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三波新の孤軍奮闘編

ダンジョン入り口での奮闘 その4

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 状況が打開されるのが先か、それとも睡魔の来襲が先か。
 いくら魔力を無限に補充できると言っても、俺が睡魔にやられたら、ヨウミ一人で対処しなきゃならない。
 ここまで俺一人で何とか対処できたのは、旗手としての能力があったればこそ。
 大量の水を一気に流し、それを一気に冷却したら、氷の壁ができあがる。
 しかしその壁を突破されたらもうお終い。
 だが、気配を察知する力があればこそ、壁を作らないまま、下へ下へと氷のダンジョンが拡げられたわけだし。
 壁がないから、魔物共には、壁を突破するという意識もないはずだ。
 普通に移動できるから、それにこだわるあまり、氷の床や坂に足をとられて上の階層に進めない、というわけだ。
 しかしいつまでもこのままってわけにはいかないだろう。
 ジリ貧にはならないが、攻撃の決め手にはなり得ない。
 この防具は攻撃の手段もないこともないが、ここからではとどめを刺すにはあまりにも遠すぎる。
 というより、三十階以上離れている場所にいる魔物を倒せるやつなんているはずがない。
 しかし物理攻撃するためにダンジョンに潜り込めば、地下二階からは一気に地下三十階くらいまで到達してしまうだろう。
 周りが氷だから、乾燥させればくっつくだろうが、途中で止まることはまず無理だ。
 いきなり近接してしまい、逆に瞬殺を食らってしまう。

「……このまま夜が明けちゃうね。結局みんなここに集まっちゃうよ? 今みんなを呼ぶのとそんなに変わらないと思うけど」

 睡眠を十分とれたかどうかだけでもかなり違うと思う。
 実際今の俺は、睡魔がいつ来るかいつ来るかと、気持ちが休まる暇がない。
 だが気持ちが休まったら、魔物どもへの警戒心も弛んでしまうな。
 とか思ってたら……。

「あ、こっちに来る人? 人だな。……四人、こっちに来るな」
「え? こんな夜中に……って、いなくはないと思うけど……人なの?」

 間違いなく人。
 そして……こっちに来そうだな。
 村の入り口からドーセンの宿の脇を抜けて、俺らの店じゃなくて最短距離でこっちに向かってる。
 もっとも、まだ気配の感知でしか確認できない。
 姿形も見えないし、足音なんかは、そこかしこから聞こえる生き物の鳴き声の方が大きいから聞こえるわけがない。
 が……。

「あ、ほんとだ。誰かこっちに近づいてくるね」

 おいこら。
 日中店に来る客らと同類と見るなよ。

「おい、静かにしろよ。何かを盗みに来た連中かもしれないだろ」

 邪魔されたらその命を奪うことだって厭わなそうな奴らだったらどうすんだよ!

「何を盗むって言うのよ。こっちに直接来るってことは、あたし達の店にもメイス君の店にも目もくれないってことでしょ?」

 ……まぁ……それはそうだが……。

「それにダンジョンの中が目的地なら、アイテム収集とかでしょ? 誰の所有地でもないダンジョンにある物の中で、盗まれたって主張していいのは、冒険者の落とし物とか忘れ物くらいでしょ。基本的に誰が入って行ってもいい場所だし、鉱物だのなんだのなら好き勝手に持ち出していい物だろうし」

 ……まぁ、それも間違っちゃいない。
 つか、合ってる。

「ん? そこにいるその声は……ヨウミちゃん?」

 ようやく影が見えた方向から呼びかけられた。
 俺のことを言わないってことは、向こうも、俺を陰としか見えてないか。
 聞き覚えはあるが思い出せない。
 が、その気配で何者かが分かった。

「その声……ショーンさん?」

 ヨウミは声で分かったらしい。

「やはりいたのか。じゃあそっちはアラタだな?」

 おなじみの声はシアン。
 親衛隊三人と一緒に来た、ということか。
 冷やかしの一言でも言いたいが、切羽詰まった現状だ。

「あぁ。氷で足止めしてる。だから潜入したら、足取られて一気に奈落行きかもな」
「氷で足止め? 足を凍り付かせてるのか?」
「ラッカルちゃんの得意技の事じゃないの? あのやり方は、師匠のアラタから教わった、みたいなこと言ってたし」

 もう二人はクリットとレーカだな。
 周りの虫の音よりも大きくなる四人の足音。
 そして次第に、ぼんやりと見える四人の戦闘装備の装備が、誰の目から見ても万全と分かるくらいまで近づいてきた。
 俺とヨウミの装備は両手足の四か所。
 だが四人の装備は、俺らに似たその防具に見合った物を、全身に纏わせていた。
 パーツごとに覆っているから衣類が露出している部分もあるが、子供らが見たら誰だって「かっこいい」「強そう」という感想があちこちから飛んでくるだろう。

「あぁ、早速防具を使ってくれてたのか。作ってくれた人達もさぞ喜んでくれるだろう。製作者達に伝えておくよ」

 何と言うか。
 こっちは非情事態なのに、何をのほほんとしたことを話題にしてるのか。

「状況を説明する。地下三十階くらいまで、床、天井、壁を氷で覆ってる。上って来れないようにな。内部構造、大体は分かってんだろ? 非番の時に探索とか、ダンジョン内での集団戦の訓練とかしてたよな?」

 集団戦の申し込みに来たり、実戦しに来た様子は、俺はしばらく見てない。
 バイト共の仕事の説明とか、新規冒険者どもの暇つぶし相手ばかりしてたからな。
 俺の傍を通ったときに話しかけたりしても、そいつらの相手をせにゃならんから、気配は感じたとしても声をかける余裕はあんまりない。

「魔物どもの数は分かるか?」
「十七。形状とか特性、特徴までは掴めない。所在は氷結された最下層、地下三十階の辺りで集団でうろうろしてる。今おれがしてるのは、その氷結状態を維持するために冷気を豪風で送ってる。解除するか?」
「集団か……」
「いくら陛下でも、一度にそんなに相手にはできないですよね?」

 何か頼りないな。
 殲滅までお付き合いしてなきゃダメそうな気がする。

「旗手制度を取りやめたんだよな? で、その代わりになる人材発掘と育成をしてたんじゃなかったのか?」

 してたはずだ。
 だからシアン自ら現場に赴き……あれ?
 もしその通りなら、そんなエキスパートを大勢揃えて瞬殺してれば、自ずと休みの時間だって長くなるんじゃないか?
 なのに、そんな時間は滅多になさそうで、防具を持ってきてくれた時はかなり長い時間滞在してたが、あの時以外ほとんどシアンはここに来てない。
 それどころか、次から次へと現象が起きた現場に渡り歩いているとか。
 ひょっとして……。

「旗手の代わりになる人材、見つけられてないのか?」
「ん? いや、いるにはいるが、旗手ほど能力は高くない。人数も揃ってないから、一度出動させたらちょっとした休息期間は必要でね。私は方々回って歩ける体力はあるんだがね」

 ということは、親衛隊は旗手代わりの者達よりは力は劣る、か。
 けど、状況によっては何とかできるくらいの腕はあるのかな。

「悪いが冷気を維持できるように調節してくれると助かる。一体ずつ引き上げて確実に仕留める。これを繰り返すしかないな。クリット、レーカ、ショーン、行けるか?」

 行けるか? って……。
 水を差すようで悪いけどな。

「中は滑るぞ? まともに立って歩けても、戦闘になったら……」
「心配無用。靴底から、その周囲にのみ高温を発するようにすればいい。溶けたらその水はさらに下に流れてくれると有り難いがな。露出した地面が滑り止めになるだろうし、そこから離れた後は二人が出してくれる冷気で、それ以上は溶けだすことはないと思う」

 そういうシアンは、自ら旗手の役目を負うことも言ってたな。
 三人のサポートがあって、冷気のからくりが分かってれば、親衛隊三人もサポートに回って時間をかけてでも攻略のパターンを守れば倒し切れるか。

「そうだ。通話機を交換しないか? 持ってるんだろう?」
「俺は持ってない。まさかこんな場面に遭遇するとは思わなかったんでな」

 四人から、え? と不思議そうな顔をされた。

「アラタ……じゃあどうしてこんな時間に、こんなとこにいたの?」

 あ……えーと。
 返答に困る。

「その質問の答え、思いつくまでここで待っててもらえるか?」
「そんな暇はないし、ショーン……。今この状況で、聞かなきゃならないしつもんじゃないだろう?」
「し、失礼しました、陛下っ!」

 セーフ。

「えっと、通話機ならあたしが持ってるよ?」
「そうか。私の通話機には、親衛隊の他の退院の連絡先が登録されている。地下潜入中に何か起きたら、すぐ他の隊員に連絡してほしい。アラタとヨウミにだけ聞いてもらいたい用件も出てくると思うしな」

 なるほどな。

「極力状況を細かく伝える方が、アラタ達も独断でいろんな判断ができると思うし。交換した方が事態が好転することが多いと思う」

 確かにメリットの方がでかそうだ。

「ヨウミ、交換してやってくれ。シアンの言う通り、俺らもそれで助かることが多そうだ」
「そ、そう? 分かった。はい、これ」
「うん。確かに。じゃ、行ってくる。連絡がない限り、冷気の維持に変更はなしだ」
「了解」

 四人がダンジョンの地下に向かって進む。
 その後ろ姿を見て、流石に今回は茶化したり皮肉を言う気分じゃなくなった。
 冷気の維持を言われたから、当然油断するつもりはない。
 が、俺の心の中には安堵の思いが広がっていった。
 そして頭に浮かんだのは、決して口にする気はないが、一つだけ。
 頼りになる、という言葉のみだった。
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