ロングスカート

hamapito

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ロングスカート

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 自分でも思う。どうしてコレにしちゃったんだろうって。
 階段手前で一瞬戸惑っただけで電車には乗り遅れる。
 エスカレーターでも膨らむスカートを押さえるのに必死。
 ちょっとでも油断すれば裾を踏んで転びかける。
 可愛いはずの、おしゃれなはずのロングスカートがこんなにも邪魔をしてくる。
 私の心が弾もうとするのをとことん跳ね返して落としてくる。
 でも、一番悲しいのはそこじゃない。
 私がちょっと止まるたび。
 私が少し手間取るたび。
 隣から小さく漏れるため息に胸が痛くて仕方なかった。
「ため息禁止」と冗談めかして返すことさえできない。
 もう、やだ。
 待ち合わせから一時間。
 映画館の暗い座席について十五分。あと一時間半はこのまま過ごせばいい。
 だけど、その後はまた移動して……。
 ――終わったらお昼食べる?
 嬉しかったはずの言葉さえ今の私には不安しかない。
 もう帰りたい。早く帰ってしまいたい。
 こんな気持ちになるのなら、昨日断ってしまえばよかった。
 偶然が味方したと、浮かれたのがいけなかったのだ。

 話題になっている映画の続編が始まる。
 四人で観にいこうと約束したのが三日前。
 前日の、昨日の夜になってメッセージが入った。それも示し合わせたかのようにふたつ同時に。一方は『家の用事で行けなくなった』で、もう一方は『部活の時間変更になったから無理だわ』だった。
残されたのは私ともうひとり。
 どう返すのが正解だろう。
 ――別の日に変える? かな。
 ――じゃあ今回はやめておこう。かな。
 さすがにふたりだけで行くのは彼も困るだろう。
 少しだけ弾んでしまった心を元の場所へと帰して、タップしようと思ったときだった。
 今開いているグループの画面とは別にメッセージが入ったのは。
 アカウントは知っていたけど。彼とやり取りをするのは、いつもこのグループかクラスのだけだった。こんなふうに個人的にメッセージが送られてきたのは初めてだった。
 なんだろう?
 おそるおそる画面を切り替える。
『どうする? 俺は行きたいけど』
 見えた文字に一瞬思考が停止した。
 ――俺は行きたいけど。
 ひとりでも? 映画が観たいから? まさか「私と」という意味ではないよね?
「どうするって……どうすればいいの?」
 本音を言えば、行きたい。映画が観たい、というのもある。もう明日の準備できちゃったし、というのもある。でも一番の理由は――。
「まあ、べつにデートってわけじゃないもんね」
 これはあくまで突発的な事故。偶然の産物。だから「行く」と言っても何も問題はない……はず。いや、本当はひとりで行きたいけど、気を遣って聞かれてる? 優しい彼のことだ。その可能性もある気がする。ここはやっぱり断るのが正解? あーもう、どうすれば。
 ブブ、と再び震えたスマートフォンに視線を向ければ吹き出しが追加された。
『座席ふたつ取って平気?』
「!」
 目に飛び込んできた言葉に、思わずベッドから体を起こす。
 これはもう賭けに出てもいいのでは?
 震えそうになる指先に力を込めて文字を打ち込む。
 ――うん。お願い。
 当たり障りのない『ありがとう』のスタンプを送るのが精一杯だ。
 デート……いや、違うかもだけど。彼にはそんな気ないだろうけど。
『了解』と返ってきた瞬間に、ぶわりと全身が熱くなった。

 用意していたのはいつもと変わらない、膝丈のデニムのスカートだった。
 風に広がる心配もないし、裾に気をつける必要もない。それでいて一応は女の子らしさもある。これなら、と決めたはずだった。
 けれど――朝になってから目に留まってしまった。
 買ってからまだ一度も履けていないロングスカート。お店で見つけたときは鮮やかな水色と柔らかく広がるシルエットに即決だったのに。いざ使おうと思うとどうしても天候や動きやすさを考えて足踏みしてしまっていた。
 彼とふたりだけで会う。デートとは言えないかもしれないけど。でも。
 昨日受け取ったメッセージを思い出し、私はクローゼットの奥へと手を伸ばした。

 エンディングが終わり、ゆっくりと視界が明るくなっていく。
 劇場内のざわめきに合わせて、私も立ち上がろうと足に力を入れたときだった。
「わあっ」
 自分でスカートの裾を踏んでしまい、隣にいた彼の腕を咄嗟に掴んでしまった。
「ご、ごめん」
 急いで手を離し、水色の布地をヒールの下から引き抜く。
「……それさあ」
 ため息とともに落とされた声に顔を上げられなくなる。
 彼もあきれ果てているだろう。どうしてこんなのを選んだのだ、と。ちょっとしたことで気をとられる私を煩わしく思っているに違いない。
「ごめ……」
「ん」
 謝ろうと飛び出しかけた言葉は差し出された手に阻まれる。
 視界に映る大きな手のひらに驚き、顔を上げる。
「危ないから」
「え」
 聞こえた言葉を理解するより早く、彼の手がスカートを握ったままだった私の手を取った。
「――それ、似合ってる」
 顔を背けるようにして言った彼の手は私よりもずっと熱かった。


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