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店の日常編
冒険者についての勉強会 その1
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変な女がフィールドから立ち去った後、みんなからなぜか称賛された。
カッコよかったとか何とか。
晩飯で全員揃った時、その場にいなかったテンちゃんとモーナーもこの一件の話が持ち上がった。
散々もてはやされたが、けどその時の俺の心の中はそれどころじゃなかった。
紅丸の一件が解決に向かってるとき、言葉にできない得体のしれない不安感が心の中を一瞬よぎった。
それが再び鎌首をもたげている。
だが、今はもう得体のしれない不安感じゃない。
それは、俺の気持ちを整理するだけで収まるものじゃなかったし、こいつらに打ち明けて解決できるもんでもなかった。
※※※※※ ※※※※※
「何だよ、アラタ。いつもなら『とっとと注文してとっとと会計済ませろー』なんて言ってたのによ。文字通り開店休業か?」
今日もいつもと変わらず、店の前で冒険者達が行列を作る。
その列の中に、俺の知った顔はいなかった。
「……おう。注文は……?」
「ちょっとアラタ。どうしたのよ。昨日のあのへんな女がまた来るとか思ってんの?」
「変な女? 何だそりゃ?」
来ると分かる前に、近づいたらその気配で分かる。
そんな心配する訳ねぇじゃねぇか。
というより先に、順番待ちをしてる冒険者達の声が飛んできた。
「へぇ。女難の相だなそりゃ」
ここでも言われちまってるし。
問題はそこじゃねぇよ。
……まぁヨウミがベラベラ喋っちまったから、これもいい機会か。
「……あのなぁ。……お前ら、気付かねぇか?」
「何がよ?」
のほほんとしてるこいつら。
胸の内がざわめき立ってる俺。
実に対照的で、こいつらがうらやましいわ。
「……今日は、何となくだが、テンちゃんもモーナーも、それぞれの仕事休ませた」
「……そりゃ、そっちにゃそっちの事情ってもんがあらぁな。俺らがアラタに、営業時間とか体勢とかにはどーこー言えねえわ」
「……お前らの仕事ってのは……大概アイテム探しとか魔物退治だよな?」
「まぁそうだな」
「モーナーはともかく、俺とヨウミ以外全員、魔物なんだが」
「あぁ。知ってるよ。見りゃ分かる」
「魔物の体の一部が貴重なアイテムだったり、魔物の存在自体が高値で売り買いされることもあるらしいよな」
「……そいつぁ、俺達がテンちゃん達を捕まえる、とか、魔物商に売り飛ばす、とかって疑ってるってことか?」
「何だよアラタ。俺らを信頼してねぇってのか?」
信頼するしないっつーレベルの話をしてんじゃねぇんだよ。
「冒険者の仕事の内容の一つ、についての話だっての。お前らへの信頼がどうのじゃねぇよ」
みんなに呆れられた。
冒険者のことを知らないで、冒険者相手に商売してたのか、と。
しょうがねぇだろ。
俺の能力を生かして生産したおにぎりは、冒険者達が大いに活用してくれたんだから。
冒険者という仕事の知識を得る前にそうなっちまったんだから。
「ったく、しょうがねぇなあ、アラタは。今日は一日がかりの講義になるかな?」
「お、おい。お前らの仕事は……」
「日頃世話になってんだ。一日くらい仕事しなくたって、バチなんざ当たりゃしねぇよ」
有り難いことだ。
それに応えて、ほんとに開店休業の日にするか。
おまけに、店のみんなも教わることにした。
なんせこの店の魔物達……ついでに人間達も、この世界の一般常識めいたものにはとんでもなく疎いからな。
「なぁ、ドーセンとこの酒場でやんねえか? テーブルもあるからメモも取りやすいだろ」
「無理に決まってんべー。俺ら全員入らねぇよ」
新装開店したというのに、それでも入りきれないこの人数。
客の人数はドーセンの店よりも多かったのか。
まぁそれはともかく、即席の授業が早速開始だ。
ちなみにフィールドにいつもいるミアーノとンーゴは、教わったことを俺達から聞きたいってことだった。
※※※※※ ※※※※※
「さて、アラタよ。あ、みんなもか」
「何だ?」
「一から教える形になる。だから、分かり切ってる話もすると思うが」
その話は聞き飽きた、なんて感じで聞き流したら、その後の話の理解が難しくなる。
そんな経験も少しある。
「あぁ。分かってる。仕事に就いたばかり新人のつもりで聞くさ」
みんなも頷いてる。
せっかくの機会だ。
いろいろと話を聞かせてもらうかね。
フィリク、という名のその冒険者は、ほかの冒険者達からの総意で、彼らの代表的立場として講師の真似事をすることになった。
講義は、彼が軽く咳払いに二度ほどした後に始まった。
「俺らの仕事は、基本的には依頼と自発の二通りだ」
「自発?」
依頼は分かる。
だが自発……自ら動くってことか?
「例えば薬が買えない。薬草も買えない。アラタんとこのおにぎりも買えない。回復魔法も使えない。これではどんな仕事を請け負っても、百パーセント達成できるとは言い切れない」
そりゃ道理だな。
「そこで、自分で調達する。防具が買えない。じゃあ自分らで作るか。材料買えない。じゃあ野っ原とか山とかに行って、木材とか拾ってくるか、なんてのもそうだ」
「自分で、自分の為に物を取り揃えたりするってことか」
「食料調達のための狩りとか、高価なアイテム探しをして換金して大金を得る、とかな」
仕事を自分で見つけて動く。
その形式が自発ってことか。
「依頼は分かるよな? ただ、依頼主によって種類が分けられるってこともある」
「種類?」
「あぁ。今言った自発の説明。これは依頼が本人からの物、とも言い換えることができる」
まぁ几帳面な説明をするなら、その表現も合ってるよな。
「自分以外の他人、しかも個人からの依頼ってのがある」
ふむ。
「個人がありゃ何かの集団からの依頼もある。何かの組織、団体だな」
「つまり俺に当てはまめると、ミナミアラタが依頼するってのと、おにぎりの店が依頼主になり、その代表者がミナミアラタになる、みたいな?」
「小難しいことを言うが、概ね合ってる」
ふむ。
そこはまず理解できてるってことだな。
「依頼があるから何でも引き受けるってわけじゃねぇ。力量が依頼にそぐわなかったり、引受人の力不足ってこともある」
背伸びして引き受ければ、失敗する確率も高くなるってことか。
だが。
「そぐわないってどういうことだ?」
フィリクは、いい質問だ、と言わんばかりの笑顔でウィンクするリアクションを見せてきた。
こっちの世界の日本人じゃ無理なリアクションだな。
「期限は二日後までで、深海に棲む魚を取って来てくれ、と言われても、釣り道具ばかりあっても無理だろ?」
いきなりの例えだが……そうだな……。
「船が必要だよな。泳ぐ格好も必要だし……」
「依頼を引き受けてから海に行くまで往復で三日かかる場所だったら?」
依頼自体無理だろそれ。
「依頼達成は有り得ないな」
「ところが冒険者パーティに、飛行能力があるメンバーがいて、海に着いたらそのまますぐにどこまでも潜水できる力がある仲間がいたとしたら?」
「達成できるかもしれないな」
「そぐわないかどうかってのはそういうことだ」
依頼との相性ってことでもあるんだな。
「それと、もう一つ。人道的にどうか? 生理的にどうか? ってことだ。アラタ達が昨日体験したことにも関わってくるな」
「ふむ」
仇討ち、ってことか?
「例えばそうだな……。依頼人はエルフで、家族の仇を代わりに討ってくれ。仇は人間で、どこの誰それだ、と確定している場合」
何かいきなり事態が深刻になってきそうだな。
「人間の俺が、その依頼を詳しく聞かないうちに引き受けたとする。ところがその仇が俺の身内だったりしたらどうよ?」
「……道義的に問題あり、だな。依頼を引き受ける前に、事情を詳しく聞く必要がある。聞いただけじゃ足りねぇな。その件の調査も入念にしとかないと」
「そういうことだ。この依頼の引受人が人間以外ならば……」
「人間同士のやり取りより、異種族間でのやりとりの方が、何となく道義的には……」
「そう、ありっちゃありだよな」
腕っぷしさえ強けりゃいいって話じゃねぇな。
その依頼が出た背景の調査も必要になってくる。
「依頼を引き受けるってことは、依頼人の思い通りに引受人は動かなくちゃなんねぇ場合もあるしな」
「個人からの依頼の仕事……って……こえぇな」
「個人で引き受ける場合は特にな」
「個人で?」
「あぁ。何人かでチームやパーティを組んで活動する理由は、互いに助け合って依頼を達成しやすいようにするだけじゃねぇ。依頼をいろんな角度から分析して、引き受けられるかどうかを簡単に決められるってこともある。力量的にも道義的にもな」
なるほどな。
冒険者達の生活の知恵、だな。
カッコよかったとか何とか。
晩飯で全員揃った時、その場にいなかったテンちゃんとモーナーもこの一件の話が持ち上がった。
散々もてはやされたが、けどその時の俺の心の中はそれどころじゃなかった。
紅丸の一件が解決に向かってるとき、言葉にできない得体のしれない不安感が心の中を一瞬よぎった。
それが再び鎌首をもたげている。
だが、今はもう得体のしれない不安感じゃない。
それは、俺の気持ちを整理するだけで収まるものじゃなかったし、こいつらに打ち明けて解決できるもんでもなかった。
※※※※※ ※※※※※
「何だよ、アラタ。いつもなら『とっとと注文してとっとと会計済ませろー』なんて言ってたのによ。文字通り開店休業か?」
今日もいつもと変わらず、店の前で冒険者達が行列を作る。
その列の中に、俺の知った顔はいなかった。
「……おう。注文は……?」
「ちょっとアラタ。どうしたのよ。昨日のあのへんな女がまた来るとか思ってんの?」
「変な女? 何だそりゃ?」
来ると分かる前に、近づいたらその気配で分かる。
そんな心配する訳ねぇじゃねぇか。
というより先に、順番待ちをしてる冒険者達の声が飛んできた。
「へぇ。女難の相だなそりゃ」
ここでも言われちまってるし。
問題はそこじゃねぇよ。
……まぁヨウミがベラベラ喋っちまったから、これもいい機会か。
「……あのなぁ。……お前ら、気付かねぇか?」
「何がよ?」
のほほんとしてるこいつら。
胸の内がざわめき立ってる俺。
実に対照的で、こいつらがうらやましいわ。
「……今日は、何となくだが、テンちゃんもモーナーも、それぞれの仕事休ませた」
「……そりゃ、そっちにゃそっちの事情ってもんがあらぁな。俺らがアラタに、営業時間とか体勢とかにはどーこー言えねえわ」
「……お前らの仕事ってのは……大概アイテム探しとか魔物退治だよな?」
「まぁそうだな」
「モーナーはともかく、俺とヨウミ以外全員、魔物なんだが」
「あぁ。知ってるよ。見りゃ分かる」
「魔物の体の一部が貴重なアイテムだったり、魔物の存在自体が高値で売り買いされることもあるらしいよな」
「……そいつぁ、俺達がテンちゃん達を捕まえる、とか、魔物商に売り飛ばす、とかって疑ってるってことか?」
「何だよアラタ。俺らを信頼してねぇってのか?」
信頼するしないっつーレベルの話をしてんじゃねぇんだよ。
「冒険者の仕事の内容の一つ、についての話だっての。お前らへの信頼がどうのじゃねぇよ」
みんなに呆れられた。
冒険者のことを知らないで、冒険者相手に商売してたのか、と。
しょうがねぇだろ。
俺の能力を生かして生産したおにぎりは、冒険者達が大いに活用してくれたんだから。
冒険者という仕事の知識を得る前にそうなっちまったんだから。
「ったく、しょうがねぇなあ、アラタは。今日は一日がかりの講義になるかな?」
「お、おい。お前らの仕事は……」
「日頃世話になってんだ。一日くらい仕事しなくたって、バチなんざ当たりゃしねぇよ」
有り難いことだ。
それに応えて、ほんとに開店休業の日にするか。
おまけに、店のみんなも教わることにした。
なんせこの店の魔物達……ついでに人間達も、この世界の一般常識めいたものにはとんでもなく疎いからな。
「なぁ、ドーセンとこの酒場でやんねえか? テーブルもあるからメモも取りやすいだろ」
「無理に決まってんべー。俺ら全員入らねぇよ」
新装開店したというのに、それでも入りきれないこの人数。
客の人数はドーセンの店よりも多かったのか。
まぁそれはともかく、即席の授業が早速開始だ。
ちなみにフィールドにいつもいるミアーノとンーゴは、教わったことを俺達から聞きたいってことだった。
※※※※※ ※※※※※
「さて、アラタよ。あ、みんなもか」
「何だ?」
「一から教える形になる。だから、分かり切ってる話もすると思うが」
その話は聞き飽きた、なんて感じで聞き流したら、その後の話の理解が難しくなる。
そんな経験も少しある。
「あぁ。分かってる。仕事に就いたばかり新人のつもりで聞くさ」
みんなも頷いてる。
せっかくの機会だ。
いろいろと話を聞かせてもらうかね。
フィリク、という名のその冒険者は、ほかの冒険者達からの総意で、彼らの代表的立場として講師の真似事をすることになった。
講義は、彼が軽く咳払いに二度ほどした後に始まった。
「俺らの仕事は、基本的には依頼と自発の二通りだ」
「自発?」
依頼は分かる。
だが自発……自ら動くってことか?
「例えば薬が買えない。薬草も買えない。アラタんとこのおにぎりも買えない。回復魔法も使えない。これではどんな仕事を請け負っても、百パーセント達成できるとは言い切れない」
そりゃ道理だな。
「そこで、自分で調達する。防具が買えない。じゃあ自分らで作るか。材料買えない。じゃあ野っ原とか山とかに行って、木材とか拾ってくるか、なんてのもそうだ」
「自分で、自分の為に物を取り揃えたりするってことか」
「食料調達のための狩りとか、高価なアイテム探しをして換金して大金を得る、とかな」
仕事を自分で見つけて動く。
その形式が自発ってことか。
「依頼は分かるよな? ただ、依頼主によって種類が分けられるってこともある」
「種類?」
「あぁ。今言った自発の説明。これは依頼が本人からの物、とも言い換えることができる」
まぁ几帳面な説明をするなら、その表現も合ってるよな。
「自分以外の他人、しかも個人からの依頼ってのがある」
ふむ。
「個人がありゃ何かの集団からの依頼もある。何かの組織、団体だな」
「つまり俺に当てはまめると、ミナミアラタが依頼するってのと、おにぎりの店が依頼主になり、その代表者がミナミアラタになる、みたいな?」
「小難しいことを言うが、概ね合ってる」
ふむ。
そこはまず理解できてるってことだな。
「依頼があるから何でも引き受けるってわけじゃねぇ。力量が依頼にそぐわなかったり、引受人の力不足ってこともある」
背伸びして引き受ければ、失敗する確率も高くなるってことか。
だが。
「そぐわないってどういうことだ?」
フィリクは、いい質問だ、と言わんばかりの笑顔でウィンクするリアクションを見せてきた。
こっちの世界の日本人じゃ無理なリアクションだな。
「期限は二日後までで、深海に棲む魚を取って来てくれ、と言われても、釣り道具ばかりあっても無理だろ?」
いきなりの例えだが……そうだな……。
「船が必要だよな。泳ぐ格好も必要だし……」
「依頼を引き受けてから海に行くまで往復で三日かかる場所だったら?」
依頼自体無理だろそれ。
「依頼達成は有り得ないな」
「ところが冒険者パーティに、飛行能力があるメンバーがいて、海に着いたらそのまますぐにどこまでも潜水できる力がある仲間がいたとしたら?」
「達成できるかもしれないな」
「そぐわないかどうかってのはそういうことだ」
依頼との相性ってことでもあるんだな。
「それと、もう一つ。人道的にどうか? 生理的にどうか? ってことだ。アラタ達が昨日体験したことにも関わってくるな」
「ふむ」
仇討ち、ってことか?
「例えばそうだな……。依頼人はエルフで、家族の仇を代わりに討ってくれ。仇は人間で、どこの誰それだ、と確定している場合」
何かいきなり事態が深刻になってきそうだな。
「人間の俺が、その依頼を詳しく聞かないうちに引き受けたとする。ところがその仇が俺の身内だったりしたらどうよ?」
「……道義的に問題あり、だな。依頼を引き受ける前に、事情を詳しく聞く必要がある。聞いただけじゃ足りねぇな。その件の調査も入念にしとかないと」
「そういうことだ。この依頼の引受人が人間以外ならば……」
「人間同士のやり取りより、異種族間でのやりとりの方が、何となく道義的には……」
「そう、ありっちゃありだよな」
腕っぷしさえ強けりゃいいって話じゃねぇな。
その依頼が出た背景の調査も必要になってくる。
「依頼を引き受けるってことは、依頼人の思い通りに引受人は動かなくちゃなんねぇ場合もあるしな」
「個人からの依頼の仕事……って……こえぇな」
「個人で引き受ける場合は特にな」
「個人で?」
「あぁ。何人かでチームやパーティを組んで活動する理由は、互いに助け合って依頼を達成しやすいようにするだけじゃねぇ。依頼をいろんな角度から分析して、引き受けられるかどうかを簡単に決められるってこともある。力量的にも道義的にもな」
なるほどな。
冒険者達の生活の知恵、だな。
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旧版を基に再編集しています。
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この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
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