ピンクブロッサム

雨野千潤

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06 孤児イズミ

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世の中には、呪われた土地というものが存在する。


一度そこで不幸な出来事が起こり悪霊が憑くと、悪霊が悪霊を呼び、不幸が不幸を呼んでどんどん蓄積されていく。

それはもう、最初にあった不幸など些細な事と笑い飛ばせるくらいのえげつない呪いへと変化していくのだ。


それが、この豪邸。


持っているだけで不幸になると持ち主が逃げ出し、無料同然の価値になったこの豪邸が何故か俺らの手に渡った。


「コレ、ピンクブロッサムのアジトにしたらいいんじゃな~い?」


そんな軽いノリで渡してきたのは言わずと知れたあの野郎、シグマだ。

今まで散々何とかしてやろうと、除霊とか悪霊退散とか悪魔祓いとかで何人もの霊媒師に依頼してみたが、潰されたり逃げ出したりして誰の手にも負えなかった。


それでなくとも俺は霊媒体質。

豪邸に近寄るたびに身体が重くなる。

体調が最悪で、もう無理となっていたところで、久々にラムダから連絡が入った。


『王都のセイント孤児院のイズミという少女を訪ねよ』


たった一言だけで、何のことやらわからない。

とりあえず言われた場所に行ってみると、確かにその孤児院にはイズミという少女がいた。


子供…といっても自分も十五歳なので大人とは言い難いのだが、十歳の子供だった。

少し他の子とは雰囲気が違うかもしれない。

落ち着いた様子で、人の心を見透かすような目をしている。

訪問に来た俺のこともじっと見つめ、トコトコと近付いて一言呟いた。


「いなくな~れ」

「???」


よくわからないが、身体がふっと軽くなった気がする。

そんなことを何度か繰り返し、どうやらイズミが俺に憑いた悪霊を払ってくれているんじゃないかという結論に達した。


「そうだよ。いつも重そうだったから」


訊ねるとイズミはあっさりと認めた。

聞けばこの少女、びっくりするくらい沢山の能力を持っていた。


『浄霊』の他に『収納』『捜索』『隠密』『身体強化』…

異能…だろうか。

二つ以上持っている人間には、未だかつて見たことも聞いたことも無いのだが。

話を聞けばそれは前世、前前世で身に着けた能力だと言い、普通の異能とはちょっと種類が違う。

 
「イズミちゃんは引き取り手が殺到しそうやな」

「それはそうだけど、それが『いい人』とは限らないよ」

「…」


随分達観した返事をされ、思わず黙り込む。

その能力の数々を知って欲しがるのは、そりゃ『いい人』のわけがない。


「じゃあ、俺と一緒に来るか?」

「行く」


冗談交じりに誘うと即答が返ってきた。

何故、と思わず目を瞬かせる。


「俺は『悪い人』かもしれないけど」

「本当に悪い人はそんなことを言わないと思う」

「…」


その時、俺の頭の中に過っていたのは、

彼女を引き取る為の資格が俺にはまだ無いってことだった。


まず年齢が若すぎるということ。

結婚してしっかりとした家庭を築いていないといけないということ。

経済的に安定していないといけないということ。


足りないことばかりで、彼女の願いを叶えてやれない。


「大丈夫。私は一人でも生きていけるから」


少し低めの、心に響くトーンでイズミが話す。


「誰に護ってもらえなくても、私は嫌な場所から逃げられるし行きたい場所に行ける。その能力がある」

「…」

「だから、心配しないで」


「だけどそれは、寂しいやん?」


護ってもらって、大切にしてもらって、初めて知った感情がある。

俺は、死にたくなるくらい寂しかったんだ、と。


俺はイズミの頭を撫で、ニカッと歯を出して笑ってみせた。



「何とかしてみるから待っとき」



困ったときのシグマ頼み。

相談してみようと決め、その日は孤児院を後にした。



尾行されていると気付いたのはその帰り道だ。

そういえば孤児院訪問では顔を見せろと言われて、サングラスを外したままだった。

最近平穏だったので、少し気を抜き過ぎたようだ。


アルファとゼータはギャングの仕事で別行動をしている。

一人で躱せるだろうか、と敵の人数や戦力を覗う。


青の刺客にしては、どうも貧相だ。

俺がオッドアイで珍しいから浚ってやろうとか、そういう感じの輩だろうと結論付けた。


ならば、俺一人でもやれる。



シグマは俺に特定の武器を与えなかった。

それがないと戦えないようでは困る、と言って。


土や砂は目潰しに使える。

石は大きさによっては遠距離武器もしくは鈍器に。

尖った枝は刺突武器に。

地形を上手く使え。

狭い通路で一人ずつ潰せ。

高所を利用して、登ってくる無防備な敵を攻撃しろ。

毒のある植物の使い方。

ガスを発生させる薬品の扱い方。

油に引火させる方法。


情報と知識、そして応用力は武器になる。

それが、シグマに教えてもらった戦い方。


「畜生!」


そんな捨て台詞を吐いて、男達は退散していった。

終わったと安堵したものの、まだこちらを見ている奴がいることに気付き、そちらへ視線をやる。


そいつは、紫掛かった黒髪に黄金色の瞳を持つ男だった。

その色合いに、真夜中の空に輝く月を連想する。


「…」

「…」


体格の良いその男は、まともに戦ったら手強そうだ。

襲ってきたら逃げの一手だなと見つめていたが、一向にその気配はない。


敵でないなら問題ない、と俺は踵を返してそこから立ち去った。



自分は狙われやすいのだと反省した俺は、髪をピンク色に染め、サングラスとマスクで徹底して顔を隠すことに決めた。

怪しさは増したが、ギャングのボスだからその方が『らしい』だろう。



イズミは晴れて俺が引き取ることになった。

シグマがどこかの貴族を丸め込んで、書類上はそこが引き取っていることになっているがそこは仕方ない。

どんな弱みを握ったのか、口出しはされないはずだとシグマが言っていた。


イズミは俺の悪霊を払う『浄霊』と同じ要領で、豪邸の呪いを払い始めた。

彼女の力にも限界があり、すぐに全部綺麗にとはいかないようだが、そのうち使えるようになるだろうとのこと。


いずれその豪邸が拠点になるという前提でその付近に住み始めると、行動範囲が被ったのかあの月色の瞳の男と遭遇する回数が増えた。


あの時の姿とは随分変えたつもりなのに、何故か毎回凝視してくる。

アルファとゼータが気付いて「何だ、あの男」と呟くくらいにはあからさまに。


「敵ではない…と思うんだが」

「調べてみるか」



ゼータが調査したものの、出身地不明。

つい一か月ほど前にこの街にふらりと現れた謎の男。

接客は苦手で、世話になっている飲食店で主に厨房の仕事。

他には経営や経理のサポートをしたり、子供の勉強を見てやったりしている。

有能過ぎて逆に怪しいと思うほどだ。

これで平民を名乗っているとは、ちょっと信じられない。



結局、何故俺を気にするのかは、欠片もわからなかった。









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