋め合わせのつもりなのだろうか。女性にプレゼントをするような男には、見えないのだが。
「最初、私、こんなものはいらないわと、断ったんだけれども。だって、これっ、子供じみているでしょう」
「外に出て歩くときも、それを付けて歩くんですか?」
「付けて歩くこともあるけれど、たいてい外しているわよ。ここで付けるていのはゴマすり。ゴマすり。横沢さんへの追従よ。横沢さんが、私が喜ぶだろうと思って、こんなものをくれたわけだけど、これ、派手過ぎるし、付けないときは、机の中にしまっておくわよ」
 横沢さんが聞いたら、折角のオレの好意を袖にしやがってと、怒るだろう。それとも。口癖の「まっ、いいや」と余裕を見せる振りをするだろうか。どっちにしても、五十を過ぎたおばさんに、プレゼントをするなんて、横沢さんらしくはないのだが。
「たまにあるんですか? そういうプレゼント?」
 宗一郎が聞く。
「初めてよ。横沢さん、この頃、おかしいのよ。急に優しくなったと思ったら、支店長室にいない時もあるし……帳簿を見て、この経費、なんとかならないのかと言ったりして。それで、私にプレゼントをしたのかしら?」
 横沢さんは、名うてのケチだという噂がある。
 たまに、大手警備会社K支店で、飲み会があると、いつも、なんだかんだ言って、割り勘の勘定を渋る。支店長なんだから、みんなより、余計にお金を出してくれても良さそうなものだが、横沢さんが、気前よくお金を出しているところなど、誰も見たことがない。
 自販機で、コーヒーを買うときでも、財布の中身を見もしないで、小銭がないから、おごってくれっという男なのだ。
 宗一郎は、明美さんの胸の上に煌めく猫のネックレスを、しばらく見ていた。
 電話が鳴った。
「はい、大手警備会社K支店ですが……」
 明美さんが出る。
「えっ? 大日本生命……」
 電話の相手は、保険会社のようだった。
「いえ、大日本さんには、用はありません」
 明美さんは、受話器を乱暴に置いた。





    
           4、

 事務所の引き戸を開けて、相沢さんが、中に入ってきた。
 相沢さんは、いつものように、薄くなってきた頭を隠すために青い野球帽を被り、緑色の作業服を着ていた。右手にスーパーのレジ袋を持っているから、買い物でもしてきたのだろう。買い物をしたついでに事務所によったわけだ。
「相沢さん、事故の相手と、話はついたの?」
 明美さんが言う。
事務所に来るなり、いきなり事故の聞かれた相沢さんは、キョトンとしていたが、何を聞かれたのか理解したようで、
「ええっ、まあ……。後は、保険会社どうしの話し合いだけだから」
 相沢さんが、そう応えた。
「警察は? 警察は呼んだんでしょうね。事故証明とか……。いろいろとやんなけりゃいけないことがあったでしょう」
「そ、それは……」
 相沢さんは、青い野球帽のつばを、右手の親指と人差し指でつまんだ。
「それはって……。もしかしたら、警察を呼ばないで処理したの?」
「怪我人が出たわけではないし……、車がへこんだだけだから……」
 相沢さんが、そう言うと、
「相手の車をへこませた。じゃあ、直すのに、お金がかかるわね。何万単位のお金で、すめばいいけれど、何十万も修理費を請求されたらどうするの? 警察に事故証明をさせなくちゃあ、ダメじゃあない? 修理費を誤魔化されても知らないわよ。それにさ、日にちが経ってから、腰が痛くなったとか、首が回らなくなったとか、そんなこと言われたらどうするの? それって、言うなれば人身事故でしょう。違う?」
 大手警備会社K支店の従業員は、車を使う仕事柄、事故を起こしたら、必ず、警察に届けるように義務付けられている。
 相沢さんは、それを怠ってしまったのだ。
「で、どうなの相手側の保険会社、ちゃんと相沢さんの話を聞いてくれたの」
 明美さんは、相沢さんの目を覗き込んだ。
 警察を呼び、事故現場の状況を詳しく調べ、事故証明などを取らないと、事故を起こした当事者たちだけの証言で、保険会社の賠償責任が査定されることがある。
 おしとよしの相沢さんのことだ。全部、私が悪い。気をつけて車を運転しなかった私が、すべて悪いとか言って、損害賠償の過失割合を、自分が、七割か、八割、相手側が二割か三割り、いや、下手すると全額、負担する事を了承したかもしれない。
そうなると、相手の車の破損部分と、自分の車の破損部分の修理費を、自分の入っている保険だけでまかなうことになってしまう。
 へたに対応すると、大損するというわけだ。
「オレは、任意保険に入っていただけでもいいと思っている。昔、保険に入っていない従業員がいてね……」
 と、相沢さんが言った。、
 明美さんは眉を寄せた。その話には振られたくないらしい。相沢さんから目を逸らして振り向いた明美さんの膝が、机に触れ、机の上に置いてあったペンが机の下に落ちた。
「御免なさい」
 明美さんは、しゃがみ込んで、ペンを拾った。
 宗一郎は、前にその話を訊いたことがあった。
 四年前、この支店の従業員で、交通事故を起こし、会社に迷惑をかけた男がいた。
 怪我人こそ出なかったが、相手の車が大破してしまったのだ。
 信号で停止中の車に、よそ見運転で突っ込んで、相手側の車を大破させた男は、会社に泣きついてきた。
「後で必ず、払うから、お金を貸してくれ。必ず、必ず、払うから貸してくれ」と。
 が、泣きつかれたところで、会社が何十万のお金を貸せるわけでもない。
 その男は、大手警備会社K支店に入社して、まだ、二ヶ月しか経っていなかったし、普段の素行もあまりいいものとはいえなかった。
 事務所内は禁煙なのに、注意されてもタバコを吸おうとするし、商談のはなしをしているお客さんの前で、無頓着にも、平気で着替えをしようとした。
 そんな男に、何十万も、お金を貸す会社などあるはずがないのだ。
 事故を起こしてから毎日のように、金を貸してくれっと、会社に懇願したその男は、事故を起こした後、十日ほどで、会社に来なくなり、姿をくらました。
 事務所の引き戸を開けて、また、誰かが事務所内に入ってきた。警備の仕事を終えて、帰社してきた大手警備会社K支店の従業員だろう。無造作に引き戸を開ける動きは、彼ら以外には考えられない。
「おおっ、いた、いた」
 事務所に入ってきたのは飯田さんだった。飯田さんは、事故を起こしてしまった相沢さんの代わりに、電柱交換工事の現場に派遣されていた。
 飯田さんは、途中で着替える暇がなかったのか、青い警備員服に反射材がついたベストを着たまま、ニコニコ笑っていた。
「相沢さん、心配したぞ。事故を起こしたって?」
 飯田さんが言う。
「事故って言っても、小さな事故で……」
 相沢さんが応えた。
「でも、事故は事故だろう。お互い気をつけなくちゃあなあ」
 飯田さんは、ヘルメットをソファーに置き、相沢さんの肩を叩いた。相沢さんは、どういう態度をとったらいいかわからないようだ。しどろもどろしている。
「飯田さん、そのヘルメットと誘導灯、隣の備品室に置いてきたら……。ついでに着替えて」
 佐藤さんが言った。
「ああっ、悪い、悪い。急いでいたもんでな……。じゃあ、ちょっと……」
 飯田さんは、銀色のヘルメットを被り直して、きびすを返し、隣の備品室に向かった。
「まったく、いい歳して、だらしないんだから」
 佐藤さんが、聞こえよがしに言う。
「なんか、言ったか?」
 飯田さんが、振り向いた。
「いいや別に……なんも言ってねえよ」
 佐藤さんが、とぼけた。
「オレのこと、馬鹿にしたろ? だらしないとか」
「そんなこと、言ってねえよ。若いのに耳でもおかしくなったか。耳の穴に馬の糞でも詰まっているんじゃねえの」
 佐藤さん、悪口を言うのにもほどがある。
 耳の穴に馬の糞なんて、つまるわけないと思うし、そもそも馬の糞って何だ? そんなもの、どこにある? なんで、馬の糞がここに出てくるのだ。  
 飯田さんは、黙っていては、男が廃るとばかりに、
「あん、年寄りが、なに、ほざいていやがる。おまえのこと、周りがなんて言っているか、知っているか」
 と、言った。
「ほう、なんて言っている?」
「でしゃばりすぎの、ぺんぺん草の、もうろくじじいだと言っているんだよ」
 ぺんぺん草の、もうろくじじいとは、ちと酷い。もっとも、ぺんぺん草のもうろくじじいというものが、どういうものなのかは、知る由もないが。
「なんだと、もういっぺん、言ってみろ」
 佐藤さんが、飯田さんの胸倉を取ろうとした。その時……。
「やめなさい! もう、いっつもなんだから」
 と、明美さんが、大きな声を出して仲裁した。
「なんで、あなたたちは、いつもそうなの? 寄ると触ると喧嘩ばかりして」
 パイプ椅子に座っていた明美さんが、立ち上がった。
 佐藤さんと、飯田さん。この二人は、お互いのことを天敵だと思っているのだろう。会えば、必ず、やりあう、ののしりあう、しまいにはドツキあうのだ。
 年齢は、佐藤さんが六十三、飯田さんが、六十歳。飯田さんの方が、三つも年下なのだが、社歴は飯田さんの方が長く、五年も佐藤さんを上回っている。五年も先輩である飯田さんに対して、後輩の佐藤さんは、気を使って、接しなければならない立場のはずだが、佐藤さんにはそれができない。飯田さんを、ジロジロ見ては、皮肉を言ってみたリ、嫌みをいう。
 年寄りの言うことだと、はじめはおとなしく笑って済ませていた飯田さんだったが、おとなしくしていると、たいていの人間は、いい気になる。よせばいいのにズケズケと嫌みや皮肉を言ってくるようになるのだ。
 佐藤さんも、その例に漏れず、図にのって、平然と飯田さんを、こき下ろすようになってしまった。
 みんなの前で、恥をかかされる飯田さんは、たまったものではない。
 飯田さんはキレた。
 おまえ、それが先輩に対する態度かー と、言わんばかりに、佐藤さんとやりあうようになったのである。
 そんな二人に対して、明美さんが言う。
「いい加減に喧嘩を止めたらどう? いい大人がみっともない。二人とも、そんなことばかりしていると、いい仕事をまわさないわよ」
「いい、仕事だと!? いい仕事って、なんだ?」
 佐藤さんが言う。
「道路警備じゃあなくて、施設の巡回警備。それも、午前と午後、二回だけ、施設内の特定の場所を巡回するだけの仕事」
 大手警備会社の仕事は、道路上での交通誘導、交通安全の仕事が大半だが、たまに、施設警備やらコンサート会場での警備の仕事が入る。
 警備の仕事をやることには、かわりがないのだが、施設での巡回警備や、コンサート会場での車の誘導は、道路上での警備より、気をつかわない。いや、やはり気をつかうと思うが、楽ができる。
 施設での巡回警備は、巡回しないときは休憩室で休めるし、コンサート会場での車の誘導は、開演までの時間と、終演が終わったときから始まる、交通整理が忙しいだけで、開演中は、一服できるのだ。
「そういう仕事があるのか?」
 佐藤さんが、ほくそ笑んだ。
「あるかもよ。だ・か・ら……。この場は、おさえて……おさまらないと、キツイ仕事を割り振るわよ」
 二人とも、まだ、収まらない様子だが、明美さんに、そこまで言われたら矛を納めるしかない。二人は矛を収めた
「どうやら分かったようね。飯田さん、分かった。分かったら、備品室に行って」
 と、明美さんが言った。
 飯田さんは、舌打ちをして、事務所の引き戸を開け、隣の備品室に足を向けた。
「佐藤さん、なんで、飯田さんに、ちょっかい出すの?」
 飯田さんが備品室に行くと、明美さんが、事務所に残っている佐藤さんに、尋ねる。
「別に、ちょっかい出しているわけでもねえよ」
 佐藤さんが、素知らぬ顔で言う。
「ちょっかい出しているでしょう。なんで、目の敵にするわけ。飯田さんに恨みがあるの?」
「恨みなんかねえよ」
「じゃあ、なんで?」
 明美さんが、佐藤さんの目を直視した。
「……あいつは、だらしない」
 佐藤さんが、明美さんから目をそらして言う。
「確かに、だらしない所があるけれど、飯田さんは、誰よりも真面目にやっているわよ。人が嫌がる日曜の仕事も、進んでやってくれるし、危ない夜間の交通誘導の仕事もこなしてくれる。そんな飯田さんに、なんでつっかかるわけ? 少々、だらしないところなど見逃してあげればいいじゃあない? 佐藤さんに、危害が及ぶわけではないでしょう」
 佐藤さんは、初対面から、飯田さんのことを馬鹿にしてきたわけではない。入社した当時は、他の従業員と同様、普通に、飯田さんと接していた。が、いつも情熱的で、やる気満々の佐藤さんから見れば、仕事を真面目にこなしていても、段取りが悪く、どこかだらしない飯田さんが、歯がゆかったのだろう。 
 三ヶ月も経つと、飯田さんが、とるに足りないような、ちょっとしたミスをしても、佐藤さんは、飯田さんに対して、ネチネチと嫌みを言うようになった。
「佐藤さん、飯田さんとあまり喧嘩しない方がいいですよ、飯田さんは、昔っからここにいるし、明美さんの信頼を厚いし」
 東さんが言った。
「ふん、あいつとは馬があわねえんだよ。馬がな」
 佐藤さんが、口をとがらした。
 事務所の引き戸を開けて、また、誰かがやってきた。
「あれっ? 何か、遭ったんですか?」
 事務所の引き戸を開けて、中に入ってきたのは笹岡という、今年二十五歳になったばかりの警備員だった。笹岡は、事務所内に立ちこもっている異様な雰囲気を感じ取っていて、瞼をヒクヒクさせていた。
「なんでもないのよ……。笹岡くん、着替えて、事務所に入ってきて、その格好じゃあ……」
 明美さんが言った。
「あっ、失礼しました」
 笹岡は、ヘルメットと誘導灯こそ持っていないが、警備服を着込み、その上に反射材が、キラキラ光るベストを身につけていた。
「今日、一緒だった日比野さんは、どうしたの?」
 明美さんが、質問する。
「ああっ、あの、おばさん……。トイレ」
 笹岡が応えた。
 銀縁の眼鏡をかけ、頭を七三に決めている笹岡洋三は、早稲田大学を卒業している。
 そんな頭のいい奴が、薄給の零細企業に、それも、なんでこんな辺鄙な支店に、入社してきたのか、宗一郎たちは、不思議に思っていた。
 いくらK市が人口五万ほどの小さな市でも、大学卒で若い男なら、それなりの給料がもらえる企業なり、会社があるはずだ。
 わざわざ、こんな年寄りばかりいる警備会社に就職しなくてもよさそうなものだが……。
 笹岡は、着替えをするために備品室に向かった。
 ちなみに、大手警備会社K支店は、三階建ての雑居ビルの二階に居を構えている。
 小竹ビルという名の、この雑居ビルの一階には、満腹屋というラーメン屋が入居しており、二階が大手警備会社K支店で、三階に損害保険会社が入っていた。
 満腹屋という、いかにもありそうな名前のラーメン屋の上に、警備会社と損害保険会社があるというわけだ。
 宗一郎たち、大手警備会社の従業員は、ラーメン屋の脇に設置されている階段を使って、二階に行く。二階には三つほどの部屋があり、三つの部屋は、すべて大手警備会社で借りている。道路側の広い部屋が事務所で、その隣が、支店長室、支店長室の隣が、備品室である。備品室は、従業員の休息所としても利用されており、従業員のために、ロッカーが十個ほど用意され、真ん中に、長テーブルが一つ置かれている。ロッカーの脇に、ヘルメットや誘導灯を置く場所があり、予備の警備服や反射材使用のベストも、そこに置かれている。
 いま、その備品室で、飯田さんと笹岡が着替えているわけだ。
「ここの、トイレ、なんとかならないの?」
 ぶつぶつと、不平を言って、事務所に入ってきた従業員がいた。
 日比野洋子さんだ。
今年で四十五になる、この、おばさんはパートで働いている。パートといっても時間給ではない。仕事があるときだけ働く、日給制のパート・タイマーである。
「なに、イライラしているのよ」
 すかさず、明美さんが尋ねた。
「だって、そうでしょう。りっぱで清潔なトイレだけれども、便座一個と手洗い所が一つあるだけでしょう。中から,鍵をかけることができるからそれでもいいとは思うけれど、男女兼用なわけなのよね」
 そう、洋子さんが憤った。
 二階のトイレは二階の奥にあり、二階に上ってきた人なら、誰でも使用できた。
「仕方がないわよ。嫌だったら、下のラーメン屋さんのトイレに行ったら? 下は、ちゃんと、男と女に別れているから」
 明美さんが応える。
「わざわざ、下に行って、用をたせっていうの?」
 洋子さんが、不満を漏らす。
「下のラーメン屋さんのお客さんは、下のトイレが満室の時、二階のトイレに来ているわよ」
 明美さんが、洋子さんの不満を、軽くいなした。
「それが、嫌なのよ」
 洋子さんが、いうには、トイレから出てきたら、いきなり、目の前に、男がいたことがなんどもあったという。
「なんか、音を聞かれているみたいで……」
「あらっ、そう? 私もそんなことが遭ったけれど、気にするほどでもないわ」
 明美さんが、応えた。
「気にしないの? 全然?」
「気にしない、気にしない」
「えっー 嘘!?」
 洋子さんは、驚いたような声をあげた。その驚いた声にも、かまわずに明美さんが話を変える。
「ちょっと、聞いてよ洋子さん」
「うん、うん、聞く、聞く」
 洋子さんが応えると、明美さんと、洋子さんは、いつ終わるかわからない井戸端会議を始めた。
 男ばかりの警備会社で、いつも事務所に一人でいる明美さんにとって、洋子さんは、いい話し相手なのだろう。夕ご飯のおかずのことから、街のスーパーでの特売の話、あそこの誰それが、浮気しているんじゃあないと、いう憶測話やら、その他、とりとめもない、おしゃべりが止まらない。
 一度、家に帰った宗一郎が、わざわざ、またここに戻ってきた理由など、聞くことを忘れてしまっているようだ。
 宗一郎は、やれやれ、始まってしまったかと、鼻を左手の人差し指と親指でつまんだ。
「あの、オレ、用がありますので帰ります」
宗一郎が言った。
「あっ、そう」
 明美さんは、宗一郎を見もしなかった。
 宗一郎は、一度、家に帰った後、わざわざ、ここにやって来た。話があるから来てみたのだが、明美さんは、そんな宗一郎のことなど、すっyかり忘れて居るらしい。洋子さんとの、くだらない話しに夢中なのだ。



 

        5、

 相沢さんが事故を起こし、堀田組でも交通事故が起きた日から三ヶ月が過ぎた。
 七月になったとしても、大手警備会社K支店の連中は、変らない。いつもと同じことをしている。
 相変わらず佐藤さんと飯田さんは、言い争っているし、パチンコ狂の西田は、勝った、負けたと、毎日のように遊びほうけている。
 影の薄い東さんは、やはりいるのかいないのか、分からない空気のような存在だし、必要なこと以外、余り喋らない寡黙な笹岡は、文庫本を片手に仕事に精を 出している。
 明美さんはいつものように大きな声で洋子さんと、馬鹿話で、はしゃいでいるから、これも変わらない。
 この大手警備会社K支店のトップである支店長の横沢さんは、業績があがらない、これではダメだと、これではやっていかないと、ウンウンと、うなっているが、しばらくうなると「まっ、いいか」と言って、高いびきを掻いて、居眠りばかりしている。
 宗一郎はと言うと……。
 宗一郎は、宗一郎で、朝、起きて、鏡の前に立つと、「老けたな、オレって、こんな顔だっけ?」と愚痴ばかり言っていた。
 本日の宗一郎の仕事は、電柱取り替え工事に伴う道路警備である。相棒は、佐藤さんと、西田と笹岡で、宗一郎たち四人は、宗一郎が運転する車に乗り込み、現場に向かった。 
 現場はK市内だ。他の町や市に行くわけではない。移動時間が短くて済む。余計な体力を使わなくても、いいというわけだ。
 車に乗り込んで十分ほどで、本日の現場に着いた。現場には、工事を請け負った「ワンテック株式会社」がすでに到着しており、工事の準備を粛々と進めていた。
 ワンテックが請け負った工事は、古くなった電柱を新しい電柱に交換する作業だ。市道沿いの作業、それも山の中腹での作業なので、車の往来はほとんどなく、道路上を行き交う人はワンテックの人たちだけだ。この程度の現場なら、警備員が二人もいれば足りるのだが、三ヶ月前、堀田組で起きた事故が、相当、この業界を揺るがしたらしい。
 二人で間に合う現場の交通警備が警備員四人という大規模な体制になった。
 ワンテックとしては、警備員の数を極力減らし、経費を抑えたいというところだが、致し方がないというところだろう。
「しかし、山の中だと、自販機、ひとつないから不便だわ」
 現地に着くなり、西田が言った。
「水筒、持ってきていないのか?」
 佐藤さんが言う。
「面倒くさい。オレはいつも現地調達だわ」
 西田の好きな飲み物は、熱いコーヒーだ。寒い冬場は、もちろん、夏の日照りが激しいときでも、そいつを買って飲む。
「まっ、喉が渇いたら、わしに言え。いつも三本、水筒を持ってきているから、なんも心配もない」
 と、佐藤さんが言う。
「えっ? 佐藤さんは、水筒をいつも三本、持ってきているんですか?」
 後部座席にいる笹岡が言った。
「そう、わしは用意周到だからな。それだから、みんなに頼りにされている。おまえたちのことは、わしにまかせておけ。なんでも相談しろよ」
 まったく……。うぬぼれるなというか、そこまで自画自賛して、なにが面白い、というか……。横で聞いていても、なんでそんなに見栄を張るのだろうと、呆れてしまう。
「暑いな……」
 シートベルトを外しながら、宗一郎が言う。
「暑いと思うから、暑い。わしは、ちっとも暑くないぞ。はっはっはっは」
 佐藤さんが笑った。
 普段着から警備服に着替える場所など、この現場にはない。各自、自宅で警備服に着替えてから、宗一郎の車に乗り込んでいる。
 宗一郎の車は軽自動車だ。反射版をつけた分厚い警備服を着込んだ男四人が、狭い軽自動車の車内に乗り込めば、当然、暑苦しい、身動きがとれない、息苦しい。
 それでも、宗一郎の軽自動車が、ジムニーという後部に荷物が詰めるタイプの車だったので、普段着やら弁当やら、懐中電灯やら水筒などを、詰め込んだボストンバッグを、そこに置いてあるので、車内の四人は、なんとか息をついていた。
 宗一郎たちが、車から降りると、ワンテックのこの現場での責任者が、宗一郎たちの元にやってきた。
 湯迫と名乗ったワンテックの責任者と、本日の打ち合わせを済ませ、宗一郎たちは、早速、持ち場についた。
 電柱取り替え作業に伴う現場で、道路を、片側交互通行にして交通誘導する仕事だ。
 向かって右側の道路上に置かれた、車両強制停止装置と電工表示板の前に、宗一郎が立ち、数十メートル離れた左側の道路上に置かれた、車両強制停止装置と電工表示板の前に、笹岡が立った。
 佐藤さんと西田は、作業現場で警備にあたる。現場で電柱を取り替える作業員の安全を守るというわけだ。
 問題点が若干ある。
 西田は、西田で、不真面目なところがあるし、(今時、誰も使わない旧い型のウォークマンを、内ポケットに忍ばせて、音楽を聴きながら警備をしたときがあった)佐藤さんは、佐藤さんで、あの調子で、余計なことを言って、ワンテックの人たちを困らせるんじゃあないかと心配してしまう。
 なにも起こらなければいいのだが……。
 そう、危惧していたが、幸いなことに宗一郎の思いは杞憂に終わった。
  午前中は、何も起こらず、無事に終わったのである。
昼食時間になると、ワンテックの車両が、警備を続行していた宗一郎の前に停まった。ワンテックの社員がワンボックスカーのドアをスライドさせて、中からガードマンロボとデジタル表示灯を取り出した。宗一郎の側に置く。宗一郎たちが昼食を採っている間、このガードマンロボとデジタル表示灯が、宗一郎たちの代わりをしてくれるのだろう。
 宗一郎は、会釈をして、その場から、自分の車に向かった。
 ジムニーの車内での大男四人での昼食は、はっきり言って、暑苦しいし、息苦しい。
 宗一郎と西田は、後部ハッチを開けて、中から自分たちの弁当をとると、外で食べることにした。
 青空の下で食べる弁当は、気持ちいいものになるだろう。
「笹岡も、外で食べればいいのに……」
 と、宗一郎が言った。
「佐藤さんに、捕まったんだよ。あいつ、気の弱いところがあるからな」
 西田が、手のひらを拡げて、そう言った。
「そうか、しゃあないな。オレたちはオレたちで食べようぜ」
 宗一郎と、西田は、ジムニーの後部ハッチに座った。
「相沢さん、車の保険料が、かなり高くなったとぼやいていたけど、事故を起こすと、そんなに保険料が上がるわけ?」
 と、西田が聞く。
「なんだい、いきなり?」 
 宗一郎が、弁当内のウインナーを箸でつまみ上げながら、聞き返した。
「オレさあ~ 車、持っていないけれど、いつかは車を買うわけ。その時のために、聞いておきたいのよ」
 西田が、佐藤さんから借りた水筒の水を飲みながら言う。
「事故った車の修理費が、月々の保険料と比べて、安く済むのなら、保険を使わないで、実費で車の修理を済ます人もいるけれどな」
 と、宗一郎が言う。
「修理費が少額で済むなら、保険なんて使わない方がいいってわけね。まっ、車の保険なんて、そんなもんだろうな」
 と、西田が言った。
「車の保険ってそんなもんだろうて……。おまえ、なんかの保険にでも入っているのか?」   
 宗一郎には、どこかちゃらんぽらんなところがある西田が、保険というものに入っているなどとは思わない。もし、西田が保険に入っているとしたら、それは西田の家族が、西田にかけた保険だろう。西田は、頼りないが、西田の家族は、しっかりしていると、宗一郎は、明美さんから訊いていた。
「相沢さんの事故の後、明美さんに言われたんだ。会社で保険に入れてあげるから、入りなさいって」
 と、西田が言う。
「会社で入る保険って……。雇用保険とか失業保険とかがあるけれど、それとは別にか……」
 宗一郎が言った。
「なんだか、よくわかんねえけれど、法人保険っていう奴……。若い人だけだからね、この保険に入れるの。だから入りなさいって、強制的に入れられちゃった」
 法人保険のことは、前に調べたことがあるから分かっている。会社が従業員や役員に保険をかけて、もし、従業員や役員に、何かがあった場合、会社に、それ相応の金額が振り込まれ、会社側の裁量で、従業員や役員にお金が渡されるという保険だ。
 生命保険だから、若ければ、若いほど、かける保険の保険料も安くなるだろう。
 が、会社が、若い人だけに保険をかけるのは、おかしいのではないだろうか。小さいながらも大手警備会社は、れっきとした株式会社だ。そんな不公平なことを平気でするだろうか。
「保険なんて……。いらないのに……。その分、給料をあげてくれたらいいのによう……。十全さんも、そう思うだろう」
 と、西田が言う。
「ああっ、まあな……」
 宗一郎は、適当に誤魔化した。
 あの明美さんが、なぜ、宗一郎たちに声をかけないのだろう。「まっ、いいか」の横沢支店長なら、それも分かるが、明美さんが、そんな差別をするだろうか?
「先輩、曲、聞いてもいい?」
 宗一郎の思惑など、全然、気づきもしないのだろう。西田が、ウォークマンを傍らに置いた。
「これっ、西田のか?」
 ウォークマンは旧い型のものだ。
「父のものです。カセットテープも父のもの。使いやすいから使っているんです。テープの中に入っている曲もいいし」
「父さんのね……。ちょいと、貸してみな」
 宗一郎は、西田から、ウォークマンを受け取った。
「サザンか……」
「いい曲でしょう。オレ、父のおかげでサザン・オールスターズを知ったんです」
 と、西田が言った。

 
 午後は、それぞれ持ち場を変え、宗一郎と笹岡が作業中の現場で警備をし、道路上での交通誘導警備は佐藤さんと西田が行った。
 午後四時ころ、交通事故が起きた。被害者は、西田だった。
 道路上に、中古と思われるグリーンのパッソが、突然、現れ、宗一郎の代わりに、右側の道路上で警備をしていた西田を撥ね飛ばしたのだ。






       6、

 車に撥ねられた西田は、死んでしまった。
 首が異様な角度で折れ曲がっていた。折れたあばら骨が、胸を突き破っていた。傷から流れ出たおびただしい血が、路上を赤黒く変えていた。一見して、助かるはずがないと分かる。誰が見てもそう思うだろう。そこにあるのは一個の変わり果てた人間だったモノなのだ。
 西田が、こんなことになるなんて……。
 宗一郎は、目を背けたかった。
 が、これは目の前で起こってしまった現実なのだ。目を背けることなど、できやしない。
「十全さん……。僕たち、どうしたらいいのですか?」
 笹岡が言った。
「どうすればいいって……」
 宗一郎は、言葉を濁した。
 亡くなった西田と同僚である宗一郎たちは、駆けつけた警察官に、西田の勤め先である大手警備会社のことや、宗一郎、佐藤さん、笹岡のフルネームと年齢、そして西田本人のことなど、根堀り、葉掘り聞かれた。
 若い笹岡は、警察官にしつこく聞かれたことで、嫌悪感というか、厭世観というか、そういう得体のしれないものを感じてしまったのか、両手で、しきりに胸を抑えていた。同僚の遺体を見た直後に、なんだかんだと訊かれたのだ。気持ち悪くて仕方がないのだろう。
 笹岡は、嘔吐を我慢しているようだった。
「なんか……。この仕事を続ける気が……」
 笹岡が弱音を吐く。
 人の肉体が音をたてて、破裂したような惨状を、その目で見たのだ。警備の仕事を辞めたいと思ってしまっても仕方がないだろう。
 もし、西田が撥ねられた場所に、自分が立って警備していたら、西田の代わりに自分が殺されていたかも知れない。
「辞めるというのか?」
 佐藤さんが問う。
「辞めるというか……。辞めたくないというか……。車に撥ねられたくないし……」
 笹岡が応える。
「事故なんか、滅多に起きんよ。たまたま、身近で起きただけだろう。気にすることはない。そんなことを、いちいち気にしていたら、身体がもたんぞ。わしを見ろ、わしを。気力充実、体力万全、いつでもエンジン全開だぞ」
「しかしですね……」
「しかしもへったくれもあるか。要はここ。ここだ。ここさえしっかりしていれば、大抵のことは乗り切れる」
 佐藤さんは、胸を叩いた。
「そう思うんですが……」
 笹岡は、内心、そのうち自分も事故に遭うかもしれないと、怯えているのだろう。普段から青白く見える顔が、さらに蒼く染まっていた。 
 笹岡の気持ちも、分かる。
 佐藤さんは、事故なぞ、滅多に起きないよと言ってはいるが、宗一郎たちの周辺で、その滅多に起きない事故が、多発している。
 最初の事故は、相沢さんの接触事故だった。二番目の事故は、仕事先で起きた。堀田組の作業員が、飲酒運転の車に撥ねられた悪質な死傷事故だ。
 今回は、同僚の西田が車に撥ねられ、亡くなってしまった。
 相沢さんの接触事故は、事故を起こした当人にとっては不幸な出来事なのだが、宗一郎たちにとっては、所詮他人事、痛くも痒くもない。三日も経てば、人の口にも登ってこないモノだ。
 二番目の事故は取引先の現場での事故で、人の生き死にが、関わった死傷事故だ。一人が死亡し、二人が大怪我を負っている。
「佐藤さん、佐藤さんは、西田を撥ねた男を知っているんですか?」
 宗一郎が尋ねる。
 佐藤さんは、警察に連行される男を見て、見覚えがあるのか、首を傾げていた。
「あの男……。どっかで見たことがあるんだよな」
 と、佐藤さんが言う。
「どこかって!? どこです? もしかしたら、どこかの組の作業員だったとか」
 宗一郎たちは、仕事柄、県内の様々な建設業者、公共施設の警備担当者、道路の補修、改修の舗装業者、電柱の交換などに関わる業者や作業員などと、面識がある。その業者や作業員の中に、西田を車で撥ねた男がいるとでも言うのだろうか。
「どこだっけな。どこかで会った記憶がある」
 佐藤さんが言う。
「西田と関係があった人ですか?」
 西田を車で撥ねた男が、西田と関わっている人物だったなら、事情が、ちょっと違ってくる。
「なんで、そんなことを聞く?」
 佐藤さんが問う。
「事件の可能性があるからですよ」
 と、宗一郎が言った。
「事件の可能性だって!?」
 佐藤さんが、片方の眉をしかめた。
「事故だろう。なんで、そんな話になるんだよ?」
 西田の遺体の損傷から、西田を撥ねた車は、かなりスピード出して、道を走っていただろう。
 この市道は、道幅が四メートルほどしかない。そんな狭い道路でスピードを出す必要が、どこにあるのだろう。
 スピード狂の無謀運転といってしまえば、それまでだが、車を運転していたのは中年の男だ。
 四十過ぎの男が、レーサーを気取って、無謀運転なんてするだろうか。
「西田が、誰かに恨まれているとしたら、どうです? 西田を恨んでいる誰かが、車を凶器に変えて、西田を襲ったとしたら……」
 と、宗一郎が言った。
「あの西田を、恨む?」
 佐藤さんは、鼻で笑った。
 西田は、いい加減なところがあるが、人に憎まれるような男ではない。パチンコ狂で、酒ばかり飲んで遊んではいるが、明るい性格で、皆に好かれていた。そんな西田が、人に恨まれる分けがない。
「西田を跳ねた男が、西田を知っていて……、いや、恨んでいて、車を使って、西田を殺した……。そういう可能性だってあるんじゃあないですか?」
 と、宗一郎が言う。
「十全さん、それって推理小説の読み過ぎですよ。こんな田舎で殺人事件なんか起こるもんですか」
 笹岡が言った。
「事件としたら、あれだな、あれっ」
 佐藤さんが言う。
「あれって、何ですか?」
 笹岡が問う。
「ほら、先日もあっただろう。むしゃくしゃして、人を殺したくなったから、車で人混みに突っ込んだという奴」
 「それ、知っているけど……。でも、それって、都会の話でしょう。こんな地方で起きるはずないでしょう」
 笹岡が笑った。
「それも、そうだな」
 佐藤さんも、ニンマリと笑みを作った。
「笑い声を、たてるなんて……。同僚がなくなったんですよ」
 と、宗一郎が、握った拳を振るわせて言う。
「……すいません」
 笹岡が謝り、佐藤さんは宗一郎から目を離し、あらぬ方向を見つめたのだった。




 
      7,

「もう! 散々だったんだから~」
 宗一郎たちが、警備の仕事を終えて、大手警備会社k支店に帰ると、明美さんが、大手警備会社K支店の事務所で、一人、鼻を膨らませて、憤慨していた。
 西田の葬儀が終わった直後、西田の死因に疑惑をもったのか、県警の刑事が二人、大手警備会社K支店にやってきて、いろいろと明美さんに聞いたのだ。
 初老の刑事は、「互野」と名乗り、若い刑事を、「保坂」と、明美さんに紹介した。
「刑事」という肩書きは、それなりに人を緊張させるものらしい。普段、愛想笑いなど滅多にしない明美さんが、柄にもない作り笑いで対応したというから、相当、居心地が悪かったに違いない。
 なぜ、交通事故に過ぎない西田の事故に、県警の刑事が事情徴収に来たのだろうか?
「西田さんを車で撥ねた男……。八雲太一は、四年前に、ここ、大手警備会社K支店で、働いていたはずだが」
 互野は、そう言って、一枚の写真を、明美さんに見せる。
 明美さんは、首を傾げた。
 その男のことを覚えていないようで、少しの間、写真を凝視していた。やがて、思い出したのか、奥のキャビネットからファイルを二冊取り出した。ファイルは、この大手警備会社K支店に勤務したことのある従業員の履歴書を挟んだものだ。
 明美さんは、パラパラとファイルをめくり、お目当てのモノが見つかったのか、そのページを机の上に拡げた。
「四年前の五月に入社して、経った二ヶ月で辞めているな……。この八雲っていう男は」
 互野が眉をしかめた。
「どうして、二ヶ月で会社を辞めたのですか?」
 若い保坂が、尋ねる。
「事故を起こしたのよ……。人の車に追突して……、お金がないから、お金を貸してくれって、泣きついてきて……」
 明美さんが、苦虫をかみつぶしたような顔をして言った。
「貸してやらなかったんですか?」
 と、保坂が言う。
「当たり前でしょう。ここは銀行じゃあないのよ。銀行だって、職を転々と変え、失業手当で食いつないできた男に、金なんか貸すものですか」
 八雲の履歴書に記されていた職歴は、新聞配達のアルバイトから始まっていた。高校を卒業してから、市内の新聞店で五年ほど新聞配達をやり、車の免許を取ったのを機に、新聞店を辞め、東京に上京。運送会社で働き始めた。
 上下関係に厳しかった、その運送会社が嫌になったのだろう。三ヶ月ほど勤めて、運送会社を辞め、二、三日して、スーパーで働き始めた。
 が、日曜日に休みが取れないと言うことで、そこは、三年で退社し、辞めた後、しばらくは失業保険で生活をした。
 失業保険が切れた後、プラスチック容器の製造工場で勤めたが、長くは続かず、二年ほど勤めて、退社し、また失業保険暮らしになった。
 その後、派遣社員などをして暮らしていたが、会社の都合で、あちこちの工場に飛ばされる派遣社員生活に疲れたのか、三十九歳になって、k市のやってきて、大手警備会社K支店に入社したのだ。
「よく雇ったものですね。こんな辛抱が足りない男を」
 互野が言った。
「私は反対したんです。……面接中にタバコを吸い出すし、目をキョロキョロさせて、落ちつかなかったし……けど、横沢さんが……」
 と、明美さんが言う。
「横沢さん? ああっ、ここの支店長ですか。今日は留守のようだが……」
 互野が辺りを見渡した。
 互野と保坂が、大手警備会社K支店に訪れたとき、支店長の横沢さんは本部に出張中で留守だった。互野と保坂は、八雲について詳しい話を横沢さんからも聞きたかったのだが、聞けないでいた。
「横沢さんが、人が足りないから、一応採用しておけって言うもんだから」
 と、明美さんが言った。
「そんなに人が足りなかったんですか?」
 保坂が言う。
「それほど、人が足りなかったわけでもないけど」
 明美さんが応えた。
「じゃあなんで、そんな問題のある男を?」
 互野が言った。
「私は反対したのに……まっ、いいか、いいかと言って……」
「まっ、いいかって……随分、いい加減な支店長ですね」
 保坂が呆れた。
「その頃、調度、売り上げが下がっていたのよ。人を増やせば、売り上げが上がるとでも、思ったんじゃあないの。仕事がなけりゃあ、売り上げなんて上がらないのに」
 と、明美さんが言う。
「それで、亡くなった西田さんと、この八雲との接点はありますか?」
 保坂が聞く。
「西田くんが、この会社に入社したのは三年前で、八雲が会社からいなくなったのは、四年前でしょう。なんのつながりもないと思いますが」
「我々が調べても、なにもでてこなかった。年齢も掛け離れているし、同じ町内に住んでいたわけでもない。そもそも八雲は、北海道出身だから、岩手出身の西田と関係があったとは思えない」
 と、互野が言った。
「西田くんと八雲は接点がないのでしょう。お互いに接点がないのなら、なぜ、わざわざ、ここに聞きにきたの? 八雲が昔、西田くんと、同じ会社で働いていた。それだけのことで、刑事さんがここに来るなんて、おかしいじゃない。同じ時期に働いていたわけでもないのに」
 と、明美さんが言った。
「これも仕事うちでね。八雲とつながりがあったところには、足を運ぶことにしているよ。と、言っても、新聞店やスーパー。プラスチック容器の製造工場は、みな、東京にあるみたいだから、東京の警察にも、協力してもらうことになるがな」
 と、互野が言った。
 県警の刑事が、八雲のことを、あれこれ調べているのには、きっと隠された理由があるのに違いない。
 隠されている理由とは、なんだろう? 八雲の起こした事故は、事故ではない、事件ではないのか? 大手警備会社K支店に来たのも、事件とみなしたから、やって来たのではないのだろうか。
「もう一度、聞きますが。本当に西田さんと八雲との接点はないのですね?」
 保坂が聞いた。
「ないに、決まっているでしょう」
 明美さんは、声を荒上げた。
「そうですか。じゃあ私たちは、これで帰りますので、何か分かったら連絡してください」
 二人の刑事は、そう言い残して帰って行ったという。

「八雲っていうの、あの男……あの男、どっかで見たことがあると思ったら、鷲尾清掃企業で一緒だった」
 佐藤さんが言った。
 午後六時二十分。大手警備会社K支店の事務所には、明美さんの他に、宗一郎、佐藤さん、相沢さん、東さん、飯田さん、笹岡がいた。
 パートの日比野さんは、休んでおり不在だ。
「佐藤さん、鷲尾で働いていたことがあるんですか?」
 東さんが聞いた。
「ここに来る前にな。自慢じゃあないが、勤続三十年の腕のいい社員だったのよ」
 鷲尾清掃企業という会社は、主に病院や工場での清掃を請け負う会社だ。佐藤さんは、そこで三十年も働いていたというわけだ。
 自慢するほどでないなら、自慢なんてしなきゃいいのに、したり顔で言う佐藤さんは、よっぽど三十年勤務したことに誇りの持っているのだろう。自慢げに胸を反らしていた。
「どういう奴だったんですか? その八雲っていう男?」
 宗一郎が聞く。
「知らねえよ。入って一ヶ月もしないうちに辞めてしまったんだから。まあ派遣社員だったから、しかたがないか」
 と、佐藤さんが言った。
「派遣社員だからって仕方がないって、それって偏見です。派遣社員の身分でも真面目にやっている奴は、真面目にやっているんですから」
 宗一郎も、派遣社員の経験があった。
 真面目に派遣の仕事に打ち込んできた宗一郎にとって、佐藤さんの言い草は、我慢できなかった。だいたい佐藤さんは、無神経すぎる。思ったことをすぐ口にして、言いたい放題。それでも、言葉に衣をかぶせて、言ってくれれば、多少、角が立たないと思うが、思ったことをそのまま言うから、角が立つのだ。
 普段は、おとなしい飯田さんが、佐藤さんの言動に、怒るのもわかるような気がする。
「明美さんの見た感じは、どうでしたか? その八雲っていう男は」
 宗一郎が聞く。
「そうね……。いつも、おどおどして何かに怯えているようだったわ。だから、誰にも何も言えずにいなくなったのよ」」
「いなくなった? 八雲って、もしかしたら、前に話したことがある、アパートに冷蔵庫とか洗濯機を、置きっぱなしにして、逃げた男?」
「そう、その男よ。まったく、いなくなってからも迷惑かけるんだから」
 ろくに働きもしないうちに事故を起こし、会社に借金を申し込み、退職願いも出さずに、行方をくらまし、あげくの果てには、四年経った今、西田を車で撥ねて、殺してしまった男。
 八雲は、大手警備会社K支店にとって、疫病神のような存在なのかも知れない。





         8、

 事務所の引き戸を開けて、若い女の子が二人、入ってきた。
「こんにちわ。明日から、お世話になる流です」
 女の子たちは元気よく言った。
「ああっ、あなたたち、明日からでしょう?」
 明美さんが言う。
「買い物帰りに寄って見ました。この時間なら、みなさんがいるって聞いたので」
 二十代後半に見える女の子が、明るく言った。
「明美さん、この子たち、明日からここで働くんですか?」
 笹岡が聞く。
「そうなのよ。若い女の子が二人もね。紹介するわね。こっちの長い髪をした女の子が流 幾代さん。ショートボブの女の子が、流 幸子さん」
「名字が同じということは、この二人は姉妹なんですか?」
 笹岡が、まじまじと二人を眺めた。
「そうよ、幾代さんがお姉さんで、二十七歳。妹さんの幸子さんが二十三歳」
「二十七歳と二十三歳。良くそんな若い子が、警備会社に……」
 笹岡は、喜びを隠しきれないようだ。
 若い笹岡にとって、同じ年代の女性と一緒に仕事ができるかも知れないと言うことは、望外の喜びに違いない。朱に染まっている顔が、沸々と煮えたぎっているようにも見えた。若くもない宗一郎さえ、職場が、これで少しは明るくなるだろうと、ワクワクしている。
 笹岡が有頂天になるのも無理も無い話なのだ。
 しかし……。良いことがあった後、必ず、悪いことがやってくるという。
 この日から、一ヶ月後、入ってきたばかりの新人、流 幸子が、爆発事故に巻き込まれて死亡するなんて、誰が想像できたであろうか。






        9、

 流姉妹が入社してから、五日後、人見知りをしないというか、なれなれしいというか、度胸があるというか……。
 流 幾代、幸子の姉妹は、独身者で、いつも独りで家の中にいる男、宗一郎の家にいた。
 日曜日の午後のことである。日曜日は、特に仕事が入らない限り、大手警備会社は休みだ。日曜日の午後に、くたびれた中年の男の家に、わざわざ遊びに来た流姉妹の本意は、どこにあるのだろうかと勘ぐりたくなるが、当の二人はあっけらかんとしているから、勘ぐったところで仕方がない。深く考えないほうが、何かと都合がいい時がある。
 若い女の子が、二人も遊びに来ているのだ。深く考えないでおこう。
「十全さんの、お家って大きいですね。ここに独りで住んでいるなんて、もったいない」
 雑然と散らかっている居間で、姉の幾代が言った。
「アパートに住んでいると思ったけど。意外や、意外」
 妹の幸子が言葉を継ぐ。
「オレが建てた家じゃあない。両親が建てた家さ。それも四十年前」
 と、宗一郎が言った。
「へえ~ この家、四十年も経っているんだ。そう見えないわよ。目立った傷みなんかないし……ちょっと散らかっているのが玉に瑕だけど……」
 幾代が、わざとらしく絨毯の上に置かれていた数冊の雑誌を指した。
 家が立派でも、住んでいる人が、だらしないとばかりに皮肉を言っているようだが、宗一郎は気にしない。
 いや、気にしている暇なんかない。
 宗一郎は、五十を過ぎていて、若くはないが、男である。牡の本能として、抑えきれない衝動がある。お尻がもぞもぞして、痒いし、流姉妹の目をまともに見られない。目でも合わせたりしたら、くしゃみが止まらなくなるかもしれない。
 思えば、ここ五年ばかり、若い女の子と親しく話したことさえなかった。
 そりゃあ~ 知っている女の子と、道や街で会えば、挨拶ぐらいがする。が、それだけだ。それ以上、前に進まない。それでも、たまに、挨拶をした後、立ち話をすることもあるにはあるが、天気のことや、道ばたに咲いている花のことを二言三言、話しただけで終わってしまう。もっと突っ込んだ、それでいて、発展のある話をしてみたいが、それができない。
 まったく、気が弱いというか、だらしないというか……。
 で、そんな毎日を繰り返しているばかりいると、オレは女に縁がないのだと、普通に思ってしまう。
 女に縁がないと、思い続けていると、潮が引くように、女性たちが、宗一郎の前からいなくなってしまうから、考えを改めなければならないが、これがどうして、なかなか考えが改められない。
 以前から気にかけていた女性まで、宗一郎の前からいなくなってしまった時には、宗一郎は、ショックで、しばらく眠れない日々を送った。
 が、今日というこの日は、風向きが少しだけ変わったらしい。
 宗一郎の家に女の子がいる。それも。二人。
 幾代と幸子の姉妹は、ただ若いだけではない。とにかく可愛いのだ。
 幾代は日本人形みたいな容姿で、男心を惑わすし、ショートボブの幸子は、少女のようなあどけなさで、男を魅了する。守ってやりたいと、オレが守らなければ、誰が守るんだという気持ちになるのだ。
 こんな二人を目の前にしたら、宗一郎じゃあなくても、男なら、誰でも舞い上がってしまうだろう。
「こんなこと聞いてもいいかどうか分からないけど……。幾ちゃんたちは、どうして警備会社……それも、主に道路警備ばかりする大手警備会社に入社したの?」
 幾代のことを、幾ちゃんと言うには、ちょっと抵抗があるが、当人がそう呼んでくれと言うのだから、宗一郎は幾代のことを幾ちゃんと呼んでいた。
「明美さんに誘われたのよ。欠員が出て、人が足りなくなると思うから、やってみないかって」
 幾代が言った。
「明美さん? 明美さんとは知り合い?」
 宗一郎が聞く。
「近所のオバさん。私、どうしようか迷ったけれど……」
 幾代が、そう言うと、
「私たち、警備員なんか興味がなかったし、不審者を捕まえる力も無いし……」
 と、幸子が言った。
 ちなみに、宗一郎は、幸子からも、自分のことは幸ちゃんと呼んでいいわと言われている。
「幸子ったら~ 警備員イコール、施設警備とか要人警護だと思っていたのよ。世の中のことを知らないというか、視野が狭いというか……。道路での交通誘導も、ちゃんとした警備の仕事なのに」
 と、幾代が言う。
「悪かったわね、世の中知らずで……」
 幸子は、頬を膨らませた。
「明美さんはね……」
 幾代たちの話によると、スーパーで買い物をしている時に、たまたま店内で逢った明美さんに、仕事をしていないなら、うちに来ないかと誘われたらしい。
 二人は、はじめは乗り気ではなかったが、熱心に勧誘する明美さんに根負けをして、大手警備会社に入る気になったという。
「明美さんには、借りがあるのよ」
 幾代が言った。
 母子家庭だった流家は、なにかがあるたびに、いつも明美さんの世話になっていた。  
 幾代たちの母が、夜、スナックで働いていた時には、明美さんがよく流家に来て、姉妹の面倒を見てくれたし、病気になってしまった幾代が、入院したときにも、明美さんは流家をだいぶ助けてくれた。
「それに洋子さんもね、なにもしないよりはマシでしょう。そんなに難しい仕事じゃあないからといわれたし……」
 と、幸子が言う。
「洋子さんって……日比野さん?」
 宗一郎が聞く。
「そう、その洋子さん。明美さんと一緒に買い物に来ていたのよ」
 仲のいい二人のことだ。スーパーで買い物するのも一緒だし、そこでもいつものように世間話に花を咲かせていたのだろう。
「あの人も、だいぶ明美さんに助けられたみたい」
 幾代が言う。
「そうそう、洋子さんのご主人、勤めていた会社からリストラされて、現在無職でしょう。職安通いしても、なかなか職がみつからないというし」
 と、幸子が言った。
「仕事が、見つからない理由は、パチンコばかりしているせいじゃあないの」
 幾代が言った。
「職安に行った帰り道に、パチンコ屋があって、パチンコに相当、お金をつぎこんでいるみたい。無職なのにお金を、そんなことに使ってバカみたい」
 幸子が、話を継いだ。
 洋子さんの旦那さんは、リストラされたのが心外だったようで、ヤケになっているらしい。
 よせばいいのに、なけなしの預金をくずして、ギャンブルに、そうとう、つぎ込んでいた。当然、妻の洋子さんと喧嘩になるが、生活態度を改めようとはしない。それどころか、洋子さんに暴力をふるうようになっていたという。
「明美さん、洋子さんの生活を援助しているらしわよ」
 幾代が言った。
「明美さんの家って、金持ちなのか?」
 宗一郎が尋ねる。
「お金持ちじゃあないわよ。夫婦共働きで、朝から晩まで二人で働いて、高校生の息子と中学生の娘を、育てているわよ」
 と、幾代が応えた。
 明美さんには、高校三年生の男の子と中学三年生の女の子がいる。ともに大学受験と高校受験を控えていて、経済的に余裕がない。
 明美さんは、その余裕がない台所事情から、洋子さんを助けているのだ。
「明美さんは明美さんで、借金があるっていう噂、聞いたけど」
 幸子が言った。
 人が良いのにもほどがある。人を助けるために、自分自身が借金を背負ってしまったら、元も子もなくなってしまうっていうことが、わからないのだろうか。
 チャイムが鳴った。
 宗一郎の家に誰かが来たらしい。宗一郎が玄関に出て、引き戸を開けると、そこに二人の男が立っていた。






           10、

「こちら、十全宗一郎さんのお宅ですか?」
 若い方の男が言った。
「そうですが、どちらさまで?」
 宗一郎が応えると、胸のポケットから身分証明書を取り出した。
(警察!? 明美さんが言っていた、あの二人か? 保坂という刑事と互野……)
 宗一郎は、目を大きく見開いた。
「突然、お邪魔しまして申し訳ありませんが、先日、亡くなった西田雄一さんについて、聞きたいことがありまして」
「西田のこと?」
 宗一郎が、オウム返しに応える。
「ええ、十全さんは、会社の同僚の中で、西田さんと一番仲が良かったと聞きましたので」
 誰が、オレと西田が、仲が良かったと言ったのだろう。
 同じ会社で、働いていたことは認めるが、西田とは、そんなに仲が良かったわけではない。たわいのない話、バカ話ばかりしたが、歳もだいぶかけ離れているし、プライベーとでは、つきあったことがない。仕事でコンビを組むことは多かったが、それだけの関係だ。
「西田のことなら、オレより、西田の友達に聞いたらどう?」
 と、宗一郎が言った。
 西田には同年代の友達が多い。
 仕事が休みの日には、友人たちと、よくドライブに行き、その帰り道に繁華街によって飲み歩いていた。
「友達には、もうあたりました。そちらからの情報は、だいたい集めましたが、会社内での西田さんのことになると、よく、わからないので」
 若い刑事が話を続ける。
「会社内での西田? 仕事先からクレームがきたときもあったけど、まあ、真面目に仕事をやっていたよ」
「いや、そういうことじゃあなくて、会社内の人間関係っていうか……。西田さんに対する周りの目というか……」
 要するに、この刑事は、会社の同僚たちが、西田に対して、どんな感情を持っていたかを聞きたいわけだ。
「そんなことを聞いて、どうするんですか? 西田は交通事故で亡くなったんでしょう。それとも事件なんですか」
 刑事が大手警備会社K支店に訪ねてきた時点で、これは単なる事故ではない、事件かもしれないと、うすうす感づいてはいたが、わざと聞いてみた。
 事件じゃあなけりゃあ、県警の刑事が、西田の周辺を、あれこれ聞き回るはずがないのだ。
「事件だと思うかね」
 中年の刑事が言った。この中年の刑事が、おそらく互野という刑事だろう。
「事件だとしたら、殺人事件ですよね。けど、西田のことを聞く前に八雲っていう男のことは、よく、調べたんですか」
 これが事件なら、八雲という男は、車を使って、事故に見せかけた殺人事件を起こしたことになる。
 もし、そうだとしたら、西田を車で撥ねて殺した八雲の動機は、どこにあるのだろうか。
 金銭トラブルか? それとも、憎しみや、痴情のもつれ、他人との葛藤などによる怨恨の線か?
 大手警備会社K支店から、八雲がいなくなったのは四年前。三年前に大手警備会社K支店に入社した西田との接点は、ないと思われるが、それ以前に、西田と八雲が、面識があったとすれば、話はかわってくるが、明美さんの話によると、西田は八雲のことを知らないはずだと言う……。
「十全さんは、現場にいたのでしょう。八雲の車が、急にスピードをあげて、突っ込んで来たという目撃情報があるけれど。十全さんは、見なかった?」
 保坂が聞く。 
 あの時、宗一郎は作業現場の警備にあたっていた。道路警備の方は、佐藤さんと西田だった。
 午前中は、宗一郎と笹岡が、それぞれ西田と佐藤さんの持ち場で警備をしていたが、午後になって持ち場を変えたのだ。
 午後、作業現場で警備をしていた宗一郎は、八雲の運転する車が、西田を跳ねた瞬間を見ることはできなかった。
 西田の側にいたワンテックの従業員が、急にスピードをあげて、突っ込んで来た緑色のパッソを見たらしい。
「急にスピードをあげて、突っ込んで来たのですか。それで、事故じゃあなく事件だと」
 宗一郎が聞く。
「タレコミがあってね。殺人かもしれないから良く、調べてくださいってね。それに……」
 と、保坂が応える。横で、余計なことは言うなというように、互野が保坂を睨んだ。
 車が急にスピードをあげて、突っ込んで来たという目撃情報と、タレコミが、この事故は、事件だということを、二人の刑事に示唆したらしいが、それだけで県警の刑事が動くだろうか。
 もしかしたら、この二人の刑事は、八雲が西田を殺した動機を掴んでいるかもしれない。
 くどいようだが、西田は人に恨まれるような人間ではない。
 だとしたら……。
「怨恨、痴情の線でダメだったら、金銭的な面でも調べるんでしょう? 西田が亡くなって得するやつとかいるのですか?」
 と、宗一郎が言った。
 県警が、この事故を事件だと判断しているとしたら、当然、その方面からも捜査を開始しているだろう。
「なにか、心当たりがあるのかね?」
 互野がジロリと宗一郎を睨んだ。
 西田が亡くなって、誰が得をするか?
 西田は、六十代の母親と二つ違いの妹と一緒に、アパートを借りて住んでいた。
 父親は、西田が高校生の時に、癌で亡くなっており、父親の死後、母が一人で、二人の子供たちを育てあげたという。
 女手一つで二人の子供たちを育てた西田の母親は、苦労をしただろう。成人した西田は、そんな母親の苦労も顧みずに、遊びほうけていたが、銀行に就職した妹が、しっかりものだった。
「兄ちゃん、なんで、死んだのよ。いくら迷惑をかけてもいいから、戻ってきてよ~ お金なんか、いくら遣ってもいいから……。生活の面倒は、私がみているでしょう」
 通夜、妹がそう泣き叫び、その傍らで、嗚咽を漏らしていた母親の姿は、通夜の席に訪れた人々の涙を誘った。
 そんな家族が、西田の死によって、金銭を得ようとするだろうか。
「西田の家族は西田を保険にでも入れていたんですか?」
 宗一郎は、聞いて見た。
「なんで、そんなことを聞く?」
 互野が言った。
「いや……別に……」
 宗一郎は、なんて応えたらいいか分からず、言いよどんだ。
「西田の母さんは、西田を保険に入れていませんよ」
 保坂が言った。
「このっ、余計なことを言わなくてもいい。あの親子のことは、そっとしておいておけ」
 と、互野が言った。
「おい……それより……」
 互野が、保坂を肘で、ついた。
「それと、野田弘樹という従業員、大手警備会社k支店の従業員でしょう。どこに行ったら会えるんですか?」
 肘で、突かれたところが痛いのか、保坂が、顔をしかめながら言った。
「野田弘樹? うちの従業員ですか」
 と、宗一郎が応える。
「三ヶ月前から、手警備会社K支店で働いていることになっています。確認は取れています」
 保坂が言った。
「うちの従業員に、野田弘樹っていう奴はいませんよ」
「いや、給料も払っているし、ちゃんと仕事先にも行っていると訊いています。施設警備専門って、いうことで横沢さんが採用したそうです」
「明美さんが、そう言ったんですか?」
 大手警備会社K支店にも少ないが、施設警備の仕事があるが、普段、施設警備を専用の仕事とする警備員は、支店に顔を見せない。施設警備にあたり、自宅から直接、仕事先の施設に赴いたり、施設警備先に常駐して警備の仕事をすることが多いのだ。
 それゆえ、交通誘導警備ばかりしている宗一郎達と、顔を合わせることなど、滅多にない。それでも、名前ぐらい、知っていてもおかしくはないが、宗一郎は、野田弘樹という名前の男など知らなかった。
「もう一度、常駐先の施設に確認を、とってみるが、なんか分かったら、おしえてくれ」
 と、互野が言った。
「へぇ~ 刑事さんって、こんな顔をしているんだ」
 宗一郎の背後から、場にそぐわない、やけに明るい声が聞こえた。
「幸子、来てごらん。刑事さんが来ているよ」
 明るい声をあげたのは、幾代だった。
「えっ!? 刑事さん。どれどれ」
 幸子が、居間から玄関先に来て、幾代の後ろに立った。
「刑事さんって、こんな顔をしているんだ」
 幸子が、幾代の肩越しから、二人の刑事の顔をジロジロ見た。
 まったく。人見知りしないというか、度胸がいいというか、物怖じしないというか……。
 目の前にいるのは、県警の刑事だ。普通の女の子なら、警察だと聞いただけで、緊張すると思うし、口調も、それなりに変えるはずだ。けれど、この二人は、まったく態度も口調も変えようとはしない。なれなれしく、ため口で、互野と保坂に接していた。
「な、なんだ? きみたちは」
 保坂が目をしばたかせた。
「私たち? 私は姉の幾代、こちらは妹の幸子」
 と、幾代が言う。
「私が、妹の幸子。で……」
 幾代と幸子が、宗一郎の前に出て、
「二人で、流姉妹をやっていまーす」
 と、両手を拡げた。
 おいおい、いくらなんでも、おふざけが過ぎるだろう。
         11、

 十全宗一郎宅からの帰路、互野と保坂は、警察車両を近くのスーパーの駐車場に入れた。警察車両の中で、事件のことを話し始めた。
「もう一度、八雲のことを調べてみるか」
 互野が言った。
「どこを調べるんですか? 友人、知人関係とか生い立ちとか、さんざん調べたんじゃあないですか」
 と、保坂が言う。
「調べていないところがどこかにあるはずだ」
 互野が、首を振って言った。
 取調室での八雲は、黙秘していた。
 車で、西田のことを撥ねね飛ばしたことは、認めるが、他のことになると話そうとはしない。互野や保坂が、八雲に「おまえが、急にスピードをあげて、突っ込んで来たという目撃情報があるんだ。そうなのか?」と問いただしても、黙っているだけだし、「車を使っての殺人事件だというタレコミがあった。おまえ、殺しが目的で人を撥ねたのか」と、睨み付けても、無反応だった。声を荒上げて脅しても、ダメ。真綿を包むような優しい声で、なだめすかしても知らん顔だ。
 八雲太一(43歳)の故郷は、北海道だった。ラベンダー畑で有名なF町で生まれた。
 高校を卒業するまで、そこで生活をしていたが、卒業後に、新聞店でアルバイトをし、免許を取った後、新聞店を辞め、心機一転、東京に行き、職を転々と変えながら暮らしていた。
 三年間、いくら働いても金がない、惨めで、忙しいだけの生活が続いた。東京に行けば、なんとかなる、オレのような奴でも、金を稼げるだろうと思っていたが、現実は、そんな甘いものではなかった。
 生活するだけで精一杯。仕事に追われて、自分を見失い、寂しさだけが募り、友人もできない。
 八雲は、都会に住み始めて、十年もすると、一度は捨てたはずの田舎暮らしに憧れるようになった。
 知人のつてを頼って、ここK市に落ち着くようになったのだが……。
「北海道に住んでいる、八雲の両親と連絡はとれたのか?」
 互野が聞いた
「両親は北海道のN市に住んでいまして、N市の警察署に照会していますが……、まだ、両親との連絡が取れていないとのことでした」
 と、保坂が応えた。
「N市? F町ではないのか?」
「息子が、F町から出た後、N市に引っ越していまして……」
「それで……なぜ、連絡が取れない?」
「電話をかけても、出ない。家に訪ねていったら、留守だったそうです」
「いつも留守っていうことはないだろう」
「それが何回、訪ねても留守で、近隣住民に聞いても、どこに行ったのかわからなかったということです」
「隣近所とつきあいが、なかったとういうわけか……。会社は? 働いていたなら、会社に聞けば、何かわかりだろう」
「八雲の父親は、板金会社で働いていたそうですが、二、三日前に辞めたようです。母親は家の近くの弁当屋で、パートで働いていて、母親の方も、父親と同じ頃に、弁当屋を退職しました」
「夫婦そろって失職したというわけか」
「ええっ……」
 父親が、会社を辞めた理由は、自己都合だったという。良く働く男だったので、上司が慰留を促したが、「会社に迷惑をかけたくないから」とだけ言って、板金会社を辞めてしまった。
 母親の方の理由は、身体の調子が悪いということだった。
 板金会社の上司も、弁当屋の店長も、ここを辞めてどこかに行くあてがあるのか? と、聞いたが、なにも応えず、その場から去ったという。
「家にもいない。前の職場に聞いても、要領を得ない……。だから、どこにいるのかわからない。と、いうわけか……。何かあるな」
 互野が考え込む。
「ええっ、私もそう思いまして、N署に引き続き、両親のことも調べてくれるように頼んでいます」
「タレコミの方は、どうだ? そちらに何か進展はあったのか」
 互野が聞いた。
「いや、なにも……」
 保坂が応える。
「女だったよな。タレコミをしたのは。これは殺人事件かもしれないから徹底的に調べてくれっと、電話で言ってきて、後で、ワープロで書かれた一枚の手紙を送りつけてきた奴は」
 K市の警察署に送られてきた封筒の中に、一枚のレポート用紙が入っており、「大手警備会社K支店」を調べてみてはと、書かれてあった。
 大手警備会社K支店は、いうまでもなく、西田が勤めていた警備会社だが、なぜ、タレコミの女が、レポート用紙に、わざわざ、大手警備会社K支店と記したのか、互野たちは皆目検討がつかなかった。
 西田を車で撥ね飛ばして殺した八雲は、大手警備会社K支店の従業員ではない。
 大手警備会社K支店で働いたことはあるが、それは四年前のことで、現地点では、なにもつながりがないはずなのだが。なのに、なぜ、大手警備会社k支店を調べてみろと言うのだろう。
「K支店の支店長……、横沢という男は、どうなんだ。あいつと、事務員の大阪明美、それと飯田一ぐらいだろう。四年前に大手警備会社K支店にいた奴らは」
 互野が尋ねる。
「あの、まっ、いいか支店長ですか?」
 二人の刑事に、八雲のことを聞かれた横沢は、四年前に、会社に散々迷惑をかけて行方不明になった八雲のことを、なんだかんだと、しばらく悪口を言ってはいたが、「まっ、いいか。終わったことだし……」と言って、話を締めくくった。
 こちらとしては、そんなことで話を締めくくられても困るのだが、ものはためしにと、タレコミの件を話してみても、まったく、心あたりがないという。
 警察に電話で、タレコミをしたのが女だったということで、事務員の大阪明美にも、タレコミと手紙のことを聞いてはみたが、何のことだかわからないと言う  
 飯田一に関しては、いわずもがな。知らぬ、存ぜず、八雲とは、話したことさえないと言った。
「大手警備会社K支店を調べて、何か分かるんでしょうか?」
 保坂が問う。
「何かがあるんだろう。だから、聞き回っている」
 互野が一言、そう応えた。
 八雲のことを徹底的に調べてはいるが、膠着状態に陥っていた。それゆえ、もう一度、大手警備会社K支店の関係者に話を聞いて回っているのだが、捜査の進展になるような話は、聞き取ることができないでいる。
 互野のため息が、警察車両の中に溢れた。






        12、

 互野と保坂が、帰った後、流 幾代は、妹の流 幸子と一緒になって、宗一郎に次々と頭に浮かんでくる疑問をぶつけていた。
「あの刑事さん、なんで私たちを調べているんです?」
 幾代が言う。
「そうよ、信じられない。西田さんを跳ねたのは、八雲っていう男の人でしょう。私たちに関係ないじゃあない」
 幸子が、鼻息荒く、憤慨している。
「そうよ、まったく関係ないのにねえ~ なんで、わたしらのこと調べているんだろう?」
 と、幾代が首を振った。
「いや、幾ちゃんと、幸ちゃんのことを聞いたわけで無くて、オレたちのことを……聞いたわけで……」
 宗一郎が、幾代と幸子をなだめた。
「同じことでしょう。私たちも、大手警備会社の従業員なんだから」
 幾代が、口をツンと尖らした。
 いや、それは違うと思う。
 宗一郎や佐藤さん、東さん、飯田さん、相沢さん、笹岡は、西田と一緒に仕事をした仲間なのだが、幾代と幸子は、西田が亡くなった後、大手警備会社K支店に、入ってきた従業員だ。西田のことを知らないと思うし、西田のことについて、あれこれ聞かれても、分からないから、二人の刑事に、あれこれ訊かれないと思う。二人は本当にこの事件と、なんも関係がないのだ。
「しかし、殺人事件ときたか」
 幾代が拳を握りしめた。
「なんか、わくわくするね」
 幸子が、ニコリと笑った。
「まだ、殺人事件と決まったわけではないだろう」
 宗一郎は、唇を曲げた。
「刑事が、聞き込みに来たのよ。事件に決まっているじゃん」
 と、幸子が言う。
「いや……だから……」
 幾代と幸子に、どう説明をしたらいいのだろう。
 この二人が、あれこれ詮索しても、どうにもなるような問題でもないし、宗一郎が、考えたところで、どうにもなるものではないだろう。あれこれ推理しても、宗一郎には捜査権もないし、警察のように動き回れるわけでもない。
 宗一郎が、民間の興信所で働く調査員だったら、調べて見たい気もするが……。
「それで、名探偵の十全さんは、この事件を、どう思っているんですか?」
 幾代が、宗一郎の心を見透かしたかのように言う。
「名探偵? このオレが……」
「十全さんは、作家を目指していたんでしょう。それも、ミステリー作家」
 幸子が、宗一郎の顔を覗き込む。
「聞いたわよ~ 明美さんから」
 また、明美さんも余計なことを言う……。
 前にもあったことだが、明美さんは、口が軽いというか、蛇足ばかりを言うというか、言わなくてもいいことばかり言う。なぜ、この二人にそんなことを話したのか、その背景となるものに、まったく心あたりがないこともないが、大迷惑だ。
 若い頃、作家になるなんていう、そんな夢ばかりみているから、結婚もできないで、独りでいるんだわと、陰口をたたかれ、嫌な思いをしたことがあったし、それだから、お金もないのよと、言われたこともあった。
 作家に成る夢を見て、何が悪いと、その時は青筋立てて、憤慨したが、作家になることを諦めた宗一郎にとって、幾代の言葉は嫌みにしか聞こえなかった。
「で、名探偵の十全探偵としては、この事件に、刑法三十九条が、からんでくるかもと、推理するわけ?」
 幾代が、話を続ける。
「いきなり、なんだ? 刑法三十九条だと。あの、心神喪失者の犯した罪は罰しないという奴? 八雲は、心神喪失者でもないし、サイコパスでもないんだぜ。……しかし、まあ、よく、そんな難しいことを知っているな」
 宗一郎は、気を取り直して応えた。
「バカにしないでよ。これでも、私たちも小説家を目指しているんだから。そうよね、幸子」
「そう、私たちは、二人で一人の小説家、流シスターズ。だから、よろしくご指導お願いします~」
 幾代と、幸子は、夢みるような瞳で、宗一郎を見つめ返した。
 オレは小説家じゃあないし、二人に、助言なんてできる男でもない。夢見るような人も出見つめられても困るのだ。
「刑法三十九条の前に、確認することがいっぱいあると思うけれど」
 宗一郎が、言う。
「それより、刑法三十九条よ」
 と、幾代が言った。
「なんで?」
 宗一郎が問うと、
「だってさぁ~ この頃、大きな事件がある度に、マスコミが騒ぐでしょう。精神状態はどうだったのかとか。そうよね、幸子」
 幾代が、宗一郎の質問に応え、
「そう、そう、昔から、そんなにうるさかったの? 事件が起きる度に、刑法三十九条、刑法三十九条って、バカのひとつ覚えみたいに騒いで……。あのね、うちのお婆ちゃん、昭和の時代は、そんなこと誰も言わなかったと言っていたわ。大体、人権、人権って、加害者の人権って、そんなに重要なの? 被害者の人権は、どうなるのよ。被害者の家族の苦しみや、悲しみは無視するわけ? 刑法三十九条のせいで、罪に問えない、無罪放免なんて、信じられないわよ」
 と、幸子が、話を混ぜ返す。
 罪を犯したのに、そうそう簡単に無罪放免になるはずはないが、幸子の気持ちは痛いほど分かる。
 今日この頃、なにか大きな事件が起き度に、精神鑑定の結果はどうだったのかとか? 本当の動機は、どこにあったのかとか、その男に、本当に殺意があったのかとか、とにかく、うるさい。
「案外、八雲っていう人。シリアルキラーだったりして」
 そう、幾代が言う。
「ありうる、ありうる」
 幸子が同意した。
 おい、おい、なんで、ただの交通事故が(殺人事件かもしれないが)シリアルキラーなんていう一定期間、殺人を繰り返す、連続殺人犯人の話になるんだ。話が飛躍しすぎだろう。
「二人に言うけど、昭和の時代にも、精神鑑定は、ちゃんと行われていたさ。ただ……」
 と、宗一郎が言うと、
「シリアルキラーが、人を殺す動機ってさあ~ いろいろあるんでしょう?」
 幾代は、人の話を聞いていないようだ。勝手に話を進めている。
「ある、ある。頭の中に悪魔がいて、人を殺せと、命令しているとか」
 と、幸子が言うと、
 「いわゆる、幻想系ね」
 幾代が、そう応えた。
「そうそう幻想系。他にも自分勝手な正義に燃えて、行動を起こすシリアルキラーとか」
「ああっ、前科者とかホームレスとか狙って殺すシリアルキラーでしょう。前科者やホームレスを、社会悪だと決めつけ、血祭りにあげる奴」
 幸子はまつげを指で掻いた。
「他にも、スリルを求めて、殺しを繰り返す奴、異常な性欲を満たすために、人を殺し続けるシリアルキラーとかいるけれども……」
 幾代と幸子は、あれこれとシリアルキラーの動機について話している。
 話が尽きないようだ。
 まったく、どうして話がそっちの方に飛躍してしまったのだろう。作家を目指す、小説家志望の頭は、常にこんなことを考えているのか。 
 家のチャイムが、また、鳴った。誰かが来たらしい。
 宗一郎が、重い腰を上げて、玄関に行き、引き戸を開けてみると、そこに熟年の女性と若い女が立っていた。
「あの~ 十全宗一郎さんの、お宅はこちらですか?」
 二十歳前後の若い女性が言った。
「そうですが……なにか?」
 本日は千客万来の日らしい。
 最初に流姉妹がやって来て、互野、保坂コンビの刑事が訪ねてきた。今度は、熟年の女性と、うら若き乙女ときたか。
「実は……私たち、西田勇一の家族のものなんですが……」 
 二人は、そろって頭を下げた。
「今日、伺ったのは、十全さんに、折り入って頼み事があって……」
 西田の母親が言った。
「オレに? 」
 宗一郎は、眉毛を八の字にした。
(頼み事ってなんだろう)
 この二人と、会話を交わすのは、今回で二回目である。二回目といっても、一回目は葬式で、型どおりの挨拶を交わしただけだ。それゆえ、内容がある話をするのは、今回が初めてなのだが、一体、なにを話すのやら。
「実は、受け取っていただきたいものがありまして……」
 西田の妹は、左手に抱えていた手提げ鞄から、なにかの機器のようなものを取り出した。取り出した機器のようなものを宗一郎の腕の中に手渡す。
「こ、これって……」
 それは、亡くなった西田が死ぬ直前まで愛用していた旧い型のウォークマンだった。
「オレに何かがあったら、十全さんに渡してくれって、頼まれていたの」
 と、西田の妹が言う。
「十全さんには、日頃世話になっているから、よろしくって言って」
 その、お礼のつもりか……。
 お礼のつもりだとしても、タイミングが良すぎる。西田と、旧い型のウォークマンのことについて話したのは、西田が事故に遭う直前だ。まるで、西田は、自分が車に轢かれて亡くなってしまうことを、予期していたかのようだ。
「あの子は、会社のことは何も話さないけれど、十全さんのことは、よく話していました」
 母親が、宗一郎の目を見て言った。
 深い悲しみが宿った瞳が、宗一郎の網膜に映った。深い悲しみの中に、ある種の光が灯っている。なんと例えたらいいか分からないが、暗闇の中に一筋の命の輝きが差し込んだような光だ。葬式の時、声を殺して、目頭を押さえて泣いていた時には、感じることができなかった光だ。
「これっ、大事にします」
 宗一郎は、ウォークマンを静かに撫でた。






         13、

 宗一郎は、一ヶ月に一回ぐらいの割合で、飲み屋街に繰り出す。飲み屋街に繰り出すと言っても、行きつけのこじんまりしたスナックに行って、ビールを飲んで、カラオケを唄い、ウイスキーで喉を湿らして、くだを巻いて帰ってくるだけだが、いい息抜きになる。
 そうやって、たまに、ガスを抜かないと精神的に参ってしまうのであった。
 本日の宗一郎の同伴者は、萬 徹という友人だ。
 萬は、学生時代ラグビー部で、バリバリやっていたというだけあって、体力だけには自信がある。体力だけと言い切ってしまうと、萬から、「なんだ、このやろ~う、馬鹿にしやがって」と、文句を言われそうだが、本当のことだから、仕方がない。まっ、それでも喫茶店を経営しているのだから、多少は、お金の計算もできるのだろう。
 その、体力バカの男が、宗一郎の隣に座っている。
 青いタンクトップを無造作に着て、左腕の上腕骨にパンクスタイルの銀の腕輪をしている。腕を組んで、胸を反らして、カウンターチェアに座っている姿はテレビ映画に出てくる悪役、そのものだ。。
 高めのカウンターチェアに腰を下ろした萬は、カウンターチェアの下に置いてある赤いスポーツバックから、雑誌を取り出した。
「この雑誌だろう? おまえが探していたものは」
 と、萬が言う。
「あったか。どれどれ」
 宗一郎は、萬から雑誌を受け取り、記事が載っているページを探した。
「しかし、なんでそんな記事を見たがるんだ。盗聴器の記事なんて……。周りに盗聴されている奴でもいるのか? それとも、あれか、おまえが盗聴するのか」
 萬が、猪首をコキコキ鳴らしながら言った。
 宗一郎が探していた記事というのは、《盗聴の世界とボイスレコーダー》と、題された記事だった。盗聴のあれこれと、それにまつわる記事が載せてあり、併せて、最新のボイスレコーダーのことも載せてあった。
 宗一郎は、前に一度、萬が経営する喫茶店で、その記事を見た覚えがあったので、萬に、その雑誌を、ここに持ってくるように頼んでおいたのだ。
「十全さん、盗聴器に興味があるの?」
 店のマスターが宗一郎に聞いた。
「いや、別に、そんなに興味があるわけではないけど。少し、気になってね」
 と、宗一郎が言う。
「ああ、そういえば……。十全さんって、警備会社に勤めているんだっけ? 警備会社にいるから、仕事上、どうしても盗聴器の知識が必要になるというわけだ」
 と、マスターが言う。
 顔に白い八の字髭を蓄え、優しそうに微笑む男は、大原退助といった。スナックの名は『トマト』。『トマト』には、もう一人従業員がいるが、今日は休んでいるらしく、姿が見えない。
「大原さん、、弥生ちゃんは?」
 宗一郎が聞いた。
「風邪をひいて休んでいるよ」
「そっか、それは残念」
 弥生ちゃんは、市内にある会社に勤める二十歳のOLさんだ。大原さんの孫娘で、ちょくちょく『トマト』に遊びに来るが、本日は休んでいるらしい。
 彼女が、そこにいると、パッと花が咲いたように華やぐので、いないと残念だが、仕方が無い。
 宗一郎は、気を取り直して、雑誌のページを入念に捲ることにした。
「横沢さんだっけか、十全さんの勤めている会社の支店長さん」
 大原さんが言う。
「知っているんですか。横沢さんのこと」
 雑誌を見ながら、宗一郎が尋ね返した。
「この頃よく来るよ。前は月に二、三回だったが、いまは、週に二、三度かな。お金がない。お金がないって言ってたくせに。この頃飲み歩いているらしいよ。金回りでも良くなったのかな。こっちは、いつも、ピイーピイーしているのに」
 大原さんが、うらやましそうに言った。
「横沢って、あれだろう。年の頃は、五十代後半、バーコード禿げで、小太りで、おまけに背が小さい奴」
 と、萬が言う。
「おまえも……。うちの支店長のこと、知っているのか」
 宗一郎が言った。
「知っているよ。ケチで有名だからな。おまえが、今読んでいる雑誌だって、ただでくれっと言ったぞ。あいつは」
 萬は、喫茶店を経営している。たまたま、萬が経営している喫茶店に来た、横沢支店長が、店に置いてあった雑誌に目をつけ、譲ってくれと言ったと言う。
「あいつは、コーヒー一杯で、三時間は粘る奴なんだ。店の新聞や週刊誌、単行本や漫画本を、かたっぱしから見て、なにもやることがなくなると、三十分ぐらい居眠りしてから帰る。その時も、目が覚めたと思ったら、これっ、くれないか。ただでと、きたもんだ」
「わしの店に来たときもそうだ。ビール一杯で、テレビを見ながら、二時間は、そうしている。けどな……」
 大原さんが、一旦、言葉を切った。
「この頃は、ちょっと違うな」
 大原さんは、縁の丸眼鏡を右手の人差し指で押し上げて、
「ビールの他に、赤ワインを頼むようになった」
「なにか良いことでも、あったんじゃあねえの。女ができたとかさ」
 萬が茶化す。
「いいや、あの男に限って、それはないと思う」
「それも、そうだな」
 二人は、そんなことを言って笑っていたが。宗一郎は、なぜか笑えなかった。





             14、

「早いもんだわね~ 幾ちゃんたちが、ここで働くようになってから、もう、一ヶ月経つわ」
 大手警備会社K支店の事務室で、明美さんが言った。
「なんだかんだ言って、もう、一ヶ月。身体の調子もいいし、ストレスもない。う~ん、絶好調」
 と、幾代が応える。
 傍らで、妹の幸子が「うん、うん」とうなずいている。二人とも、だいぶ、この仕事になれてきたようで、気分爽快、万事順調、順風満帆と、言ったところだろう。
 その、晴れやかな気分でいる幾代と幸子の目の前に、洋子さんがいた。
 本日の洋子さんは、おとなしい。普段なら、事務所に着くなり、明美さんと、世間話を始めるのだが、静かにしている。何か、おもしろくないことがあったのか、と、邪推したくなったが、そんなことを考えてみたところで、なんの意味もない。
 宗一郎は、洋子さんから、目を離した。
 洋子さんの隣で、張り切りおじいさんの佐藤さんが、笹岡になにやら薫陶しているが、佐藤さんのあの尊大な性格で、人を薫陶できるものかと、頭を傾げてしまう。薫陶されている笹岡は、ニヤニヤと笑って誤魔化はいるが、腹の中では、いいかげんにしてくれないかなあ~。も~うと、呆れてしまっているに違いない。
 笹岡は、つきたくもない長いため息を何回もついていた。
 相沢さんと東さんは、お茶をすすって、くつろいでいるが、出されたお茶が、おいしくないのだろう。二人とも無添加の青汁を飲んだような渋い顔をしていた。
 月曜日、午後六時半。
 派遣先の現場から戻った大手警備会社K支店の従業員たちは、なんとなく、事務所で、暇を持て余していた。
「それじゃあ、明日、洋子さんと幸ちゃんは、北野ダイカストに行ってもらうからね」
 と、明美さんが言う。
「北野ダイカストって、隣のL市の工場でしょう」
 幾代が言った。
「そう、その北野ダイカスト」
 北野ダイカストは、アルミニウムやマグネシウムを扱う金属加工の会社だ。
 L市の郊外に敷地面積五万坪ほどの土地に、偉容を誇る工場群と、白亜の三階建ての自社ビルがあり、二年前には、敷地内にサプライヤ集積工場として、各業種の棟がいくつも建設されている。
 各業種の棟が、いくつも建設されるほど、北野ダイカストは、県内でもこれから発展が期待される大会社なのだ。
 K市に住む宗一郎たちから見れば、L市のド田舎に、そんな大きな工場を建てやがって、不景気で落ち込んでいる、このK市に立地してくればいいようなものをと、やっかみをいれたくなるが、L市に建ってしまったのだから、やっかんだって仕方がない。
 指を咥えて、見るしかないのだ。
「でもよ、ひさしぶりじゃあねえか。ダイカストからのお呼びは」
 佐藤さんが言った。
 一年ほど前に、佐藤さんは、笹岡、東、それと、亡くなった西田と、ともに北野ダイカストに行ったことがあった。
 その時の仕事は、工場の増築のために伴う、資材運搬の交通誘導だった。
「行ってみるとよ。なんもねえ野原にでっけい建物が建っていやがるのよ。熊や狸が出そうな山の中にだぜ」
 佐藤さんが、当時を思い出しながら、鼻をこすって言う。
「あれは、ちょっと壮観でしたよね。ド田舎のイメージしかないL市に、近代的な工場とガラス張りの白亜のビル。まるで、東京にでも来たような感じだった」
 笹岡にも、それなりのインパクトを与えていたらしい。得意になって言う。
「洋子さんと、幸ちゃんだけでいいのかい? 北野ダイカストに行くのは?」
 佐藤さんが、うらやましそうに言った。
 最近、佐藤さんは、町中のごみごみした場所での警備の仕事が多い。気晴らしに山の中の現場で、旨い空気を吸いながら、思い切り警備の仕事をしたいのだろう。
 佐藤さんは、ねちっこい懇願の視線を明美さんに送っていた。
「そんな目で見てもダメよ。一日で済む仕事だし、先方から二人でいいと言ってきているのよ」
「でも、なんで、洋子さんと幸ちゃんなんですか? 洋子さんはパート・タイマーだし、幸ちゃんは入社して、まだ一ヶ月目でしょう?」
 と、笹岡が言う。
「洋子さん、前に北野ダイカストで働いたことがあるのよ。北野ダイカストには知り合いが多いし、現地に行っても迷うことないと思うわ。誰かさんみたいに迷ったら困るでしょう。そうよね、佐藤さん」
 話を向けられた佐藤さんは、罰が悪そうに頭を掻いた。
 後で聞いた話によると、佐藤さんが、前に北野ダイカストに、行った時、道に迷ったらしい。
「洋子さんは、北野ダイカストで働いていたというわけか。なるほど、それで、洋子さんか。じゃあ、幸ちゃんは? なんで、幸ちゃんと洋子さんを組ませるの? さっきも言ったけど、幸ちゃんは、まだ、入社して一ヶ月目だし……」
 笹岡が、しつこく訊く。
「一ヶ月経って、仕事になれたでしょう。いつも姉さんと一緒じゃあ、覚えなけりゃあいけない仕事も、覚えられないわよ。何事も経験よ」
「それは、そうだけれども……」
 笹岡は、幸子と一緒に北野ダイカストに行きたいのだ。
 そりゃあ、そうだろう。笹岡は若いのだ。
 いつも、くたびれた中年のおじさんや、気ばかり若い、しわくちゃのおじいさんと仕事をしていると、気が滅入ってしまう。たまには、若い女の子と仕事がしたい。顔にそう書いてあった。
「洋子さん、ダイカストで働いていたっていうけれど、K市からL市まで通っていたのか?」
 宗一郎が、訊いた。
 隣のL市は、隣といっても、険峻な峠を越えて行かなければならない所だ。
 L市は盆地の市で、K市から車で一時間ほどかかる。山道を行くのだが、急勾配と曲がりくねった箇所が多くある。通称ヘビーワイデイングロードという箇所と、言われる所ばかりだ。
 雪が積もると、ズルズル滑って、峠を登れなくなるし、豪雨の時は、雪崩のような雨水が、山肌から流れて、視界が悪くなる。
 そんな山道を、洋子さんがK市から、L市まで、毎日、車で通っていたのなら、偉いものだ。
「洋子さんはね、ちょっと前まで、L市に住んでいたけれど家庭の事情で、旦那の実家があるK市に移って来たの」
 明美さんが応えた。
「K市に引っ越してきたから、北野ダイカストを辞めたわけか……。それとも、北野ダイカストを辞めたからK市に引っ越してきたとか……」
 と、宗一郎が言った。
「まあ、そこらへんは……」
 明美さんは、意味深長に、そこで言葉を句切り、
「洋子さん、十年近く、北野ダイカストにいたから……幸ちゃん、現地に行ったら、洋子さんの言うことをよく聞いてね」
 と、言った。
 幸ちゃんは、「はい」と返事をしていたが、不安を隠せないようだ。しきりに姉の幾ちゃんに目配せを送っていた。





       15、

(室内灯をつけても、薄暗く感じるのは、俺だけなのだろうか?)
 互野は、K市警察署の資料室にいた。
 清掃が行きとどいた室内には木目調のキャビネットが五つと、二つの書庫、四段式のシェリフが置かれ、シェリフの隣に、フロアケースと多段書架が置かれていた。室内の南側にデスクがあり、デスクの上には何も置かれてはいない。
 上を見ると、小さな扇風機が、廊下と、この室内を区切っている壁の上に取り付けられてはいるが、可動していない。
 そのせいか、空気が、どんよりと重いように感じられるが、それも、やはり気のせいなのだろう。
 互野は借りてきた鍵を、ズボンのポケットから取り出した。室内の西側に設置されている木目調のキャビネットを鍵で開け、中を覗き込む。中には、K市で起きた交通事故の資料が詰まっている。その中から近年起こった交通事故の資料を取り出す。三冊のファイルをデスクの上に置き、背もたれがメッシュ生地になっているオフィス用椅子に腰掛け、二年前の資料から読み始めた。
 七十代のおじいさんが、横断歩道を横断中の六十代のおばあさんを軽自動車で、跳ね飛ばした事故。狭い市道で、八十キロオーバーのスピードを出し、歩道を歩いていた小学生の女の子をひき殺してしまった、二十代の若者。認知症気味の老婆が、ブレーキとアクセルを踏み間違え、なじみの喫茶店に突っ込み、負傷者を出してしまった事故……。
 どこの街でも起きてもおかしくない悲劇が、目に飛び込んでくる。
 互野は、丹念に読み進めて行く。
 時間をかけて、読み終わったが、三冊の青いファイルの中に、互野が探していた記述はなかった。
 交通事故には、必ず原因がある。
 気象状況はどうだったか? 晴れていたか、曇っていたか、それとも雨が降っていたか、雪だったか。
 道路の状態はどうだった? 泥濘んでいたか、凍っていたか、道に何か落ちてはいなかったか。
 ドライバーの状態は? 居眠り運転はしていなかったか。よそ見運転をしていなかったのか。体調不良で疲れていなかったか。
 それらのことは、事細かく記載されていたが、事件だと思わせるような項目はなかった。
 互野は、青いファイルを閉じた。
「タガさん、昼のニュース、見ました?」
 資料室のドアを思い切り開けて、保坂が互野に声をかけた。
 互野がうるさそうに振り向く。
「なんだい、藪から棒に……。なにか遭ったか?」
 互野が応えた。
「事故ですよ、事故。工場で大規模な爆発事故がありました」
「事故!? 事件じゃあないなら、我々の出番ではないだろう。なにをそんなに……」
 互野が、舌を打った。
「ええっ、ただの事故ならなんの問題もないのですが、犠牲者の中に、大手警備会社K支店の従業員がいたので」
 と、保坂が言った。
 一月前、西田という大手警備会社の若い従業員が、車で跳ね飛ばされる事故があった。 
 無謀な運転をし、車で西田を跳ね飛ばした男は、元大手警備会社k支店の男だった。
 今度は、爆発事故で大手警備会社k支店の従業員が犠牲になったという。
「爆発に巻き込まれたのは、大手警備会社K支店の従業員だって? なんていう奴だ?」
 互野が、保坂に聞いた。
「入ったばかりの従業員で、流 幸子という二十三歳の女の子です」
「女……。女か。それで、その女の子は、どうなった?」
「かわいそうに……。亡くなったということです」
「死んでしまったのか……」
 互野は、視線を下に落とした。
 北野ダイカストでの爆発事故は、午前十時頃に起こった。
 爆発事故は、旧い集塵機を新しい集塵機に交換する作業している際、旧い集塵機とつながっていたダクトの内側に積もっていたマグネシウムの切り屑に、引火燃焼し、起こった。
 なぜ、引火爆発したのか?
 ご存じのように、マグネシウムは、水に反応する。直径二ミリ以上の切り屑は、反応しにくいが、それより小さな、粉塵と呼ばれる切り屑は、条件を満たすと、水に反応し、水素ガスを発生させ、爆発炎上することがあるのだ。
 この日は、朝から雨が降っており、外付けされた集塵機のダクトの破損部分から、室内の集塵機のダクトに水分が侵入したらしい。
 外付けされた集塵機のダクトと、内側にある集塵機の室内ダクト、内側と外付けされたダクトをつないでいるホースは、定期的に点検している。先日の点検のときには、外付けの集塵機のダクトには、傷一つなかったという。
 しかし爆発炎上後、消火作業を終えた消防士が、外付集塵機のダクトを点検してみたところ、数ヶ所のネジが緩んでおり、横五ミリ、縦二十センチに及ぶ隙間があったという。この隙間より、雨水が内側の集塵機のダクトまで入り込み、爆発炎上の一因になったと思われた。
 ネジが自然に緩んでいっても、横五ミリ、縦二十センチに及ぶ隙間ができるなど、あり得ない。
 誰かが故意にネジを緩ませ、隙間をつくったとしか考えられないのだ。
 では、いつ、誰が、この隙間を作ったのだろう?
「事故を起こした北野ダイカストって、あれだろう? いわゆる大企業っていう奴」
 互野が言う。
「その、北野ダイカストなんですが、安全管理が行き届いていて、確か……表彰されたときもあるとか」
 保坂が応えた。
「表彰されても、事故る時は、事故るんだよ。それで、犠牲者は何人だ?」
「負傷者が四名。死亡が一名……。テロップには、そう出ていました」
「その一人っていうのが、流 幸子っていう女の子か」
「タガさん、あの娘ですよ。思い出しませんか。十全さんのお宅で会った女の子たちを」
 互野と保坂は、一度、流 幸子と会っていた。死んだ西田のことを聞きに、西田と親しかったという宗一郎に会いに行った時に、偶然、幸子は、姉の幾代と共にそこにいたのだ。
「あの娘なのか、確かか?」
 互野が言う。
「残念ながら、あの娘です。あの後、気になったんで、大手警備会社K支店によって調べたら、西田さんが亡くなった後、二人の女の子が入ってきたということなので、写真を見せてもらいました」
 と、保坂が応えた。
 保坂は、その時、写真と共に名前も確認した。流 幾代と流 幸子。爆発に巻き込まれ、亡くなったのは妹の流 幸子だった。
(あの娘が、死んでしまうなんて……)
 互野は唇を歪めた。
 マグネシウム、アルミニウムなどの金属を扱う工場での、火災や爆発炎上事故は、そう珍しいことでも無い。
 携帯電話やパソコンなどの筐体に、マグネシウムやアルミニウムが使われるようになった九十年代後半から度々、起きていた。
 爆発事故は、小火程度のものから、工場を全焼するようなものまで発生している。
 それゆえ、企業は事故が起きないように、細心の注意を払っている。
 例えば、時間を決めて、室内にこもるかも知れない水素ガスの測定をしたり、湿式集塵機を使用して、マグネシウム屑を集めたり、静電気防止用のアースをこ まめに取り付けたりしている。
 安全管理を最優先とする北野ダイカストが、それらの作業を、怠っていたとは考えにくい。
「大手警備会社は警備員を何人、北野ダイカストに派遣していたんだ?」
 互野が聞いた。
「まだ、詳しいことはわかりません。ただ、亡くなった一人が、大手警備会社の従業員だったので……」
「引っかかったというわけか」
「ええっ……」
 死んでいった、西田勇一と流 幸子。
 この二人の共通項は、大手警備会社K支店の従業員というだけだ。
 それだけだが、妙に引っかかる。
 なぜ、引っかかると問われても、応えることはできないが、喉に魚の骨が引っかかったような気持ちになるだけだ。
「大手警備会社K支店に、また、聞き込みに行かなければならないな」
 互野が言う。
「人間関係も、そうだが……。K支店の内実や、本社との関連性も探る必要があるな。本社はM市だろう」
「ええっ、M市です」
 保坂が応える。
「そっちのほうも徹底的に調べてみるか。M市にある本社の方もな」」
 互野が言った。
「会社自体に問題が、あるというわけですか?」
 と、保坂が聞く。
「まだ、はっきりといえんが……。匂うんだよ」
「いわゆる、刑事の勘っていう奴ですか?」
 と、保坂が訊く。
「そんなもんじゃあない。あえて言えば……長年の刑事稼業で身体に染みついた澱っていう奴だな」
「澱ですか……」
「そう、澱だよ。澱の奴が俺に臭いって言っているんだよ」
 その澱というものが、腹の中に溜まっているとでもいうのだろうか。互野は横腹を右手でつねった。
「ところで、頼んでおいたものは分かったのか?」
 互野が言う。
「あれでしょう。あれ。八雲の両親の現住所と、取りひきがあった銀行口座の預金残高」
 八雲本人の預金通帳を調べたところ、残高、わずか三千二百円だった。近々に大きな金の出し入れもない。八雲にお金が渡った形跡がなければ、八雲の両親、あるいは恋人、またはそれに近い知人、友人はどうだろう。
 保坂は、八雲の交友関係を徹底的に調べてみたが、八雲には恋人も親しい友人と呼べる者はいない。両親だけが、八雲という男とつながる線だった。
 もし、西田を殺した見返りに、お金の授受があったとすれば、両親の銀行口座に、お金が振り込まれていても、おかしくはない。
 保坂は、八雲の両親を調べることにした。
 八雲の両親は、F市に住んでいたが、N市に移り住み、そこから失踪していた。
 保坂は、あきらめなかった。居場所を探して、八雲の父親が契約していた携帯電話の会社を調べ上げ、携帯電話の位置情報サービスで、検討をつけ、八雲の両親が、いま、どこに住んでいるかを調べ上げていた。
「タガさん、八雲の両親、八雲順平と八雲さよ子は、F市に戻っていました」
「F市か……。それで、口座の方は?」
「それが……。信用金庫に口座があるのは、あるんですが……。いくら警察でも、そう簡単に顧客の情報は教えられないと、言われたそうで……」
「それで、聞けなかったと?」
「ええっ……」
「馬鹿野郎! 殺人事件が絡んでいるかもしれないんだよ」
 互野は、デスクを拳で叩いた。
「行ってこい! おまえがF市まで行って、調べてくるんだよ」






          16、

 軽食・喫茶『若葉』は、宗一郎が住んでいる中南町の隣、林町にあった。
 宗一郎の同級生が経営している店で、宗一郎は、同級生のよしみで、時々、ここに訪れては、とりとめもない話をしていた。
 独身の気楽さか、たまにここに来て、晩ご飯をいただく。「晩ご飯ぐらい、自分で作って食べろよと、独りだから時間は、たっぷりあるんだろう」と、萬に冗談半分でからかわれるが、一人で家にいても、話し相手もいないし、テレビを見ても、面白いテレビ番組などやってはいない。かといって読書する気にもなれないそんな気分の時は、自然と『若葉』に足を向けるのだった。
「落ち着いたのか?」
 深緑のドロップ型カウンターチェアの上に座っている宗一郎に、萬が、声をかけた。
「やっと、落ち着いたかな……。幾ちゃんも、明日から来ると言うし……」
 左頬に手のひらを当て、宗一郎が言う。
「幾ちゃん!? 幾ちゃんって、亡くなった幸子さんの姉さんだろう。明日から働くっていうのか?」
 と、萬が訊く。
「妹さんが亡くなったんだ。まだ早い、もっと、休んでいた方がいいと、言ったのに、働いていていた方が、気が紛れるって言うんだ」
 宗一郎が応えた。
「気が紛れるって……。幸子さんは、警備の仕事の最中に亡くなったんだろう。それなのに、また、警備の仕事をやるのか」
「ああっ……」
 宗一郎は、三日前の葬儀の様子を頭に浮かべた。
 幸子の死に、両親は夜に漂うカゲロウのような状態だった。いつ、その場で倒れても、おかしくない。娘の死という、受け入れがたい事実を突きつけられ、焦燥しきっていた。姉である幾代とて、同じだろう。いや、両親より悲観にくれていた。その日、幾代は、床に伏せって葬儀に出られなかった。
 その幾代が、明日から働くというが、はたして大丈夫なのだろうか?
「おっ、洋子だ」
 萬が、ウインドウ越しに、表を歩く、洋子さんを見つけた。
「えっ、洋子さん?」、
 振り返って見てみると、洋子さんは市道を挟んだ歩道を歩いていた。赤いハンドバッグを小脇に抱え、けだるそうに脚を引きずっている。
「大方、パチンコでもやって、負けたんだろうが」
 萬が言う。
「あの人、パチンコやるの?」
 宗一郎が聞いた。
「ギャラガの洋子っていえば、この辺じゃあ有名なパチンカーよ」
「ギャラガの洋子ね……」
 ギャラガというのは、K市で一番大きなパチンコ店だ。
 K市には、三つのパチンコ店がある。
 五年前までは、五つのパチンコ店があったのだが、不景気と人口減のダブルパンチをくらって、二つのパチンコ店が潰れ、大きなパチンコ店だけが残った。ギャラガは、その残ったパチンコ店では最大級のパチンコ店だった。
「ギャラガの洋子って……。まるで、ギャラガの主みたいじゃあないか」
 宗一郎が言う。
「主、みたいなものさ」
 萬が応えた。
 夫がギャンブル狂で、そのために苦しんでいるはずの洋子さんが、実はパチンカーであるということ自体、信じがたいが、ギャラガの主とまで言われているとは知らなかった。
「旦那さん、仕事、見つかったの? なんにもしないで、ブラブラしていると聞いたが?」
 と、宗一郎は聞いて見た。
「旦那ね……」
 萬が唇を曲げた。
「なんだ? なんか、あったのか?」
「あったさ……洋子のやつ、とうとうキレてしまって、ギャラガの中で大喧嘩したんだよ」
 と、萬が、あきれかえったように言った。
「店内でか?」
 宗一郎が、眉をしかめる。
「ああっ、止めに入った隣の客を、押し倒す、パチンコ台のガラスを叩き壊すの、大騒ぎ」 
 ギャラガの店内で、パチンコをしていた四十過ぎのくたびれた男が、突然、背後からどつかれた。どついたのは、洋子さんだったという。
 洋子さんが、旦那の頭を両手でつかみ、パチンコ台に打ち付けたのだ。旦那さんは、割れたガラスで、額から血を噴出するような大怪我を負った。だが、負けてはいられないと、逆襲に出た。洋子さんの腕を掴み、洋子さんを投げ飛ばしたのだ。
 騒ぎを聞きつけた店員が止めに入ると、洋子さんと、洋子さんの旦那は、「あんたに、関係ないだろう」と、悪態をつき、おっとり刀でやってきた店長を、体当たりをして押し倒したのだ。
「警察は? 警察が呼ばれたんだろう?」
 宗一郎が聞く。
「いやいや、そんなことをしたら、やれ現場検証や、事情聴取とかで、店を一時的に閉めなくちゃあいけなくなるだろう。店は満員の客で、あふれかえっていたんだよ。そんなことできるわけないさ」
「すると……。別室に連れて行かれて……」
 と、宗一郎が言った。
 パチンコ店には、店員が休むための休息所がある。ギャラガの場合、出玉と景品を取り替えるカウンターの中に、その出入り口があり、その休息所に洋子さんと旦那さんが、連れて行かれた。
「連れて行かれて、説教と損害賠償を請求されたというわけさ」
 と、萬が言った。
「損害賠償って言ったって、洋子さんには、お金がないだろう」
 と、宗一郎が言った。
「ない、全然ない」
「じゃあ、賠償できないわけだな。それなのに、なぜ、警察にも通報されないで許されたわけ?」
「ギャラガの店長はな、洋子の兄貴なんだ。身内っていうことで通報されなかったんだろう。賠償は、兄貴が肩代わりしたらしい」
「えっ! 洋子さんの兄貴って、ギャラガの店長なんだ」
 市内で一番大きいパチンコ屋の店長ならば、それなりの給料を、もらっているはずだし、オーナーにも顔が利くはずだ。「ここは、私が責任を持つ」とかとでも言ったのだろう。 
 洋子さんが起こした蛮行は、しばらく人々の記憶に残ると思うが、その一件は、そこまでとなった。
 透き通るような鐘の音を、響きを鳴らして、軽食・喫茶『若葉』の、木目調のドアが開いた。
 客が店の中に入って来る。
「この店、ドアベルの音だけは、爽やかなんだから。マスターは、いまいちだけれども……」
 そう、悪態をついて『「若葉』の店内に入ってきたのは、噂をすれば陰をさすで、洋子さんだった。
 洋子さんは、店に入るなり、つかつかと歩いて、一番奥の窓際のボックス席に座った。
「コーヒー」
 つっけんどんに注文をする。
「コーヒーだけでいいのか?」
 萬が訊く。
「ただで食べさせてくれるの? スパゲッティでももらおうかね。大盛りで二皿」
 喫茶店にきて、ただで食べさせろとはどういう神経をしているのだろう。
 宗一郎が眉間にしわを寄せると、
「冗談よ。このごろ太ってきてさ。身体が堅くてだるいのよ。だから、今日はコーヒーだけでいい」
 コーヒーを飲むと、痩せて身体が柔らかくなるとでもいうのだろうか? 
 洋子さんは、大きなあくびをして、こちらを向いた。
「ん!? 十全さん……。十全さんじゃないの。奇遇だわね。こんなところで会うなんて」
 洋子さんは、カウンターに座っている宗一郎に、声をかけた。
「この店、よく来るの?」
 こんな店によく来るわね~えと、言いたげに、けだるそうに言う。
「この店、コーヒーはそれなりにうまいけれども、サービスがいまいちだし……」
 洋子さんは、萬を、ジロリと見た。
「よく、言うよ。このまえも、ただで、コーヒーを飲んだくせに」
 と、萬が言って返す。
「えっ! コーヒーをただで飲ませたんですか」
 宗一郎は、片手に持っていたコーヒーカップを、落としそうになった。
 他の喫茶店では、友人や知人に、ただで、コーヒーぐらい、ごちそうするときもあるらしいが、『若葉』のマスターである萬は、そういうことは一切していない。きちんと仕事と道楽の区別をつけている。
 宗一郎にさえ、ただで、コーヒーを飲ませたことがないのだ。
 喫茶・軽食『若葉』のマスターは、宗一郎とは同級生で、言わなくても言いたいことが、お互いに分かる、いわゆるツーカーの仲だ。
 莫逆の友。と、言ったら、ちと大げさだが、その莫逆の友にさえ、萬は、そういうサービスをしない。それなのに洋子さんだけに、コーヒーを無料で飲ませた。
 何かある。弱みでも、握られているのかと、宗一郎は勘ぐるが、萬に、聞いて見ても、話してはくれないだろう。
「パチンコ、負けただろう」
 萬が、洋子さんに聞く。
「パチンコなんか、やんないわよ」
「嘘をつけ。パチンコ屋に通っているという噂だぞ」
「通っているわけじゃあなくて……見回りをしているのよ。ギャラガの店内を」
「見回りって……まだ旦那さん、ギャラガでパチンコをやっているのか?」
 と、萬が言う。
「あのバカ。今度、パチンコやったらギタギタにしてやるから」
 洋子さんが、そう言うと、
「また、パチンコ台に頭を、ぶちつけるのか?」
 萬が、呆れ返ったように言った。 
「やるわよ。今度はパチンコなんて、やめるーと、言うまで、やってやるわよ」
 洋子さんは、鼻息荒く、拳を握りしめている。いまにも飛んでいって、旦那を、その手で、ぶち殺してしても、おかしくはない勢いだ。
(こんなに激しい性格だったのか……)
 宗一郎は、欲求不満の塊のような洋子さんの態度に驚いた。
 大手警備会社K支店にいる時の洋子さんは、暴力をふるうような女性には見えなかった。事務員の明美さんと、いつ終わるかも分からない、おしゃべりばかりして、憂さを晴らしているだけで、暴れるような行状など、その欠片も見せなかった。
「昨日、刑事が来たけれど……おまえ、何かやったのかい?」
 萬が、洋子さんに訊く。
「ここにも、来たの? しつこいのね、L市の警察って」
「いいや、ここに来たのは、L市の警察じゃあない。自分たちは県警の警察だと、言っていたぞ」
「県警の刑事が、なぜ、ここに来るのよ」
 洋子さんは、目を大きく見開いた。
 北野ダイカスト爆発事故の時、現場にいた大手警備会社K支店の従業員は、洋子さんと、幸ちゃんだけだ。幸ちゃんは爆発事故に巻き込まれて亡くなったが、 洋子さんは、かすり傷程度で済んだ。
 なぜ、同じ現場で、同じような仕事をした二人が、一方が死亡、もう一方が、かすり傷程度で済んだのか、洋子さんは、その時の状況を、L市の警察に、執拗に訊かれたらしい。
「事故のことなら、L市の警察に、キチンと話したのに……」
 洋子さんは、額を左手で、ボリボリ掻いた。
「いや、県警の聞きたかったことは、L市で起きた爆発事故のことじゃあなくて……」
 と、萬が言った。
 宗一郎の携帯電話が鳴る。
「はい、十全ですが?」
 携帯電話から、明美さんの声が聞えてきた。
「えっ! 今からですか?」
 宗一郎が眉を寄せる。
「大事な話なんですか?」
 明美さんは、日曜日のこの時間帯に、大手警備会社K支店に来てと、言っていた。
 普段の日曜日は、仕事がない限り、会社は休みだ。明美さんは、休みなのに出勤しているらしい。出勤している会社から、休んでいる宗一郎を呼んでいるのだ。
 電話口での明美さんの話によると、亡くなった西田と幸ちゃんのことで、宗一郎と話をしたいという。
 日曜日の夜、この時間帯に大手警備会社K支店に呼び出すとは、よほど大事な話なのだろう。
 宗一郎は、萬に飯代を払って、軽食・喫茶『若葉』を出た。







          17、


 明美さんは、幸ちゃんの葬儀の時、拳を振り上げて、激しく慟哭していた。
 愛する人や、親しくしていた人間が亡くなれば、悲しみに打ちひしがれてしまうのは当然のことだ。悲哀の情を示さない方がおかしいだろう。
 が、明美さんのそれは、あまりにも際立っていた。
読経が始まると、獣のように泣き叫び、全身を震わせて、大粒の涙を流した。何度も、「幸ちゃん、ごめんなさい。幸ちゃん、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」と、言い続けていたのだ。
 たとえようもない悲哀や絶望は、人に生きる希望を失わせるほどに、心を傷付けるというが、これほど激しいものなのだろうか?
 肉親や友人が何かの理由で、目の前から、いきなり消え去ってしまったら、誰しも、深い悲しみに襲われ、喪失感を味わい、うろたえるだろう。
 それが、人の感情であり、人が人としての、あるべき姿なのだ。
 が、明美さんの、この感情はなんなのだろう。親愛なる人を失った悲しみとは別に、自分の犯した過ちを責めているような、痛烈な感情が明美さんから発せられていたのだ。
  思えば、西田の葬儀場での明美さんも、おかしかった。
 焼香の時、ふらりと立ち上がった明美さんは、葬儀会場を、ゆっくりと見渡し、茶色の線香を右手でいきなり、つかむと、下の床に投げ捨てた。
 明美さんは、そのまま、床に両膝をつき、しばらく、そこから動こうとはしなかったのだ。
 やがて様子が、おかしいことに気付いた寺の二人のお坊さんに、抱えられて、立ち上がったが、あの時、明美さんは、何を思っていたのだろうか?
 流 幸子の葬儀が終わった後、宗一郎は、明美さんを探しに外に出た。
 明美さんは、駐車場にいた。自分が乗ってきた車の前で、俯いていた。
「明美さん、大丈夫ですか」
 宗一郎が、声のトーンを下げて、気遣う。
 明美さんは、宗一郎のことを、ぼんやりと見た。やがて、おもむろに話し始めた。
「十全さん……。あなた、幾ちゃんから、幸ちゃんの遺品、もらったんでしょう?」
 宗一郎は、来場者名簿に自分の名前を記入するとき、幾代から紙袋を手渡されていた。
 中身を幾代に問うと、幸ちゃんが、生前、愛読していたミステリー小説の文庫本だという。
 幾代は、紙袋から文庫本を取り出して、言った。
「この本、幸子が大事にしていた本なの……。十全さん、もらってくれますか?」
 本は、江戸川乱歩の本だった。
「あの子、子供の頃から探偵小説が好きで……。十全さんも好きなんでしょう。いつか明智小五郎みたいな探偵が出てくる小説を書きたいと言っていたじゃあない」
 宗一郎が、乱歩と出会ったのは、宗一郎が中学一年の時だ。明智小五郎と少年探偵団の活躍に、心を躍らせ、夢中になって、乱歩の本を、読んだ。
 あれから、そうとう年月が流れたが、あの時の衝撃は忘れることができなでいた。
「よく、オレが乱歩のことを好きだったことを覚えていたな」
 と、宗一郎が言う。
「日曜日に十全さんの家に遊びに行ったとき、帰り際に言ったでしょう。オレ、乱歩が好きなんだ。それで作家を目指していたけれど、いまじゃあ、このありさまだと言って、笑ったじゃあない」
 確かに、そう言ったのを覚えている。
「幸子も、乱歩が好きなの。だから……」
 幾代は、そう言って涙ぐんでしまった。
「いいわね、十全さんは……。みんなから慕われていて……。西田くんの遺品も、もらってあるんでしょう」
 明美さんが言う。西田の遺品というのは、旧い型のウォークマンのことだ。
「訊いているわよ。西田くんの母さんと、妹さんが、わざわざ十全さんの家に来て、渡したっていうじゃあない。あんただけ、いいわね、若い人から慕われて」
 明美さんは、恨めしそうな瞳で、宗一郎をねめつけた。
(な、な、なん、なんだ……この目は)
 人の瞳じゃあない。どちらかと言えば、爬虫類が、放つ、冷たい光を宿した瞳だ。
 明美さんが、こんな目をするだなんて、いま、大手警備会社K支店で、宗一郎を、待っている明美さんも、こんな目で宗一郎を待っているのだろうか。
 宗一郎は、緑色のジャンパーから携帯電話を取りだし、時刻を確認した。
 午後七時半……。
 この時間に、会社に来てくれということは、よほどのことだろう。
 宗一郎は、喫茶『若葉』の駐車場に行き、ジムニーに、乗り込んだ。






           18、

「お呼びですか? タガさん」
 保坂は、K市警察署のロビーに呼び出されていた。保坂を呼び出したのは、彼とコンビを組んでいる互野だ。
 K市の警察署は、数年前に新しく建て替えられたばかりで、まだ、真新しい。各部署も、キチンと清掃が行き届いているし、ホワイトを基調とした玄関ロビーも、塵一つなかった。
 保坂は、背広のポケットからガムをだし、それを噛んだ。
 あまり、周りがきれいすぎると、かえって落ち着かない。タバコを吸わない保坂にとって、ガムは、心身の平静を保つために必要なものだ。
 見ると、入り口付近で、ヨレヨレの灰色の背広を着た互野が、保坂を待っていた。
 地味な灰色の背広を着ているが、灰色の背広に、茶色のしわくちゃのコートを羽織ったら、外国テレビ映画の有名な刑事を連想する刑事仲間もいるので、存在感があるのだろう。互野は、胸の高さまである木目調のデスクに、備え付けられたアームレストに肘を乗せ、紙コップのコーヒーを、一口、すすってから、保坂に声をかけた。 
「北海道には、行ってきたか?」
 互野が問うと、保坂は顔をしかめた。
「そんなこと、部長が許してくれるわけないでしょう……。でも、でもですね~ ちゃんと調べることができましたよ」
 保坂は、互野から八雲太一の両親の銀行口座を調べるように頼まれていた。ただし、北海道には簡単には出張できるわけがない。現地にゆけないので、八雲太一の両親が住む北海道F市の警察に頼み込んだのだ。
 保坂の頼みは、当初は断られた。
 事故か事件か、はっきりしていないのに、そんなことができるかというわけだ。
 ここで、引っ込んではメンツが立たない。 互野に、役にたたない奴だと思われるのもシャクだ。
 そこで……。
「しょうがないから、殺人事件がらみだと言ってやりましたよ」
 と、保坂が言った。
「言い切ったのか」
 互野が言う。
「ええ、言い切ってやりました。そうしたら、案の定、重い腰を上げてくれましてね。調べてくれましたよ……。本当に殺人事件がからんでいるんだろうな、と、釘をさされましたけれどもね」
「責任は、こっちでとると、言ったんだろう?」
「いえ……。そこまでは……」
「言わなかったのか?」
「ええっ……」
「まあ、いい。これは殺人事件だからな」
 互野は、鼻を膨らました。
 自信があるのだろう。これは八雲が起こした交通事故ではない、交通事故にみせかけた殺人事件だという自信が。
「タガさん……。なぜ、そう言い切れるんですか? 前から疑問に思っていましたが……。いわゆる刑事の勘っていう奴……。いや、タガさんの場合、刑事の澱でしたか」
 互野がいう刑事の澱というものが、どういう澱なのか、若い保坂には検討がつかない。
 が、いわゆる刑事の勘という奴よりは、信じられるものなのだろう。
「奴の目だ」
 互野の澱は、八雲の目。あれは人殺しの目だといっていたのだ。
「八雲の両親の銀行口座には三百万のお金が、匿名で振り込まれていました」
 と、保坂が言った。
「やはりな……。自分の口座じゃあなく、両親の口座に金が入れば、足がつかないとでも思ったのだろう……。素人の考えだな」
 互野は、そう言って、再び、紙コップの中のコーヒーをすすった。
「保坂、あれっ、裏がとれたんだろうな」
 互野が、話題を変える。
「あれって?」
「鈍い奴だな……。日比野洋子の件だよ」それでしたら、確認できましたよ。やはり、日比野洋子は八雲と面識があったようです。軽食・喫茶『若葉』のマスターが言っていました。日比野洋子は、度々、八雲と会い、なにやらヒソヒソと話していたと」
 軽食・喫茶『若葉』に洋子のことを聞きに来た県警の刑事というのは、保坂のことだった。
 保坂は、若い女と「若葉」に行った。
 二人は、客の振りをして、乗り込み、まず初めに、店の様子と、マスターの挙動を観察した。最初から刑事の身分を明かし、マスターから情報を得ても良かったのだが、互野に考えがあるらしく、若い婦警を連れていけと言われていた。様子を見てから情報を集めろと言われていたのだ。
 『若葉』のマスターの名は、事前の調べで、萬 徹と分かっていた。
 大手警備会社K支店の従業員である十全宗一郎と同級生で、宗一郎が、時々、ここに通っていることも確認済みだった。
 たまに、大手警備会社K支店の、他の従業員もここに来るらしい。
「あのマスター、ほんとに若い頃は、やんちゃだったんですか?」
 と、保坂が言う。
「喧嘩っ早くってな。オレに、しょちゅう引っ張られていたよ」
 互野が応えた。
 軽食・喫茶『若葉』のマスター、萬は、若い頃、県都M市の大学に通っていた。在学中から酒を飲んでは問題を起こし、当時、M市の生活安全課にいた互野に、何度もブタ箱に放り込まれていた。
 M市で暴れ、たまに、生まれ故郷であるK市に帰ってきたときも、宗一郎と、ともに、酒を飲んでは、はしゃぎ回っていたが、三十代にした結婚を機に、K市に帰ってきた。
 その後、父がやっていた軽食・喫茶『若葉』を継ぎ、現在に至る。
「あれから、数十年経つ。オレの顔を覚えているとは思えないが、この面の悪さで、あの刑事と分かったら、聞ける話も聞けないだろうからな」
 互野は、フンと鼻をならした。
「店のボックスの席に座って、しばらく、萬を観察していたんですが、終始、ニコニコしていて優しそうでしたよ」
 と、保坂が言う。
「へぇ~ あの萬がね」
 互野が、首を傾げた。
「これなら大丈夫だと思い、客がオレたちだけになったとき、身分を明かして、八雲の写真を見せました」
 八雲の写真を見せながら、保坂が、萬から探り出した情報によると、二月頃から、日比野洋子と八雲太一は、ここ『若葉』で、時々、会っていたという。
 その時、八雲は、陰惨な目をして、時々、辺りをキョロキョロと見渡しながら洋子と話をしていた。
 尋常な警戒の仕方ではなかった。店にいる他の客の挙動のひとつひとつに、敏感に反応し、他の客が、二人の側を通ると、洋子と八雲は必ず、口を閉ざした。
 この二人は、どこかで罪を犯してきたのではなかろうか? あるいは、これから起こすかも知れない犯罪の相談をしているのでは……。
 話の内容まで、聞き取ることができなかったが、萬は、深刻そうに話す二人を見て、これはただごとではないと、感じたという。
「保坂、行くぞ」
 互野が言った。
「日比野洋子を、任意で、引っ張ってくるんですか?」
 保坂が、応える。
「いいや、タレコミの女の所に行く……さっき、その女から、呼び出しを食らったんでね」
 と、互野が言うと、
「ちょっと待って下さい。話には続きがあるんですよ」
 と、保坂が止めた。
「続きって何だ?」
「その時は、日比野洋子と八雲太一、二人だけだったようですが、今年の一月に、洋子と八雲……それと、名前は思い出せないが、もう一人、三人で『若葉』で逢っていたこともあるということです」
「もう一人? 案外、そのもう一人っていうのが、これから会う女なのかも知れないな」
 互野の口角があがった。





        19、
 
 宗一郎は、運転してきたジムニーを、小竹ビルの右側にある青空駐車場に入れた。
 真っ直ぐ二階の大手警備会社K支店に向かいたいところだが、やはり一階のラーメン屋が気になる。
 三階建て小竹ビルの一階は、満腹屋というラーメン屋で、けっこうはやっている。夜のこの時間帯でも、常に五、六人の客がいるのだ。
 客の目当ては、潮騒ラーメンだ。
 宗一郎も満腹屋自慢の潮騒ラーメンを、腹に入れたいところだが、グッと我慢して、ジムニーのドアを開けた。
  満腹屋のお客さんと、大手警備会社K支店の従業員、それと、三階の損害保険会社の社員が利用する、この駐車場は、十台ほど車が入れば、満杯になる。
 十台の駐車スペースは、一台を損害保険会社の駐車場、二台分を大手警備会社K支店の駐車場、残り七台分は、満腹屋のお客さんの駐車場だ。
 当然、損害保険会社と大手警備会社K支店から、ぶつぶつと文句が出ている。もう一台分だけでも、駐車スペースを貸してくれないかと、小竹ビルのオーナに、昼夜問わず、要求していた。
 が、小竹ビルのオーナは、頑として、首を縦に振らない。
 小竹ビルのオーナというのは、一階で満腹屋を、経営している小竹善蔵という男だ。
 頑固一徹を絵に描いたような男で、善蔵いわく、満腹屋のために隣に青空駐車場があるのであって、損害保険会社や警備会社のために、小竹ビルの横に、駐車場があるわけではないという。
 言われてみると、その通りなのだが、損害保険会社も大手警備会社K支店も、あきらめきれない。あきらめきれないから、再三、もう一台分だけでも駐車場が欲しいと要求しているのだが、どうにもならなかった。
 宗一郎は、この駐車場にジムニーを入れるとき、満腹屋に来たお客さんのフリをする。 
 お客さんのフリをして、素知らぬ顔で、外付けされている階段を使って、大手警備会社K支店まで行くわけだが、たまに店の中から善蔵が出てきて、車両ナンバーをチェックするときがあるから、気をつけなければならない。
 この時間帯は、満腹屋にある程度、お客さんがいるので、善蔵は、駐車場内にどんな車が入っているか、チェックはしないだろう。チェックされて、もし、宗一郎のジムニーが、見つかりでもすれば、カンカンに怒って、大手警備会社K支店に怒鳴り込んでくるけれども、満腹屋に、お客さんがある程度いるこの時間帯は、まず、大丈夫だ。
 宗一郎は、階段を駆け上がり、二階の大手警備会社K支店通用口を開けた。通用口から、三歩ほど歩いたところに、大手警備会社K支店のドアがある。ドアを開けると、事務所で明美さんが待っていた。
「明美さん、大事な話というのは?」
 宗一郎が言う。
「焦らないで、そこに座って……」
 明美さんは、宗一郎を黒革のソファーへ、誘った。
 電話口で、明美さんは、亡くなった西田と幸ちゃんのことで、どうしても話したいことがあるわと、言っていた。おそらく、二人の事故のことだろう。
 けれど、なぜ明美さんは、二人の事故のことについて、この時間に宗一郎を大手警備会社K支店に呼び出したのだろう。
 そもそも、あれは事故だったのか事件だったのか?
 事故で亡くなったはずの西田のことについて、県警の刑事が、大手警備会社K支店まで尋ねてきた。
 二人の刑事は、大手警備会社K支店で、宗一郎にあれこれ聞いたが、事故が起こった時、現場にいなかった他の大手警備会社K支店の従業員にも、西田のことについて、あれこれ訊いていた。
 現場にいた宗一郎に、あれこれ聞くのは分かるが、事故現場にいなかった人間に、あれこれ尋ねるというのは、少しおかしいではないか。
 幸ちゃんの事故のことだって、どこか変だ。
 幸ちゃんが警備の仕事に行ったその日に限って、なぜ、爆発事故なんて起きたのだろう。北野ダイカストは、安全第一、事故を起こさない会社で有名な会社なのだ。
 その会社で、なぜ爆発事故という大きな事故が起きたのだ?
「支店長には、話したんですか? その大事な話を」
 宗一郎は、すぐにはソファーには、座らず、明美さんの様子を観察した。
 明美さんは、いつも自分が使っている机の前に立って、大きく息をしていた。宗一郎を一瞥し、
「あんなの、話になんないわよ。西田くんと幸ちゃんのことを話したって、まともに取り合わないで、まっ、いいかって、逃げるに決まっているわ。そもそも話す気なんてないし……」
 と、言った。
「ずいぶん、信用がないんだ……。横沢さんは」
 宗一郎が応える。
「信用なんて、できるわけないでしょう。面倒なことは、みんな私に押しつけて、本部のご機嫌ばかりとっている人だもの。それに、あの人ったらさ、あの歳して、アイドルグループ『もやし隊』の大神望に夢中なのよ。気持ち悪いったらありやあしない」
 横沢支店長が、『もやし隊』の大神望にゾッコンなのは、大手警備会社K支店の従業員なら、誰でも知っている。五十を過ぎた、おっさんが、十代のアイドルにうつつを抜かしているのだ。ちなみに、横沢支店長の携帯の待ち受け画面は、大神望の水着写真だ。
「面倒なことを、押し付けるって……横沢さんは、なにを押し付けるんですか?」
 と、宗一郎が言った。
「従業員、ひとりひとりの性格と生活環境を、キチンと把握しとおけとか、給料に文句がある奴の勤務態度を調べておけとか、オレの接待交際費、もうちっと上乗せできないのかとか……」
 あの、「まっ、いいか」支店長が、そこまでネチネチと明美さんに、仕事を押しつけているとは思ってもいなかった。
 支店長という男は、たまに会っても、ニコニコと愛想笑いしているが、名前を間違えて呼んだりする男なのだ。
 宗一郎が、「オレは飯田さんではないです。十全です」と、訂正すると、「あら、名前、間違えてしまったのね。が、まっ、いいか」と、言って、謝りもせずにその場を立ち去る、そんなお気楽な男だ。
「支店長のことは、どうでもいいのよ……。西田くんと幸ちゃんのこと……あれは……」
 明美さんが言う。
「二人の事故は、事故ではない。あれは事件……。それも保険金目当ての殺人事件」
 宗一郎は、そう言い切った。
「えっ⁉ 気付いていたの?」
 明美さんは、目を大きく見開いた。
「やはり、そうなんですか?」
 宗一郎は、うすうすそうではないのかと感じていた。が、確信していたわけではない。確信できなかったから、県警からやってきた二人の刑事に、余計なことは言わなかった。 
「初めから話してください……。なぜ、西田や幸ちゃんが、死ななくちゃあならなかったのですか?」
 宗一郎が問う。
 西田が、事故現場で亡くなる前、宗一郎は、会社が西田にかけている保険に疑問を持っていた。
 西田は、言っていた。「若い人だけだから、この保険に入れるのって言われた」と。
 会社が、任意でかける法人保険は、そこで働いているすべての従業員に、かけるのが、当然だと思うが、宗一郎には、かけられていない。おそらく、佐藤さんや、飯田さんにもかけられていないだろう。
 万が一のためにかける保険金というものは、年齢があがってくるに連れて、かける金額も上がってゆく。だから宗一郎たち年配者には、会社は、その保険をかけてはくれないのだろうと、その時は、そう思ってはいた。
 が、よく考えればおかしなことだ。
 宗一郎たち年配者も、会社で真面目に働いているのだし、会社が、そんな差別をするだろうか? 個人経営の商店ではないのだ。
「洋子さんが、かわいそうだった……」
 明美さんは、ポツリポツリと話し始めた。
 洋子さんの旦那、日比野徳雄は、二年前に勤め先の北野ダイカストを解雇された。
 日比野徳雄は,お金にだらしない男だった。
 洋子さんと結婚した当初は、そうでも無かったようだが、同僚が出世し、課長や部長になっても、まだ、自分は平社員だということが、おもしろくなかったのだろう。憂さ晴らしに、次第にお金を浪費するようになっていった。
 ある日、競馬で負けた腹いせに、職員ロッカーから、同僚の財布を盗み取った。
 事件は、すぐに発覚し、徳雄は、上司からキツク叱責を受けた。その時は、それだけで済んだが、上司の叱責を根に持った徳雄は、上司の高級乗用車レクサスの車体に、釘でひっかき傷を、ところかまわずつけたのだった。
 同僚の財布を盗んだあげくに、上司の車をダメにした。
 当然、徳雄は馘首された。
 一緒に、北野ダイカストで働いていた洋子さんも、そこに居づらくなり、会社を辞めるしかなかった。会社を辞めた洋子さんは、徳雄とともに、洋子さんの実家があるK市に移り住んだ。
 会社を馘首になった徳雄は、K市で仕事を探したが、これっといった資格のない四十過ぎの中年の男を雇うような職場は、なかなか見つからなかった。
 ヤケになった徳雄は、ますますギャンブルにのめり込み、日比野家は、その日の生活にも困窮するようになっていった。
「洋子さんのことは、幾ちゃんから、たいへんだったことは聞いて知っている。けれど、西田を車で撥ねて殺した八雲と、洋子さんとの関係はどうなんだ? 知り合いだったのか?」
 と、宗一郎が聞いた。
 西田を車で撥ねて殺したのは八雲だ。
 西田の件が事故でなく、事件なら、八雲と洋子さんが、どこかで関わっているはずだ。
 そうでなければ、ここで、なぜ、明美さんが洋子さんのことを、ここで話し始めたのか、その意図が見えない。
「洋子さんと八雲は、お互い知らない間柄だったわ。『若葉』で会うまではね」
 明美さんが応える。
「『若葉』で、会ったのか?」
「ええっ……。偶然」
 明美さんは、話を続けた。
 一月四日、昼頃のことだった。
 正月休みで、軽食・喫茶『若葉』で、だべっていた明美さんと洋子さんは、いきなり後ろから、声をかけられた。
 二人に声をかけたのは、八雲太一だった。
 八雲は正月休みを利用して、都会から、K市に帰ってきていた。
 八雲は言った。
 もう一度、大手警備会社K支店で働かせてはくれないかと。
 明美さんは、驚き、そして戸惑った。
 無理もない。四年前、仕事中に他車との接触事故を起こし、大手警備会社K支店に借金を申し込んだ男だ。借金を断られると、アパートに、家財道具を残して行方をくらまし、接触事故の被害者が、大手警備会社K支店に怒鳴り込んできたという経緯がある。
 明美さんは、いままで何処にいたのよ。みんなに散々迷惑をかけておいてと、八雲を、詰問した
 が、詰問したところで、どうにもなることではない。八雲は、謝りもせず、ただ、もう一度だけ働かせてくれ。今度こそ、真面目に働くからと繰り返すだけだった。
「私に、仕事を頼む前に、やることがあるでしょう」
 明美さんが、そう言うと、
「やること? やることって、なんだ」
 八雲は、そう応えた。
「相手側、事故の相手に弁償しないの? 今からだって遅くはないわ。誠意をみせたらどうなの」
「誠意って、なんだ? 弁償? そんなことできるわけねえよ」
「なぜ、弁償しないの? 自分のミスで、相手側の車を壊したら、誠意を見せて、弁償するのが当然の義務でしょう」
「義務ねえ~ あの野郎、保険で払えるだろうとか言いやがって。なにが弁償しなければ訴えるだ。訴えるなら訴えてみろってんだ」
「あなたね!」
 明美さんは、座っているカウンターチェアから、立ち上がった。
 隣の洋子さんが、立ち上がった明美さんの腕を引く。落ち着けともいうのだろうか。明美さんは、腕を引かれてカウンターチェアにゆっくりと座り直した。
 洋子さんは、八雲のことを、撫でまわすように見ていた。
 八雲は藍色の小汚いジャンパーを着ていた。履いているズボンも所々煤けた灰色の作業ズボンだ。現在の惨めな境遇を映し出しているのだろうか、ボサボサでのび放題の髪も油でテカっており、一歩間違えると浮浪者にも見えた。
「あんたも、同じね……。私と……」
 洋子さんが、八雲に言う。
「追い詰められているもの同士よ」
 洋子さんも、ギャンブルに明け暮れる夫のせいで、追い詰められていた。
 友人知人からお金を借りて、いままで、どうにかしのいできたが、もう、限界だった。
「あんたなら、できそうね」
 洋子さんが立ち上がった。
「できるって、何を? 洋子さん、あんた、こんな人、信じるつもり?」
 明美さんが言う。
「信じるも信じないもないのよ。追い詰められた人間は、なんだってやるものなの」
 洋子さんが、明美さんをにらみ据えると、八雲に眼を向けた。
「いい話があるのよ。一攫千金のもうけ話。どう、聞く気ある?」
 洋子さんは、ニヤリと笑った。
「ここではなんだから……。場所を変えて、話をしましょう」
 洋子さんが、八雲の肩に手をかけた。
「明美さん、あんたも一緒に来るのよ」
 洋子さんが、明美さんの腕をとった。
「さあ、早く」
 洋子さんが、そう促し、三人は軽食・喫茶『若葉』から出て行った。
「場所を変えて話をしたわけか……」 
 と、宗一郎が言う。
「マスターに聞かれたら、マズイと思ったのでしょう。実際、とんでもない話だったわ」
 明美さんが応える。
「それで、どこに連れて行かれたわけ?」
 宗一郎が、問う。
「洋子さんの知り合いが、やっているスナックよ」
「スナック? 昼にやっていたのか?」
「やっているわけないでしょう。洋子さんが、そこで時々アルバイトをしていたから、合鍵を持っていたわ」
 明美さんが、眼を伏せて言った。
 カウンターが一つと、ボックス席が二つだけのスナック・スリーセブンは、通称飲み屋横丁と呼ばれる長屋風の建物の一角にあった。街中ではなく、住宅街にあり、それなりに客がいるらしく、夜になると、常連さんがこの飲み屋横丁に通い、スリーセブンにも客が溢れる。
 昼間は、人通りがほとんどない。飲み屋横丁のどの店舗も、店を閉めている。
 洋子さんは、預かっている鍵で、スリーセブンのドアを開けて、八雲と明美さんを、店の中に入れた。
 店に入った洋子さんは、ボックス席に八雲と明美さんを座らせて話し出した。
「夫が会社を馘になったとき、調べたことがあるのよ……私の夫は会社都合の退職だったからねえ~」
 退職理由には、会社都合と自己都合がある。前者の場合、職業安定所に申請すれば、必要な手続きを経て、すぐに、失業給付金がもらえるが、後者の場合、失業給付金が給付されるのは、二ヶ月と七日以降だ。
 洋子さんの夫は、会社都合で、馘になったわけだから、失業給付金がすぐに支給されたわけだ。
 ただし、失業給付金は、在職していた当時の給料と同じ額ではない。退職前の、六割から八割程度のお金しかもらえない。
 ギャンブルで、遊びほうけていた直後の解雇だ。退職前の六割か八割のお金だけでは、やってはいけない。
 日比野夫婦の暮らしは、ますます苦しくなっていった。
「それで、失業手当の他にもらえるものがないか調べたんだけれども……」
 と、洋子さんが言った。
 他に支給されるものとして、教育訓練給付金、高齢者雇用給付金、育児休業給付金、介護休業給付金などがあるが、どれも、夫とは無縁のものだ。夫の徳雄は、規定通りの失業給付金しかもらえない。
 洋子さんは、焦った。
 すでに貯金は底をついている。このままでは到底暮らしてゆけない。
「保険のことを、いろいろ調べてみたら、法人保険というものが、あったのよ。会社が民間の保険会社に、任意で従業員にかける保険っていう奴……」
 会社が任意でかける法人の生命保険は、会社が保険料を支払い、従業員が万が一亡くなった場合や、怪我をした時に、保険会社が会社に保険金を支払い、会社が、従業員にそれ相応の金額を給付する保険だ。
 洋子さんは、その保険を悪用しようと考えた。
 保険をかけた従業員に、もしもの時が遭った場合、直接、従業員に保険会社から保険金が振り込まれるわけではない。先ず会社に、保険金が振り込まれる。
会社側は、毎月、保険金を保険会社に支払うという経費が発生するが、年齢の若い従業員だけなら、その経費もわずかで済む。
「そういうことだから、明美に相談が、あるのよ」
 洋子さんは、立ち上がり、明美さんの背後に廻った。背後から明美さんを、抱きしめ、耳元で囁く。
「あんた、もう二十年近く、大手警備会社K支店の事務を、やっているでしょう。二十年近く、やっていれば、もう少し帳簿を誤魔化すことができるわよね」
 明美さんは、洋子さんに、お金を貸すようになってから、帳簿を誤魔化していた。
 いわゆる二重帳簿をつけて、浮かしたお金を、自分と洋子さんの口座に振り込んでいたのだ。
「こ、これ以上、私に何をやらせようというのよ」
 明美さんの目が血走った。
「いままでの話を聞いていて、わからないの?」
 洋子さんが、腰を落として、ボックス席の赤いソファーに座り込んでいる明美さんの眼を、横から覗き込む。
「ようは、会社名義で、若い奴らに生命保険をかけろってこと」
 と、洋子さんが言った。
「かけて、どうするのよ?」
 明美さんが応える。
「しれたこと……。事故に見せかけて、始末するのよ」
 洋子さんの目が、怪しく光った。
「オレの役目は、その事故を起こすことか」
 八雲が、ニヤリと笑った。






      20、

 大手警備会社k支店の中で、若い従業員といえるのは、西田と東、それと笹岡だ。西田は、二十三歳。東は三十五歳。笹岡は二十五歳だ。その他に、川辺という若い奴がいるが、これは施設警備に詰めている男なので、明美さんは、この男には、声をかけなかった。
 明美さんは、一人づつ事務所に呼んで、保険のことを話した。
 最初に呼ばれたのは東だった。明美さんは、「支店長には内緒だけれども……」と、前置きして、保険のことを東に話し始めた。
 話を聞いた東は、「別にいいですよ。そんな保険。それより給料を上げてくれませんか? そのほうが嬉しんですけれども……」と、素気がない。いつもそうなのだが、東は、何事に対しても能動的な態度を取らない。興味がないことには、まるで関心を示さないのだ。明美さんは、にべもない東のポーズに、無理に進めても駄目だろうと、東をその場から帰し、時間を置いて、笹岡を事務所に呼んだ。
 明美さんから、話を聞いた笹岡は「考えてみますから、少し時間をください」と、言った。笹岡の考えてみますからは、面倒くさいから嫌ですと、同じ意味だと、大手警備会社k支店の従業員なら、誰でも知っている。明美さんは、笹岡を、その場から帰した。
 西田の時は、とんとん拍子に話が進んだ。
「若い人たちだけよ。この保険に入れるのは。若ければ若いほど、かける保険料が安くなるのよ。だから、佐藤さんや飯田さん、相沢さんには内緒ね。うらやむから」
 と、明美さんが言うと、
「いいすよ、内緒にしますよ。……十全さんには、言ってもいいんですか?」
 と、西田は満面の笑みで応えた。
「十全さん!? ああっ、あの人も……。あの人も駄目ねえ~ 気が若いけど、五十を過ぎたら、もう年寄りよ。体のどっかにガタがきているはずだから」
 と、言って、明美さんは笑った。
 その後、二人は、とりとめもない話をして、世間話が一段落した後、西田は帰っていったのだ。
 後で、その保険のせいで、自分が殺されると、知らずに……。
「若い人だけに声をかけたと西田から訊いたとき、おかしいとおもいましたよ」
 と、宗一郎が言った。
「野田弘樹という人も、若い奴なんですか?」
 宗一郎は、保坂に訊かれたことを思い出した。保坂の話によると、大手警備会社K支店には、三ヶ月前から施設警備警備に行っている野田弘樹という男がいるという。
「横沢さんが採用した人でしょう。私は会ってもいないけれど、履歴書を見たら、五十過ぎのおじさんだから、声をかけなかったわ」
 明美さんが言った。
「会ったことがない? 給料日に給料明細を取りに、会社に、来ないのですか」
 と、宗一郎が言う。
「横沢さんが、給料明細を渡しているのよ。家が近くだから、ついでに渡しておくって」
「ついでにですか……」
 どうも釈然としない。
 いくら施設警備専門の警備員だからといっても、支店に顔を見せないというのは、ちょっとおかしいし、なぜ、支店長が、直接、給料明細を渡しているのだろう。
 何か、理由があるのだろうか……。
「横沢さんは、全然気づかなかったんですか? 二重帳簿のことも、法人保険のことも」
 宗一郎が、問う。
「あの、まっ、いいか支店長が気づくはずがないでしょう。横沢さんが、気にするのは、自分の給料と従業員の勤怠管理。それと、本部が自分のことを、どうみているかっていうことだけ。部下のことは、私に任せ、帳簿は、さっーと眼を通すだけで終わり。利益が出ていれば、そう、うるさくいわないわよ」
 明美さんの鼻がヒクヒクと動いた。
「本部は……。本部は、何も言ってこなかったのか? どこか、おかしい。帳簿に載っていない経費があるんじゃあないかとか」
 と、宗一郎が聞く。
「そこはそこで、うまくやったわ。二重帳簿は利益を誤魔化すためにあるのよ。言っておくけれど、私たちの勤めている会社は、大手警備会社という、吹けば飛ぶような小さな会社よ。ごまかそうと思えば、いくらでもごまかせるのよ。ここが営業所だった頃は、本部に、しっかりと管理されているから、ダメだったけれど、支店に格上げされてからは、支店の裁量でどうにかなるから、しめたものよ」
「しかし……」
 宗一郎は思う。
 いくら大手警備会社が、零細企業でも、金銭の管理はしっかりやっているはずだ。これでも、大手警備会社は、岩手県の県都M市に本社を持ち、K市とE市に支店を持っている。なりは小さくても、それだけの店舗を展開している会社が、K市の一介の事務員にすぎない従業員の不正に気づかないものなのだろうか。
「八雲と洋子さんはね、最初から西田くんを殺そうと思っていたわ。怪我だけじゃあ、十分な保険金が入らない。死んでもらわなければならないと言って……。私は、そんなこと、思ってもいなかったのに……」
 車で、人を撥ねるということは、人に怪我を負わせることだ。いや、悪くすると死ぬかもしれない。明美さんだって、そんなことは分かっていたはずだ。
 なのに……。なぜ。
「西田くんが亡くなってから、私……」
 明美さんは、鼻をすすった。泣きたいのをこらえているようだ。亡くなった西田と明美さんは、事務所で会えば、ジョークを飛ばし合い、よく笑い合っていた仲だった。
 明美さんは、間接的だが、その西田を殺してしまったのだ。
「後悔しているなら、なぜ、洋子さんのいいなりになったんです」
 宗一郎が言う。
「だって、しかたがないでしょう。やらなければ、会社の金を横領していることを本部に、バラすというから。……従うしかなかったのよ」
 そもそも二重帳簿を利用し、会社のお金を横領していなければ、こんなことにはならなかったはずだ。いくら、お金に困っているとはいえ、犯罪に手を染めるから、つけこまれ、より大きな罪を犯してしまうのだ。
「切っ掛けは、堀田組の事故ですか?」
 宗一郎が言う。
 追い詰められた八雲と、生活に疲れ切った洋子さんが、初めて出会ったのは、今年の一月のことだ。
 八雲が、車を使って事件を起こすまでの三ヶ月の間、明美さんは、迷いに迷っていたのだろう。
 四月に堀田組の事故が起きた。人が死ぬ大きな事故が身近で起きたことで、踏ん切りがついたのだろうか。
 それから、三か月後の七月。絶好の機会が訪れた。
 明美さんは、八雲に連絡を入れた。
「そうよ。事故って、起こるときは起こる。大手警備会社K支店の従業員が、事故の犠牲者になっても、ちっともおかしくないと、その時は、そう思ってしまったわ」
「幸ちゃんの時は、洋子さんが、事故に見せかけたんですか?」
 と、宗一郎が聞く。
「ええっ……。みんなには内緒にしていたけれど、洋子さんと、私は、事故が起きる三日前にも北野ダイカストに行ったのよ」
「準備をしに?」
 宗一郎が言った。
「ええっ、あの時、調度、北野ダイカストから連絡があったから……」
 明美さんは、頷いた。
 洋子さんと、亡くなった幸ちゃんが、北野ダイカストに行く三日前に、明美さんと洋子さんは、二人で北野ダイカストに仕事で行ったらしい。
「北野ダイカストから連絡があった時、調度、隣に洋子さんがいてね……」
 と、明美さんが言う。
「支店長は……。横沢さんは、いなかったのですか?」
 宗一郎が言った。
「その日、支店長は、大事な用があるって言って、支店にはいなかったわ」
「大事な用か……」
 横沢支店長は、この頃、よく大事な用があるからと言って支店から、いなくなる。
 支店に、横沢さんがいなくても、大抵のことは、明美さんがこなすから、問題はないと思うが、何かがあると、ヤバイので、支店に支店長が常時、いて欲しい。支店に、いつもいないから、明美さんの不正を見逃してしまうのだ。
「今度の標的は決まったわね。こんなに早くチャンスが、巡ってくるとは思わなかったわ。流 幸子には死んでもらう」
 洋子さんは、ほくそ笑んだ。
「ちょっと、何言っているのよ、洋子さん」
 明美さんが言う。
「幾代と幸子には、入社した日に保険をかけたんでしょう。だったらヤルしかない」
 洋子さんは、明美さんの肩を両手でつかみ、明美さんの顔を覗き込んだ。明美さんが、洋子さんの顔から眼を逸らす。
「私が、あそこで十年以上働いていたことは、あんた、知っているでしょう。だからね……」
 洋子さんは、北野ダイカストの正社員として、十年以上の長きにわたって働いた。
 その間に、様々な部署に配属され、北野ダイカスト工場内部のこと、どこに何が置かれているか、この設備は、なんのために可動しているのか、その他、工場内部のことなら、ある程度、知っていた。
 洋子さんは言った。
「私が勤めていたときにね、火災避難訓練があったの。その火災避難訓練でね、マグネシウムの炎上、爆発のシミレーション訓練があってね。規模の小さなものだったけれど、マグネシウムの粉塵って、水分を含むと、水素を発生することがあるのよ。水素って危険なのよ。爆発するから」
 洋子さんは、スマホを立ち上げた。アプリで、問題のその日は、雨天の天気だと、知る。
「ついてるわね。調度、雨じゃん。雨が降らなくても、なんとかするから、別に問題はないけれども」
「洋子さん、本当に、やる気なの?」
 明美さんが言う。
「やるわよ。水分を含んだマグネシウムの粉塵を、爆発させるわよ。自然発火で爆発しなければ、ダクトにライターでも投げ入れて、爆発させるわ。幸子は、その爆発に巻き込まれて死ぬのよ」
「爆発に巻き込まれるのは、幸ちゃんだけだとは限らないでしょう」
「赤の他人がどうなっても私には関係ないわ。それとも、あんた、たった百五十万ぼっちのお金で満足する気」
 西田が、亡くなったときに会社に振り込まれた死亡保険金額は、六百万だった。もう少し高額な保険金を得たかったが、高額な保険金を得るには、それなりの掛け金が必要になる。掛け金が、高くなると、帳簿の誤魔化しが効かなくなる恐れがあったので、死亡保険金六百万の保険にしたのだった。
 明美さんは、表帳簿には怪しまれぬように、領収書さえ有れば、ある程度、金銭の誤魔化しができる雑費として、保険会社に支払った金額を載せていた。
「実行犯の八雲に、三百万、私とあんたに百五十万。てんで話にならないわね。そんなハシタ金ではね」
 洋子さんの、瞳に欲望の炎が灯った。







         21、

 洋子さんは明美さんとともに、爆発事故が起きる三日前に、警備の仕事で北野ダイカストに行っていた。
 二人の仕事は、工場入り口付近のアスファルト修復作業に伴う交通誘導の警備だった。
 修復作業自体は今日一日で終わる簡単なものだったが、工場入り口付近は、人や交通車両が頻繁に出入りする。安全確保のために、どうしても警備員が必要だった。
「事務の仕事を、ほったらかしにして、明美さんも、警備の仕事に行ったのですか?」
 と、宗一郎が言った。
「人員が足りないとき、私が行くときもあるの。横沢さんは、何も文句は言わないわ」
 明美さんが応える。
「それで……。二人で何を?」
 宗一郎が聞いた。
「北野ダイカストからわね。アスファルトの修復作業工事は、午後二時頃までには終わると言われていたの。都合のいいことに、時間に余裕があったわけ。私は、仕事が終わった後、車の中で時間を潰したけれど、洋子さんは仕事が終わった後、昔の仲間に、挨拶回りを兼ねて、逢い、工場内を見て回ったわ」
 北野ダイカストの元従業員だった洋子さんには、工場内に知り合いがたくさんいた。洋子さんは、元従業員だったという立場を利用し、知った顔を見つけては、声をかけ、会社内のことや、設備のことを、それとなく聞いた。
「私がいた頃と、あまりかわってはいないわね。これなら、いける」
 工場内を一通り見て回り、明美さんが待つ、車まで戻ってきた洋子さんは、満足そうに頷いたらしい。
「洋子さんは、何に満足したんですか?」
 宗一郎が聞く。
「洋子さんは、こう言っていたの。キーボックスの暗証番号も変わっていないようだし、フレックスタイムの連中も、午前一時には家に帰っているようだわ。夜中は、機械警備だけで宿直がいるわけでもない……。これなら楽勝だと」
 洋子さんは、助手席に座るなり、口笛を吹いた。
 プレックスタイムの連中が、夜中の一時頃帰ると、朝の六時頃まで、工場内には誰もいないはずだ。誰もいない工場内に、忍び込み、外付け集塵機のダクトに細工をして、当日、爆発事故を起こす。忍び込むには、鍵が必要だが、幸いなことに、キーボックスの暗証番号は変わっていない。キーボックスを開けて、鍵と機械警備のカードを、ボックスから取り出し、盗んだ鍵で、裏口のドアを開け、カードを使って機械警備を解除すれば、工場内に入ることができるだろう。
「北野ダイカストの機械警備は、何を採用していたのですか?」
 宗一郎が聞いた。
 機械警備には、様々な機器が使われる。
 赤外線センサーや、防犯カメラなどが、よく知られているが、その他にも、マグネットセンサーとかシャッターセンサー、近頃では、ドローンを使ったものまである。
「洋子さんの話から察するに、マグネットセンサーを使っているんじゃあないの」
 と、明美さんが言う。
 北野ダイカストの機械警備は、各部所のドアが、就労時間以外に開くと、警備会社に異常ありと、通報が届くシステムになっている。どこか一カ所でもドアが開くと、センサーが異常を探知し、機械警備を請け負っている警備会社に連絡が行くのだ。
 その後、三十分も経たないうちに、警備会社から、警備員が、何事が起こったのかと、おっとり刀で、北野ダイカストまで駆けつける。 
「洋子さんは、機械警備の解除の仕方を、しっていたのか」
 宗一郎が問う。
「ええっ。だから洋子さんは……」
 明美さんは、眼をつぶった。
 爆発事故の当日、朝五時頃に、洋子さんは、乗ってきた車を、工場の近くにある駐車場に置き、工場の外れにあるキーボックスがしまってある余り目立たない小さな物置小屋まで行った。
 物置小屋の上部に設置されている防犯カメラの角度を変え、防犯カメラの死角をつくり、辺りをうかがいながら、物置小屋に入った。
 三日前に、それとなく確かめていた暗証番号で、キーボックスの扉を開け、裏口の鍵と、機械警備の解除、作動に使うカードを、キーボックスから取り出した。
 洋子さんは、その後、裏口に廻り、裏口のドアを、鍵を使って開け、鍵をポケットにしまい込んだ。警備会社のカードを、読み込みセンサーにかざし、機械警備の解除をした。 
 機械警備が解除された後、外付け集塵機のダクトがある場所まで行き、外付け集塵機のダクトのボルトを緩め、横五ミリ、縦二十センチほどの隙間を、ドライバーでこじ開けた。そして、目立たないように、ダクトと同じような色の白いガムテープを、貼り付け、再び、裏口に廻り、カードを使って再度、機械警備をオンにし、キーボックスに、鍵とカードを戻し、K市に帰ってきたのだ。
 その日の、北野ダイカストでの洋子さんと幸ちゃんの仕事は、午前八時からだ。
 見上げると、天気予報通り、黒い雲が、空を覆っていたが、まだ、雨は降ってはいない。
 幸ちゃんと共に、再び、北野ダイカストを訪れた洋子さんは、警備の仕事が始まる前、トイレにゆくふりをして、外付け集塵機のダクトの前に行き、貼っていた白いガムテープを剥がした。その後、なにくわぬ顔をして、現場に、戻った。
 工事は、工場内部にある室内専用集塵の取り替え作業から始まった。取り替え作業中、午前九時五十分頃から雨が降り始めた。ポツリポツリと降り始めた雨は、次第に激しくなっていった。
 爆発事故は、室内の集塵ダクトの取り付け作業が終了し、外の集塵ダクトを取り替えようとした矢先、起こった。
「なぜ、幸ちゃんだけが亡くなったんだ」
 宗一郎が言った。
「洋子さんが、幸ちゃんを先に行かせたのよ。作業員がすぐに行くと思うから、誘導棒を持って、先に外にでてくれないって」
 と、明美さんが応えた。
「幸ちゃんが、外付け集塵機ダクトの前についた時、爆発が起こったわけか……」
 宗一郎が、顔をしかめた。
「幸ちゃんが亡くなって、保険会社から、一千万円のお金が、大手警備会社K支店の銀行口座に振り込まれたわ。もっとも大手警備会社K支店の銀行口座といっても、本部には、その存在を隠している裏の大手警備会社K支店の口座にね」
 そうしなければ、すぐに本部にバレたに違いない。一千万入金の記帳なのだから。
「一千万円のうち、危ない橋を渡った洋子さんに、六百万、私に三百万、それと幸子の遺族に百万円」
「流家にも保険金を渡したのですか?」
 宗一郎が言う。
「ええっ、幾ちゃんにも保険をかけていたから、幸ちゃんが亡くなれば、会社から保険金が流家に入るってことは、分かっていたはず。だから、流家にも、保険金を入金したのよ」
「それじゃあ、西田の時も……」
 宗一郎が尋ねる。
「いいえ、西田くんの時は……」
「西田の時は……。払わなかったんですか?」
「西田くん……。こう言ってたのよ。この保険のことは、家族には内緒にしますよ。だって、怪我したら、お金がもらえるんでしょう。オレ、その金、使って、パチンコしたいからとね」
「パチンコがしたいと……」 
 西田らしいや……。と、宗一郎は思った。
 遊ぶことが大好きだった西田。
 お金を湯水のように使い、友人たちと飲み歩いていた西田。
 大手警備会社K支店に来れば、必ず、冗談を言っては、仕事仲間を笑わせていた西田の笑顔……。
 あの日から、西田はもうこの世にはいない。
「西田や幸ちゃんを、殺しておいて、なにも感じなかったんですか」
 宗一郎が言った。
「私が、殺したわけではないわ!」
 明美さんが、応える。
「八雲が交通事故に見せかけて殺したから、私には罪はないとでも言うのか。洋子さんが幸ちゃんを殺したから、私は関係が無いとでも言うのか。そんなのおかしいでしょう。八雲をそそのかしたのは、あなたと洋子さんだったし、洋子さんが、幸ちゃんを殺そうとしたのを、あなたは、止めようとはしなかったでしょう。。明美さん、あなたと、八雲と洋子さんは、同じ穴の狢なんだ。犯した罪は大きい」
 と、宗一郎が言った。
「ええっ、私の犯した罪は大きいわよ……。だから、私……」
「だから、耐えきれなくなって、警察にタレコミをした。それで、犯した罪が軽くなるとでも……」
 明美さんは、両手で顔を覆い、ワナワナと震えだした。
 明美さんは、西田が亡くなってから、いままでずっと罪の意識に、苦しんでいたのだろう。
 なぜ、こんなことをしてしまったのだろう。なんで、お金に目がくらんだのだろう。どうして、八雲を……。そして、洋子さんを、止められなかったのだろうと。
 警察に行って、すべてを話してしまおうか。
 いや、それはできない。
 明美さんには、愛する家族がある。夫や子供たちのことを思うと、とても警察に行く気にはなれなかったに違いない。
「私……。実の娘のように可愛がっていた幸ちゃんも、見殺しにしてしまった」
 明美さんが、吐息を吐くように言った。
 幸ちゃんの葬儀の時の、明美さんの焦燥ぶりは、とても見られたものではなかった。
 髪をかきむしり、眼を真っ赤に充血させ、狂った獣ように泣き叫び、何度も何度も、幸ちゃんの名を叫び続けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と、謝り続け、座り込んで床を指でかきむしり、嗚咽を漏らしていたのだ。
 いま思えば、あのときに、明美さんの悔恨の情は、最高潮に達していたのだろう。
「オレに、話していくらか楽になったか?」
 と、宗一郎が言う。
「心の中の思いを全部吐き出して、楽になりたかったんだろう」
「楽に……。楽に……」
 明美さんが、頭を振った。
「楽になんかならないわ……。全然、楽になんかならない。殺して……。私を殺して。私を殺してよー」
 明美さんは、机の中から刃渡り二十センチくらいの出刃包丁を取り出し、出刃包丁を、自分の胸にあてた。
「私を、殺してよ~」






          22、

「その手で、私を殺して」
 明美さんは、叫び続けた。
 出刃包丁を持つ明美さんの手が、ブルブルと震えている。この手の震えは、本気で、殺してくれと頼んでいる怖れなのか。
 瞳は、あの時の目だ。爬虫類が放つ光を宿した目だ。鼻孔から漏れる呼吸音は、疾風のように荒く、吐く息からは嫌な臭いが漏れていた。
 明美さんの体の中に、何か得体の知れないものが巣くっている……。
 いや、そんなことなどあり得ない。
 面接の時に、偏見を持たないで、宗一郎と接してくれた明美さんであって欲しい。
 宗一郎は、右手を、包丁を持つ明美さんの両手に、静かに重ねた。明美さんの出刃包丁を持つ手だけが、ビクリと動く。
 左手を明美さんの出刃包丁を持つ手に重ねると、明美さんは床に出刃包丁を落とした。
「オレに、明美さんを殺せと? そんなことができるわけない……、そう思っているくせに」
 宗一郎が言った。
「そうね……。あなたにはできやしないわ」
 明美さんは、宗一郎から顔を背けた。
「そろそろ、ここに警察が来る頃」
 壁に掛けてあるレトロ調の壁掛け時計を見て、明美さんがつぶやく。
「警察が? 呼んだんですか?」
 宗一郎が尋ねた。
「十全さんに、なにもかも話す気になったら、警察にも話せるかも。……。そう思ったのよ」
 明美さんが言った。
「自首するのですね」
「ええっ……。自首なんて、できやしないと思っていたけれど……」
 宗一郎は、足下に転がっている出刃包丁を拾った。拾った出刃包丁を、机の中に入れようと、引き出しを開けた。引き出しの中に、猫型のネックレスが入っていた。宗一郎は、それを一瞥し、出刃包丁を、引き出しの中にしまい込んだ。
 宗一郎は、ゆっくりと、うなだれている明美さんの真ん前に立った。
 明美さんは、言いたいことを言い終えたのか、疲れ切ったかのように放心していた。
「明美さん、ひとつ尋ねていいですか?」
 宗一郎が言う。
「なぜ、オレに、話す気になったのですか」
「なぜって……」
 宗一郎と、明美さんとの出会いは、二年前だった。大手警備会社に就職するために、小竹ビルを訪れた宗一郎は、一階のラーメン屋で、まず、潮騒ラーメンをすすり、午後二時丁度に、小竹ビルの二階にある大手警備会社K支店のドアを叩いた。
 明美さんは、宗一郎の持ってきた履歴書を見るなり、同じ年齢、通った高校も一緒ということで、アイドル歌手のライブ会場にいる女子高生のように騒いだのだった。なにも、そんなにわめきちらさなくてもいいようなものをと、宗一郎は、目をパチクリさせて辟易したが、本人に悪気はない。むしろ同じ高校に通った同級生が、やってきたということで、大歓迎していた。
 経験から顧みてみれば、五十も過ぎた歳で、就職するために、会社の面接に行っても、あまりいい顔はされない。どこの会社に行っても、ため息をつかれる。
一応、履歴書には目を通してくれるが、履歴書の中に、転職、また転職の項目を見つけると、どいつもこいつも渋い表情をつくるのだ。  
 今回も、その覚悟で、「大手警備会社」の面接を受けにきた宗一郎だったが……、拍子抜けした。
 まともに話を聞いてくれる。こちらの質問にも。ちゃんと答えてくれる。
 支店長との面接は、次回になったが、宗一郎は、心の中で、ガッツポーズを作り、目の前にいる人は、見た目や、偏見で、人を判断しない人なのだなと、思ったものだ。
 その明美さんが、罪を犯してここにいる。
「十全さん……。あなたを見ていると、かまってやりたい気持ちになるのよ」
 明美さんが言う。
「かまってやりたいとは?」
 宗一郎が疑問詞で応える。
 自分が、まれに見るお人好しとだという自覚はある。頼まれたら嫌だと、はっきり言えないところがあるし、真面目に仕事に取り組んでいるときも、どこか、抜けているところもある。
 ぼぉっとしている奴。なにを考えているか、分からない奴と、思われ、よく同僚や、年下にも、からかわれる。
 だから、かまってやりたいと思うのだろうか?
「かまってやりたいというより……嫉妬していたのかな」
 明美さんが、まるっきり違うことを言い出した。
「このオレに嫉妬ですか」
 宗一郎は、亡くなった西田や幸ちゃんと、仲が良かった。明美さんも、西田や幸ちゃんとは親密だった。
 それゆえの嫉妬か。
 詭弁だ……。明美さんは、罪の意識を嫉妬という言葉で、誤魔化している。
 多分、明美さんは、本当に西田や幸ちゃんのことを大好きだったのだろう。が、その想いが宗一郎に対する嫉妬心に変換されたとは、思えない。
 明美さんは、宗一郎に対する想いを、「かまってやりたい」とか「嫉妬」という言葉で、あやふやなものにしているが、心の奥底にあるのは、愛する物を、その手にかけてしまった罪悪感だろう。罪悪感を、わかってもらいたいために、宗一郎に思いをぶつけているのだ。
「そんなに西田や幸ちゃんのことを、想っていたのなら、なぜ、死に追いやったのです」
 宗一郎が、明美さんを糾弾する。
 西田に手を下したのは八雲で、幸ちゃんを殺したのは洋子さんだ。明美さんは、手を下してはいない。
 下してはいないが、明美さんが事件に関わらなければ二人は、死ななかったはずだ。
「私を、いじめないでよー こんなに苦しんでいるのに」
 明美さんは、しゃがみ込んだ。
「明美さん……楽に……楽になりたかったのでしょう」
 宗一郎は、再び繰り返す。
 しゃがみ込んでいた明美さんは、ゆっくりと立ち上がった。首を左右に揺らし、虚ろな目で宗一郎を見ると、かすかに微笑んだ。
 微笑み!?
 なぜ、頬笑む。
 本当に楽になったとでも?
「入るよ」
 大手警備会社K支店の事務所のドアを開けて、二人の男が中に入ってきた。
 互野と保坂だ。二人は、事務所に中にいる宗一郎を見ると、眉をしかめた。
「十全さん、なんであなたがここに」
 互野が言った。
「まさか、十全さんも仲間なんですか? 」
 保坂が言う。
「仲間って、どういうこと?」
 宗一郎が問う。
「だから……その~う」
 保坂が言いよどんだ。
 捜査で知り得た情報を、この場で言えないのだろう。保坂は、互野の方を振り向いた。
「こいつは、仲間なんかじゃあないよ、ここに来る前、オレの携帯に萬から連絡が入ったんだ。宗一郎が、こんな夜遅くに会社に呼び出された。きっと、何かあると思うから、向かってくれってね」
 と、互野が言った。
「萬が、ですか……」
 宗一郎が言う。
「ああっ、そうだ。奴さん、おまえさんを心配していてね。もしものことがあったら大変だから、早く、向かってくれっと、言いやがった。だから、オレも言ってやったよ。オレたちもそこに向かってるんだ。タレコミの女から呼び出しを、くってねとな」
「それじゃあ、タガさんは、ここに十全さんがいるってこと、知っていたのですか?」
 保坂が言った。
「知っていたさ。だがな……心配なんか全然しとらんよ。大阪明美は、我々を、ここに呼び出したんだ。すべてを話すと。すべてを警察に話す人間が、人に危害を加えると思うか?」
 と、互野が言う。
「あのマスター、タガさんの携帯の番号を知っていたんですか?」
 保坂が言う。
「昔、なにかと世話した男だと、言っただろう」
「何度もブタ箱に、ぶち込んだという話ですか」
「奴が故郷に帰るとき、何か遭ったら連絡をくれよな、楽しみにしているからと、携帯の番号を教えてやったことがあったんだ」
 萬は、昔、世話になった互野のことを忘れてはいなかった。
 互野は、酒を飲んで、大暴れしていた自分を、ブタ箱にぶち込んだ相手だが、何度もブタ箱にいれられる度に、親近感を感じるようになっていたのだろう。
 電話口から聞えてきた萬の声は、ぶっきらぼうだったが、親愛に溢れていた。
「タガさんは、あいつに憎まれてはいなかったという訳だ」
 と、保坂が言った。
「そういうことだな。……無駄話は、ここまでだ。これから大阪明美を署まで連行する」
 互野が言う。
「その前に、訊いておきたいことがあるのですが……」
 宗一郎が言った。
「なんだ?」
 互野が、宗一郎を睨んだ。
「野田弘樹とは会えたんですか?」
「野田弘樹? ああっ、『楽養菀』という施設で施設警備をしていたという男か」
「ええっ、その男です」
「つい最近、辞めたって話だ」
「会えなかったわけですね」
「そうだが、それがどうした?」
「いや……なにも……」
 宗一郎は、野田弘樹という人物が、どんな男か知りたかった。そこにいる明美さんに、野田弘樹の履歴書をみせてくれないかと頼んでも良いのだが、いま、連行されようとしている明美さんには、とても、言えなかった。 
「保坂、行くぞ」
 互野は、保坂と共に、明美さんを大手警備会社K支店から連れ出した。







        23、 

 ログハウスを思わせるようなシックな店の中には、宗一郎と萬がいた。二人はため息ばかりついている。
 いつもは、山吹色を薄くしたような色の丸太でつくられている壁が、店内に、なんともいえない清涼感を与えてくれているのだが、今日だけは違うらしい。
 深くついたため息が、店の中に漂ったせいか、なんとなく、ガラスを爪でひっかいた時に感じる、イラだった嫌な気分になるのだ。
 歳が若ければ、声を張り上げて叫び、溜まった鬱憤を晴らしたい、そんな気持ちだ。
 宗一郎だけが、そうではないようだ。宗一郎の目の前で、タンブラーを磨いている萬もまた、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
 決して、以心伝心とか、阿吽の呼吸というものではない。
 けれど、今の宗一郎の気持ちを察しているのだろう。萬は、三個目のタンブラーを磨き終えると、黙って、宗一郎の前に、ブラック・コーヒーを差し出した。
 軽食・喫茶『若葉』の店内には、宗一郎と萬しかいない。
 時刻は、午後八時二十分。軽食・喫茶『若葉』の閉店は、午後九時だから、後、四十分もすれば、店は閉まる。
「明美さん……なんか、かわいそうだな」
 萬が言う。
「かわいそう……か」
 宗一郎は、目の前に置かれているコーヒーカップに目を移した。
 黒い液体に、宗一郎の顔が映る。黒い液体に映る宗一郎の顔は、波紋の拡がりと、ともに歪んでいった。
 鬱になった気持ちだけを、飲みもしないコーヒーに移したところで、飲みたくなるわけでもない。黒い液体の中に、けだるい表情をした自分の顔が浮かぶだけだ。
 明美さんたちが逮捕されてから、一週間が経っていた。
 警察署に連行された明美さんの供述によって、すべてが明らかになり、日比野洋子は逮捕され、八雲太一の罪状は、危険運転致死傷罪から殺人罪に切り替えられた。
「三百万で、人を殺せるか?」
 萬が言う。
 八雲は、なんの恨みもない西田を、三百万というお金をもらうということを条件に、車を使って、撥ね飛ばし、殺した。
「三百万ぼっちで、人を殺す。わりにあわねえな」
 萬は、自分のコーヒーカップに口をつけた。
「それじゃあ、一千万も、もらえば、人を殺すのかい?」
 宗一郎が尋ねる。
 「ばかいえ……人なんか殺せるかよ。オレは、これでも優しいお兄さんで通っているんだぜ」
 萬が言い返した。
「優しいお兄さん!? よくいうよ。昔は派手に喧嘩ばかりして、相手を半死半生の目に遭わせたこともあるくせに」
「そんなこともあったっけか……あはっあははっは」
 萬は、笑って誤魔化した。
「相手が、死ななくて良かったな」
 と、宗一郎が言う。
「そこはそれっ、加減して殴っていたから」
 萬が答える。
「嘘をつけ。やらなければ、やられるって、殺す気で、やっていたくせに……」
「だって、負けたら、格好悪いでしょう。殺す気で、やらなけりゃあ、必ず負ける。喧嘩に勝つには、根性決めて挑まなければ負けるのよ。殺す気はない。けど、そのつもりでやる」
「そんなこと言って……。本当に相手が死んでしまったら、どうするつもりだったんだ? ……おまえは、運が良かったんだよ」
 宗一郎は、鼻をならした。
 昔……。昔といっても、宗一郎たちが、二十代、三十代の頃だ。
 萬は、暴れまくり、無茶をして、人様に迷惑ばかりかけていた。一緒に行動をともにすることが多かった宗一郎も、似たようなものだが、萬、ほどではない。
(あの頃は、ネズミ花火が、町をあるいていたようなものだった……。いや、それより……)
 なぜ、急に、無謀だった若い頃の話をし始めたのか、宗一郎は気になった。
 三百万で、人を殺す? 一千万なら人を殺せるかも知れない。という話が、いつのまにやんちゃした若い頃の話になっている。
 知り合いが起こした殺人事件から、目を逸らしたかったのだろうか。
 きっと、そうだろう。笑って、ごまかせる話をしなければ、やりきれない。
 宗一郎は、何気なく瞼を指でこすった。
「ひとつ、聞くけど……洋子さんに弱みでも握られていたのか?」
 宗一郎が聞く。
「弱み?」
「ほら、洋子さんに、コーヒーをおごっていたでしょう」
「ああっ、あれね……」
 萬は、気まずそうに眉をひそめた。
「あれって、なんだよ」
 宗一郎が問う。
「実は……おれ、間違いを犯してしまってな」
「間違いって……なんだ?」
「今年の春にな……」
 萬は、軽食・喫茶『若葉』に、たまにやってくるOLとの浮気現場を、洋子さんに見られてしまったと言った。
 萬には、熱烈な恋愛をして結婚した三つ年下の嫁さんがいる。その嫁さんを、裏切ったというわけだ。
「はっ? 祐子ちゃんを裏切ったのか」
 宗一郎は、萬の奥さんである祐子ちゃんを、よく知っている。
 萬 祐子。旧姓、菜浜祐子は、宗一郎の幼なじみだ。
 宗一郎が幼い頃、家が隣同士ということもあって、祐子ちゃんは、ちょくちょく宗一郎の所に遊びに来ていた。夕飯を、一緒に食べたこともあったし、お風呂にも、二人で入ったこともあっ。
 成人してから、疎遠になったが、幼い頃の、祐子ちゃんとの想い出は忘れるものではない。大切にしたい宝物なのだ。
 萬は、その大切な宝物を傷つけた。
「おまえって、奴は……」
 宗一郎は、萬を、殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、かろうじて押さえた。
 ここで、こいつを殴っても、問題が解決するわけでもない。
「で、その浮気相手と、いまも続いているのか?」
 宗一郎が聞く。
「いや、きっぱりと別れた。洋子に、これ以上、脅されたくないからな」
「祐子ちゃんは、おまえが浮気したことを知っているのか」
「知るわけないだろう」」
 萬は、傍らにあった磨き終えたタンブラーを、手にとった。
「おい、それっ、磨いたばかりだろう」
 萬は、宗一郎の問いに応えず、萬はタンブラーを磨き始めた。
 宗一郎は、マガジンラックから雑誌を取り出した。
「店は九時で終だろう。ちょっと、つきあえよ」
 宗一郎が言った。
 軽食・喫茶『若葉』の閉店時間は午後九時だ。その後、片付けをしながら、今日の売り上げなどを計算しなければならないから、萬の体が空くのは、早くても午後十時半ぐらいだろう。
「いつもの所で、待っているから」
 いつもの所というのは、スナック『トマト』のことだ。
「これから飲むのか? オレたち、もう若くはないんだぜ。明日も仕事だろう。大丈夫なのかよ」
 と、萬が言った。
「酒を飲むんじゃあない。気になることがあってね」
 宗一郎が言う。
「気になること?」
「ああっ、どうしてもほっとけないんでね。……オレは、そいつを呼びつけて問い詰める」
「問い詰めるだぁ~ おいおいどうした。ただごとじゃあないみたいだな」
「ああっ、放っておけない。オレは、そいつを許すことが、どうしても出来ない」
 宗一郎は、脳裏にそいつの顔を思い浮かべた。
 常にニタニタ笑って体裁を繕っているが、腹の中では、何を考えているのか分からない男。
 明美さんに、従業員のことを、事細かく聞くが、自分から従業員に話しかけることなどなかった男。
「今度の事件と関係あるのか」
 萬が言った。
「ある」
 宗一郎は、力強く言った。
「分かった。店の後片付けは、祐子に任せて、なるべく早く行くよ」
 と、萬が言った。







        24、
          
 街の中心部にある雑居ビルの中に、スナック『トマト』がある。雑居ビルの二階の片隅にあるスナック『トマト』は、ボックス席が二つと、客が五人ほど座れば、満席になるカウンターがあるだけの小さい店だ。
 スナック『トマト』は、この店のマスターである大原さんと、大原さんの孫娘が、二人で、店を切り回している。
 午後十一時頃、この店に一人の男が訪ねて来た。
「おまちどおさん。待ち人は来たかい?」
 萬が、ドアベルを派手に鳴らして『トマト』の中に入ってくる。
「おいおい、もっと静かに入ってこれないのか。弥生ちゃんが、驚くんじゃあないか」
 カウンター席に座っている宗一郎が、振り向きざまに言う。
「弥生ちゃん! 来ているのか」
 萬が、目をしばたかせた。
「萬さん、暫くぶりねえ。萬さんに会えなくて、弥生、寂しいかったわ」
 弥生ちゃんが言った。
「おう、暫くぶりだな」
 萬は、破顔一笑した。
 弥生ちゃんは、美人さんとは言えないが、愛嬌があって、優しいので、男には好かれる。体重六十キロオーバーの太めの女の子だが、弥生ちゃんが言う、なにげない言葉が、男の気持ちを優しく包み込んでくれるのだ。
 萬も、弥生ちゃんに好意を持っていた。
 一度、デートにでも誘おうと思っているけど、大原さんの厳しい目があるので、誘えないでいる。もっとも、祐子ちゃんという可愛い妻がいるくせに、若いOLと浮気をした萬のことだから、いつかは、弥生ちゃんをものにしようと虎視眈々と狙っているのに違いないが、そんなことはさせない。
 弥生ちゃんは、ここ『トマト』に来る男どものアイドルなのだ。
「待ち人って? 二人で、飲むんじゃあなくて、他にも誰か来るのですか?」
 と、大原さんが言った」
「今日は、飲みに来ているわけではないんだ。……マスター、こいつにも同じ物を」
 と、宗一郎が言う。
 宗一郎は、オレンジ・ジュースを飲んでいた。大原さんは、冷蔵庫からオレンジ・ジュースの瓶を取り出して、中身をタンブラーに注いで、宗一郎の隣に座った萬に差し出した。
「来ると思うか?」
 萬が、聞く。
「来る。気が小さい奴だからな」
 宗一郎には、呼び出せば必ずここにやってくるという確信があった。
「どうして、そう言い切れる。おまえのことなど無視して、来ないかも知れないだろう」
「来るさ。明美さんが身につけていたネックレスの中にボイスレコーダーが仕掛けられていたことを知っているのは、オレとその男だけだから」
 男は、なぜ、宗一郎がネックレスの中にボイスレコーダーが仕掛けられていたことを知っているのか不審に思うだろう。
 ネックレスの持つ主であった明美さんが、逮捕された後だ。男は、そのことを確かめられずには、いられない。
 男は、ここに必ず来るだろう。
「ボイスレコーダーって……。それでおまえ、オレに、ボイスレコーダーと盗聴器の特集が掲載された雑誌を持ってこさせたわけか……。で、明美さんの身につけていたネックレスの中にボイスレコーダーが仕掛けられていたというわけ?」
「明美さんが、身につけていた猫型のネックレスの中にね」
 宗一郎は、明美さんが、二人の刑事に連行された後、机の中にあったキラキラと輝く猫型のネックレスを、自分のポケットの中にしまい込んでいた。
 あの時、互野と保坂は、猫型のネックレスのことを、明美さんに聞きもしなかった。たぶん、そんなものがあるとは思ってもいなかったのだろう。明美さん本人も猫型のネックレスの中に、超小型のボイスレコーダーが、仕掛けられていたとは気付いてはいない。
 気付いていたなら、ネックレスのことを、宗一郎に話していただろう。
「こんばんは……」
 スナック『トマト』のドアを静かに開けて、そいつが中に入ってきた。
「横沢支店長、お待ちしておりました」
 宗一郎が立ち上がった。
「十全さん……その~う。話ってなに? こんな時間に呼び出すってことは、余程、大事な話なんだろう。ネックレスの話だと、言っていたが、私には何のことやら……」
 横沢は、汗も掻いていないのに、ポケットからハンカチを出して、顔を拭いた。
「ようこそいらっしゃいました。まっ、いいか支店長」
 宗一郎は、横沢を睨んだ。
「横沢さん、あんた、事務員にボイスレコーダー入りのネックレスをあげたってな」
 萬が、横沢の左側に回り込んだ。
「ボイスレコーダー? 私には、なんのことか分からないな」
 横沢は、左の目尻をハンカチで隠した。
「明美さんが、言っていましたよ。このネックレスは、あなたにもらった物だと」
 宗一郎は、ズボンのポケットからキラキラと輝く猫型のネックレスを取り出した。
「これを調べて見たのですが、中に、こんな物が入っていましてね。これって、超小型のICボイスレコーダーでしょう」
 宗一郎は猫型のネックレスの中に仕込まれていた超小型のICボイスレコーダーを、横沢の面の前に翳した。
「便利な世の中になったもんですね。こんな物がネットで買えるんですから」
 いわゆる盗聴器という物は、対象人物、または対象に属する物に電波を発信する器機を仕掛け、そこから発信された電波を受信機がキャッチし、受信機を通して、音声を聞くものだが、ボイスレコーダーは、電波を発信する必要は無い。スウィチを入れると、辺りの音声を録音して、そこに保存し、後から聞くものだ。
 後で回収する手間があるが、横沢は、盗聴器よりも、彼にとって、使い勝手がいいボイスレコーダーを選んだわけだ。
「そのボイスレコーダーにどんな会話が入っていたんだ?」
 萬が聞く。
「明美さんと、オレたち従業員との会話」
 と、宗一郎が言った。
 宗一郎は、事務所の机の中から回収したボイスレコーダーの中身を、予め聞いていた。
「それと、八雲と洋子さん、明美さんの会話だ」
 ボイスレコーダーは、OTG機能を備えた最新機種で、自動音声検知、五百時間連続録音できる代物だった。
 明美さんと、従業員や八雲、洋子さんとの会話、全てを録音しているとは言いがたいが、横沢の知りたかった情報は録音されていたに違いない。
「明美さんは、こんな派手なネックレスを身につけるのを嫌がっていましたが、横沢さんに悪いと思って、会社の中では身につけていました。身につけなくてもいいと思うときは、事務所の机の中に、しまっていたのです」
 と、宗一郎が言う。
「それも、明美くんから聞いたのか?」
 横沢が言った。
「ええっ」
 宗一郎は、軽く頷いた。
「従業員のささいな行動にも。うるさかったあなただ。明美さんが二重帳簿を作って会社の経費を誤魔化していたことに、薄々、気付いていたんだ。ただ、確信がなかった。あなたは、二重帳簿を作っていたという証拠が欲しかった。そのために、ネックレスにボイスレコーダーを仕込んだんだ。そうでしょう。横沢さん」」
 気の小さい男だ。追い詰められれば、慌てて、自分の犯した罪を告白するだろう。
 横沢を見ると、心なしか、小刻みに震えているかのようにも見えた。
 が……。
「仮に、そのネックレスが、私が明美くんに贈ったものとしよう。そのネックレスに仕込まれたボイスレコーダーに録音されていた会話を、私が訊いたことにしよう。で、それが何の罪になるのかね」
 横沢は傲岸不遜だった。宗一郎を、陰気な目つきで、見下している。おまえに、なにが分かるかと言いたげに、唇をいびつに曲げた。
 日本の法律は盗聴した内容を聞くことに関しては罰則を記していない。盗聴器を仕掛けるために、住居などに無断で侵入したら、住居不法侵入罪などの罪に問われ、盗聴などによって知り得た情報で、相手を脅しでもしたら、恐喝罪などの罪で罰せられるが、ただ、聞いただけでは罪に問えない。
 プライバシーの侵害にあたるではないだろうかと思われるが、プライバシーンの侵害とは公開されたくない個人情報などを、人の目にさらすことで、初めて罪になる。
 横沢は、知り得た情報を利用しただけで、人の耳にいれた訳でもなく、ネットで公開したわけでもない。
 横沢は、口角を上げた。
「横沢さん、あなた、今年の正月に八雲とあったんじゃあないのですか」
 宗一郎が言った。
「見たのか? 見てないなら、なにを根拠にそんなことを言っている。あの男は、確かに四年前に、うちで働いたことがあったが、それ以来、あの男とはあってないよ」
「正月に、あなたは八雲とあったんです。その時、あなたは、また働かせてくれと、八雲に頼まれたんだ。しかし、あなたは八雲の頼みを断った。そりゃあそうでしょうね。八雲は、会社に散々迷惑をかけて姿をくらました男だからね」
 宗一郎は、横沢の言葉を否定した。
「八雲は、職安に行っても、いつも渋い顔をされるだけだった。しかし、仕事をしなければ、生きてはゆけない。職安が駄目、親しい友人も、もう、いない。それでも仕事が欲しいのなら、まず、つてのある会社に行くでしょうね。行くところがあるとすれば、K市で、一度働いたことがある大手警備会社K支店しかない…………。しかし、あなたは、八雲の頼みを断った。再就職を、あなたに断られた八雲は、明美さんを思い出し、軽食・喫茶『若葉』に向かいました」
 支店長には断られたが、女の明美さんなら、話を聞いてくれるだろう。偏見を持たないで接してくれたあの事務員なら、一縷の望みがある。
 そう思ったのに違いない。
 八雲は、以前、大手警備会社k支店で働いたときに、事務員の明美さんが、たまに、『若葉』で、暇を潰していると聞いていたのを思い出したのだろう。フラフラとした足取りで、軽食・喫茶『若葉』の扉を開けると、そこに明美さんがいた。
 明美さんの横に、けだるそうな顔をした中年の女が座っていた。
 女は洋子と名乗り、金に困っている八雲に保険金目的の殺人計画を話し始めた。
 八雲と洋子さんは、いま直ぐにでも保険金目当ての殺人計画を実行したかったが、明美さんはためらっていた。
 いくら金のためだといっても、人を傷つけてまで、金など欲しくはない。
 そこまで自分は、墜ちたくないと思っていた。
 が、堀田組の現場で起きた死傷事故が、保険金目当ての殺人事件を起こす、誘因となった。
 身近で起きた死傷事故が、躊躇していた明美さんのトリガーを引いたのだ。
 あの事故の直後から、明美さんの挙動が、どこかおかしかった。
 支店にかかってきた保険会社からの電話を要件も聞かずに、いきなり切ったり、前にここで働いていた従業員のことを、相沢さんが話題にすると、お茶をこぼしたりした。
「いい、事故って、何処で起こってもおかしくないものなのよ。うちの警備員が、ひとり犠牲になったって、それはそれでいいじゃあない」
 洋子さんに、そうでも言われたのだろう。
 明美さんが仕事を終え、家に帰ったのをみはらかって、横沢は、明美さんの机を開け、中から猫型のネックレスを取り出し、その中の極小のICボイスレコーダーから録音されている情報を聞いていた。そして必要なことを聞き終えると、再度、机の中に戻していたのだ。
「あなたの仕掛けたボイスレコーダーには、大変な情報が入っていましたね。ええっ、保険金目当ての殺人事件の計画です。けれど、あなたは、それを止めようとはしなかった。なぜです?」
 横沢は、応えない。ただ、黙っていた。
「横沢さん、あなた、明美さんたちの殺人事件の計画を利用して、多額のお金を手に入れようとしたのでしょう。すでにものにしているかも知れない」
 と、宗一郎が言う。
「お金が手に入った? どういうこと。オレにも分かるように説明しろよ」
 萬が言った。
「ボイスレコーダーの中に録音されていた会話から、二重帳簿の存在に確信を持ったあなたは、これを利用することにした。明美さんを横領の罪で告発しても、自分には、一銭のお金も入らない。一方、明美さん達は、殺人を事故に見せかけて、お金をせしめんとしている。そこであなたは考えた」
 宗一郎は、一旦、言葉を句切った。
 横沢の表情からは、なにもうかがえない。これが、あの気の小さい横沢なのかと、目を疑ってしまう。
 一度、犯罪に手を染めると、ずぶとくなるというのだろうか。罪が、発覚するこかしれないというを恐れは、横沢を変えていた。
 宗一郎は、話を続ける。
「法人保険を使って保険金を得るなら、自分もそれを使って保険金を得よう。そう思ったのでしょう。横沢さん」
「横沢も、法人保険を利用した? 本当か」
 萬が言った。
 法人保険は、会社が入る保険だ。会社側が保険をかける従業員に確認をとり、契約を締結する場合もあるが、保険に入れた後、保険をかけた従業員に、保険会社から、個人に連絡が行き、それで契約の確認をとる場合もある。
 横沢は、個人に行くはずの保険会社からの連絡を、一度、会社に連絡するようにしたのだろう。保険会社から個人への連絡の手紙を、受け取った横沢は、個人には渡さず、会社内で処理したのだ。
「それで、この頃、金回りがいいわけか」
 と、大原さんが言った。
 人口五万人ほどの街、K市には繁華街と呼ばれる町は、大町しかない。
 大町で、派手に飲み食いすると、大町に店を構えている飲食店で働く人たちの噂になる。スナック『トマト』のマスター、大原さんの耳にも必ず入るのだ。
 ケチで有名な男が、お大尽気分で金を使った。横沢を知っている人たちは、不審に思っただろう。大原さんの耳に入るのは時間の問題だった。
「私が、西田と流姉妹に、会社名義で保険をかけていたと? どこにその証拠がある?」
 横沢は、あくまで傲岸不遜の態度を崩さない。ニヤニヤと笑っている。
 なるほど、ボイスレコーダーには、宗一郎たち従業員の会話や明美さん、洋子さん、八雲の保険金殺人計画の会話しか、入っていないだろう。
 横沢が、西田や流姉妹に保険をかけた証拠など、そこにはない。
「横沢さん、あなたは、三つ目の帳簿を作ったでしょう。それと、大手警備会社K支店の裏口座。それを調べて見れば分かるはずだ」
 と、宗一郎が言った。
「それって、三重帳簿ってこと?」
 弥生ちゃんが驚いた。
「そうでもしなければ、直ぐに本社にバレてしまいます」
 と、宗一郎が言う。
「K市にある大手警備会社は、営業所では無く、支店です。支店は、営業所と違って、自ら営業活動やら対外的な取引を行うことが出来ます。経費もある程度なら支店裁量で落とせるでしょう。明美さんは、雑費などの項目で経費を誤魔化していましたが、それを上書きするように、あなたは、実際には雇用はしていない従業員を雇い入れたことにして、経費を誤魔化したんです。そうでしょう横沢さん」
 互野と保坂が、宗一郎宅を訪問した時、二人は在職していないはずの男の居所を、宗一郎に尋ねていた。
 その時は、施設警備に詰めている男だから、会ったことがないのだろうと、理解していたが、三ヶ月間、一度も宗一郎達と顔を合わせたことが無いと、いうのは、やはり、おかしい。
「野田弘樹という男。三ヶ月前に大手警備会社K支店に雇用されたという人物は、あなただったんでしょう。横沢さん、あなたがいつも支店長室に閉じこもっていた理由は、オレたちと話がするのが面倒くさかったわけではなかった。ひっそりと付けていた裏帳簿を、誰にも気取られたくなかったし、支店長室にいるように見せかけて、施設の定時巡回に行っていたんだ。野田弘樹と先方に名乗ってね」
「裏帳簿に、大手警備会社K支店名義の裏口座?……。それに私が、野田弘樹という男になりすましたって……。野田弘樹ねえ~ おまえ、事務所に保管している履歴書を確認してみるか? 私とは別の人物の写真が、そこに載っていると思うけどな。もっとも、そんなものがいまでも残っていればの話だが」
 仕事先の施設は、派遣されてきた警備員の本人確認など取らない。
 本人が、自分は野田弘樹ですと言った時点で、横沢は、そこでは野田弘樹という人物になってしまう。
「もう、事務所には野田弘樹の履歴書はないでしょうね」
 宗一郎が言った。
 野田弘樹の履歴賞は、明美さん達が警察に捕まった時点で、横沢の手で、廃棄されているだろう。
支店にあった野田弘樹の履歴書に貼られていた顔写真が、どのようなものかしるよしもないが、おそらく横沢と同じような顔つきの男に違いないが、それを確かめる術は、もはや、ない。
「宗一郎、そのICレコーダーに録音されたもので、こいつを追い詰めることができないのか?」
 萬が唇を噛んだ。
 あくまで傲岸不遜の態度を崩さない横沢に、業を煮やしているのは、萬だけではない。
 宗一郎にも、心の奥底から、ふつふつと煮えたぎってくる嫌悪感があった。
 嫌悪感だけでは、横沢を落とせない。宗一郎は、状況証拠だけで横沢を攻めている。裏帳簿や裏口座などの物的証拠は、横沢が隠し持っている。
 横沢を追い詰める、決定的なものは、宗一郎の手の中にはないのだ。 
「堀田組の事故のことで、事務所があたふたとしていた時、大日本生命から電話がありました。大日本生命は、あなたの携帯にかけたつもりで、間違って、会社の電話にかけてしまったんでしょうね」
 明美さん達が犯罪に使った保険会社は海原保険生命という保険会社だった。大日本生命ではない。
 あのタイミングで、大手警備会社K支店にかかってくる保険会社からの電話は、海原生命保険と大日本生命保険しかない。
 明美さんは、なにも分からず、大日本生命からかかってきた電話を切ってしまったが、あれは、大日本生命が横沢にかけた電話だったのだろう。
「この、おっさんが利用した保険会社は、大日本さんなのか?」
 と、萬が言う。
「おそらく、そうでしょう」
 宗一郎は頷いた。
「それじゃあ、大日本さんに行って、保険のことを確かめたら。この人が保険金をもらったっていうことがわかるんじゃあない?」
 と、弥生ちゃんが言う。
「バカを言いなさんな。わしらが大日本さんに行ったって、教えてくれんよ。大企業が顧客の情報を、そう簡単にわしたちに教えるか」
 大原さんが言った。
「じゃあ、警察、警察に……」
 弥生ちゃんは胸のポケットから、スマホを取り出した。
「よせ」
 大原さんが、それを止める。
「告発できるなら、十全さんがすでに告発している。それをしないのは、それなりの理由があるんだ」
「なぜ、なぜなの?」
 弥生ちゃんが目を瞬かせた。
「横沢の犯罪の被害者は、大手警備会社だ。オレたちが横沢の犯行を暴こうとしても、本社が、この件について、どう対応するか、オレには判断できない」
 と、宗一郎が言った。
 大手警備会社から殺人事件の犯人が出た直後だ。
 本社は、その対応に追われている。信用問題でガタガタしている最中に、そこから派生した新たな問題で、さらに騒ぎが大きくなったら、大手警備会社の信用は地に墜ちてしまうだろう。、
 本社としては、これ以上、騒ぎを大きくしたくはないだろう。
 いま、ここで宗一郎達が横沢の横領のことを会社に告発しても、はっきりとした証拠が無い限り、本社は動かないだろう。
「だって、この人、会社の金を横領して、従業員に保険をかけ、そのお金を自分の懐に入れたんでしょう。本社がダメなら、警察に相談して」
 弥生ちゃんが、そう言うが、宗一郎は首を振った。
「警察に、どう説明する? ボイスレコーダ―には明美さん達の会話の記録しか残されていないし、横沢が野田弘樹だったという証拠を示す材料は、どこにも残されてはいない。横沢が持っていたと思われる、西田と流姉妹の保険証書も処分されているだろう」
「この、おじさんが、それを処分していたとしても、大日本さんには、証書が残されているはずよ。西田くんと流姉妹の保険証書が。大日本さんに行って確かめてもらって……」
「だから、それは無理だと言っただろう」
 萬が言った。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
 弥生ちゃんは、左手で左の目のまつげを擦った。
(どうすればいい……)
 宗一郎は、口の中に唾をため込んで、それを飲み込んだ。
 軽食・喫茶『若葉』を出てから、携帯から横沢に連絡を入れたとき、横沢は、最初はかかってきた電話を、直ぐに切ろうとした。。
 が、宗一郎が、猫型のネックレス内に仕込まれたボイスレコーダーの話をした塗炭、横沢の態度が変った。
 言うことが、しどろもどろになり、相当、焦っているような雰囲気が、電話口から、うかがうことが出来た。
 これなら、追い詰めることが出来るかも知れないと、宗一郎は思ったのだが……。
「いやっ~あ。長々とつまらぬ妄想話をありがとう。なかなか、面白かったよ」
 横沢が言った。
「つまらぬ妄想話だと」
 萬が、鍛え抜かれた右腕を振りかざした。
「おっと、暴力を振るつもりかね」
 横沢は両手を前に出し、二歩、後退した。
 脚がもつれて、倒れそうにも見えたが、かろうじてそこに立っているようだった。
「こいつ、八雲にうちの従業員を車で轢き殺してくれとでも頼んだんじゃあねえのか?」
 と、萬が言った。
 もし、そうだとしたら、横沢は、殺人教唆の罪に問われるが、八雲に保険金殺人の話を持ち込んだのは、洋子さんだ。横沢ではない。
 横沢は、ボイスレコーダーに録音されている情報を聞いて、成り行きを見守っていただけに過ぎないのだ。
「横沢さん、あなたに、もし良心というものがあるならば、自首したらどうです。人の不幸でお金を得るなんて、卑劣過ぎます」
 宗一郎が言う。
「だから、なんのことかね? 私にはなんのことやら……」
 横沢は振り向くと、『トマト』の出入り口に向かった。
 途中で、足を止めて……。
「そうそう、そのボイスレコーダー。警察に持って行ってもかまわんよ。警察に持って行っても、明美くんと洋子さん、それと八雲が起こした犯罪の証拠になるだけで、私にはなんも関係がないことだから」
 横沢が、聞こえよがしに言う。
「これは、おまえが明美さんにあげた物だろうが」
 萬が首をひねって憤った。
「人に、プレゼントをすることが罪になるのかね」
「この野郎~」
 萬が、横沢の後を追おうとした。
 宗一郎が萬の腕を取って止めた。
 萬が、目配せで尋ねた。「なぜ」と。
 宗一郎は、追い詰められた人間が、愚かな行動をとった瞬間に、立ち会ったことがあった。
 明美さんは机の中から取りだした出刃包丁を自分に向けた、あの時。明美さんは、あの時、自死を願っていた。
 が、自殺することなどできやしない。自ら命を絶つことが出来ない明美さんは、宗一郎にすがりつくしか無かった。
 横沢は、明美さんのような挙動はとらないだろう。
 気の小さい横沢のことだ、宗一郎の言葉に過剰な反応を示し、やけになって、襲いかかってくるかもしれない。
 そう思って、用心のために、萬を読んでいたのだが、横沢はあくまで冷静だった。
「横沢さん、人間には良心というものがありますよね。オレは信じていますよ。人間の良心っていう奴を」
 宗一郎は、横沢の後ろ姿に、声をかけた。
 横沢は、振り向きもせずにドアを閉め、スナック『トマト』を後にした。
「宗一郎……。おまえ、オレと同じ歳だよな」
 萬が言った。
「その歳で、人間の良心っていうものを信じているのか」
 萬が、ニヤニヤと笑う。
「世の中には、嫌な奴がいっぱいて、時々、生きてゆくのが嫌になるときもあるが、できるだけ、人間というものを信じてみようと思っている」
「ちっ、だから、おまえは甘ちゃんだと言われるんだよ。この、お人好しが」
「お人好しで悪かったな。で、午後十一時過ぎに、理由も聞かずに、わざわざ、オレに付き合ってくれたおまえさんは、お人好しじゃあないのか」
「バカ言え……。オレは『トマト』に来いというから、付き合っただけだ。『トマト』には愛しの弥生ちゃんがいるしな」
 昼間、働いている弥生ちゃんは、平日のこの時間にスナック『トマト』に、顔を出すことなど、殆どない。
 常連客の萬が、それを知らないはずない。弥生ちゃんに会いに来たというのは詭弁だろう。
「だけどよ……おまえ、あの猫型のネックレスの中に、ICボイスレコーダーが仕込まれていると、どうして分かった?」
 と、萬が言う。
「盗聴器とボイスレコーダーを特集していた雑誌の表紙、覚えていないか」
 宗一郎が言った。
「確か……。あの雑誌の表紙。アイドルの女の子だったな……。あの娘は……」
 萬は、顎に左手をあてて考え込んだ。
「もやし隊の大神望!」
 横沢は、大神望の大ファンだった。いい歳をして、十代の女の子に恋心を抱いていた横沢は、大神望が付けていた猫型のネックレスを買い込んで、それにICボイスレコーダーを仕込んだのだ。
「もしかしたらと思ったが、熱心に雑誌を見ていたというし、大神望が身につけていたものと同じ物を購入して、ボイスレコーダーを仕込むくらい平気だったんだろうと、思って」
 と、宗一郎が言う。
「弥生、塩だ、塩。塩を持ってこい」
 大原さんが言った。 
 弥生ちゃんがしゃがみ込んで、物入れの扉を開けた。中から塩がはい入った容器を取り出す。
「それを、あいつがいた所に蒔いとけ」
 大原さんが、鼻をむずむずと動かして、憮然とした表情で言った。
「我々は、飲み直すとするか」
 萬が言う。
「そうだな、それも悪くはないな」 
 宗一郎が、そう応えたが、酒など飲んでいられるかという顔をしていた。
「どうした? こんな時は、酒でも飲んで、憂さを晴らした方がいいに決まっている
 と、萬が言う。
「おまえさ~ 酒飲んで、あいつのやったこと忘れるわけ?」
「バカ言え。忘れるもなにもないだろう。オレたちには、あいつを裁くことが出来ないんだ。こうして飲むよりしかたが無いだろう」
 生命保険金を得るために悪事を働き、捕まったものと、同じ生命保険の金を得るために、盗聴という手段を使い、悪行をおこなったもの。
 明美さん達は、殺人という罪を重ねたために、裁かれるが、横沢は、いまのままでは罪にも問えない。
(人を殺せば、罰を受ける。が、人の死を願って、お金を得る行為は罰せないのか?)
 宗一郎は、大原さんから手渡された日本酒のグラスを一気に飲み干した。


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