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国家安泰後の日常編
冒険者に向かない性格 その6
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その日の晩。
「アラタがあの子にそこまで肩入れするなんて……」
「私は悪くはないと思いますよ? むしろ、いいことだと思います」
「でもさあ、現象がなくなってからあ、気持ち的にい、余裕できたよなあ。アラタばかりじゃなくう、俺達もお。だからじゃないかなあ?」
久々に、晩飯の場に俺だけ不在になる旨を伝えた。
理由はスート。
冒険者業で一攫千金。
その道が断たれた。
だからと言って一般職の中で実入りがいい働き口を、という手もなくもない。
が、人伝とは言え、俺を頼ってここに来た人がいる。
できなきゃ断りゃいい話。
だがな。
何となく、そうは割り切れなかった。
断って、その後の俺の気分はどうか? と考えた時に、間違いなくすっきりはしない。
くたびれ損にはなるかも分からんが、この相談事を円満に解決する方が、間違いなく俺のストレスはゼロになる。
「で、俺らと一緒に飯食わねえってんだら、アラタは晩飯どーすんのよ?」
「そりゃもちろん、ドーセンとこで」
スートに冒険者業をやらせるのは、最前線での活動から身を引いた冒険者コンビのゲンオウとメーナム、そして現役を退いたイールからダメ出しをされた。
だが、現役バリバリの冒険者からの意見も聞きたい。
意外と繁盛しているドーセンの夜の店、酒場でなら、いろんな情報を集められる、かもしれない。
「ンジャ、オレラノバンメシハドースンノ?」
は?
何でそんな心配をする?
「そんなもん、いつも通りでいいだろうが。ちゃんと注文しておくよ。そこに俺がいねぇのが悪い気するけどよ」
「あたし達の晩ご飯、ほったらかしにされるかと思った。まぁアラタのおにぎりがあれば、別に文句はないけどねぇ」
「待ってテンちゃん。あたしは普通に晩ご飯必要だから」
ヨウミ、切ねぇなぁ……。
「ライムモ、アラタニツイテッテイイ?」
「え?」
「ライム、いきなりどうしたの?」
ドーセンの店に行ってみたいなんてこと、誰からも言われなかった。
突然そんな事言われても、だ。
「ボウケンシャタチッテ、サカバデハドンナハナシスルノカナーッテ、チョットキイテミタイ」
「まぁ……集団戦の合間にはいろんな話したりするけどねー」
「俺ぁそんなに興味はねぇなぁ」
「オレモダ」
「行ってみたいとは思うけど、あたしはほら、こんなに幅とるから」
「確かにテンちゃんくらいの体では、通路は通りにくいでしょうね」
「そう言うクリマーはどうなのよ?」
「ゴーアと時々話をしますし、その時に聞く話で十分……でしょうか。マッキーさんは?」
「あたしは……どうでもいいかな。聞きたくないってことはないけど、強い関心があるわけでもないしね」
反応は様々か。
これもこれで興味深い。
「じゃあライムと二人で行くなら、晩ご飯の注文のリストはこれね」
はいはい。
行ってきますよ。
※※※※※ ※※※※※
ドーセンの店に、正面から入るのは本当に久しぶりだ。
注文する時はいつも裏口から入るからな。
さて、いざ入ろうとした時に……。
「チョットマッテ、アラタ。ライムノカラダ、チョットカエルネ」
「え?」
いつもポヨンポヨンしているライムの体が縦長に伸びて、俺の身長とほぼ変わらない高さになる。
そして下からその滑らかな形状が、見慣れた形に変化していく。
形ばかりじゃなく表面の色彩も、ライム特有のプリズムめいたグラデーションから、繊細な塗り絵のような色合いに変わっていった。
「……お、おい……。ライム……?」
「コンナカンジデ……どうでしょウ?」
金髪ロングの髪。
色白の肌。
モデルは誰だ?
衣装は大人しめの色合いだが、よくもまぁこんなに着飾ったような形にできたもんだ。
よく分からんが、見た目、麗しい貴婦人といった感じの……。
はっきり言えば、冒険者が入りびたるドーセンの酒場にはちょっと相応しくないような優雅そうな外見。
人間の形に変わるなら、何で冒険者の格好にしなかったのか。
「アラタが好みそうな格好してみたんだけど、どウ?」
「……」
言葉が出ない。
確かに目を奪われそうな姿だけどさ。
中身はライムだってこと、知ってるからな?
つか、そんな格好、見たことがなきゃ変われないだろ。
どこでそんな姿を見て覚えたんだよ。
しかもおしゃれな日傘まで手にしてて。
その日傘もライムの体の一部だろ。
随分と器用な真似するよなぁ。
日傘もだけど、衣装にもフリルめいたものがついてる。
「さ、入りましょ、アラタさン」
そう言いながら俺の腕を引っ張るライム。
言葉も口調も、随分流暢。
ライムだと見破る奴は、絶対にいねぇぞ、これ。
まぁ俺みたいに気配を察知できる力があれば……いや、見破るにはちと難しいかもな……。
「ま、待て。それじゃ変な目で見られるぞ?」
「あラ。どうしテ?」
店に入る時に、女性が男性を腕を引っ張って先に入るってどうなんだ?
※※※※※ ※※※※※
ドアを開けるとドアベルが鳴る。
だがその音は、果たしてドーセンの耳に届くかどうか。
テーブルの七割くらいが客で埋まっている。
酒も入りゃ、当然話し声もそれなりにでかい。
それでも、意外にもドーセンの反応は早かった。
「いらっしゃ……ってアラタじゃねぇか。おいおい、いつもの注文は裏口でっつってただろ」
ドアの動きで分かったらしい。
確かに音よりも、視覚での変化の方が気が付きやすい。
「いや、今日は……」
「って……いらっしゃい。……って、アラタの連れか? あぁ、村を案内して回ってるのか? にしても、随分とまぁ……」
ドーセンの感嘆とその顔に、まずはカウンター席にいる冒険者らが俺らを見る。
「おう、アラタじゃねーか。珍し……って……その女性、誰?」
「おいおい、女連れかよ」
「こりゃあまり下品な話、できねぇなオイ」
「何、アラタ。ヨウミは知ってんの?」
冷やかしの声がどんどん増えてくる。
一々応対するのも面倒になってくるし、何よりもまず、だ。
「晩飯の注文、書いて持ってきたからよろしく。それと、俺と……」
チラッとライムを見る。
もうここでネタばらししようか。
「女性は、秘密と共に魅力も増えるものヨ?」
ライムの奴、生意気にも言葉の最後に人差し指を立てて俺の口元に近づける。
そういう仕草も、どこで覚えてきたよ?
(じゃあお前のこと、なんて呼んだらいいんだよ!)
三文芝居なんてもんじゃねぇ。
設定もくそもないグダグダな茶番劇じゃねぇかっ。
「ご主人、初めましテ。私、レイムと申しまス。この村には、他には見られない珍しい店がある、と聞いて尋ねましたところ、こちらの方……アラタさんと気が合いまして、あの店の他の方々から了承を頂いて、私が食事を、と誘いまして、こちらに参った次第でス」
……よく気が回るもんだ。
ライム、そういうキャラだったっけ?
「それはそれは。んじゃ空いてるテーブルがいいか?」
「そうですネ‥‥‥」
おいこら待て。
テーブルに座ったら、冒険者らからの情報が入りづれぇだろうがっ。
「いや、カウンターでいいよ。空きに余裕があるみたいだし。料理が出来たらすぐに出してもらえるから、待ってる方も楽だし」
「そ、そうか? まぁ、いっか」
ドーセンはカウンター客にちらりと目を向けながらもカウンターの端の空席を指す。
その隣に座る冒険者の目が、若干輝いてる。
ふん。そうはいくかよ。
「んじゃ俺はこっち。ラ……じゃなくて、レイムは端の方な」
「えェ。ありがとウ」
近くの客の嫉妬の視線が痛い。
当たり前だ。
見た目麗しい女性を連れてきたところで、中身はライム。
優越感なんざ欠片もねぇよっ。
「んだよぉ。いいじゃねぇかよお。席変われよぉ」
俺の店で何度か見る冒険者だ。
集団戦の申し込みもしたことがあったかな。
馴れ馴れしく話しかけてきたのは、そういうことだろう。
「そうだそうだ。最近全くツいてねぇ俺らに、ちょっとくらいその幸せ感をお裾分けしてくれよお」
さらにその向こう隣の冒険者も加わってくる。
うざってぇなぁ。
まずは飯の注文だ。
えーと、これとこれと……。
「ツいてない、とはどういうことかしラ?」
おいおい。
自分からトラブルになりそうな相手に首突っ込んで来るなよ。
「よくぞ聞いてくれました、お嬢さんっ。聞いてくれよ。このあんちゃん……アラタの店で、魔物相手に集団戦の申し込みも受け付けてるのを知ってるか?」
知ってるも何も、その相手の一体がこいつなんだが?
言いてぇ。
すごく言いてぇ。
「そうなんですカ?」
おう、相手に話を合わせる芝居っぷり、なかなかいいじゃねぇか。
「そうなんだよ。しかもすげぇ人気でな。予約が何カ月も先まで埋まってて、すぐには相手してもらえねぇくらい人気なんだよ」
「そうそう。魔物相手の集団戦なんて、他の訓練所じゃやってもらえねぇしな」
「アラタぁ。おにぎりの店とは別に、集団戦の訓練所で営業してくれねぇか?」
「まったくだ。こんな田舎にこなきゃやれねぇ訓練なんて、ちとつれぇんだよな」
俺の隣とその隣の冒険者の愚痴は、後ろのテーブル席にいる冒険者パーティにも聞こえたようだ。
その同意の意見の多さにはちと驚いた。
そんな不満は、俺の耳には入ってこなかったから。
「それで、その集団戦で何がツいてなかったのですカ?」
「いやいや、ツいてねぇのは集団戦じゃねぇんだよ。いや、集団戦やれたのは有り難かったな」
「話ズラしてんじゃねぇよ、ローク」
その二人がそう言いながら爆笑している。
嫉妬が俺に向けられてはいるが、雰囲気は悪くない。
というか、楽し気な店内の雰囲気を壊すようなことがなくて何より。
「はは、いや、ツいてねぇのはその予定日でな」
「俺らは一昨日、集団戦をしたんだよ。まぁそれはいいわな。申し込みが予定通り受理されたから。ところが間の悪いことになぁ」
「はぐれドラゴンの討伐依頼が出てな」
「はぐれドラゴン?」
ドラゴンは大概、住処を定めて生活をしている。
単独を好む者、社会めいたものを成している者、生態系は様々あるようだが、いずれにせよむやみやたらに人里に姿を見せることはほぼない。
あるとするなら、悪性……他種族に害をなそうとするドラゴン種で、そんなに数は多くないとか。
確かにサミーの親は、実に山奥深い場所に、集団で生活していた。
他のドラゴン種は、さらに奥で生息しているってんだから、人前に現れる話って、確かに聞かない。
だから、はぐれドラゴンとは、そんな生活の場から追い出されたドラゴンの総称、とのことだ。
「まぁ魔物討伐の報酬もでかいってのは確かに魅力的なんだが……」
「報酬よりも、収穫だよな」
「収穫?」
「食用の肉とか、素材としての骨や歯、鱗とかな」
「依頼主によっちゃ、報酬とは比べ物にならないくらい実入りがでかい」
カウンター席の後ろのテーブル席からもこの話題に食らいつかれた。
「俺達も一回参加したことがあった。そのあと一か月くらいは、その気になったら遊んで暮らせるほどだった」
「実際に遊んで暮らしてたら、腕が鈍って勘も衰えちまう。そんな堕落した生活を送る気にはならなかったけどね」
具体的にはその額はどれほどの物かは聞けなかったが、推して知るべし。
なるほどな。
「ただ、その場所と収穫できる物によっては……」
「あぁ。その価値がガタ落ちになることもある」
鮮度が大事、ってことか?
「その……ドラゴンの肉、とかですカ?」
「そうそう。食用、というか、口に入れることができるモノ、だな」
内臓や体液にも価値はあるのだそうだ。
が、放置すればすぐに腐る。
栄養価値が高ければ尚更。
「千度を落とさずに保存できる収納庫みたいなものがありゃ問題ないが」
「あるいは……そうだな、肉なら調理人とかか? 討伐隊の中にそんな人選もあったら問題ないだろうが……」
「戦場に、そんな一般職の人達を連れてくわけにはいかないのよねぇ。どうしてもそんな素材は鮮度が落ちるどころか、その場で処分しないと……」
下手すりゃ疫病が流行る、とか。
薬か毒か。
博打なんてもんじゃねぇよなぁ。
「運搬にも時間がかかるなら、その前の工程にも時間がかかる」
「工程?」
「あぁ。解体作業だよ」
「でかい血管に穴開けてみろ。大出血の洪水の中で解体作業だぜ?」
「ま、俺らだってその作業は、仕事の範囲内だからそんなヘマは……なかなかしねぇけどよ」
なかなか、ってところが。
「ところで、その『ツいてない』って話はどうなりましタ?」
「いや、だから、その依頼に参加したくても、こっちの集団戦の訓練の方がさ」
「はぐれドラゴンじゃなくても、それと同等の価値のある依頼は時々あるし、そう見越せば、魔物との集団戦の訓練の方が、これを逃したら次はいつになるかってことでな」
「集団戦を選んだんだが、時期が重ならなきゃ素材目当てに依頼を受けてたはずだったよなぁってな」
「なるほド」
会話が途切れたところに、ちょうど注文した飯が出てきた。
ヨウミ達にも配達に向かった、とのこと。
みんなと一緒に食うのもいいが、店で食うのも……。
あれ?
外食も久しぶりじゃねぇか?
「アラタがあの子にそこまで肩入れするなんて……」
「私は悪くはないと思いますよ? むしろ、いいことだと思います」
「でもさあ、現象がなくなってからあ、気持ち的にい、余裕できたよなあ。アラタばかりじゃなくう、俺達もお。だからじゃないかなあ?」
久々に、晩飯の場に俺だけ不在になる旨を伝えた。
理由はスート。
冒険者業で一攫千金。
その道が断たれた。
だからと言って一般職の中で実入りがいい働き口を、という手もなくもない。
が、人伝とは言え、俺を頼ってここに来た人がいる。
できなきゃ断りゃいい話。
だがな。
何となく、そうは割り切れなかった。
断って、その後の俺の気分はどうか? と考えた時に、間違いなくすっきりはしない。
くたびれ損にはなるかも分からんが、この相談事を円満に解決する方が、間違いなく俺のストレスはゼロになる。
「で、俺らと一緒に飯食わねえってんだら、アラタは晩飯どーすんのよ?」
「そりゃもちろん、ドーセンとこで」
スートに冒険者業をやらせるのは、最前線での活動から身を引いた冒険者コンビのゲンオウとメーナム、そして現役を退いたイールからダメ出しをされた。
だが、現役バリバリの冒険者からの意見も聞きたい。
意外と繁盛しているドーセンの夜の店、酒場でなら、いろんな情報を集められる、かもしれない。
「ンジャ、オレラノバンメシハドースンノ?」
は?
何でそんな心配をする?
「そんなもん、いつも通りでいいだろうが。ちゃんと注文しておくよ。そこに俺がいねぇのが悪い気するけどよ」
「あたし達の晩ご飯、ほったらかしにされるかと思った。まぁアラタのおにぎりがあれば、別に文句はないけどねぇ」
「待ってテンちゃん。あたしは普通に晩ご飯必要だから」
ヨウミ、切ねぇなぁ……。
「ライムモ、アラタニツイテッテイイ?」
「え?」
「ライム、いきなりどうしたの?」
ドーセンの店に行ってみたいなんてこと、誰からも言われなかった。
突然そんな事言われても、だ。
「ボウケンシャタチッテ、サカバデハドンナハナシスルノカナーッテ、チョットキイテミタイ」
「まぁ……集団戦の合間にはいろんな話したりするけどねー」
「俺ぁそんなに興味はねぇなぁ」
「オレモダ」
「行ってみたいとは思うけど、あたしはほら、こんなに幅とるから」
「確かにテンちゃんくらいの体では、通路は通りにくいでしょうね」
「そう言うクリマーはどうなのよ?」
「ゴーアと時々話をしますし、その時に聞く話で十分……でしょうか。マッキーさんは?」
「あたしは……どうでもいいかな。聞きたくないってことはないけど、強い関心があるわけでもないしね」
反応は様々か。
これもこれで興味深い。
「じゃあライムと二人で行くなら、晩ご飯の注文のリストはこれね」
はいはい。
行ってきますよ。
※※※※※ ※※※※※
ドーセンの店に、正面から入るのは本当に久しぶりだ。
注文する時はいつも裏口から入るからな。
さて、いざ入ろうとした時に……。
「チョットマッテ、アラタ。ライムノカラダ、チョットカエルネ」
「え?」
いつもポヨンポヨンしているライムの体が縦長に伸びて、俺の身長とほぼ変わらない高さになる。
そして下からその滑らかな形状が、見慣れた形に変化していく。
形ばかりじゃなく表面の色彩も、ライム特有のプリズムめいたグラデーションから、繊細な塗り絵のような色合いに変わっていった。
「……お、おい……。ライム……?」
「コンナカンジデ……どうでしょウ?」
金髪ロングの髪。
色白の肌。
モデルは誰だ?
衣装は大人しめの色合いだが、よくもまぁこんなに着飾ったような形にできたもんだ。
よく分からんが、見た目、麗しい貴婦人といった感じの……。
はっきり言えば、冒険者が入りびたるドーセンの酒場にはちょっと相応しくないような優雅そうな外見。
人間の形に変わるなら、何で冒険者の格好にしなかったのか。
「アラタが好みそうな格好してみたんだけど、どウ?」
「……」
言葉が出ない。
確かに目を奪われそうな姿だけどさ。
中身はライムだってこと、知ってるからな?
つか、そんな格好、見たことがなきゃ変われないだろ。
どこでそんな姿を見て覚えたんだよ。
しかもおしゃれな日傘まで手にしてて。
その日傘もライムの体の一部だろ。
随分と器用な真似するよなぁ。
日傘もだけど、衣装にもフリルめいたものがついてる。
「さ、入りましょ、アラタさン」
そう言いながら俺の腕を引っ張るライム。
言葉も口調も、随分流暢。
ライムだと見破る奴は、絶対にいねぇぞ、これ。
まぁ俺みたいに気配を察知できる力があれば……いや、見破るにはちと難しいかもな……。
「ま、待て。それじゃ変な目で見られるぞ?」
「あラ。どうしテ?」
店に入る時に、女性が男性を腕を引っ張って先に入るってどうなんだ?
※※※※※ ※※※※※
ドアを開けるとドアベルが鳴る。
だがその音は、果たしてドーセンの耳に届くかどうか。
テーブルの七割くらいが客で埋まっている。
酒も入りゃ、当然話し声もそれなりにでかい。
それでも、意外にもドーセンの反応は早かった。
「いらっしゃ……ってアラタじゃねぇか。おいおい、いつもの注文は裏口でっつってただろ」
ドアの動きで分かったらしい。
確かに音よりも、視覚での変化の方が気が付きやすい。
「いや、今日は……」
「って……いらっしゃい。……って、アラタの連れか? あぁ、村を案内して回ってるのか? にしても、随分とまぁ……」
ドーセンの感嘆とその顔に、まずはカウンター席にいる冒険者らが俺らを見る。
「おう、アラタじゃねーか。珍し……って……その女性、誰?」
「おいおい、女連れかよ」
「こりゃあまり下品な話、できねぇなオイ」
「何、アラタ。ヨウミは知ってんの?」
冷やかしの声がどんどん増えてくる。
一々応対するのも面倒になってくるし、何よりもまず、だ。
「晩飯の注文、書いて持ってきたからよろしく。それと、俺と……」
チラッとライムを見る。
もうここでネタばらししようか。
「女性は、秘密と共に魅力も増えるものヨ?」
ライムの奴、生意気にも言葉の最後に人差し指を立てて俺の口元に近づける。
そういう仕草も、どこで覚えてきたよ?
(じゃあお前のこと、なんて呼んだらいいんだよ!)
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……よく気が回るもんだ。
ライム、そういうキャラだったっけ?
「それはそれは。んじゃ空いてるテーブルがいいか?」
「そうですネ‥‥‥」
おいこら待て。
テーブルに座ったら、冒険者らからの情報が入りづれぇだろうがっ。
「いや、カウンターでいいよ。空きに余裕があるみたいだし。料理が出来たらすぐに出してもらえるから、待ってる方も楽だし」
「そ、そうか? まぁ、いっか」
ドーセンはカウンター客にちらりと目を向けながらもカウンターの端の空席を指す。
その隣に座る冒険者の目が、若干輝いてる。
ふん。そうはいくかよ。
「んじゃ俺はこっち。ラ……じゃなくて、レイムは端の方な」
「えェ。ありがとウ」
近くの客の嫉妬の視線が痛い。
当たり前だ。
見た目麗しい女性を連れてきたところで、中身はライム。
優越感なんざ欠片もねぇよっ。
「んだよぉ。いいじゃねぇかよお。席変われよぉ」
俺の店で何度か見る冒険者だ。
集団戦の申し込みもしたことがあったかな。
馴れ馴れしく話しかけてきたのは、そういうことだろう。
「そうだそうだ。最近全くツいてねぇ俺らに、ちょっとくらいその幸せ感をお裾分けしてくれよお」
さらにその向こう隣の冒険者も加わってくる。
うざってぇなぁ。
まずは飯の注文だ。
えーと、これとこれと……。
「ツいてない、とはどういうことかしラ?」
おいおい。
自分からトラブルになりそうな相手に首突っ込んで来るなよ。
「よくぞ聞いてくれました、お嬢さんっ。聞いてくれよ。このあんちゃん……アラタの店で、魔物相手に集団戦の申し込みも受け付けてるのを知ってるか?」
知ってるも何も、その相手の一体がこいつなんだが?
言いてぇ。
すごく言いてぇ。
「そうなんですカ?」
おう、相手に話を合わせる芝居っぷり、なかなかいいじゃねぇか。
「そうなんだよ。しかもすげぇ人気でな。予約が何カ月も先まで埋まってて、すぐには相手してもらえねぇくらい人気なんだよ」
「そうそう。魔物相手の集団戦なんて、他の訓練所じゃやってもらえねぇしな」
「アラタぁ。おにぎりの店とは別に、集団戦の訓練所で営業してくれねぇか?」
「まったくだ。こんな田舎にこなきゃやれねぇ訓練なんて、ちとつれぇんだよな」
俺の隣とその隣の冒険者の愚痴は、後ろのテーブル席にいる冒険者パーティにも聞こえたようだ。
その同意の意見の多さにはちと驚いた。
そんな不満は、俺の耳には入ってこなかったから。
「それで、その集団戦で何がツいてなかったのですカ?」
「いやいや、ツいてねぇのは集団戦じゃねぇんだよ。いや、集団戦やれたのは有り難かったな」
「話ズラしてんじゃねぇよ、ローク」
その二人がそう言いながら爆笑している。
嫉妬が俺に向けられてはいるが、雰囲気は悪くない。
というか、楽し気な店内の雰囲気を壊すようなことがなくて何より。
「はは、いや、ツいてねぇのはその予定日でな」
「俺らは一昨日、集団戦をしたんだよ。まぁそれはいいわな。申し込みが予定通り受理されたから。ところが間の悪いことになぁ」
「はぐれドラゴンの討伐依頼が出てな」
「はぐれドラゴン?」
ドラゴンは大概、住処を定めて生活をしている。
単独を好む者、社会めいたものを成している者、生態系は様々あるようだが、いずれにせよむやみやたらに人里に姿を見せることはほぼない。
あるとするなら、悪性……他種族に害をなそうとするドラゴン種で、そんなに数は多くないとか。
確かにサミーの親は、実に山奥深い場所に、集団で生活していた。
他のドラゴン種は、さらに奥で生息しているってんだから、人前に現れる話って、確かに聞かない。
だから、はぐれドラゴンとは、そんな生活の場から追い出されたドラゴンの総称、とのことだ。
「まぁ魔物討伐の報酬もでかいってのは確かに魅力的なんだが……」
「報酬よりも、収穫だよな」
「収穫?」
「食用の肉とか、素材としての骨や歯、鱗とかな」
「依頼主によっちゃ、報酬とは比べ物にならないくらい実入りがでかい」
カウンター席の後ろのテーブル席からもこの話題に食らいつかれた。
「俺達も一回参加したことがあった。そのあと一か月くらいは、その気になったら遊んで暮らせるほどだった」
「実際に遊んで暮らしてたら、腕が鈍って勘も衰えちまう。そんな堕落した生活を送る気にはならなかったけどね」
具体的にはその額はどれほどの物かは聞けなかったが、推して知るべし。
なるほどな。
「ただ、その場所と収穫できる物によっては……」
「あぁ。その価値がガタ落ちになることもある」
鮮度が大事、ってことか?
「その……ドラゴンの肉、とかですカ?」
「そうそう。食用、というか、口に入れることができるモノ、だな」
内臓や体液にも価値はあるのだそうだ。
が、放置すればすぐに腐る。
栄養価値が高ければ尚更。
「千度を落とさずに保存できる収納庫みたいなものがありゃ問題ないが」
「あるいは……そうだな、肉なら調理人とかか? 討伐隊の中にそんな人選もあったら問題ないだろうが……」
「戦場に、そんな一般職の人達を連れてくわけにはいかないのよねぇ。どうしてもそんな素材は鮮度が落ちるどころか、その場で処分しないと……」
下手すりゃ疫病が流行る、とか。
薬か毒か。
博打なんてもんじゃねぇよなぁ。
「運搬にも時間がかかるなら、その前の工程にも時間がかかる」
「工程?」
「あぁ。解体作業だよ」
「でかい血管に穴開けてみろ。大出血の洪水の中で解体作業だぜ?」
「ま、俺らだってその作業は、仕事の範囲内だからそんなヘマは……なかなかしねぇけどよ」
なかなか、ってところが。
「ところで、その『ツいてない』って話はどうなりましタ?」
「いや、だから、その依頼に参加したくても、こっちの集団戦の訓練の方がさ」
「はぐれドラゴンじゃなくても、それと同等の価値のある依頼は時々あるし、そう見越せば、魔物との集団戦の訓練の方が、これを逃したら次はいつになるかってことでな」
「集団戦を選んだんだが、時期が重ならなきゃ素材目当てに依頼を受けてたはずだったよなぁってな」
「なるほド」
会話が途切れたところに、ちょうど注文した飯が出てきた。
ヨウミ達にも配達に向かった、とのこと。
みんなと一緒に食うのもいいが、店で食うのも……。
あれ?
外食も久しぶりじゃねぇか?
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田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。
夏見ナイ
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「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。
もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。
純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく!
最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
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10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
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旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
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