王子様より素敵な人

ミツビリア*

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二人が出会うまで

ある少年の初恋 後編

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 フィーシア嬢の穏やかそうな侍女が、オレ達より先に庭の道に迷ってしまった。
 そもそもこの庭の奥は迷路のような造りになっているらしく、フィーシア嬢も慌てふためいている。


 オレは道に迷った不安のような、ただ何処か二人きりの嬉しさもあり、フィーシア嬢に無性に触りたくなる己の心を我慢していた。

「…どうしようね」

オレは自分の気持ちを紛らわせるために、瞳を空に向ける。そして、二人で大木の下で二人で座りながら、誰かを待った。

…誰も来なかった。

(我慢しろ我慢しろ…話しかけるだけだ。そう、話しかけて終わりだ)


 手入れをしている庭師すら通らない。

「…ねぇ、君はさ、この、庭の帰り道わかる?」

 フィーシア嬢を見ると、赤面でかすかに涙目になりつつただ黙り込んでしまっていた。

(この顔でオレを見られたら…悶え死ぬ!)

「ごめんなさい、わからないですわね…」

 申し訳そうに言うフィーシア嬢は、オレに見向きもせず俯いてしまった。彼女の艶やかな髪に、なにやらついている。

「そっか…あ!」

(虫だ!)

 気づいた瞬間に、彼女を潰してしまわないよう、そっと手は彼女の髪を梳く。
 しかし肩が当たり、彼女を押し倒してしまった。

 ひゃあっと彼女は驚いた様子だ。何事かと目が語っている。

(マズイ、誤解される)

「あーぁ、ごめん、オレ…虫がついてたから取ろうとしたんだけど、押し倒した、ちゃったね」

 すぐさまパッと手の虫を払いのけ、倒してしまった彼女を起こす。

 二人共立ち上がれた後、ついてしまった砂などを一緒に落とした。

 砂をあらかた取り除くと、リンゴーンと時計の音が刻まれた。にぱぁとオレに顔向けた彼女は、何か思いついたようだった。

「ん…時計の音?あら、そうでしたわ!我が家のこの庭は、入り口と出口が共通でして、そこに時計が立って居ますの」


(ふむ…じゃあ時計塔を目指せば出口に近くなる訳だ)

思い切って話しかけた。

「じゃあ、いこうか」  「はい!」

 よし!と二人で背伸びをしたら見える時計を目指しながら迷路をつき進む。

「こっちですわね!あ、ファル~!」

「あぁっ!お嬢様ぁ」

 道中で彼女の侍女を見つけ、迷いながら進むと、ついに出口へと辿り着いた。

細やかな装飾がされた時計塔が見えた。
侍女を見つけ、ご機嫌な彼女はもっとご機嫌になる。

「やったぁですわ!ありがとうございます、カイン様!とても助かりましたわ」

(名前を呼んでくれた…!でも…やっぱり、なんか物足りない)

「ううん、呼び捨てで呼んで、ね?それと、オレはフィーシアを逃がさないから」

 待って、と言えずに令嬢の腕を掴み、耳元で囁いてしまった。しかもフィーシア嬢の親とオレの父の前で!

 ちら、と見ると、フィーシア嬢は唖然とした顔から赤面になりつつある。
オレは恥ずかしくて、すぐ顔を逸らしてしまう。

(素で言ってしまった、やってしまった…しかも親がいる前でうわぁぁあ)

 今言うべきことではないことを口にした自責の念は、しばらく続いた。

***

あの後、フィーシア嬢は赤面で突っ立ってしまった。心配した親父に訳を話すと、拳骨一つ貰ってしまった。

そして、彼女と文通をする事となった。

「あの子可愛い、逃したくない」

帰りの馬車で思わず呟いてしまう。
父が呆れた目で、
「何をやってるんだ、このバカ息子は…」
と言ったのは聞き逃さなかった。


 彼女と会ってから、気が動転している。
鼓動が高鳴り、彼女を触りたくなる。
彼女の艶やかな黒髪を手で優しく梳きたい。彼女の色んな表情を自分だけに見せてほしい。

いつもと違い、人と触れ合いたいと初めて自分から思えた。
親父にこの事を話したら、「そうか、そうか。初ヤツめ」
と笑われながら頭をガシガシと撫でられる。
 撫でられた頭は温かかった。

そして、執事のケイにも聞いてみた。
ケイは、我が家に昔から尽くしてくれている執事の一族の一人だ。
年齢は若く、オレと十しか違わない。十七歳である。
彼は、金色の髪に、緑陽の瞳をもった、無駄に美丈夫だ。
 魔法学園からの修行を終え、彼の祖父である執事長からオレに仕えろとのご指示だそうだ。

「様子おかしいなぁって思ってましたが、そういうことですねー。ついにお坊ちゃんにも春の到来ですかー。あぁ、一目惚れって言うやつですよ。恋したんです。バーバジニ令嬢に」

「うるさいバカ」

「いやぁ、へへ。坊ちゃんの雪解けのこれからが楽しみだなー!」

 いつもより口うるさいケイを罵倒しつつ、物思いにふける。

(オレはフィーシア嬢を必ずオレの元へ手に入れよう。そして幸せにするのだ)

そうか、これが恋したというのだな。
どこか世界が違って見えるそれは、初恋したというものだった。


***

一週間して、文通はフィーシア嬢から始まった。

『カイン様へ

 この前は楽しい一時をありがとうございます。
以前の別れ際に、呼び名は名前だけで良い、と仰って頂けましたのは、心が近づいて頂けた証拠だと思っております。
私も、呼び捨てでお構いません。

 それと、私はカイン様の物以外にはなるような気持ちは現在では持ち合わせておりません。
 わたくしをこのまま王子様の心から奪って頂けるかしら?

 私も、考えました。私だって貴方を逃したくありませんもの。
カイン。いつか、指輪を左手の薬指にはめて頂けますか?

 お返事待っておりますわ      フィーシアより』



流暢な字で、オレへの気持ちが書き記してあった。

(ぬわぁぁああ!!
シアンから心移りしたんだな!それもオレに!)

己の自責の念が、解けていく瞬間であった。
彼女はどんな顔して書いていたのだろう?笑っていたのか?微笑んでいたのだろうか。

「おはようございます。うぉっ!バーバジニ令嬢からですか!!脈ありですねー可愛いですねー」

執事の礼をしつつ、ズカズカと入ってくるのはケイだ。

「オマエにはやらんぞ」

「んなこたぁ、知っておりますよ。そもそもご令嬢はまだ坊ちゃんのものでもないでしょう」

「ウッ」

朝の茶を沸かしに来たケイは、やれやれと首を傾げる。
ケイの淹れたお茶はとても美味しい仕上がりであった。


可愛い可愛いフィーシア。
いずれはオレ自身が君を守ってみせよう。

今はまだこんななりだが、それまで待っていて欲しい。

かならず。

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