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一章

02 Vside

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Vside

――ペルセフォネ国グシオン村から東へ歩き、二日かけて登ったハデス山の頂上。
そこにぽつんと佇む今にも崩れそうなボロ小屋。
ここに住んでいるであろう住人を訪ねてやってきたが、
来た事をもう何度目か分からない後悔が襲う。

魔法が使えるのが当たり前のこの国において
このハデス山は普段の魔力の半分も出せない上、魔法威力も半分以下になる。
磁場が狂っているやら地下に魔力を無効化する何かがあるやら諸説あるが
理由ははっきりと分かっていない。
まあ簡単に言えば不気味な山だ。
それだけでもこの山に近寄りたがる者は居ないが
更に悪い事に人間の干渉が無い為動植物が繁殖し放題となり
ベア種やウルフ種等危険な動物がウヨウヨ居るという訳だ。

仕事じゃなかったら絶対来ないだろう場所である。
……仕事でも来たくなかったが。

そんな危険な山を弱体化した状態で登り、文字通り死ぬ思いで目的地に辿り着いたが
そこで待ち受けていたのは、見晴らしの良い景色でも、澄んだ空気でもなかった。
鬱蒼とした背の高い草を掻き分け、住人が整地したのであろう
小屋周辺の開けた場所まで辿り着き、ここ数日中で一番の後悔をした。

「……地獄か、ここは。」

小屋の周囲には何やら獣の毛皮や肉が何十枚も干され
動物の頭がそこらじゅうに転がっている。
小屋の隣にある畑では土の下で何かが蠢いており
そこから身の毛もよだつ様な不気味な声が聞こえるが、
畑を囲むように設置されたこれまた不気味な人形達によって動けないでいるようだった。

……俺の勘違いでなければ、畑は何かを封じる為の場所では無いはずだ。
まだ小屋の主人との対面も済んでいないが
血と獣の臭いとこの光景で気分も体調も最悪だ。早々に帰りたい。
更にとどめとばかりに小屋の扉には三つ首の鹿の頭が飾られていた。

「一体どんな野蛮人が住んでるんだ……。」

地獄の様な光景を生み出した根源、このボロ小屋に住んでいるであろう住人を思い
深く溜息をついた。

「はあ……。いつまでもこうしていても仕方ない……。
 さっさと済ませるか。」

そう一人ごち、気合いを入れドアノブに手をかけた瞬間
遠くからズン、と何かが倒れるような音がして
反射的にそちらの気配を探った。

気配を探る程度の簡単な探索魔法なら
この山で制限された魔力でも然程負担にならずに使える。
この二日、獣に出くわさない為に魔力を節約調整しながら何度も使用した魔法だ。

――ここから五百メートル程西に、生物が一体倒れているのが分かった。
かなりの大きさだ。三メートルはあるだろう。
何かの獣だとは思うが……まさか、この小屋の住人ではないだろうな。

身長が三メートルもある人間なんて未だかつて見た事もないが
こんな山奥のこんな野性的で不気味な小屋を住みかにしている奴だ、
どんなに人間離れした奴が出てきても驚きはしない。

残念ながら、ついでに探った小屋の中に人の気配は無かった。
やはり、あまり気は進まないが音のした方へ行ってみるか。

そう考え重い脚を踏み出した瞬間、あっという間にその生物の気配が消えた。
それと同時に生物がいた方向から、物凄い速さで茂みを掻き分ける音が
あたりに不気味に響き渡る。
気配は無い。ただ、『何か得体の知れないモノ』が此方へ向かって来ている。

そう判断し、踏み出した脚に重心をかけた。
そのまま地面へ叩きつける様に跳躍し、小屋の陰に身を潜める。
普段の半分以下とは言え、高レベル魔法を使えば
ある程度のダメージは与えられるはずだ。
息を詰め魔力を高めながら、訪れるであろう『何か』を待つ。
二呼吸、時間にして三十秒程の後、ザッ、と『何か』が茂みを抜けた。

「よし、半分はシチューで半分はステーキにしよう」

「…………はあ?」

聞こえてきたのはこの雰囲気のどこにも似合わない、
市場の帰りに献立を考える母親の様なのんびりした台詞だ。
あんまりにも間の抜けた台詞に、思わず呆れた声が出てしまうのも仕方ないだろう。
しかしその声は当然女性のものではない。
色気と甘さを多分に含み、少しかすれて響く低音。

その声の主は、小屋の陰で呆然としている俺を見つけ、こう言った。


「……どっ……ドロボー!」
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