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さいごのはじまり
しおりを挟むぐらりと視界が揺れて、トラヴィス・リオブライド・ランフォールドは頭を抱えた。
倒れ込まなかったのは、普段から無駄に高いと揶揄されるプライドのおかげだったかもしれないが、視界の揺れと共にせり上がる吐き気を抑えたくて、口元を手で押さえ込む。
気持ちが悪い。吐き気がする。
刹那、脳髄が弾けるような感覚が全身を襲い、何かを思い出したようなそんな錯覚に陥った。
「トラ……ヴィス、でんか…っ…」
苦しそうな、泣き出しそうな声で名前を呼ばれた気がして、トラヴィスは弾けたように顔をあげる。
目の前にいたのは柔らかな髪を綺麗に結い上げた、釣り目の少女だった。
あまりにも愛らしいストロベリーブロンドの髪に、釣り目を柔らかく見せる小さな菫の花と同じ色の瞳が、これでもかと大きく見開いてトラヴィスを見つめている。
目と目が合う。
少女の瞳に映った感情は、始めは驚きだった。
それが徐々に恐怖を帯びていき、やがて大粒の涙がぽろぽろと溢れてきたかと思うと、泣き声を耐えるように口元を押さえながら震えだす。
そこにあったのは、明確な絶望だ。
「……や、やだ。もうやだぁ……またもどってきちゃった、やだぁあああ」
「え、なに。ちょ? どうしたの、フォルケイン公女」
トラヴィスは吐き気も忘れて、慌てた様子で少女に近寄る。
フェリコット=ルルーシェ・フォルケイン公爵令嬢という少女の名が、するりと口から出てきたことに驚きながらも、トラヴィスは当たり前のように少女・フェリコットに手を差し出した。
「大丈夫?」
という風に、ごく当たり前のように声をかけるトラヴィスだったが、フェリコットは「ひっ」と悲鳴を上げると蒼褪めたまま地にひれ伏した。
「やっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
もう我儘言いません、好き嫌いなく食べますし、意地悪もしません、
殿下の御名もお呼びしませんから、
だからっ、
だからっ、
お願いですから、もう殺さないでください!!!!」
「……は?」
狂ったようにそう叫んだかと思うと、フェリコットは堪えきれないと言った様子で、子供のようにわんわんと泣きだした。
その様子は、あまりにも痛々しく、見る側の心を抉るような絶望に満ちた泣き方だった。
それこそまさに、この世の終わりを迎えたとでも言うような、幼子の泣き方に、トラヴィスの心が掴まれたかのようにキュッと痛む。
が、彼女がなぜ自分を見て泣くのか、その心当たりは全くない。
確か、彼女は自分を慕っていてくれたはずだが、一体全体どうしたというのだろう。
疑問符を頭に浮かべたトラヴィスは、一瞬何を言われたのかと静止するが、しばらくしてからハッとして、胸元のポケットからハンカチを取り出すとフェリコットに差し出した。
「フォルケイン公女、落ち着いて。俺、そんな……君を殺すだなんて物騒な事しないから」
ね、と小首を傾げて声をかけると、今度はフェリコットが固まった。
信じられないといった表情で、ハンカチとトラヴィスの顔を交互に見てから、「ありがとうございます」と本当に小さな声でお礼を言って、ハンカチを受け取る。
そのハンカチで涙をぬぐうことはせず、きゅっと縋るように握りしめるのを見てから、トラヴィスは少しだけほっとして肩から力を抜いた。
「四阿に行こう。侍女たちがお茶を用意してくれてるはずだから」
「そこでゆっくり話を聞かせて」とゆるく微笑めば、フェリコットは涙で濡れた顔を呆けさせたまま「うん」と子供のような返事を返す。
トラヴィスがエスコートの為に差し出した手をじっと見つめて、それから恐る恐ると言った雰囲気で重ねた手が、何とも言えずに小さくて、温かくて、トラヴィスは嬉しくなって握り返した。
その単語行為にきょとんとして困惑するフェリコットをみて、トラヴィスは溢れ出る想いをなんとか隠しながら心の中で叫んだ。
『え、俺の婚約者超かわいすぎませんか??????』
と。
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