4 / 6
04 護衛
しおりを挟む国外逃亡を決めた僕たちは拠点を王都から遠く離れた辺境の地アトラスグランへと移し、身を潜める。
此処はシグマの表の顔の一つであるローランドという地主が大農園を経営している場所であり、僕はローランドが引き取って面倒を見ている子供だということで地元の人たちに快く受け入れられた。
シグマは多忙を極め、今までのように傍に居てくれなくなった。
逆に今までが随分と無理をしていたのだろう。
一週間に一度顔を合わせるのがやっとの頻度で、それでも邸の使用人たちが「最近よく来てくださる」と喜んでいる。
シグマは寂しい思いをさせていると気に病んだのか、護衛という名目で僕と歳の近い二人の子供を邸に連れてきた。
「師匠、これが護衛するって言ってた例の子?」
「ええ~、カッワ。男の子と思えないんですけど~」
グイグイと遠慮なく近寄ってくるピンク髪の女の子がアルファ。
僕を可愛いと言ってくる彼女の方が絶対に可愛いと思う。
そして少し距離を置いて見てくる目つきの悪い男の子がゼータ。
シグマのことを『師匠』と慕っているが、一体何の師匠なんだか。
「ジョーカーだ。よろしく」
挨拶すると、アルファが目をキラキラさせて抱き着いてきた。
「可愛すぎる!!!私が護ってあげるからね!」
「護衛だから護るのは当たり前だ」
「何よ、そんな冷めたことを言うゼータには触らせてあげないからね。ジョーカーは私のモノ」
「お前のモノでもない。困ってるだろ、放してやれ」
確かに、困ってはいた。
初対面で抱き着かれるとは思っていなかったので抵抗もままならず、女の子を突き飛ばすわけにもいかない。
そんな僕の様子を見てシグマが「へぇ」と目を丸くした。
「アルファなら許されるのか」
「ち、違、助け…」
「師匠、なんのこと~?」
「アルファ。ジョーカーはな、警戒心が強くて他人に身体を触らせんのや」
説明を受けたアルファが改めて僕の顔をじっと見つめる。
見つめ返すわけにもいかず居心地悪くしていると、チュッと頬にキスを受けた。
「野良猫みたいで可愛い~」
「おま、馬鹿!その説明を受けて何故更に攻める」
慌てたゼータにアルファの腕を解かれ、解放された僕はその場にへたり込む。
汗と動悸が凄い。
呼吸をするたび、肺と心臓が痛い。
このペースじゃ殺される…!
「大丈夫か?」
「だ、だいじょ…ばない」
「困ったときは俺に言えよ。アルファの扱いには慣れてるから」
アルファとは違い、適切な距離を取ってくれるゼータ。
年齢は少し上だろうか。
落ち着いた雰囲気で大人びて見える。
身体能力に秀でているアルファは戦闘面で優秀であり、状況判断に長けたゼータはそれ以外をサポートしてくれる。
このアトラスグランで青の刺客に襲われるようなことはなかったが、一緒に戦闘訓練をしてみてそれは身に染みた。
二人とも幼少期からシグマが引き取って育てた子供らしく、様々な技術をシグマから教わっていた。
シグマが紹介してくれたのだから、と僕もその二人を信じることにする。
それから僕は生活の殆どを二人と過ごすようになった。
外出時だけでなく、食事も勉強も、何もしていない時も。
傍に居るのが当たり前になり、二人の傍でなら安心して眠ることも出来るようになった。
憑依する必要がなくなり僕で遊べなくなったラムダが、少々不満そうではあったけれど。
そうして五年の月日が流れ、僕は十五歳になった。
長く一緒にいると気が付くこともあり、ゼータはおそらくアルファのことが好きなのだろうと察した。
アルファは猪突猛進型で何でもやりたいことをやりたいように突き進んでいくが、それを上手く制御出来るのは彼女のことをよく理解しているからだ。
対してアルファもゼータのことは一目置いていて、どんなに感情的になっていても彼の言葉にはちゃんと耳を貸す。
この二人、もしも想いが通じ合ったら
僕に入り込む余地はないのかもしれない。
そう思うと、心の中に何だか冷たく重たい石のようなものが生まれた。
「ジョーカー!」
名を呼ばれ、ハッと意識を取り戻す。
知らない内に僕は古びた祠の前で倒れていた。
ゼータが僕の身体を抱えて、顔を覗き込んでいる。
「ゲホッ…」
返事をしようとしたが声が出ずに咳き込む。
首にはロープが絡まり、直前まで気道を圧迫していたようだった。
「ゼー…、これ、何だ?」
「お前が急にいなくなり、捜しに来たら此処に倒れていた。首を吊ってロープが切れたように見えるが、お前…」
「してない、首吊りなんて」
怖い顔を一層怖くして問い詰められるが、誤解だと必死に否定する。
納得したのかしないのか、ゼータはため息を吐いて僕の身体を抱き上げた。
「とりあえず、みんな心配してるから帰ろう。アルファなんか宥めるのが大変だったんだからな」
アルファの名前が出てきて僕は無意識に口を歪める。
それを見てゼータは「何だ?」と訊ねてきた。
「別に」
「別にって」
「自分で歩けるから下ろせ」
要求すると、ゼータは心配しつつも下ろしてくれた。
だが、追及をやめる気はないらしく「で?」と続けて問う。
「最近、お前の様子、変じゃないか?」
「変とは?」
「俺に言わせるのかよ。自分でもわかってるだろ。こんな風にわざと気を引くようなことをして」
『こんな風にわざと気を引くようなことをして』
ああ、駄目だ。
心の中の石が、急に冷たさと重さを増して。
僕は魅了眼を発動してしまっていた。
眼帯のお陰で片眼だけだったが、それでもその威力は確実にゼータへ作用して。
酔わせた。
「ゼー…」
やってしまったと後悔したのはゼータに深く口づけされた時だった。
普通だったらゼータは僕にキスなんかしない。
正気だったら絶対にしない。
だってゼータはアルファのことが好きだから。
「ちが…、違う。ご…」
ゼータが最近吸い始めたというタバコの苦い味が口内に広がる。
謝りたいのに涙がボロボロと溢れ出て、なかなか伝えることが出来なかった。
「ごめ…ごめん、ゼータ」
「…なんでジョーカーが謝るんだ?」
「今、魅了眼を使った…から」
「魅了眼」
シグマから伝え聞いてはいるのだろうか。
何だそれ、と訊き返してはこなかった。
ただ納得したように「ああ」と口元を手で覆った。
「なるほど」
「ごめん」
「女じゃあるまいし、これくらい別に。…だけどお前それ、もっとちゃんと隠した方がいいぞ」
「…」
「使ったお前の方が傷ついてんだよ」
馬鹿じゃねぇの、と親指で頬の涙を拭われる。
変わらぬゼータの優しさに、僕はほっと安堵の息を吐いた。
「もっと『便利な道具』だと割り切れよ。そんなモンに振り回されんな。オンオフ切り替えて使いたい時にだけ使えよ」
「オンオフ」
「そっちの方が使う時に威力出そうじゃん」
ニカッと歯を出して笑われ、目から鱗の気分だ。
使いたい時に使う。
そもそもコレを意識して使おうだなんて、考えたことがなかった。
母上を殺した、この魅了眼を。
「これは、悪霊に取り憑かれたのう」
俺の首に残されたロープの痕を確認しつつ、ラムダがそんなことを呟いた。
「悪霊?」
「儂に習慣的に憑依されとったせいでお前、とんでもない霊媒体質になっとるわい」
「…それってラムダのせいで悪霊に取り憑かれて死にかけたということだよね?」
何かもっと他に言うべき台詞があるんじゃないの?と迫ると、しばらく目を泳がせていたラムダが「てへっ」と舌を出した。
「ごめんねっ☆」
「婆がやっても可愛くない」
到底謝罪を受けた気になれず、がっくりと脱力する。
ラムダが憑依すれば今憑いている悪霊は追い出せるが、それでは根本的な解決にはならない。
力のある霊媒師などに相談して、結界なり御札なり御守りなりで身を護る必要がある。
隣で事情を聞いていたゼータが「すまん」と謝ってきた。
「知らなかったとはいえ、俺さっきお前に『わざと』とか」
「それはもういい。さっきのことはお互い様で」
「なに?さっきのことって。何かあったの?」
アルファが背中に抱き着いてきてビクッと身体を震わす。
そもそも好きとかどうとかを意識し始めたのも、アルファが女性らしく成長してきたからだ。
アルファが抱き着いてきてゼータが剥がす、そんなルーティンを繰り返しているからおかしくなるのだ。
「アルファ、頼むからもう少し適切な距離を取ってくれ」
「なによ、適切な距離って」
「ベタベタくっつくなってことだろ」
「えーやだ」
俺達のやりとりを眺めつつ、シグマは「ふむ」と顎に手をやって考え込む。
「確かに声変りもして、そろそろ女装も厳しくなってきたよな」
その一言で、僕の五年間にも及ぶ女装生活が終わりを告げた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる