Tōdō Gems

もん

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血塗られた剣

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 凪は自身の店のカウンターに肘を立ててぼんやりと外を眺めていた。今日は大雨だ。以前までの晴れ晴れとした天気から一転してここ最近はずっと雨が降っている。梅雨入りしたとニュースで話していたが、それは事実のようだ。この雨のせいか、客入りも少なく、暇を持て余している。

「今日はもう誰も来ないかな」

 ショーウィンドウに置かれたケーキたちを見て、小さくため息をついた。

――――

 隣の宝石店にこの余ったケーキをいくつか持っていくことにした。似たようなものがないように念入りにチェックして、箱に詰める。どっちにしろ今日も店主の元に訪れる予定だったのだ。このケーキは押し付けている訳ではなくあくまでお土産……。
 凪は服を着替えて、店を閉じた。そして、すぐそこの宝石店の扉を開けた。店の扉はキシキシと音を立てている。木で作られているから湿気に弱いのかもしれない。店内には、若い男性と店主がいた。客と鉢合わせするのはこれが初めてではないが、少し気まずい。なるべく気配を消して、店の奥に入ると直ぐにケーキを冷蔵庫に入れた。
 この店は店主の家でもあるため、店の奥にはいつも話をするテーブルと椅子、冷蔵庫にキッチンなどもあって意外と狭い。店主はもっと宝石を置けるスペースを増やしたいと言っているが、そんなことをすればここで生活ができなくなるだろうと凪は考えている。
 店主である啓人がやってきたのは凪が彼の元を訪れてから30分ほど経った頃だった。彼は大きな茶色い木の箱を持っている。何が入っているのだろうと見ていると、啓人が「この中には剣が入っています」と言う。

「剣?」
「そうです。今から約1000年前にとある国を救った英雄の剣だと言われています」
「それがなんでここに? この間のサファイアと同じ感じ?」
「これは少し違います」
「ふぅん…」

 啓人は箱を開き、その剣の刃をそっと撫でた。剣の刃がじんわりと赤く輝いているのが見えた。これは宝石なのか…?と疑問に思う凪であったが、啓人が黙り込んで何かを考えているようであったので、質問をするのを辞めた。その数分後、黙っていた啓人が呟いた。

「この剣は…血を求めているんです」

―――

 ある商店の奥にその剣はあった。ただの錆びた剣だ。だが、一人の戦士、アルフレッドにとっては人生を変える重要なものであった。
 アルフレッドは城で戦士として働く男であった。次男坊であったことから土地を貰えず、戦士として軍に入る道しか残されていなかった。そんな中でも彼は必死に努力していた。その様子は城の重要役人にも知られていて、勤勉な戦士がいると称えられるほどであった。
 アルフレッドはその日もいつもと同じように街を巡回していた。この国で禁止されていることを誰かがしていたら罰する必要がある。彼は目を皿のようにして辺りを注意深く見ていた。何事もなく、巡回を終えるかと思われたその時、細い道から小さく叫び声が聞こえてきた。アルフレッドは急いで声がした方に向かうと、そこには少年が三人いて、一人は道に座り込み、あとの二人はアルフレッドが来るやいなや奥に逃げていってしまった。

「少年…立ち上がりなさい」
「…」

 少年はアルフレッドの手を取らずに自分で立ち上がった。鼻が真っ赤になっていて、まつ毛は涙で濡れている。ずび、と鼻をすすると彼も奥の方へ向かって走っていってしまった。アルフレッドは少年に差し伸べた手を見つめて、小さくため息をついた。
 最近、この辺りでは不穏な噂が流れている。それは王家の転覆を目論んでいるという噂で、城で働いている人は誰一人この噂を信じることは無かった。しかし、アルフレッドは違っていた。彼は差し伸べた手を取られなかったあの日以来、例の細い道によく向かっていた。細い道をぬけた先には小さな家が立ち並んでいる。どれも古く、大雨が降れば直ぐに壊れてしまいそうな家であった。
 彼はそこに住む人々の様子を見て、驚いてしまった。皆薄汚れた服を着ており、いつから風呂に入っていないのか分からないが異臭が漂っている。大人であってもご飯を食べる時の様子が子どものようで、大人としての立ち振る舞いを身につけてこなかったことが伺える。喋りも拙い感じがあり、ここはアルフレッドが知っていた国の中ではないようである。
 というのも、彼の住む国は教育などに熱心であるということがよく知られていたからだ。片田舎育ちのアルフレッドもしっかりと学校に通っていた。そのため、このように社会の外側に人間が存在していると思っていなかったのだ。結局我々の見ていた社会とは、とても小さなもので、そこからこぼれてしまう人の方が多かったのだ。
 彼はそんな様子を見て、この状況をどうにか出来ないだろうかと考えるに至った。だが、一介の戦士がどうやって彼らを助けるというのか。そんなこと無理に決まっている。城の中では豪勢な料理に豪華な衣装、美しい絵画が溢れる中、ここは古びて今にも崩れそうな家に、器いっぱいもない薄い味のスープ、ぼろ布の汚れた服で溢れている。
 彼はその実情を知っていたため、いつか国家転覆を狙う人間が出てくるだろうと思っていた。そしてそれが自分でないことも理解していた。自分にはそんな度胸はない。その時の彼はただ、貧しく生きる人間に同情することしか出来なかった。

 しかし、転機が訪れる。その事件がきっかけで彼は自ら錆びた剣を手に取って国を変えようとするのだ。それは、あの日から数年経った春の暖かい日であった。あの日、彼の手を取らなかった少年も大きくなり、よく訪れるアルフレッドに随分懐くようになっていた。アルフレッドも彼を温かく受け入れて、仲の良い関係を築けていた。
 少年はある日、商店で錆びた剣を見つけた。錆びているが、とても力強い覇気のようなものを感じる変わった剣であった。しかし、彼にはそれを買うお金などなく、商店でそれを眺めることしか出来なかった。そこを訪れる度、少年は立ち止まってその剣を見ていた。大きくなって、アルフレッドのようになったらあの剣を持って二人で戦いたい、なんていう空想さえ考えるほどだった。
 
「アルフレッド、外の商店にすごくかっこいい剣があるんだ。俺、もっと大きくなったらその剣を買ってあんたと戦いたい!」
「楽しみに待ってるよ」

 しかし、少年は死んだ。否、殺された。国家転覆の容疑者として。全て偶然起きたことだ。まだ国家転覆の噂が国には流れていたときに、偶然商店の前を通りかかった憲兵が、偶然商店で錆びた剣を見ていた少年を見て、国家転覆を企てていると勘違いした。少年が偶然貧民出身だったから余計にその疑惑が高まり、彼は呆気なく殺された。
 アルフレッドはその話を聞いて、一人でその商店を訪れた。少年が欲しがった剣は店の奥にあった。店主はそれを隠しているようだった。

「店主、あの剣が欲しい」
「あの剣はあの少年のものさ…だから…」
「あの子のために、私は立ち上がらなければならない」

 強い彼の言葉に圧倒された店主はその剣を売った。アルフレッドが去るとき、店主は「この国を変えられると思うか」と尋ねた。アルフレッドはそれに答えず、店を去っていった。彼は思う、変えられるのではなく変えるのだ、変えなければならないのだ、と。一人の少年の純粋な気持ちが踏みにじられた。釈明する隙すら与えず、国家の人間は彼を殺した。そんな国は正しい国では無い。正しい国とは全ての人間に平等に権利が与えられている国である。また、貧しい身なりをしていたとしても、物事の本質を捉え、公正に判断を下すことが出来る国こそが正しい国である。だからこの腐りきった国を変えなければならない。
 少年の生きた証はこの世に残らなかった。彼は毎日その日暮らしで、服も一着しか持っていなかった。彼の持ち物は全て国に奪われ、燃やされた。アルフレッドは、それなら生きた証を造ってやると決めた。アルフレッドが少年の死をきっかけに反乱を起こし、成功したなら、彼は未来永劫忘れられることのない人になる。


 こうして少年の刑を執行した憲兵がアルフレッドにより殺され、反乱が始まった。剣は人を刺すたびに、その剣は赤く染っていく。アルフレッドはその剣を磨き、その赤く染った刃を見て、まだまだ足りないと感じる。もっとだ、もっと、少年の死の手向けに必要だ。アルフレッドはその年数百人をその剣で殺した。


―――

「その後、どうなったの…?」
「彼は死ぬまで人を殺め続けたと言われています。しかし、そうしなければ反乱は成功せず、現在のある国はなかったと言えるため、その国では彼とその少年が英雄と謳われています」
「……」

 凪は赤く輝く剣を見つめた。そして、この剣は血を求めていると啓人が言っていたことを思い出した。

「この剣は血を求めてるって言ってたけど、あれはどういう…?」
「その言葉通り、そういう呪いです。だからここに来たのです。それに、この剣にはある石が使われています。その石は変わった石で、現在もよく高値で取引されている。これはその石が使われた最高傑作と言っても過言ではありません。赤く染るなんて、普通はありえませんから」
「赤く染まるのは血がかかった時だけ…だったり?」
「加えて、恨みなどの強い気持ちが必要です。…今は赤い品については都市伝説のようになっているから良いものの、これが市場に出れば、似たものを作るために多くの人間が愚かなことに手を染めるという想像は簡単につくでしょう?」


 啓人は剣の入った木箱をしっかりと閉めて、凪を見た。凪はその視線に首を傾げた。

「あなたはどうですか?この話を聞いてどう思いますか?」
「正直、怖いよ。でも…そこまで彼は少年のことを大切に考えていたんだって思うと…怖さ以上に何か…こう…上手く言えないけど来るものがあるよ」
「そうですか。彼は最期、『私は君の手と足になろう』という言葉を残したと言います。」
「そうか…。少年が求めていたこととは違うかもしれないけど、少年が欲しがった剣を持って戦ったなら、確かにそれは少年の手足になったと言えるのかもしれないね」
 
 啓人は小さく頷いて、剣の入った木箱をしまいに行った。剣は木箱の中で赤く輝いていたが、凪の言葉の後、その光がさっと消えた。啓人は箱の中の物が気をおさめたことに気づき、微笑んだ。凪の言葉は人だけでなく、物も穏やかにさせることが出来る。この剣はもう大丈夫だと思いながら、それを戸棚にしまった。

「店主~、ケーキを食べてよ! 冷蔵庫に入ってるよ!」

 ふにゃふにゃとした声が奥のテーブルから聞こえてくる。昔から変わらず彼はこんな人であった、と呆れながら首を横に振る。ケーキを食べるかどうかは置いておいて、彼に感謝として一杯お茶を与えようとティーポットとカップを取り出した。



――――
啓人:ケーキが今日は多いですね。
凪:ギクッ…!お土産だよ!全部美味しいよ!食べて食べて!
啓人:…
凪:食べて食べて…
啓人:……
凪:食べて……
啓人:他のお土産も食べたい
凪:え?

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