ピンクブロッサム

雨野千潤

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04 護衛

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国外逃亡を決めた僕たちは拠点を王都から遠く離れた辺境の地アトラスグランへと移し、身を潜める。

此処はシグマの表の顔の一つであるローランドという地主が大農園を経営している場所であり、僕はローランドが引き取って面倒を見ている子供だということで地元の人たちに快く受け入れられた。


シグマは多忙を極め、今までのように傍に居てくれなくなった。

逆に今までが随分と無理をしていたのだろう。

一週間に一度顔を合わせるのがやっとの頻度で、それでも邸の使用人たちが「最近よく来てくださる」と喜んでいる。


シグマは寂しい思いをさせていると気に病んだのか、護衛という名目で僕と歳の近い二人の子供を邸に連れてきた。


「師匠、これが護衛するって言ってた例の子?」

「ええ~、カッワ。男の子と思えないんですけど~」


グイグイと遠慮なく近寄ってくるピンク髪の女の子がアルファ。

僕を可愛いと言ってくる彼女の方が絶対に可愛いと思う。


そして少し距離を置いて見てくる目つきの悪い男の子がゼータ。

シグマのことを『師匠』と慕っているが、一体何の師匠なんだか。



「ジョーカーだ。よろしく」


挨拶すると、アルファが目をキラキラさせて抱き着いてきた。


「可愛すぎる!!!私が護ってあげるからね!」

「護衛だから護るのは当たり前だ」

「何よ、そんな冷めたことを言うゼータには触らせてあげないからね。ジョーカーは私のモノ」

「お前のモノでもない。困ってるだろ、放してやれ」


確かに、困ってはいた。

初対面で抱き着かれるとは思っていなかったので抵抗もままならず、女の子を突き飛ばすわけにもいかない。

そんな僕の様子を見てシグマが「へぇ」と目を丸くした。


「アルファなら許されるのか」

「ち、違、助け…」

「師匠、なんのこと~?」

「アルファ。ジョーカーはな、警戒心が強くて他人に身体を触らせんのや」


説明を受けたアルファが改めて僕の顔をじっと見つめる。

見つめ返すわけにもいかず居心地悪くしていると、チュッと頬にキスを受けた。


「野良猫みたいで可愛い~」

「おま、馬鹿!その説明を受けて何故更に攻める」


慌てたゼータにアルファの腕を解かれ、解放された僕はその場にへたり込む。


汗と動悸が凄い。

呼吸をするたび、肺と心臓が痛い。


このペースじゃ殺される…!


「大丈夫か?」

「だ、だいじょ…ばない」

「困ったときは俺に言えよ。アルファの扱いには慣れてるから」


アルファとは違い、適切な距離を取ってくれるゼータ。

年齢は少し上だろうか。

落ち着いた雰囲気で大人びて見える。



身体能力に秀でているアルファは戦闘面で優秀であり、状況判断に長けたゼータはそれ以外をサポートしてくれる。

このアトラスグランで青の刺客に襲われるようなことはなかったが、一緒に戦闘訓練をしてみてそれは身に染みた。

二人とも幼少期からシグマが引き取って育てた子供らしく、様々な技術をシグマから教わっていた。


シグマが紹介してくれたのだから、と僕もその二人を信じることにする。


それから僕は生活の殆どを二人と過ごすようになった。

外出時だけでなく、食事も勉強も、何もしていない時も。

傍に居るのが当たり前になり、二人の傍でなら安心して眠ることも出来るようになった。


憑依する必要がなくなり僕で遊べなくなったラムダが、少々不満そうではあったけれど。



そうして五年の月日が流れ、僕は十五歳になった。



長く一緒にいると気が付くこともあり、ゼータはおそらくアルファのことが好きなのだろうと察した。

アルファは猪突猛進型で何でもやりたいことをやりたいように突き進んでいくが、それを上手く制御出来るのは彼女のことをよく理解しているからだ。

対してアルファもゼータのことは一目置いていて、どんなに感情的になっていても彼の言葉にはちゃんと耳を貸す。


この二人、もしも想いが通じ合ったら

僕に入り込む余地はないのかもしれない。


そう思うと、心の中に何だか冷たく重たい石のようなものが生まれた。



「ジョーカー!」


名を呼ばれ、ハッと意識を取り戻す。


知らない内に僕は古びた祠の前で倒れていた。

ゼータが僕の身体を抱えて、顔を覗き込んでいる。


「ゲホッ…」


返事をしようとしたが声が出ずに咳き込む。

首にはロープが絡まり、直前まで気道を圧迫していたようだった。


「ゼー…、これ、何だ?」

「お前が急にいなくなり、捜しに来たら此処に倒れていた。首を吊ってロープが切れたように見えるが、お前…」

「してない、首吊りなんて」


怖い顔を一層怖くして問い詰められるが、誤解だと必死に否定する。

納得したのかしないのか、ゼータはため息を吐いて僕の身体を抱き上げた。


「とりあえず、みんな心配してるから帰ろう。アルファなんか宥めるのが大変だったんだからな」


アルファの名前が出てきて僕は無意識に口を歪める。

それを見てゼータは「何だ?」と訊ねてきた。


「別に」

「別にって」

「自分で歩けるから下ろせ」


要求すると、ゼータは心配しつつも下ろしてくれた。

だが、追及をやめる気はないらしく「で?」と続けて問う。


「最近、お前の様子、変じゃないか?」

「変とは?」

「俺に言わせるのかよ。自分でもわかってるだろ。こんな風にわざと気を引くようなことをして」



『こんな風にわざと気を引くようなことをして』



ああ、駄目だ。

心の中の石が、急に冷たさと重さを増して。


僕は魅了眼を発動してしまっていた。

眼帯のお陰で片眼だけだったが、それでもその威力は確実にゼータへ作用して。


酔わせた。



「ゼー…」



やってしまったと後悔したのはゼータに深く口づけされた時だった。


普通だったらゼータは僕にキスなんかしない。

正気だったら絶対にしない。

だってゼータはアルファのことが好きだから。


「ちが…、違う。ご…」


ゼータが最近吸い始めたというタバコの苦い味が口内に広がる。

謝りたいのに涙がボロボロと溢れ出て、なかなか伝えることが出来なかった。


「ごめ…ごめん、ゼータ」


「…なんでジョーカーが謝るんだ?」

「今、魅了眼を使った…から」

「魅了眼」


シグマから伝え聞いてはいるのだろうか。

何だそれ、と訊き返してはこなかった。

ただ納得したように「ああ」と口元を手で覆った。


「なるほど」

「ごめん」

「女じゃあるまいし、これくらい別に。…だけどお前それ、もっとちゃんと隠した方がいいぞ」

「…」

「使ったお前の方が傷ついてんだよ」


馬鹿じゃねぇの、と親指で頬の涙を拭われる。

変わらぬゼータの優しさに、僕はほっと安堵の息を吐いた。


「もっと『便利な道具』だと割り切れよ。そんなモンに振り回されんな。オンオフ切り替えて使いたい時にだけ使えよ」

「オンオフ」

「そっちの方が使う時に威力出そうじゃん」


ニカッと歯を出して笑われ、目から鱗の気分だ。


使いたい時に使う。

そもそもコレを意識して使おうだなんて、考えたことがなかった。


母上を殺した、この魅了眼を。




「これは、悪霊に取り憑かれたのう」


俺の首に残されたロープの痕を確認しつつ、ラムダがそんなことを呟いた。


「悪霊?」

「儂に習慣的に憑依されとったせいでお前、とんでもない霊媒体質になっとるわい」

「…それってラムダのせいで悪霊に取り憑かれて死にかけたということだよね?」


何かもっと他に言うべき台詞があるんじゃないの?と迫ると、しばらく目を泳がせていたラムダが「てへっ」と舌を出した。


「ごめんねっ☆」

「婆がやっても可愛くない」


到底謝罪を受けた気になれず、がっくりと脱力する。

ラムダが憑依すれば今憑いている悪霊は追い出せるが、それでは根本的な解決にはならない。

力のある霊媒師などに相談して、結界なり御札なり御守りなりで身を護る必要がある。

隣で事情を聞いていたゼータが「すまん」と謝ってきた。


「知らなかったとはいえ、俺さっきお前に『わざと』とか」

「それはもういい。さっきのことはお互い様で」

「なに?さっきのことって。何かあったの?」


アルファが背中に抱き着いてきてビクッと身体を震わす。

そもそも好きとかどうとかを意識し始めたのも、アルファが女性らしく成長してきたからだ。

アルファが抱き着いてきてゼータが剥がす、そんなルーティンを繰り返しているからおかしくなるのだ。


「アルファ、頼むからもう少し適切な距離を取ってくれ」

「なによ、適切な距離って」

「ベタベタくっつくなってことだろ」

「えーやだ」


俺達のやりとりを眺めつつ、シグマは「ふむ」と顎に手をやって考え込む。



「確かに声変りもして、そろそろ女装も厳しくなってきたよな」



その一言で、僕の五年間にも及ぶ女装生活が終わりを告げた。









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