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プロローグ ―― 佐野の夜に落ちた、借り物の星
しおりを挟む佐野の夜は、静かだ。
いや、静かすぎる、と智也は思う。
コンビニの蛍光灯が、駐車場のコンクリートに白く薄い影を落としている。
その向こう、田んぼの向こう、遠くの山の稜線は黒く溶けていて、まるで世界がそこで途切れているかのようだった。
夏の終わり。
まだ蝉の声が残っているのに、もう秋の匂いがする。
そんな中途半端な季節の匂いが、智也の鼻腔をくすぐる。
カップ麺の残り汁を啜りながら、智也はため息をついた。
「またかよ……」
スマホの画面に映るのは、いつものガチャ結果。
SSRは出ず、SRが一枚。
またしても、運は彼を嘲笑っていた。
佐野智也、十七歳。
高校二年生。
特別な才能も、特別な血筋も、特別な運命も、何一つ持っていない。
持っているのは、佐野ラーメンの味を舌で覚えていることと、イモフライのソースが服に染みついたときのあの甘辛い匂いだけだ。
それで十分だと思っていた。
いや、十分でなければならないと思っていた。
だって、そういう人間なんだから。
なのに。
なのに、なぜだ。
今夜もまた、智也の日常は音を立てて崩れようとしていた。
コンビニの袋を提げてアパートへの道を歩いていると、足元で何かが光った。
小さな、欠片のようなもの。
最初はガラス片かと思った。
でも、違う。
それは、星の欠片のように青く、柔らかく、脈打っていた。
「……なんだこれ」
智也はしゃがみ込み、指先で触れた。
瞬間。
世界が、揺れた。
いや、揺れたのは世界ではなく、智也の視界だったのかもしれない。
青い粒子が舞い上がり、夜の闇を切り裂くように渦を巻いた。
その中心から、声がした。
「えへへ~! 見ーつけた♪」
少女の声。
無邪気で、残酷で、どこか甘い。
智也が顔を上げたとき、そこにいたのは、
金色の髪を星空のように流した、耳の長い少女。
背中に小さな蝶の翼。
青と金のドレスは、まるで夜空を切り取った布のようで、腰のフリルスカートがふわりと揺れるたびに、光の粒子が零れ落ちる。
頭には青と金の王冠風ティアラ。
首には宝石のネックレスが重たく輝き、瞳は青く、まるで佐野の空を映した鏡のようだった。
「やっと会えた、マスター!」
少女――ピクシーは、にっこりと笑った。
その笑顔は、純粋で、
無垢で、
そして、どこまでも残酷だった。
智也は、言葉を失っていた。
「え……何? お前、誰?」
「ピクシーだよ~! 妖精のピクシー!
マスターが持ってるその欠片、すっごくいい匂いがしたから、来ちゃった♪」
ピクシーは智也の指先の欠片を、まるで自分の宝物のように指でつまんだ。
「これ、借りるね?」
「は? 借りるって……おい、待てよ!」
智也が手を伸ばした瞬間、欠片はピクシーの掌の中で青く輝き、
そのまま彼女の胸元に吸い込まれた。
「えへへ、ありがとうマスター!
これで私、ずっとここにいられるよ~!」
「……おい、勝手に……」
智也の声は、途中で途切れた。
なぜなら、ピクシーが急に顔を近づけてきたからだ。
「ねえ、マスター。
佐野ラーメン、食べた?」
「……は?」
「イモフライも! あの甘辛いソースの匂い、すっごくするんだもん!
だから私、来ちゃったの。
マスターの匂い、運が悪くて、でも、なんか……すっごくおいしそうだったから♪」
智也は、呆然としていた。
運が悪い。
それは、智也自身が一番よく知っている言葉だ。
なのに、今、目の前の少女はそれを「おいしそう」と表現した。
まるで、
運の悪ささえも、彼女にとっては甘いデザートのように。
「マスター、運悪いよね?」
ピクシーは、にこにこと笑う。
「でも大丈夫だよ。
私がいるから。
私が、マスターの運を……ちょっとだけ、借りてあげる♪」
その言葉に、智也は背筋が凍った。
借りる。
彼女は、いつもそう言う。
欠片も、運も、お菓子も、ラーメンのスープも、イモフライのソースも。
すべてを「借りて」、
決して返さない。
「待てよ……お前、何なんだよ。本当に」
智也の声は震えていた。
ピクシーは、ふわりと宙に浮かび、智也の目の高さに降りてきた。
「だから、ピクシーだよ?
妖精のピクシー。
マスターの運が悪すぎて、面白そうだったから、来ちゃったの♪
ねえ、マスター。
これから、すっごく楽しいこと、いっぱいしようね?
だって――」
彼女の瞳が、青く輝いた。
「王様になるんだもん」
智也は、息を呑んだ。
王様。
そんな言葉が、佐野の夜に似合わない。
なのに、ピクシーの言葉は、どこか本気だった。
「王冠の欠片、集めようよ。
マスターが王様になったら、毎日佐野ラーメン食べ放題だよ?
イモフライも! ソースたっぷりで♪」
「……ふざけんな」
智也は呟いた。
「俺は、ただの高校生だ。
王様とか、そんなの……」
「ううん」
ピクシーは首を振った。
「マスターは、運が悪いだけの人間だよ。
だからこそ、面白いんだよ。
運が悪い人間が王様になったら、
世界って、どんな味がするのかな?」
その言葉に、智也は言葉を失った。
ピクシーは、再び笑った。
無邪気で、
残酷で、
どこまでも純粋な笑顔で。
「さあ、マスター。
一緒に遊ぼうよ。
えへへ……
借り物の星で、
借り物の運で、
借り物の王様を、
作っちゃおうね♪」
夜風が吹いた。
佐野の街灯が、ぽつりと灯る。
智也の足元に落ちたイモフライの袋が、風に揺れた。
その瞬間、智也は気づいた。
自分の運が、
今、完全に終わったことを。
そして同時に、
何かが、始まったことを。
佐野の夜は、静かだ。
いや、もう静かではない。
どこか遠くで、
青い電撃が、
一瞬だけ、閃いた。
――Replica War。
それは、
借り物の欠片を巡る、
借り物の英雄たちの、
借り物の戦争。
そして、
佐野智也は、
その中心に立っていた。
運が悪いだけの、
ただの高校生が。
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