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二人が出会うまで
ある少年の初恋 前編
しおりを挟むオレは伯爵家の跡取りとして、ガトール家の子息として生まれ育った。
育ちもあるのか、自分の心をオレは仮面を被ってすぐ隠してしまう。
心には仮面を、仮面は情報の盾に。
社交の場でも、常に穏やかににこやかとして、相手の情報を掴んで来た。オレのこの性格を、親父に腹芸で使う限りは目をつぶってくれると言われるほどだ。
半ば投げやり仕事の社交で、第一王子のシアン殿下と気づけば仲良くなっていた。
唯一家族以外で言葉を崩して喋れる、友人となった。
王子とオレはこまめに文通を交わしていたが、ある時期から回数が少なくなってきた。
どうやら、最近フィーシア・バーバジニ伯爵家令嬢がシアン殿下にひっつきまくっているという情報を掴む。
フィーシア嬢というと、オレの婚約者候補として選ばれていた娘だ。家同士はしかし、そこまで目立った評価も流れてこない。
ふむ、中々心を捕まえ難い女性になるかもしれないな。
『シアン?大丈夫か?最近、棘の柔らかい蜂が甘い蜜を吸いにきてるようじゃないか』
手紙に一言添えて侍従に届けさせる。
王子から返事の手紙が届くのはそれから間もなくだった。
『バーバジニ嬢と会う予定がついた。君に相談したい』
王子のシアン殿下がオレと親父へ、直接手紙を差し出して来たのだった。
王家直々の手紙となると、断る理由もない。唯一の友人の願いならばと、社交以外は引きこもり気味の腰を上げた。
***
誰だって初めては緊張するものだ。
普段、あんまり表情が乏しいと言われるオレだって普通に緊張する。
その日はよく晴れた日だった。
穏やかに流れる風とは違って、オレの心情は穏やかでは無かった。
なぜなら親が決めた婚約者と、初めて会うからだ。
姿絵は来ないのでどんな容姿なのかもしらない。
勿論、オレの性格上、調べられる情報は全てを絞り出した。王子に首ったけ以外は、多少我儘さが目立っていたが、他は申し分無い。親父は面会での王子の頼みによって、背中を押されたようだ。
シアン殿下の頼みはオレ達親子を悩ませた。
その頼みというのは、オレ達親子が王宮で聞いた話である。
______………
「突然、呼んでしまって申し訳ないな。カイン、ガトール伯爵、どうぞ座ってください」
呼び出された部屋に入ると、早速シアンが現れる。
「話は一体なんなんだ…?」
「実はね…バーバジニ家のフィーシア嬢の方かは僕に婚約を申し込まれたんだよ…だから今回、下見としての訪問なんだ」
すごく、苦い顔をする。シアンは完璧王子の顔だから、憂い顔として乙女は見てくるだろう。
「なんだ、行けばいいじゃないか。それにお前に首ったけなんだろう?相性も良いさ…性格意外は」
出された茶を一口飲んで、笑った。
親父は殿下の話を慎重に聞いている。言葉を崩して喋っていても注意を受けないのは友人だと知っているからだ。
「うーん…確かに目立った素行も無いし、ちょっとだけ我儘な良い子なんだけど、家も申し分無いし、彼女の父…バーバジニ伯は僕の父…陛下の友人でもあるからね。だけど…」
「だけど?」
「僕の…王家にはあんな純粋な子を入らせちゃあいけない。彼女は魅力的な容姿だ。優しさも感じる。
けどそれだけではだめなんだよ…だから…君に彼女を貰って欲しい。バーバジニ伯には僕から口添えをしようと思う」
「…殿下、それは雪の伯爵を、我が家の血筋に入れても良いと?」
親父は確認したかったのか、シアンの言いたいことを簡単に申し上げた。
雪の伯爵とは、フィーシア嬢の父____バーバジニ伯爵のことである。
「えぇ、そういうことです。ガトール伯爵。
かの、雪の伯爵のお嬢様なら素晴らしい才女となられるでしょうね」
雪の伯爵と聞けば、この国の貴族の間では一度は耳にしたことのある異名だ。
冷徹で、何事にも何者にも、自分の信念を貫き、その考えは後に全て的中してしまう、柔らかく接しているとやがて身動きが取れずに狩られる。その狂気じみた才能は、シアンの父、王が気に入りやがて友人となった。今は王宮にかかせない重要な事務処理を貴族業としている。
そう、まさに雪。氷ではなく雪なのだ。
シアンの一言で、オレ達親子の背筋はぞくりとした。
不安か、はたまた高揚か。そのどちらともとれる、うずうずとした気持ち。
しかし彼女への対応を失敗させたら…それは首が取れる覚悟を決めなければいけない。茨の道だ。
天才の血筋が入る。それは、あまりにも稚拙な者を輩出しなければ、両家共に地位が安定する未来も見えるのだ。
家の安定は、先祖の行いと血筋、そして当代の力量で格を保つかを定められる。バーバジニ家は、過去にも王家に関わり、四世代前には王への嫁入りを果たしている。
対して我が家は、昔からの名のある家の一つである。女が生まれない家系なのか、嫁というよりは王の直々の側近を目指す家だ。
(これは…!でも彼女はどうなのだろうか)
ゴクリと喉が唸る。
自分が好きな相手でもない男と結婚されると決まったら?
その結婚話は、自分が恋した男が設計したと知ったら?
そこでオレは考えるのを辞める。詰まり過ぎてもいけない。いつものオレらしくない。
オレが考え事に集中していた間、話はいつのまにか、親父がシアンと手を固く握り合い、オレの婚約者がフィーシア嬢と決まっていたのだった。
…………______という訳である。
シアンは案の定、面会時点で断っており、伯爵からの最後のアプローチとして面会したと手紙に記述されていた。
ガトール家との婚約は早急に処置をしたので、君は会うだけでいいとも書かれている。
しかし、シアンとの面会で、ある出来事が起こりフィーシア嬢は頭を打ったそうだ。三日間の安静が言い渡されたという。三日間の間、見舞いへ赴いたが、なんでも、彼女に事件で面白い変化があったので、君が気に入りそうだ、とのこと。
『あんなに可愛らしいなら、僕の蜜をこのまま求めても欲しかったな…』
最後にはこう残されていた。
面白い変化?一体なんだ?
大体、シアンのライバルになるつもりはない。
ああ見えて、彼は策士なのだ。甘々な顔の癖して。
馬車へ乗り込み、二つ程、町を通過したところにあるバーバジニ家の本宅へと向かう。
ひとまず着いたのは良いが、出迎えられた雰囲気は、少しどんよりとしていた。
案内された部屋の中へ入ると、バーバジニ伯爵とフィーシア嬢、バーバジニ夫人の顔触れであった。
オレは親父に続き、部屋の中へ一礼して入る。
やはり目で追ってしまうのはフィーシア嬢だ。
黒髪赤目は、彼女に厳しそうな雰囲気を与えるが、一方で観察していると表情が豊かな性格であるとわかった。
確かに整っている顔つきは、彼女を将来美しく成長してさせて行くのだろう。
その時思ったのは、思ったより繊細そうな乙女だったということだった。
それはオレが初めて、情報が使いものにならない人だった。
観察をずっと行っていると、向こうが心配そうな顔から、ニコッと笑いかけてきたので、今までの経験にない体験からか、反射的に俯いてしまう。
(あぁ、なんだか彼女が可愛くみえる…こんなにも気になるのは自分らしくないな…)
親父にバーバジニ家の皆さんから見えない位置で背中を叩かれると、オレはすぐ顔を上げた。今度の彼女は別の方向を向きながら、やさぐれたような顔で口を尖らせている。
また、その小動物の様な表情がとても癒される。
すると、オレ達二人を見かねたようにバーバジニ伯爵が口を開いた。
「…本日は忙しい中、わざわざお越しくださってありがとうございます。ガトール伯、そして子息様。どうぞお座りください」
なにやらムスリとしている。娘の意中の相手ではなくて悪かったな…
バーバジニ伯爵は、立ち上がっているままのオレ達親子を座るように促した。
座る前に親父が礼を言う。オレも続けて会釈する。
「こちらこそ、縁談を受けて頂いて感謝する。まずはお互いに自己紹介と行こうではないか」
どうやら子供同士の挨拶だそうだ。
「お初にお目にかかります。私は、フィーシア・バーバジニですわ。どうぞお見知りおきを」
艶々とした彼女の黒髪に目を奪われそうになりながら、きちんと相手の顔をみる。
「…オ、僕はカイン・ガトール。こちらこそよろしく…」
(あー言えた!頑張ったぞオレ!間違えて公私が分けれなかったが…まぁ大丈夫だろう)
親父には気づかれて、脇腹に小突きを入れられた。
フィーシア嬢は、何やら考えていたようだが、やがて笑顔で辞儀をする。
しばらく質問大会のような談話を行った後、バーバジニ家の方から二人で庭を散策しておいで、と言われたのでフィーシア嬢に自慢の庭を案内させてもらう。
そうして僕たちは広すぎる庭で迷った。
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