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『大晦日』side伊織(2)

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 大和がこわかったんじゃない。
 大和を変えてしまう自分がこわかった。
 だって、大和は知らないから。
 『常識』から、『普通』から、はみ出たモノがどんな目で見られるのか、どんな言葉をかけられるのか、大和はきっと知らない。
 ——知らないままでいい。俺は大和にそれを知ってほしいだなんて思わない。

「俺、伊織のことが好きなんだ」
 ずっと聞こえないふりを、気づかないふりを、するはずだった。
 けれど、もう止めることはできないのだと、その表情かおが言っていた。
 震える声も、真っ赤に染まった頰も、流れ続ける涙も……その全部を使って、大和が俺にぶつかってきた。そのまっすぐな瞳が、傷つくことさえいとわないと、そう言っていた。
「……っ、」
 俺も、そんなふうにまっすぐにぶつかっていけたら、どんなにいいだろう。
 だけど、俺は『大和』にはなれない。俺と大和は違う。そう、違うから——
「……あ、あー、俺も大和のこと好きだよ」
「!」
「そうそう、幼馴染とか親友とかって言うより、『家族』だもんな、俺たち」
 ——大和はきっとこんなふうにはぐらかさない。
「……え」
「いや、もうこんだけ一緒にいたらさ、友情っていうより、家族愛?みたいな感じだよな」
 ——大和はきっとこんなこと言わない。
「……ち、がう。そうじゃなくて、」
 震えの増した大和の声に気づかないふりをして、俺はカウンターに置きっ放しになっていたコーヒーへと視線を向ける。
「あ、そういえばコーヒー冷めちゃったな」
「伊織、」
 並んだ二つのカップからは湯気が消えている。
「あー、レンジで温めればいけるかな?」
「伊織!」
 必死に俺の名前を呼ぶ大和を、それでも俺は振り返らなかった。
「とりあえず、お菓子開けちゃうな」
 大和に背を向けるようにして、俺は抱えていたままのお菓子をカウンターに載せる。
「違うから」
 大和の声しか響いていない部屋の中、それでも俺は聞こえないふりを続ける。
「あ、そう言えばポッキーも発見したんだけど、どうする?まとめ食いする?」
 キッチンカウンターの上に備え付けられた棚の中から大きめのお皿を取り出し、開けたばかりのお菓子たちを並べていく。
「伊織!いい加減にしろよ」
「なんだよ、やっぱりチョコダメだった?」
 必死で思いを伝えてくれた相手に、本気でぶつかってきてくれた相手に、大和はきっとこんなことできないだろう。でも、俺はできる。どんなに大和が傷ついた表情かおをしても、どんなに大和が悲しんでも、それでも俺は、こんなふうに言えちゃうんだ。だって、俺は——
「伊織!!」
「!」
 怒りよりも悲しい響きをした声とともに、大和の大きな手が俺の肩を掴んできた。
 無理やり体の向きを変えられた俺の手元から赤い箱が床へと滑り落ちる。
「違うって言ってるだろ!」
 痛いくらいに強い力が、震えながら俺の左肩にかかる。
 見ないようにし続けた大和の顔が目の前にあった。
 逸らすことも、逃げ出すことも許さない、まっすぐな視線が突き刺さる。
 ——どうして、どうして大和は、止まってくれないの?俺がこれだけ言っても、どうして向かってくるんだよ。どうして、そんなに辛い方ばかりを選ぶんだよ。
「……っ、違うって、なんだよ?それ以外に何があるの?」
 ——もう逸らせないなら。 大和の瞳が俺を捉えたまま動かないなら。
「幼馴染でも、親友でも、家族でもない。俺は本当に伊織が好きなんだよ」
「……!」
 ——知らない誰かが大和を傷つけるくらいなら。
「……大和、それ本当に本気で言ってるの?」
 ——俺が、誰よりも先に俺が。
「本当に意味わかってる?俺が男だってわかってて、それでも好きだっていうことの意味が、本当に大和はわかってるの?」
 ——俺が、大和を傷つけるほうがいい。
「そんなの『普通』じゃないって、思わないの?」
 ——ねぇ、もういいだろ。
「俺、聞かなかったことにするから」
 ——もうこれ以上、俺に大和を傷つけさせないで。
「だから、大和も……」
 あんなに強く肩にかかっていた力が、消えていく。
「いいよ、もう」
 離された大和の手が、ゆっくりと下ろされていく。
「……え」
「聞かなかったことにもしなくていい」
 下ろされていく大和の大きな手が、そっと俺の左手を包み込む。
「だから、伊織はもうこれ以上、自分で自分を傷つけないで」
「!!」
 大和が困ったように笑って細めた目の端から、光が零れ落ちる。
 そして、その小さな光は、大和の体温に包み込まれている俺の手の上で弾けると同時に、確かな熱を俺に残していった。
「っ、なんだよ!なんなんだよ!」
 繋がれていない方の手を握りしめ、俺は大和の胸にぶつける。
「なんで、大和は、いつも……」
 ——そう、いつもだ。
「いつも、俺のこと、」
 ——いつも、大和だけが。
「俺のこと……わかるんだよ」
 ——大和だけが、本当の俺に気づいてくれる。
「だから、言ってるじゃん」
 大和の胸に押し付けていた俺の手も、大和の大きな手が包み込む。
「俺は伊織が好きなんだって」
 両手から伝わるのは、俺よりも少しだけ低い大和の体温。
「さっきから何度も言ってるだろ」
 ——本当は、ずっとわかっていた。
「いい加減、ちゃんと聞いてよ」
 ——大和だけが、俺の欲しい言葉をくれる。
「……ご、めん」
「いいよ、もう」
 ——大和だけが、ずっと。
「振り払わないでくれるなら、もういい」
 ——大和だけが、ずっと、俺は欲しかったから。
「……大和、」
 俺はそっと、震えの消えていない大和の両手を握り返す。
「大和に聞いてほしいことが、あるんだ」

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