勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

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プロローグ

プロローグ:異世界でも言葉やお金が通用すれば、意外と馴染めるもんだ

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「っぷはぁ! アラタぁ、冷たい麦酒、おいしいわよー? ……と言っても、アラタはお酒だめなんだっけか?」
「晩飯食う前にいきなり麦酒一気はどうなんだ? 飲み過ぎるなよ? 久々の外食だから羽目を外したい気持ちは分からなくはないが」

 俺は三波新。
 生粋な日本人だ。
 木製のテーブルを挟んで向かい合って座っている女性はヨウミ・エイス。
 彼女の名前の表記はカタカナなんだが、生粋の日本人。
 けれど俺とは全く違う。
 俺が生まれたところは日本民国で、彼女の生まれはここ。すなわち日本大王国。

 俺はいわゆる異世界転移の現象に、今から一年と半年前に巻き込まれた。
 その転移先がここ。
 同じ日本って言うだけあって日本語が通じるし、紙幣や硬貨も同じ物が使われてる。
 肖像画も同じだから、異世界でも同じ人物がいたんだろうな。
 その点は安心したけど、それ以外は戸惑うどころか、身の危険を感じることばかり体験した。

 この国、いや、この世界には電気がない。
 けど魔力ってもんが身近に存在する。
 それを操る人や生物も存在し、魔力だのなんだのを使って暴れる魔物も存在する。

「今日は長雨の後の久々の天気だったから、アラタのおにぎり、飛ぶように売れて助かったわー」
「雨も三日くらい続いたか? 荷車の中も狭くはないからしのげはしたけど、外食ばかりじゃなく宿の寝室でものんびりしたかったから、今日は晴れてくれて助かった」

 その魔物を討伐や退治を仕事とする冒険者という職業がある。
 それに就くことができるのは、当然それだけの力量がある武術者や魔法使い達だ。

 俺とヨウミはそんな冒険者達を相手に、荷車を引きながらの行商をしている。
 扱う品物はおにぎり。
 保存がききそうな具をある程度の種類は取り揃え、具のない塩おにぎりや、それぞれ何個かを組み合わせたり、水かお茶とセットで売ることもある。
 荷車はボロイが俺たち二人が中で眠れるくらいには広い。
 商品を陳列する棚も荷車の中にあり、雨風はしのぐことはできるから天気の良し悪し関係なく商売はできる。

 そして俺達が今いる場所は、そんな冒険者達や近所の住民達が利用する酒場。
 宿屋も兼業していて、行商の人達も宿泊できるように、荷車の預り所まである。
 今はちょうど酒場が賑わう時間。
 冒険者の何人かはいい気持で酔っ払っているようで、あちこちで会話の大声が響いている。

「でもさぁ……同じこと何回も言うけどさ、いくら地形が分かるからって、地図も持たずに行商するってあり得なくない? 仕入れなきゃ手に入らない物は、道端で会う他の行商の人が売ってくれるからいいようなもののさぁ」
「でも見知らぬ場所でも店を始めると、毎回儲け出してるからいいだろ?」
「でも荷車はアラタが引くでしょ? 雨のときはずっとそこで足止め食らうじゃない。宿が近いか遠いかまでは分からないでしょ」

 路面はすべて、土や砂利。
 岩肌の上を行くこともある。
 平らに整備された道路は、大きな町の中くらい。
 アスファルトやコンクリートなんてのは、物どころか言葉も存在しなかった。
 スムーズに進むことは、珍しくはないが多くはない。
 凸凹に引っかかってなかなか進めない路面の方が多い。

 他の人の荷車は、馬や牛、あるいはこの世界特有の動物や飼い馴らされた魔獣に引かせている。
 天候を気にせず普通に走る荷車の前で立ち往生するわけにいかない。
 だから雨の日は道端に車を停めて大人しく雨宿りをすることにしている。

「けど収支上で困ることはないだろ? 足止め食らってる間の食料だって、不足になったことはないし」
「まぁ店を開くときは、不思議といつもいつも繁盛するから、売り上げ的には文句のつけようはないんだけどねぇ」

 ヨウミには、別の世界の日本からやって来たと言うことは伝えてある。
 でも思い出したくもない俺の世界での生活は言いたくないし、この仕事が成功している心当たりも伝えてはいない。
 ヨウミがそれを知ったら、俺はこいつにこき使われるんじゃなかろうか、と恐れてるからな。
 実際俺が就職した先では、雑用ばかりさせられ、罵られ、そして辞めさせられたからな。
 まぁでも今は、ヨウミがいなくてもこの行商は成功できるだろうし、余計なことを言わなくて済むならそれに越したことはない。
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