ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤

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ありふれた聖女のざまぁ

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「婚約をなかったことにしてほしい」


私の本当の名前はアリス。

突然の交通事故で亡くなり、気付けば『ありふれた勇者パーティで逆ハーレムやってみた』という小説のヒロインであるアイリスに憑依していた。


アイリスは辺境の小さな村出身の平民で、聖女の才能を持ってはいたがそれは珍しくもない平々凡々な程度。

幼馴染みのアレクが勇者になったことでその助けになろうと一緒に旅に出た女の子だ。


王宮では勇者アレクを中心に魔王討伐パーティが組まれ、そのメンバーはアレクとアイリスの他に第二王子ジークフリートと王宮魔法士セシルと王宮騎士ギルバードだった。


ジークフリートはこの魔王討伐に自身の立太子を懸けていたらしく、この討伐が成功した暁には聖女の務めを果たしたアイリスに妃となってほしいと懇願し、婚約を結んでから出立した。

こうして第二王子に先手を打たれた勇者パーティだったが、幼馴染みの勇者アレクからは実は昔から好きだったんだと告白されたりとか、王宮魔法士セシルからは貴女だけは必ず護ると魔道具の指輪を貰ったりとか、王宮騎士ギルバードからは騎士の誓いを立てられたりとか、そんな感じで逆ハーレムを築いていき、最後に王都へ戻って王子と結婚式を挙げてエンドを迎えるハズだった。


ストーリーの通り順調に進んでいたのに、異変は王都への帰路の途中で起こった。



「神殿から愛し子が召喚されたと連絡が入った。愛し子は異世界から送られた特別な聖女だ。勇者パーティの聖女には彼女こそが相応しい」


甘ったるい愛の言葉を吐き続けていたとは思えないほど冷淡な声で、ジークフリートが語る。

いや、彼にとってアイリスは王太子になる為の道具でしかないということは最初からわかっていたことだ。


「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」

「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」


「…」


そんな『家に帰るまでが遠足だ』みたいな台詞をキメ顔で言われても困るんですが。


「心配しなくとも婚約の書類はこちらで破棄しておく。そして、これは口止め料だ。平民が一生遊んで暮らせるだけの金だ、文句はあるまい?」


ジャラと金貨の入った袋を差し出され、私はそれを受け取った。


「わかりました」


正直、好きだったかと訊かれたら否だ。

逆ハーレムも読んでいる分にはいいが、私の趣味じゃない。


私はこの身体の持ち主であるアイリスに遠慮して、ストーリーの通りに進まなくてはと思っていただけ。

何故か破綻してしまったが、それは私のせいではない…だろう、多分。


ここから先のストーリーは私も知らない。


だから…、これからは私が好きなように生きていこう。



「というわけで、預けておいた魔道具の指輪を返してください」



部屋を出ていこうとすると、セシルから声をかけられる。


そういえばそうだったな、と嵌めていた指輪を抜いてそのまま返す。

攻撃魔法を受けた場合、自動で結界を張って守ってもらえる便利アイテム。

ある日セシルから『貴女は私が必ず護りますから』と耳元で囁かれながら渡されたものだ。



「わかっているだろうが、俺の騎士の誓いも無効だ」



畳みかけるようにギルバードに言われ、頷く。


確か『俺の剣は生涯貴女のモノだ』と跪いて言われたっけ。

騎士の誓いってそんな簡単に無効に出来るものなんだな、驚愕。



「はっ、涙の一つも流さないとは。平民のクセに生意気な女だったな」



背中に罵声を受けながら宿屋の部屋を出る。

すると階段を上がってきたアレクと鉢合わせした。


「アレク…」

「アイリス!俺、王都に帰ったら王女様と結婚するんだ!」


嬉しそうに報告され、言おうとした別れの言葉を呑み込む。


『帰ったら結婚するんだ』は死亡フラグナンバーワンで絶対言っちゃいけない台詞の一つなのだが、この世界でそれを言っても通用しないだろう。

私は苦笑しながら「おめでとう」と祝辞を述べ、そこから立ち去った。



私が本当にアイリスとして生きていたなら、この出来事は心に深い傷痕を残しただろうと思う。


だが、私は安堵の方が大きかった。


良かった。知らない世界で王太子妃とか、無理に決まっている。

これ以上愛想笑いもしなくていいのだ。

纏わりつかれて、いつでも監視されているような窮屈な生活も終わり。



自由だ!!!



私は黄昏れ始めている街の中、満面の笑顔で冒険者ギルドへと駆けて行った。



「夜は森の魔物の動きが活発になりますので、護衛を雇ったとしても危険です。出発は朝になってからの方がよろしいのでは?」

「いいえ大丈夫よ。私は聖女ですもの。魔物が寄ってこないよう聖域を展開できますから」

「ですが、…その。森を抜けるには三日ほどかかります。二晩も聖域を展開し続けるのは…」

「え?出来るけど?」


村を出立した時には平々凡々の聖力だったアイリスも、旅の間で大きく成長した。


毎日聖力を出し尽くし、足りなくて聖水を飲んで補充しては再度出し尽くし、まるでドラッグ漬けであるかのように酷使してきた。

そのせいかアイリスの聖力の容量は増え続け、元来の十倍は優に超えている。

そして同様に、聖力を節約する使い方に鍛錬を重ね、持久力も手に入れた。

強く、速く、正確に、過不足なく。



勇者パーティの面々はきっと知らないだろう。


アイリスがどれほど努力してきたか。

そしてアイリスが最早、大聖女と称しても過言ではないほどの実力を有していることを。



長い銀髪だった髪は切り、可愛いピンクに染めた。

動きにくい聖衣は脱ぎ、冒険者が好むような装備に着替える。

名前も『アイリス』は捨てて『アリス』へと改名した。

聖女と名乗りたくなかったので、剣の技術を学び、冒険者として旅を始める。

有難いことに、資金だけは潤沢にあったので。



「ちょっと奥さん、聞きました?第二王子のジークフリート殿下が大怪我を負ったらしいですよ」



ある日、聖水を貰いに立ち寄った神殿で、そんな噂話を耳にした。


「魔王を討伐して王都に帰還する途中、魔物に襲われたんですって」


「え?どういうこと?…魔王を倒すほどのパーティが魔物にやられて???」

「魔王が倒れたことで、魔物もどんどん弱体化していると聞きましたけど…」

「そうねぇ、油断されていたんじゃないかしら。誰にでもそういうことはあるわ。アレク様はジークフリート殿下を囮にして逃げたとして陛下から『勇者』の称号を剥奪されたとか。セシル様とギルバード様も聖女様を護るのに精一杯だったらしく、降格処分ですって」


それは大変だと口元に笑みが浮かんでしまう。


日常生活に支障が出るほどの大怪我ならば立太子など望めないだろうし、ジークフリートの立太子をあてにしていた腰巾着の二人もそれ以上の出世は望めないだろう。

称号を剥奪されたアレクは最早ただの平民だから、王女様との婚約もなかったことにされるのだろうし。


「あらまぁ…。でも、聖女様なら怪我なんてすぐに治してしまわれるのでは?」


「それが、聖女様はこの世界に来たばかりで、まだ上手く聖力を扱えないんですって」

「どういうこと???」

「でも、だって…魔王を討伐されたんですわよね?」


「それが…。これは内緒の話なんですけれど…」



魔王を討伐した時の聖女様は、別の聖女様なんですって!!!



えええっ、噓でしょーーーっっっ!?!?!?



内緒の割には声が大きい、と充分に聖水を補充したアリスはそっとその場を離れる。


「あの、失礼ですが聖女様?」


背後から神官に声をかけられ、「何か?」と振り返る。


「聖水をお求めになられるということは、聖女様ですよね?」

「そうですが。…お布施が足りませんでしたか?」


聖水の代金はお布施ということで明確には決められていないが、常識的にこれくらいだという設定はある。

文句を言われるほど少ないつもりはないし、そもそも布施なのだから神殿側も文句を言ってはいけないのだが。


「いいえ、そうではなく。聖女様のお名前をお聞きしたいと思いまして」

「それは何故ですか?」

「実は王族の方がある聖女様を捜しておられるので」


「…」


それは大怪我を負ったと噂されていた第二王子ジークフリート殿下ですか?と思い当たってしまい、眉間に皺が寄る。


「私の名前はアリスです。見ての通り、聖女の力はあるものの冒険者をメインに活動しております」

「…そうですか。ところで銀髪のアイリスという聖女様に覚えはありませんか?」

「存じ上げないですね」


スンと表情の抜け落ちた顔で即答する。

神官は期待もしていなかったのか「そうですよね」とすぐに引き下がった。


殿下が何故アイリスを捜しているのかはわからない。


四肢欠損すら完治できて当然という認識が間違っていたとようやく気付いたのか。

それとも、一瞬で痕すら残さずに怪我が治るのが当たり前じゃないことに気づいたのか。

アイリスの聖域展開の持久力が常識外れだと気づいたのか。


全部かもしれないけど。


例え後悔していようとも、殿下のもとへ…彼らのもとへ帰るつもりはない。

彼らに言いたいことはただ一つ。


「ざまぁ!」


ベーと舌を出して悪態を吐き、私は神殿を後にした。










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