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今度はふたりで?
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緊張していた。スクールバッグの持ち手をぎゅっと握りしめてしまうくらいに。
土曜日の授業は午前で終わり。テスト前なので部活組もそのまま帰宅。とは言え、育ち盛りの中学生が家に着くまで我慢できるはずはなく。冬の冷たい空気で満ちる昇降口では、寄り道について話す声があちこちで響く。友達とする当たり前の会話。
その輪の中に、僕はいない。
いじめられているというわけではない。挨拶すれば返ってくるし、クラスから弾き出されているわけでもない。ただ「友達」ではないというだけ。同い年のクラスメイト、それ以上でも以下でもない。
***
「そのシールちょうだい」
声をかけられたことに驚き、すぐに返事ができなかった。取り出したペットボトルを手にしたまま固まってしまう。二年生になったばかりの教室はざわめきに溢れていた。
「その、ちっちゃいやつ」
隣の席の小日向くんは、いたって自然に、普通に僕に話しかけてきた。
「集めてるんだ、そのシール。飲み終わってからでいいから、ちょーだい」
ラベルに貼られた小さなシール。何がもらえるのか、キャンペーンの内容は知らない。飲み物自体なんとなく選んだだけ。それがまさか会話のきっかけになるなんて。
「えっと、じゃあ、飲み終わったら渡すね」
「やった。これであと一枚だ」
自己紹介はなかった。僕は彼のことを知っていたけど、彼は僕のことを知らなかったと思う。
小日向くんはサッカー部で、いつも人に囲まれていて、クラスどころか学年を超えて目立っていた。三年生の先輩に告白されたという噂も、彼なら本当だと思う。
「また同じクラスかよ」
「なんだよ、不満なのかよ」
気づけば彼の机のまわりには人が集まっていた。隣の席なのに、姿は見えず、声しか聞こえない。小日向くんにとっての僕は、ただのクラスメイト。欲しいシールが目の前にあったから話しかけただけ。それだけだ。会話に加える義理もない。わかっている。
だって僕たちはまだ友達じゃないのだから。けれど、もしかしたら、という期待が僕の胸を温める。上も下もない。損も得もない。誰とでも自然に話せる小日向くんなら、こんな僕でも友達になってくれるのではないか。
そわそわと落ち着かなくなった胸に向かって、ペットボトルを勢いよく傾けた。
いつもより丁寧に濯ぎ、空になったペットボトルを自分の部屋へと持ち帰る。ラベルだけ剥がすべきか迷ったけれど、いかにも「持ってきた」感があるのはよくない気がして、そのままにした。できるだけさりげなく渡したい。小日向くんがしてくれたように、自然に。できれば小日向くんから「あのシールさ」と話しかけてくれたらいい。僕から話しかけるのはマラソン大会で完走するくらいに難しいから。
ペットボトルを手に、ベッドへ寝転がる。これを渡したら、会話ができる。「ありがと」「どういたしまして」の短いものかもしれない。それでもいい。小日向くんが僕と話してくれることが嬉しい。透明な膜を通せば、天井のライトも柔らかく見えた。
スクールバッグの持ち手を強く握る。
小日向くんのまわりは今日も騒がしい。おはよう、と挨拶すらできない。それでもチャイムが鳴れば、みんな席に戻る。そのときに話しかければいい。
ゆっくり息を吐き出し、机の横にバッグをかける。いつでも取り出せるように、ファスナーを半分ほど開けておく。早くチャイム鳴らないかな。チラチラと横に視線を向けつつ、机の上に一時間目の準備をする。
「そういえば、シール集まったの?」
不意に飛び込んできた声。ドク、と心臓が跳ねる。小日向くんが集めていたことを知っているのは僕だけではない。僕に声をかけるくらいなのだから、他の人にも話しているだろう。
あと一枚。小日向くんは言っていた。僕の分を入れてあと一枚だと。僕のシールはカバンの中にある。大丈夫。あれからまだ三日しか経っていない。きっと、まだ……。
「もっちろーん。昨日出してきたとこ」
「マジか。結構早かったな」
「おかげさまで」
胸の奥がきゅっと縮む。冷えすぎた水を飲み込んだみたいに。そうか、もう集まったのか。小日向くんが声をかければすぐに集まる。当たり前だ。小日向くんは友達が多いのだから。
――そのシールちょうだい。
約束でも何でもない。小日向くんにとっては誰でもよくて。僕からもらう必要なんてなくて。それなのに勝手に勘違いした。僕が渡さなきゃいけない、なんて。勝手に友達になれるかもなんて期待したのがいけない。恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。自分の心を覗かれないよう、ファスナーをきっちり閉めた。
そのあとも小日向くんはいたって普通だった。
「これどう解くの?」とか「辞書貸して」とか、クラスメイトとして当たり前に話しかけてくる。僕はそのたびに「この公式を使って」とか「いいよ」とか、当たり障りなく返している。シールについては何も聞かれなかったし、僕も忘れているフリをした。
言葉ひとつひとつを大切に受け止める必要なんてない。会話とか空気とか、教室にあるものを堰き止めないことだけ考えた。僕は、僕個人ではなく教室の風景の一部だと。小日向くんにとってはたくさんいるクラスメイトの一人でしかない、と。
***
どうしよう、と迷う間に小日向くんたちは上履きからローファーに履き替えてしまう。話しかけるなら今しかない。
――今日、アイス食べたくない?
ほんの数分前に聞こえた小日向くんの声。
――え、アイス?
――外めっちゃ寒いのに?
――寒いからいいんじゃん。
前から流れてきた、小日向くんたちの会話。廊下に響くいくつもの声にかき消されることなく、まっすぐ届いた。僕の手は自然とスクールバッグの持ち手を握る。だって、こんなタイミングあるだろうか。
昨夜、母さんから渡されたのは某アイスクリームチェーン店のチラシだった。一グループ四名までのクーポン券付き。
「ちょうどもらったから」
友達と行ってきたら、と言われ、受け取らないわけにはいかなかった。友達なんていない。そう答えたら、きっとこの笑顔は崩れてしまうから。
チラシはそのままスクールバッグへ突っ込んだ。駅のゴミ箱に捨てるつもりで。僕には無理だから。誰かを誘うことも、一人でお店に行くことも。明るい声が響く店の前で立ち止まるなんて、僕にはできない。だから母さんには悪いけど、使ったフリをするしかない。
――そう、思っていた。小日向くんの声を聞くまでは。
渡してみようか。クーポン券付いてるし。何より彼らなら何の躊躇いもなくアイスを食べに行くことができるだろう。「友達にあげた」と言えば、母さんへの嘘も半分になる。
そっと息を吸い込むが、声になる前に口の中で消えてしまう。音を出すまで辿り着かない。たったひと言「これあげるよ」と言うだけなのに。
そんな些細なことすら僕にとっては難しい。
小日向くんとは席が離れてからあまり話していない。これが当たり前だったのだと半年かけて体に馴染ませたところだ。そんな僕が渡したら、どう思うだろう。うざいって思われないだろうか。無視されたりしないだろうか。小日向くんはそんな人じゃないけど、でも。
あのシールのときのように。また、僕だけ。僕だけが勝手に小日向くんを意識しているのだとしたら。それはとても恥ずかしい。やっぱりこのまま通り過ぎるべきだ。挨拶だけして。それがいつも通り。いつもと変わらない、僕たちの距離だから。
「あれ?」
不意に降ってきた声に、ビクッと肩が跳ねる。
「立花も帰り?」
うん、と顔を上げることなく頷く。きっと「また明日」って言われて終わる。じゃあな、って。だってそれがいつもの……。
「駅まで一緒に行く?」
「え」
思わず顔を上げれば「立花も電車だよな?」と小日向くんが言って。周りの友達も「あ、そうなの」「方向同じじゃん」って普通に返していて。みんな、足を止めていた。ただそれだけのことに、なんでか泣きそうになる。
「……あの」
ローファーを取り出すよりも早く、バッグから紙を取り出す。どうして渡したかったのか。友達になりたいという期待もあったけど。それだけじゃなくて。僕は、ただ。
「これよかったら」
「おっ、クーポン付いてるじゃん」
「マジ?」
「行っちゃう?」
わいわいと盛り上がるみんなを見て、思う。
僕は、ただ喜んでもらいたかったのだと。
「みんなで使って」
そのまま先に帰ろうと歩き出す。が、すぐに引き戻された。
「何言ってんの」
小日向くんの口元で息が白く溶けていく。
「立花も一緒に行かないと」
友達じゃないのに? 浮かんだ戸惑いを小日向くんが「立花が持ってきたんだから当然だろ」と、呆れたように笑いとばした。
それから僕たちは、みんなでアイスクリームを食べに行った。僕が初めてだと言うと、みんなそれぞれにオススメを言ってきて、冬だというのに僕はトリプルを頼む羽目になった。
「無理すんなって言ったのに」
寒い、と繰り返す僕に、小日向くんがホットココアのペットボトルを差し出す。小日向くん以外のみんなはアイスを食べた後すぐ帰ってしまって、駅ビル内のベンチには僕と小日向くんのふたりだけだった。
「いいの?」
「クーポンのお礼」
「ありがとう」
両手で受け取れば、手のひらから熱が流れ込む。
「あったかい」
じんわりと寒さが消えたところで、気づく。教室ではなく駅ビル。隣の机ではなくひとつのベンチ。放課後にこうしてふたりでいるのは、ただのクラスメイトよりも少し、ほんの少し友達に近いのではないか。
「……シール」
不意に落ちてきた声に、顔を上げる。小日向くんが持っていたペットボトルから小さなシールを剥がした。指先には見覚えのある形が貼り付いている。季節が変わって新たなキャンペーンが始まったらしい。
「あ、僕のにも付いてる」
あのときも、こうやってすぐに渡せばよかったのだ。
「はい」
摘んで差し出せば、小日向くんは一瞬戸惑うように瞳を揺らし、ゆっくりと受け取る。シールの粘着面が指から離れ、小日向くんの人差し指と中指にシールが並んだ。
「やっともらえた」
「え?」
「春のときはくれなかったじゃん。ちょーだいって言ったのに」
「え、だって、もう集まったって」
小日向くんは言っていた。もう集まったのだと。そして小日向くんは何も言わなかった。ちょーだい、とも。もういらないから、とも。
「集まったかどうかは関係ないから」
「そうなの?」
うん、と小日向くんが静かに頷く。間近で優しく目を細められ、どこを見ていいかわからなくなる。
「……立花にもらいたかったんだ」
どういう意味? と問いかけるよりも早く「帰るか!」と小日向くんが立ち上がった。
慌てて、僕も立ち上がる。ココアをコートのポケットへ滑り込ませれば「立花」と、先を歩く小日向くんが振り返る。
「またアイス食べような」
「うん」
今度はふたりで、と聞こえた気がしたけど、気のせいだったかもしれない。
土曜日の授業は午前で終わり。テスト前なので部活組もそのまま帰宅。とは言え、育ち盛りの中学生が家に着くまで我慢できるはずはなく。冬の冷たい空気で満ちる昇降口では、寄り道について話す声があちこちで響く。友達とする当たり前の会話。
その輪の中に、僕はいない。
いじめられているというわけではない。挨拶すれば返ってくるし、クラスから弾き出されているわけでもない。ただ「友達」ではないというだけ。同い年のクラスメイト、それ以上でも以下でもない。
***
「そのシールちょうだい」
声をかけられたことに驚き、すぐに返事ができなかった。取り出したペットボトルを手にしたまま固まってしまう。二年生になったばかりの教室はざわめきに溢れていた。
「その、ちっちゃいやつ」
隣の席の小日向くんは、いたって自然に、普通に僕に話しかけてきた。
「集めてるんだ、そのシール。飲み終わってからでいいから、ちょーだい」
ラベルに貼られた小さなシール。何がもらえるのか、キャンペーンの内容は知らない。飲み物自体なんとなく選んだだけ。それがまさか会話のきっかけになるなんて。
「えっと、じゃあ、飲み終わったら渡すね」
「やった。これであと一枚だ」
自己紹介はなかった。僕は彼のことを知っていたけど、彼は僕のことを知らなかったと思う。
小日向くんはサッカー部で、いつも人に囲まれていて、クラスどころか学年を超えて目立っていた。三年生の先輩に告白されたという噂も、彼なら本当だと思う。
「また同じクラスかよ」
「なんだよ、不満なのかよ」
気づけば彼の机のまわりには人が集まっていた。隣の席なのに、姿は見えず、声しか聞こえない。小日向くんにとっての僕は、ただのクラスメイト。欲しいシールが目の前にあったから話しかけただけ。それだけだ。会話に加える義理もない。わかっている。
だって僕たちはまだ友達じゃないのだから。けれど、もしかしたら、という期待が僕の胸を温める。上も下もない。損も得もない。誰とでも自然に話せる小日向くんなら、こんな僕でも友達になってくれるのではないか。
そわそわと落ち着かなくなった胸に向かって、ペットボトルを勢いよく傾けた。
いつもより丁寧に濯ぎ、空になったペットボトルを自分の部屋へと持ち帰る。ラベルだけ剥がすべきか迷ったけれど、いかにも「持ってきた」感があるのはよくない気がして、そのままにした。できるだけさりげなく渡したい。小日向くんがしてくれたように、自然に。できれば小日向くんから「あのシールさ」と話しかけてくれたらいい。僕から話しかけるのはマラソン大会で完走するくらいに難しいから。
ペットボトルを手に、ベッドへ寝転がる。これを渡したら、会話ができる。「ありがと」「どういたしまして」の短いものかもしれない。それでもいい。小日向くんが僕と話してくれることが嬉しい。透明な膜を通せば、天井のライトも柔らかく見えた。
スクールバッグの持ち手を強く握る。
小日向くんのまわりは今日も騒がしい。おはよう、と挨拶すらできない。それでもチャイムが鳴れば、みんな席に戻る。そのときに話しかければいい。
ゆっくり息を吐き出し、机の横にバッグをかける。いつでも取り出せるように、ファスナーを半分ほど開けておく。早くチャイム鳴らないかな。チラチラと横に視線を向けつつ、机の上に一時間目の準備をする。
「そういえば、シール集まったの?」
不意に飛び込んできた声。ドク、と心臓が跳ねる。小日向くんが集めていたことを知っているのは僕だけではない。僕に声をかけるくらいなのだから、他の人にも話しているだろう。
あと一枚。小日向くんは言っていた。僕の分を入れてあと一枚だと。僕のシールはカバンの中にある。大丈夫。あれからまだ三日しか経っていない。きっと、まだ……。
「もっちろーん。昨日出してきたとこ」
「マジか。結構早かったな」
「おかげさまで」
胸の奥がきゅっと縮む。冷えすぎた水を飲み込んだみたいに。そうか、もう集まったのか。小日向くんが声をかければすぐに集まる。当たり前だ。小日向くんは友達が多いのだから。
――そのシールちょうだい。
約束でも何でもない。小日向くんにとっては誰でもよくて。僕からもらう必要なんてなくて。それなのに勝手に勘違いした。僕が渡さなきゃいけない、なんて。勝手に友達になれるかもなんて期待したのがいけない。恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。自分の心を覗かれないよう、ファスナーをきっちり閉めた。
そのあとも小日向くんはいたって普通だった。
「これどう解くの?」とか「辞書貸して」とか、クラスメイトとして当たり前に話しかけてくる。僕はそのたびに「この公式を使って」とか「いいよ」とか、当たり障りなく返している。シールについては何も聞かれなかったし、僕も忘れているフリをした。
言葉ひとつひとつを大切に受け止める必要なんてない。会話とか空気とか、教室にあるものを堰き止めないことだけ考えた。僕は、僕個人ではなく教室の風景の一部だと。小日向くんにとってはたくさんいるクラスメイトの一人でしかない、と。
***
どうしよう、と迷う間に小日向くんたちは上履きからローファーに履き替えてしまう。話しかけるなら今しかない。
――今日、アイス食べたくない?
ほんの数分前に聞こえた小日向くんの声。
――え、アイス?
――外めっちゃ寒いのに?
――寒いからいいんじゃん。
前から流れてきた、小日向くんたちの会話。廊下に響くいくつもの声にかき消されることなく、まっすぐ届いた。僕の手は自然とスクールバッグの持ち手を握る。だって、こんなタイミングあるだろうか。
昨夜、母さんから渡されたのは某アイスクリームチェーン店のチラシだった。一グループ四名までのクーポン券付き。
「ちょうどもらったから」
友達と行ってきたら、と言われ、受け取らないわけにはいかなかった。友達なんていない。そう答えたら、きっとこの笑顔は崩れてしまうから。
チラシはそのままスクールバッグへ突っ込んだ。駅のゴミ箱に捨てるつもりで。僕には無理だから。誰かを誘うことも、一人でお店に行くことも。明るい声が響く店の前で立ち止まるなんて、僕にはできない。だから母さんには悪いけど、使ったフリをするしかない。
――そう、思っていた。小日向くんの声を聞くまでは。
渡してみようか。クーポン券付いてるし。何より彼らなら何の躊躇いもなくアイスを食べに行くことができるだろう。「友達にあげた」と言えば、母さんへの嘘も半分になる。
そっと息を吸い込むが、声になる前に口の中で消えてしまう。音を出すまで辿り着かない。たったひと言「これあげるよ」と言うだけなのに。
そんな些細なことすら僕にとっては難しい。
小日向くんとは席が離れてからあまり話していない。これが当たり前だったのだと半年かけて体に馴染ませたところだ。そんな僕が渡したら、どう思うだろう。うざいって思われないだろうか。無視されたりしないだろうか。小日向くんはそんな人じゃないけど、でも。
あのシールのときのように。また、僕だけ。僕だけが勝手に小日向くんを意識しているのだとしたら。それはとても恥ずかしい。やっぱりこのまま通り過ぎるべきだ。挨拶だけして。それがいつも通り。いつもと変わらない、僕たちの距離だから。
「あれ?」
不意に降ってきた声に、ビクッと肩が跳ねる。
「立花も帰り?」
うん、と顔を上げることなく頷く。きっと「また明日」って言われて終わる。じゃあな、って。だってそれがいつもの……。
「駅まで一緒に行く?」
「え」
思わず顔を上げれば「立花も電車だよな?」と小日向くんが言って。周りの友達も「あ、そうなの」「方向同じじゃん」って普通に返していて。みんな、足を止めていた。ただそれだけのことに、なんでか泣きそうになる。
「……あの」
ローファーを取り出すよりも早く、バッグから紙を取り出す。どうして渡したかったのか。友達になりたいという期待もあったけど。それだけじゃなくて。僕は、ただ。
「これよかったら」
「おっ、クーポン付いてるじゃん」
「マジ?」
「行っちゃう?」
わいわいと盛り上がるみんなを見て、思う。
僕は、ただ喜んでもらいたかったのだと。
「みんなで使って」
そのまま先に帰ろうと歩き出す。が、すぐに引き戻された。
「何言ってんの」
小日向くんの口元で息が白く溶けていく。
「立花も一緒に行かないと」
友達じゃないのに? 浮かんだ戸惑いを小日向くんが「立花が持ってきたんだから当然だろ」と、呆れたように笑いとばした。
それから僕たちは、みんなでアイスクリームを食べに行った。僕が初めてだと言うと、みんなそれぞれにオススメを言ってきて、冬だというのに僕はトリプルを頼む羽目になった。
「無理すんなって言ったのに」
寒い、と繰り返す僕に、小日向くんがホットココアのペットボトルを差し出す。小日向くん以外のみんなはアイスを食べた後すぐ帰ってしまって、駅ビル内のベンチには僕と小日向くんのふたりだけだった。
「いいの?」
「クーポンのお礼」
「ありがとう」
両手で受け取れば、手のひらから熱が流れ込む。
「あったかい」
じんわりと寒さが消えたところで、気づく。教室ではなく駅ビル。隣の机ではなくひとつのベンチ。放課後にこうしてふたりでいるのは、ただのクラスメイトよりも少し、ほんの少し友達に近いのではないか。
「……シール」
不意に落ちてきた声に、顔を上げる。小日向くんが持っていたペットボトルから小さなシールを剥がした。指先には見覚えのある形が貼り付いている。季節が変わって新たなキャンペーンが始まったらしい。
「あ、僕のにも付いてる」
あのときも、こうやってすぐに渡せばよかったのだ。
「はい」
摘んで差し出せば、小日向くんは一瞬戸惑うように瞳を揺らし、ゆっくりと受け取る。シールの粘着面が指から離れ、小日向くんの人差し指と中指にシールが並んだ。
「やっともらえた」
「え?」
「春のときはくれなかったじゃん。ちょーだいって言ったのに」
「え、だって、もう集まったって」
小日向くんは言っていた。もう集まったのだと。そして小日向くんは何も言わなかった。ちょーだい、とも。もういらないから、とも。
「集まったかどうかは関係ないから」
「そうなの?」
うん、と小日向くんが静かに頷く。間近で優しく目を細められ、どこを見ていいかわからなくなる。
「……立花にもらいたかったんだ」
どういう意味? と問いかけるよりも早く「帰るか!」と小日向くんが立ち上がった。
慌てて、僕も立ち上がる。ココアをコートのポケットへ滑り込ませれば「立花」と、先を歩く小日向くんが振り返る。
「またアイス食べような」
「うん」
今度はふたりで、と聞こえた気がしたけど、気のせいだったかもしれない。
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