俺の婚約者が可愛すぎる件について ~第三王子は今日も、愚かな自分を殴りたい~

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side フェリコット

side フェリコット1


 フェリコット=ルルーシェ・フォルケイン公爵令嬢は、この国ディシャールにおいて夢花の牡羊を先祖に持つ12公爵家が一つフォルケイン家の末娘で長女であった。
 上に兄が年子で2人いて、長男は次期公爵として父であるフォルケイン公爵の側で仕事を学び、次男は王太子の側近としてその力を存分に奮っていた。
 2人とも文武両道なうえに魔力も高く、顔もいい、社交界の二つ星と名を馳せている。

 その兄から幾分離れて生まれたのが、末娘のフェリコット=ルルーシェ・フォルケインだ。

 愛らしいストロベリーブロンドのふわりとした髪に、少しだけ釣り上がった菫色の瞳をした末娘の誕生を、フォルケイン公爵家は大層喜び溺愛した。
 その結果、生まれたのはフォルケイン公爵家の我儘公女である。

 自分の思い通りにならないと癇癪を起こし、侍女や侍従に物を投げてあたっては、「あたしは悪くないわ!」とわんわん泣いた。
 幼い彼女を知る者は典型的な悪役令嬢の幼少期であったと、誰もが口をそろえて言うだろう。

 両親も兄も、誰もがやってしまったと頭を抱えたほどの我儘ぶりだったが、そんな彼女を変えたのが、ディシャール国の第三王子トラヴィス・リオブライド・ランフォールドとの出会いであった。

 2人が出会ったのは、フェリコットが10歳になってすぐの頃王宮で開かれた茶会でのことだ。

 この時、フェリコットより二つ年上のトラヴィス・リオブライト・ランフォールド第三王子は12歳。
 癖はあるもののディシャール王家由来の輝く金の髪に、サファイヤというには随分と明るいアクアマリンの瞳を持ち、整った顔立ちは精霊の御使いと言ってもいいほど美しかった。

 そんな美少年のトラヴィスが王家主催のお茶会でその姿をフェリコットに見せたその瞬間に、フェリコットの初恋を攫っていったのは、当然と言えば当然であったのだろう。
 トラヴィスはフェリコットにとって、それだけの衝撃を与えたまさに王子様だった。

「ぱぱ! ぱぱ! あたし! トラヴィス様のお嫁さんになりたい!!」

 お茶会から帰ってきたフェリコットが、夕食の席で無邪気にそうねだるのを聞いてフォルケイン公爵はワインを吹きださなかったことを妻に褒めてほしかったが、残念ながらそれは2人の息子たちが食べていたものを喉に詰まらせかけて流れてしまった。

「フェリ、いきなり変なことを言うなよ。兄様を殺す気か?」
「冗談でも面白くないぞ」
「そんなつもりはないわ! ぱぱ、あたし本気よ!」 

 瞳をキラキラと輝かせながら言う愛娘のお願いに、公爵は閉口する。
 可愛い愛娘のお願いでも、こればかりはすぐには頷けない。
 いくら何でも、娘のおねだりで聞けるものと聞けないものがあり、これはそう簡単にきけないおねだりだ。

「いいか、フェリ。王子様のお嫁さんは、すっごく頭が良くなくちゃいけないんだ」
「自分の事をあたし、父上の事をパパって呼んでるおこちゃまにはなれっこないんだ、分かるか?」

 父である公爵が飲み込んだ言葉を、賢い息子たちは妹に臆することなくそう言った。
 だがしかし、フェリコットは兄たちの言葉に菫色の瞳を釣り上げて、臆することなく言い返した。

「分かんないわ! だってあたし、こんなに可愛いもの! ぱぱ、かわいければトラヴィス様のお嫁さんになって、王女様になれるわよね?」

 高慢で、傲慢で、自分の願いが全て叶うと思っている顔で、癇癪を起こしながらフェリコットは公爵に詰め寄った。
 だがしかし、そこで甘いだけの言葉を吐けるものであるなら、ディシャール王国の由緒正しい12公爵家の一翼を担うフォルケイン公爵家の当主として相応しくなかっただろう。

 たとえ娘を溺愛しすぎて、育て方を間違えていたとしても、である。

「フェリコット、よくお聞き。トラヴィス様と結婚しても王女様になれない。なれるのは王子妃だ」
「あなた、そうじゃないでしょう」
「……王子妃だって、可愛いだけじゃなれない。
 少なくとも、フェリコットがいつも嫌がってる、ダンスや国土の勉強を進んでやらなきゃいけないし、魔法の練習をいっぱいして野菜だって残さずきれいに食べなきゃいけないんだ。
 今のフェリコットでは、いくらパパでもフェリコットを王子妃にしてくださいって、陛下にお願いすることもできない。
 わかるね?」

 赤子に言い聞かせるにしても、もう少しまともな言い方があるだろう説得で、公爵はフェリコットを諭した。
 息子たちは呆れた顔で、最愛の妻は仕方ないわねとでもいうような感じで公爵を眺めていたが、ただひとり、フェリコットだけが絶望した顔で父である公爵を見つめていた。

「可愛いだけじゃ、トラヴィス様と結婚できないの?」
「うむ」
「いっぱい勉強して、ダンスも踊れるようになって、魔法の練習も頑張って、好き嫌いもしないようにしないといけないの?」
「そうだよ、フェリコット。勉強もダンスも嫌いで、魔法の練習も飽きてやめてしまう。好き嫌いだって多いお前には無……」
「それを頑張ったら、あたしも……ううん、わたし、トラヴィス様と結婚できるのね!!!」
「うむぅ????」

 公爵が盛大に首を傾げる。
 彼の愛娘であるフェリコット=ルルーシェ・フォルケインは、確かに高慢で傲慢な、絵に書いたような我儘令嬢だったが、それはそれとして非常に負けず嫌いで、なおかつ超絶前向きな側面を持っていた。
 彼女に解釈をさせれば「それを頑張ればいい!」と、諭す言葉も叱責も、悪意も嫌味も全てひっくるめていい方向でとらえてしまう。

 自分の思い通りにならないことに癇癪を起こす我儘令嬢だった彼女は、本質をそのままに初恋によって覚醒したのだ。

「ぱ……ううん、お父様! わたし、トラヴィス様と結婚できるようにがんばるわ!!」

 高慢で傲慢な我儘令嬢でしかなかった娘が、初恋によって覚醒したことに若干複雑な思いを抱えながら、公爵は「うむ、がんばりなさい」と言うことしかできなかった。

 これが、フェリコット=ルルーシェ・フォルケインの決意の記憶である。

 後にこれが地獄の始まりだったとは誰も知らなかった。


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