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INSIDE
INSIDE 1
しおりを挟む――どうして俺が思い出すのは、いつも手遅れになってからなのだろう。
女というものが苦手だった。
欲のままに行動して、俺を襲いながら、「王子妃にしてください」と訴えるあさましい女たちが嫌いだった。
女たちは、誰も俺を愛してくれない。
俺の顔と身分に恋して、王子妃という座を狙ってるだけだ。
だから、フェリコット=ルルーシェ・フォルケインも、初めて会った時からそういう女と同じなのだと決めつけた。
「トラヴィス殿下!」と、ありったけの笑顔で俺を慕う様子も、どうせ王子妃になりたいだけで、俺の事を好いてるわけではない。
なにが、俺の為に変わっただ。吐き気がする。
我儘な公爵令嬢が変わったからって、どうしてあんなにみんなが褒めるのか分からない。
気にくわない。
だから、嫌いで嫌いで仕方がなかった。
リエラを好ましく思ったのは、平民あがりで俺の事を王子と認識していなかったからだ。
「ラヴィ」と気軽に呼んでくれる、その関係が嬉しくてどうしようもなく惹かれた。
純粋無垢で天真爛漫、貴族の駆け引きとは無縁で裏表のないリエラ。
そのリエラが涙ながらにフェリコットに虐められ、塔の上から突き落とされたと語るから、俺はそれを信じて卒院式の夜会でリエラとダンスを踊り、フェリコットを責め立てた。
俺の前では一度も泣いたことが無いフェリコット。
そのフェリコットが絶望した顔で、ぽろぽろと涙を流して俺を見つめていた。
ドキリと何かが胸を打つ。
ひどく悪いことをしている気がした。
足を引きずりながら、慌てて帰るフェリコットに手を伸ばしたけれど、何を言っていいか分からなくて追いかけなかった。
そこで追いかけていたら、あんな悲劇は起こらなかったはずだと、今はもう、ずっと悔いてる。
次の日、夜会でリエラと踊ったことを父と母、兄達に叱られている俺の耳に飛び込んだのは、フェリコットが夜会の帰り道に野盗に誘拐されたという情報だった。
誘拐されただけで、きっと生きてる。
そう言い聞かせながら人をやって探させた結果、辿り着いたアジトにあったのは、誘拐され、凌辱され事切れた、見るも無残なフェリコットの遺体だった。
ストロベリーブロンドの髪の毛は無残に切られ、少しキツイと思っていた綺麗な顔は殴られて原形をとどめず、菫色の瞳は潰れていて、その体には尊厳を失うほど凌辱された跡が残っていた。
『貴族令嬢を味見したかった』と捕らえた野盗たちが語る。
『魔法使って逃げ出そうとしたんだが、あのお嬢ちゃん足を怪我してたのかびっこ引いててね、簡単に捕まったんだ』
『足さえ怪我してなければ、生きてたかもしれねーだろうにな』
『随分といい声で啼くから、殺しちまったのは惜しかった。けど、売るには遊び過ぎたもんな』
『あれだけ遊んだらもう売れねえから、しかたがないよな』
捕らえる直前の酒場で、野盗たちはそう言って酒を飲んで笑っていたらしい。
フォルケイン公爵夫妻には「どうしてあの子を帰したのですか」と詰られた。
溺愛していた娘をこんな形で失ったのだから無理もない。
俺だって、フェリコットを死なせたいわけじゃなかった。
こんなことになるなんて知っていたら、絶対にあの日追いかけたのに。
フェリコットがいなくなってから、空虚な日々が続く。
あの明るい声で、「トラヴィス殿下」と呼ばれることがたまらなく嫌いだったのに、その声がもう聞けないという事実が心を苛む。
そうしてしばらくして、俺に届けられたのはフェリコットの遺品の日記だった。
『今日、トラヴィス様をお見掛けしました。
少しお疲れのようでしたので、疲れがとれると評判の茶葉を用意立ててもらいました。私からだと言うと拒絶するでしょうから、こっそりと侍従の方に託しました。飲んでいただけたら嬉しいですが、どうなるでしょうか』
『トラヴィス様は、最近赤いものを好まれるようです。
なので、今度の夜会の前にリンスフォード公爵領から赤い魔石を取り寄せて、タイピンにして贈ろうとおもいます。
魔石に加護をこめたいので、早くついてくれたらいいのだけれど間に合うかしら。
デザインはお抱えの彫金士に依頼しています。殿下の御花の意匠をさりげなく入れてもらうように注文しました』
『今日のトラヴィス様は、いつもより不機嫌そうでした。
具合が悪そうに見受けられたので、体調を崩されているのも知れないと思い、王宮侍医に相談しました。
少しでも具合が良くなられたらいいなぁ……』
日記に綴られたのは、俺に対する想いばかりだった。
ひとつひとつは大差ない些細なことだが、言われて見れば心当たりがあるものばかりだった。
侍従に勧められた疲れのとれるお茶は、さっぱりとした風味の美味しいお茶で、見つけてきた侍従を褒めたものだった。
フェリコットがいなくなってからも、眠れぬ日は侍従に頼んで淹れてもらっていた。そういえば、茶を頼むたびに侍従が複雑そうな顔をしていたような気がする。
リンスフォード公爵領の赤い魔石が入ったタイピンは、2年前に公務で疲れる日々にフォルケイン公爵家からの贈り物として贈られたものだ。
フェリコットからではなく、フォルケイン公爵夫妻からということで受け取ったものだが、自分の好きな深い赤が輝く魔石が美しくて、一目見て気に入ったものだった。ディシャールに生まれた直系の王族は、皆それぞれ御花という花の意匠を生まれてすぐに神殿より授けられるのだが、銀細工で施された俺の意匠のダリアが見事で「フォルケイン公爵はお前と違ってとてもいい趣味をしている」と、フェリコットの前で自慢したこともある逸品だった。
そう自慢した時、フェリコットがどんな顔をしていたか思い出すことができなくて、どうしようもなく苦しくなる。
具合が悪くなったのは数カ月前の話だ。
その頃には、フェリコットとほとんど会話をすることなく、顔も合わせずに時間さえあればリエラヴィアと過ごしていたような気がする。
そんな中、公務が続いてしんどい時に侍医が声をかけてくれたことがあった。
自分が思っていたよりも、体調が悪かったようで数日寝込むことになり、声をかけてくれた侍医に感謝を述べた。
侍医は少しだけ笑って「これでも王宮侍医ですからね、分かるんですよ。でも、分からないこともあるんです」と言っていた。
その時は、何も分からなかったが今なら侍医の気持ちが少しだけ分かる気がした。
何も知ろうとしなかったのは、俺の方だった。
慌てて、今まで一度も開いたことが無かったフェリコットからの手紙と贈り物の封を開けた。
貰った時は捨てるようにと爺やに丸投げしたのに、爺やは全部取っておいてくれたらしく、それを俺は今更ながらに有難く思った。
フェリコットからの贈り物は、どれもが、当時の俺が好きなものだった。
手紙には時候の挨拶の他、フェリコットの事ばかりが書かれているのだろうと思っていたのに、当時の俺が興味ありそうなことや、話題ばかり。少しだけそれに対する初見が書かれているだけで、愛していますもお慕いしていますも書かれてはいなかった。
けれども、文字にこめられる想い以上に、愛に溢れた手紙であることはよく分かった。
流れるように美しい、けれども少し丸みを帯びた文字がフェリコットの自筆の文字だと初めて知った。
俺は彼女の好きなものを何か知っていただろうか。
一度だけ、彼女の事が書かれた分厚い手紙を貰ったことがあったが、開ける事無く当然のように爺やに渡して、捨てさせたことがある。
フェリコットの好きなものなんてどうでもいいと思っていたし、贈り物も全部爺やに選ばせた。自筆のカードすら渡したことが無い。
唯一覚えているのは使用済みのハンカチを、ふざけて渡そうとしたときの事だ。
「いいんですか! 嬉しい! 家宝にします!」
そう言って破顔して喜ぶフェリコットが癪に触って、結局そのハンカチを渡すことはなかった。
あのあと、フェリコットが送ってくれたフォルケイン公爵家の高級ハンカチは、全て侍従たちに贈ってしまった。俺の御花だけが刺繍されたそれは、随分と使い勝手がよく、家族にも喜ばれたと侍従達に喜ばれた。
そういうことまで彼女が予想して贈っていたかは、今になっては分からないが、御花とイニシャルが刺繍された俺のための特別なハンカチは、貰った直後に暖炉に投げ入れた記憶がある。
こんなもので靡くものかと意地になっていたが、ちらりと見えた刺繍は拙いけれど見事なものだった。
思えば、婚約が決まってから酷いことばかりしてきた。
あの日もまだ、彼女は俺の事を想っていてくれただろう。
俺だけを見て、俺のことだけを愛していてくれた。
ずっとほしかった、俺だけを、ただのトラヴィスだけを見てくれる愛をどれだけ蔑ろにしてきたのだろう。
最後に明確に拒絶した時の、あの絶望した顔が思い出されて、思わず胸を手で鷲づかみにする。
『トラヴィス様は、リエラヴィア嬢のことを大事になさっている。
正直に言えばリエラヴィア嬢のことが羨ましくて仕方ない。
私だって、トラヴィス様の事を愛称で呼びたい。
幼い頃の悋気を起こして癇癪に暴れる私が、あの子を傷つけたいと暴れるけれど、リエラヴィラ嬢はトラヴィス様の大事なご友人だから、それはやってはいけない。
トラヴィス様が大事になさっているものを、私が自分勝手に傷つけるのは許されないわ。
せめて、お友達になりたいけどそれも無理よね。
いったい私はどうしたらいいんだろう』
『もうだめかもしれない。
昼食を食べてるお2人が羨ましくて、私もお弁当を作ってお声をかけてみたの。
お弁当は公爵家の料理人にお願いして作ったサンドイッチで、私も野菜をちぎるの少し手伝ったの。
でもダメだった。
突き飛ばされるほど怒られてしまったわ。
足を酷く捻ったみたいで、とても痛みます。治癒魔法をかけましたが、得意ではないせいかうまく行きません。
誰かに知られてしまえば、トラヴィス様が責任を負うかもしれないからこれは私だけの秘密としましょう。
大丈夫、私は我慢ができる子ですから』
『足が治らなくて、眠れない。
どうやらヒビが入っていたのが、変な治り方をしたようです。
嘘をついてでも、ちゃんと治してもらえばよかった。
もうすぐ卒院式です。
殿下の瞳に合わせたドレスを勝手に用意するわけにはいかないから、髪飾りに使う花にさりげなくアクアマリンを使おうと思います。
この足じゃ、きっとダンスは踊れないけれど、一曲だけ……一曲だけでも踊れたら、それだけで幸せになれるの』
日記はそこで終わっていた。
日付は、あの日の少し前だった。
気がつけば、俺はボロボロと泣いていた。
「ごめん、フェリコット。ごめん」と、日記を抱きしめながら何度も呟く。
自分を一途に慕ってくれた人の本質を見ず、勝手な考えで決めつけて蔑ろにし続けた。
ずっとほしかったものはそこにあったのに、何も見ようとも知ろうともしなかった。
結果として、傷つけた上にあんな形で最期を迎えさせてしまった。
愚かな自分はもう、フェリコットが愛しそうに自分の名を呼ぶ声を聞くことができない。
それがたまらなく悲しかった。
やり直したい。
時を戻せるなら、婚約を果たしたあの日に戻りたかった。
あの日に戻れるなら、今度こそ彼女を大切にしたかった。
彼女と他愛もない話をして、笑い合って、贈られたものに喜んで、彼女の事を想いながら選んだものを贈り返して、そうして結婚して、幸せに暮らしていくのだ。
やり直す事さえできれば……
そう願った俺の前に、柔らかな青い髪をした女が現れる。
「手伝ってあげる」
と、鈴が鳴るような声で言われて、俺は何も考えずにその手を取った。
ぐらりと視界が揺れて、俺は目を覚ましたような気持ちになる。
記憶が戻ったのだと理解して、どうにか開いた俺の目に飛び込んだのは、
絶望した顔で俺を見つめる、処刑台の上のフェリコットだった。
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