病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川

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本編

8 お出かけと誤解の雪解け

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 イザークさまは聞いていた通り、いえ、それ以上にとてもお忙しい日々を送っている。
 騎士団長として時には遠い地に赴き、部下への指導はもちろん自身の鍛錬も忘れない。
 それに国王陛下と何かの話をしていることもあるようだ。
 また当主就任に向けて各界の重鎮と何度も対面し、アンスリウム家の事業も多く引き継ぎ、自ら手掛けた事業もある。
 そのため会話どころかほとんど会うこともできず、部屋や庭園でエマとリューヌと過ごしたり、たまにお母さまがお茶に誘ってくださりお話したりして過ごしていた。
 ……正直に話してしまうと、お茶会の後は毎回胃が痛むけれど。



「ふぅ……ここまでにして一度休もうかしら」
 今後のために本を用意してもらい学んでいるのだが、あまりに膨大な量に身体が疲弊ひへいしていく。
 そんな時だった。
「お嬢さま、イザークさまよりお手紙ですよ」
「イザークさまから?」

 白い封筒を開けると、花の香りがして驚いた。
 便箋びんせんにはこう書かれている。
「アイリス嬢へ。最近時間が合わず顔を見れていないが、大丈夫か?お互い息抜きが必要かと思う。君が良ければ明日一緒に出かけよう。返事はリューヌに伝えてくれ」

(嬉しいわ。お手紙まで書いてくれるだなんて素敵な人。)
 笑みがこぼれ、エマに伝えると直ぐに伝えに行ってくれた。

 (明日がとても楽しみ。どこに行くのかは書かれていなかったから、お洋服を決めるのが難しいわね。お化粧は可愛らしくしようかしら)
 胸の高鳴りが止まず、その夜は寝付くのに大変苦労した。





 当日。
 袖が波のように広がるワンピースを着て、お化粧はエマが丁寧にほどこしてくれた。

「アイリス嬢。迎えに来た」
 イザークさまが部屋まで来てくださり、私の姿を見ると一瞬止まった。
 どこかおかしいのかしら?
 いえ、鏡で何度も確認したのだから、きっとそんなはずないと思うのだけれど……。

「おかしいでしょうか……?今日のためにたくさん考えたのですが」
「いや。そんなことはない。行こうか」
 否定はしてくれたが、あまり好みではなさそうに見えた。
 それとも興味すらないのだろうか?
 多少残念な気持ちになりながらも、差し出された手を取った。






 辿たどり着くまでの道が少し険しく、歩くのを支えてくれた。
「ここだ」
 顔を上げて見えた景色に、息を呑む。
 広がる花畑に浮かぶ湖の水面はキラキラときらめき、周りは美しい緑で囲まれていた。
 言葉にならない感動で固まっていると、湖の近くにあるテラスへと手を引かれる。
 テラスにいると滝の穏やかな水の流れまで聴こえてくる。

「とても素敵な場所ですね。連れてきてくださりありがとうございます」
「ここには幼少期から度々訪れていた。どこに行っても息が詰まってな。ここだけが心を鎮められた」
 そう語る横顔から幼いイザーク様の苦労が感じられて、そっと手を繋いだ。
「そんな場所に私が来てよろしいのですか」
 横目で私を見て、彼は頷いた。

「君もこちらに来て苦労が絶えぬだろう。これからは尚更。そんな時はこの場所で息を吸うんだ。そうしないと呼吸まで生きるためだけのものになってしまう」
「生きる、ためだけ?」
「ああ。自分としてではなく、ただ生物として生きることになるのだ」

 彼は生まれたその瞬間からいくつもの責任を背負わされた。
 そんな人の苦労を理解することなど出来ないけれど、私もその言葉に思うところがあった。

「もし、ここに来ても自分として息が吸えなくなってしまった時、お力になれる妻になりたいです」
 そう伝えると、体ごとこちらに向けてこられた。
 顔を見るととても切なそうだった。

「本当にそう思うのか」
「思ったから、言葉にしたのです」
 イザークさまの瞳が揺れる。
「では、そのブレスレットの相手は忘れられるのか」


 ……ブレスレット?
 自分の手首と、彼の瞳を交互に見て頭の中が混乱する。
「あの。ブレスレット、とは?」
「君がつけてるブレスレットだ」
「それは分かります。それが一旦どうされたのですか?」

 …………。
 二人して無言になる。



「そのブレスレットの意味はわかるだろう」
「ブレスレットの意味ですか?よくエマと庭園で過ごしていたので、その庭に咲いている思い出の花ですよ」
「知らずに男からもらったということか!?」
 珍しく感情を大きく見せる姿に動揺する。
「お、男?こちらに来る時にエマが頑張って作ってくれたのです。私からしたら御守おまもりのようなものですよ」
「…………」
 
 イザークさまが力が抜けたようにその場に座り込まれた。
「大丈夫ですか!?」
 すぐに駆け寄って背中を擦る。
「いや、すまない。俺は勘違いしていた」
「勘違い?」
「ああ。こちらの領土では、その花のブレスレットは愛を誓うものなのだ。だから、てっきり他に想う男がいるのだとばかり思っていた」

 衝撃と同時にとんでもないことをしていたと血の気が引いた。
 これから妻となる女が、堂々とブレスレットを着けて家門に入ったのだから。

「申し訳ございません!私、本当に存じ上げていなかったのです」
「謝るな。文化が同じとは限らないのに、勝手に勘違いしていたのは俺だ」
「……だから、舞踏会で他のご令嬢にブレスレットのことを言われたのですね」
「何か言われたのか」
「ええ。愛されているのね、と」
 イザークさまからすれば不服だろうと、消え入りそうな声で伝える。

 すると、肩を震わせて笑い出した。
 
「イザークさま……?」
「すまん。あまりにも愉快でな。これからもそう思わせておけ」
 笑い交じりにそう言うが、果たしてそれで良いのだろうか。
「イザークさまから頂いたものでないですのに、宜しいのですか?」 
「外したくないだろう?」
「……本来なら外したくはないですが、そのような文化を知りながらも着け続けることはできません」

「私が嫌いか?恐ろしいか?」
 ご迷惑をおかけしたくない、という思いで着けない選択をしたのにも関わらず、思ってもみなかった言葉を投げかけられた。
 挑発的だが、どこか不安そうに感じる。


「嫌いとか恐ろしいだなんて、思いません。確かに最初は怖い方なのかと思ってしまっていました。ですが、いつも気にかけてくださるし温かい言葉をくれて、とてもお優しい方だと思っています。それに、先程もお伝えしましたでしょう?お力になれる妻になりたい、と」
 どうか、伝わってほしい。
 そう思いながら見つめていた。

「確かに私は弱くて未熟者ですし、他の方と比べてしまうと至らない部分だらけですが、でも、それでも、側で何かお力になれたらと、」
「クスッ……」
 焦って何を言っていたのか自分でも分からないが、必死に話しているとイザーク様が笑っていた。
 初めて、笑った彼を見た瞬間だった。



「そうか。では、少し待っていてくれ。ブレスレットもそのまま着けていろ。もう策は立てたから安心して良い」




 悪戯を思いついた少年かのように笑うイザークさまに、私はただ頷いた。



 
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