ピンクブロッサム

雨野千潤

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05 ピンクブロッサム

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十五歳の春。

ようやく男の姿に戻り、一人称は『俺』に変えた。


サングラスで瞳を隠し、印象を大きく変えるために口調も変える。

どのように変えるかは迷ったが、慣れ親しんだシグマの口調の真似をした。


「俺の真似をするとか。随分と逞しく育ったもんやな」

「お蔭さんで。図太くはなったわ」


わかりやすく皮肉だが、気にしてやる義理はない。

今まで散々好き勝手やられたのだから、これくらいの仕返しはしてもよいはずだ。



長い潜伏期間を経てようやく国外逃亡の目途が立った。

この辺境の地ともお別れだ、と俺達は咲き誇る桜の木の下へ集まる。


楽しかった…のかもしれない。

青の追手が来たりとか通報されたりとか、色々とあったらしいが全部シグマが裏で処理してくれていた。

俺はただシグマに護られて、穏やかにこの地で暮らせていた。


「写真…、撮りたい」


思い出として何か残したいとシグマを見つめると、目を細めて微笑んだシグマがカメラを借りてきてくれた。


「お前ら、桜の木の下で並べ~」

「何で撮る側に回んねん。シグマも一緒に入るに決まってんだろ」

「え~、俺は写真に映んの嫌いなんやけどな」


嫌そうにラムダにカメラを手渡し、せめてもの抵抗とばかりにシルクハットを頭に乗せて顔を隠す。

ゼータも目つきの悪さを気にして最近バケットハットを被り始め、顔を隠している。

写真を撮るっていうのに何故隠すのか、と俺は敢えてサングラスを外した。


「儂には入ってくれと頼まんのかのう…」

「あ」


その日の桜吹雪はそれは見事で、俺達の旅立ちを世界が祝福してくれていると錯覚するほどだった。

そう、この国の古い詩の一節でそんな言い回しがあった、と思い出す。



「〇○○、△✕✕〇、△□〇※〇※△」



まるで雨のように花びらを降らせる、世界の祝福。

それはきっとこんな景色なのだろう。



「いいね。アクア国でも派手に舞い散らかそうや」

「いや、これはそういう意味やない」


知ってるくせにと苦く笑う。


「ま、ええか。そういう意味でも」



全員で一緒にアクア国へ移れると思っていたのに、ラムダは「まだやることがある」と言ってクラウン国へ残った。

写真に入ってくれと言われなくて拗ねたのかもしれない。

いずれまた合流すると言っていたので、婆のことは気長に待つことにする。


シグマは俺とキャラが被るのが相当嫌だったのか、名前と容姿と口調を変えた。


「ジョセフィーヌよ」

「ジョセ…フィーヌ」

「呼びにくいだろうからジョセでいいわ」


まさかの女装だ。

女装…?女装なのだろうか。

身体つきは完全に女性だった。


「シグマ、コレ本物?」


コレと言ってワンピースの胸元をガン見する。

シグマは俺の両手を取ってその両乳房に触らせた。


「いつから私を男だと勘違いしていた?」

「…」

「それから私のことはジョセと呼びなさい」


柔らかい。

ひと揉みして本物だと確認し、「あああ」と崩れ落ちる。


「六年弱も一緒に暮らしていて騙されてたなんてヒドイ話や!人間不信になるわ!」

「騙してないわよ、黙っていただけ」

「どうせ隠しとるのはこれだけやないんやろ!お前はそういうヤツや!」


「あら、わかってるじゃな~い♪」


口角に指を当て「うふ」と笑う。

その妖艶な仕草は今までのシグマとまったく重ならない。


「さて。此処からは別行動よ。アンタもいい歳になったんだから、そろそろ働いてもらうわよ」

「別行動?」


それは聞いてないと目を瞬かせるが、「アルファとゼータも一緒だから大丈夫よ」と宥めるように頭を撫でられる。


「わかった。俺は何をすればええんや」

「いい子ね。まずはアンタ達三人でギャングを立てなさい」

「ギャング???」


予想の遥か斜め上の提案に、流石に思考が追い付かない。

呆然とする俺の前でシグマは、この国のギャングについて教えてくれた。


「この国…いえ、この聖大陸には裏の政界を牛耳っているマフィアのような団体がいるのよ。そこに私は入り込むことに成功した。でもそこの一員として、まだまだ力が足りない。なので私の手足としてギャングをいくつか作ったのよ。戦闘専門のレッドイーグル、イベント専門のブルーフィッシュ、薬専門のグリーンベア。その他の雑用係としてアンタ達の枠は残してあるから、とりあえず何でもいいからギャングを立てて私の為に働きなさい」

「…ちょっと待て、情報量が」

「もう一回言う?」

「いや」


頭を抱えて今耳にした情報を頑張って呑み込む。

つまりはアレだ。

俺ら三人でギャングを立てるのだ。


「ギャングってどうやって立てんだ?」

「お膳立てはしてあげるから、三人で話し合ってボスとギャング名を決めなさい」

「ギャング名」

「カラーと物を決めて、構成員はその部位で呼ばれる。レッドイーグルなら羽根、ブルーフィッシュなら鱗、グリーンベアなら爪ってね」

「へえぇ」


まず思いついたのはサメだった。

以前、辺境の海で打ち上げられたサメはデカくてカッコよかった。

構成員は牙とかがいいかもしれない。

だけどカラーは、青が既に取られているから…


「私はピンクがいい」


きっぱりと、これだけは譲らないという断固たる意志を込めて、アルファが言う。


「ピンク…」

「ピンクのサメは可愛いな」


プッとゼータがふき出して笑う。


「構成員は卵か?」

「それはキャビアやろ!高級食材や!美味しく食べられてどうする!」


「私は絶対にピンクがいい。ピンクだったらサメでもキャビアでもいい」


『世の中ごねた者勝ち』という言葉がある。


結局アルファのピンクがゴリ押しされ、ピンクに合う物ということで花の木が採用された。

そう。あの日皆で一緒に見上げた、あの桜の木のイメージだ。



ピンクブロッサム、構成員は花びら。

ボスは、アルファとゼータと俺の三人。



こうして俺達は、隣国でギャングとして新しい生活を始めた。






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