勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

文字の大きさ
55 / 493
三波新、放浪編

動揺、逆上、激情 その5

しおりを挟む
 夢を見ていた。
 またいつもの、社会人時代の時の夢。
 部屋にいるのはいつもの面々。
 いや、もう退社時間が過ぎてたから、上司と同僚が二人か?
 それと俺。

 ……俺がいる部署を俺が部屋の天井の隅から見ている、そんな視点だ。
 だから当然俺の席には俺が座っているはず……なんだが……。

「おい、新、こっちの仕事も片付けといてくれ。お前の担当と関連性が高い。手分けするよりお前一人でこなした方が能率がいい。じゃ、俺は帰る。明後日まででかしといてくれ」

 明後日……。
 明日は日曜日。
 この三週間、休みなしで働いていた。
 毎週の土曜と日曜は休みなんだが。
 そして、日曜日も書類作りをしないと月曜まで間に合わない。
 丸一か月、休みなしってことになる。

「お、新。これくらいなら明日半日で終われるだろ? 俺の分もやっといてくれ。要領はお前の仕事と同じはずだ。残りの半日でできるだろ」
「あたしのもお願い。その半日丸々全部かかるわけじゃないでしょ? 今までもしっかりやれてたじゃない。よろしくねー」

 俺の休みの日は全くなかったんだが?
 背伸びする時間すら与えられないってどういうことだよ。

「で、でも、あたし……ずっと休みなしなんですけど……」
「平気平気。お前ならやれるって。頑張れよ、新」

 なんだこれ。
 返事をしたのは……女性社員?
 聞き覚えのある声なんだが、その顔は髪に隠れてよく見えない。

「問題ないわよ。あたしたちは明日大事な用があるから。あなたはないんでしょう?」
「いい加減にしろ!」

 思わず声を出してしまった。
 が、俺の声に反応したのは、顔がよく見えない女性社員だけ。
 他の三人には聞こえてないようだ。

「相手が嫌がってんだろうが! お前らが引き受けてやったらどうだよ! 人の人生を踏み台にするようなふざけた真似は……!」

 二人の同僚の肩を後ろから掴む。
 だがそれでもこの二人、そして上司からの反応はない。
 まるで俺がいないみたいに。

 俺が、いない……。
 じゃあそこにいるのは……?

 ?!

 二人の間を割って、女性社員が俺にしがみついてきた。
 その二人は、やはり何も動じない。

「無理しなくていいの! もういいの!」

 何を……。
 何を言ってるんだ?
 つかこいつ……。
 む……周りが次第にカラフルになっていく。
 カラフル……何と言うか、虹色に。
 そして、暗くなっていく。
 上司も、同僚も、女性社員も、そしてこの夢の舞台になっている部屋もすべて暗闇に染まっていく。
 その暗闇がしばらく続いた。
 やがてその暗闇の一部が橙色に染まっていく。
 その中に、丸っぽい影が一つ、二つ……。

 大きな丸い影が二つ。
 小さい丸い影が、俺の前に三つある。

「何だ、これ? 幽霊か?」

 だが、何となく、大きな影は両親で、小さな影は兄弟だと直感した。
 だがおかしい。
 俺は三人兄弟の末っ子。
 四人兄弟じゃない。
 けど、大きな二つの影に、そしてその後ろにいる小さな三つの影について行かなきゃならない気がした。

 橙色は夕焼けだろうか。
 足元は一面砂だらけ。
 水平線に日が沈んでいく。
 どこかの砂浜だということは分かった。

 水際に沿って歩いていく。
 どんどん進む五つの影。
 前の二つは、ついてくる三つの影を振り返り、追いつくまで待っていた。
 俺が追いつく前に、前に進み始めた。
 俺は砂に足をとられ、五つの影にどんどん離されていく。

「ま、待ってくれ。思うように、進まない……」

 俺のことには気付いてないような、いや、最初からいないようなつもりで歩いている。

「待ってっ。待ってったら! 置いてかないで!」

 その五つの影は遠ざかり、次第に小さくなっていく。
 夢の中でも、思い出したくない記憶がよみがえっていく。
 だが、突然後ろから何者かが覆いかぶさってきた。
 その記憶は鮮明になる前に消えていった。

「大丈夫だよ。私がずっとそばにいてあげるから、何の心配もないから、ね?」

 優しく包むように俺に触れるそれは、大きな鳥の羽のようなものだった。
 そしてオレンジ色の景色は再び虹色に変化して、やがて俺は暗闇の中に沈んでいった。

 ──────

 体中で、いつもの感触を捉えた。
 頭は、テンちゃんの腹。
 体には、上から翼が掛布団のようにかかっている。

 自然に瞼は開いて周りを見る。
 隣にはライムが添い寝している。
 なんか、体がきしむ。
 だが目が覚めたということは、十分体の疲れはとれた……はずなのだが。

「いてっ」

 体がきしんでいる。
 全身筋肉痛か?
 起き上がるのが苦痛だが、だからと言って寝たきりになってるわけにはいかないだろう。

「あ、起きた?」

 俺に真っ先に声をかけたのはテンちゃんだった。

「……俺に、何か言うことはないか?」
「……カッコよかったよ」

 よくない。
 悪いに決まってる。
 助けに行きたかった。
 けど一人じゃどうにもできなかった。
 荷車の番はヨウミに任せてしまった。
 早く駆け付けるためにライムの力を借りてしまった。
 俺一人が引き起こした事態なのに、俺一人では解決できなかった。
 カッコ悪いにも程がある。

「ありがとう」

 礼の言葉よりも、どうなったのかは知りたい。
 それとだ。

「……ここ、どこだ? 空が見えず、天井があるということは……」
「あそこの近くの町の宿。ここは車庫ね」

 だろうな。
 宿屋の中に入れるわけがない。
 てことは、あいつは?

「ヨウミはどこだ?」
「ここにいるよ。心配かけて真っ先に声をかけたのはテンちゃんで、私には何にもなし?」
「あ、あぁ……悪ィ……。ありがとな」

 フンっと不機嫌そうに鼻息を一つ。
 普段だったら晩飯抜きくらい言いそうなほどに見える。
 いや、待てよ?
 ライムもここにいるってことは……。

「宿の車庫っつったな」
「そうよ。それがどうしたの?」
「車庫だけ借りてるってこと?」
「……お客さんがいるの」
「そりゃ宿屋だから客はいるだろうよ」

 鼻息の次は大きなため息をつかれた。
 事態を把握してないんだからしょうがないだろう。

「私達に来てるの。ここにいさせるわけにいかないから、一部屋とってそこで待っててもらってるの」

 部屋を一つ?
 あの疫病神どもじゃ……。
 いや、それはないか。
 あいつらが待つには、一部屋じゃ足りないだろう。
 むしろ酒場の方が都合がいい。
 ということは……。

 心当たりがない。

「動ける? 動けるなら部屋に移動するけど」
「……ちと無理だ。体中ギシギシいうし、痛いし、もう少し休まないと……」

 しかし休みすぎも問題だ。
 体をほぐす方がいいのか?

「しょうがないわね。……まずはストレッチからかしら?」

 お手柔らかにお願いします……。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...