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はだかの勇者 ~転生者相手に、馬鹿には見えない鎧で全裸無双~
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現代世界における西暦2026年。
わずか十年で、異世界は転生者であふれかえった。
当初こそ、彼らの多くは“異世界のため”と真面目に尽力していた。だが年月とともに転生者の質は低下し、いつしか徒党を組み、略奪し、殺し、犯し――悪逆非道の限りを尽くす者ばかりとなった。
そんな転生者たちを束ねる最強の転生者がいる。転生者だけの国を打ち立て、世界の半分を手に入れた男、勇者王。
異世界人は、畏怖と憎悪を込めて彼をこう呼ぶ。――魔王、と。
◆
とある王国の大通り。
露店の香辛料の匂いと、パンを焼く甘い匂い。馬の汗、石畳の埃。昼の活気。
その中心で――空気だけが、冷えた。
白昼堂々。若い少女の手首を無理やり掴み、馬車の中へ引きずり込もうとする太った大柄の男がいる。
周囲の人々は、見ている。だが、見ないふりをしている。目を逸らし、歩幅を速め、息を殺す。
――転生者。
それだけで、刃物より鋭い“沈黙”が街を縛る。
「や、やめてください! お願いします!!」
少女の母親らしき女が、石畳に膝をついて縋りついた。
髪は乱れ、手のひらは擦りむけ、声は裏返っているのに――それでも必死に言葉を紡ぐ。
「お願いです!! 娘は……まだ十代になって間もないんです!
お相手なら、私が致します!! どんな辱めでも受け入れます! ですから娘だけは!!」
しかし、誰も止められない。
“止めた人間がどうなるか”を、この街は知っている。昨日見た。先週も見た。墓地が増えた。
「うるっせえババアだな!」
バチン!!
平手一発。
母親は風船みたいに吹き飛び、石畳に叩きつけられて転がった。
「俺は“慣れた女”には興味ねえんだよ。こういう、まだ顔が青いのが一番いい。
国まで持って帰って、たくさん使ってやるよ。な? 嬉しいだろ? 勇者様のおもちゃになれるんだからよ……」
掴まれた手首が、ぎり、と締まる。
少女の喉がひきつり、目が揺れた。視線の先には、倒れた母親。
「わか……りまし……た……。お願いだから……貴方の言うこと……聞くから……ママに乱暴しないで……」
少女は、力なく膝をついた。
唇が震えているのに、声は出ない。涙は出るのに、助けは来ない。
男の顔に、いやらしい笑みが浮かぶ。
「なんだぁ? 聞こえねえなぁ。もっとデカい声で言ってみろ。
――“連れて行ってください”って。お前の口で言え」
少女の目の光が、じわじわと削れていく。
通りの誰もが、それを見ているのに、見ないふりをした。
その時だった。
「そこまでだ! これ以上の狼藉は私が許さん!!」
通りを裂く声。
金色の影が疾走する。腰まで伸びた太い三つ編みが、尻尾のように風を引いた。
重そうな鎧の音が、やけに軽い。
「私はこの国、タリズ王国騎士団副団長――フェイン!
この国での狼藉は、天が許そうが私が許さん!」
薄汚れた直剣を抜いたフェインは、殴り飛ばされた母と娘の間に立ち、男へ剣先を向けた。
睨みつけるフェインに、男は面倒くさそうにため息をつく。
「……ったく。これで何度目だろうなぁ。お前みたいな“勘違い”をぶっ殺すのは」
にやり。気持ちの悪い笑み。
「へえ……でも身体だけはいいな。俺は興味ねえが……おい! レイト!
巨乳のツンデレ女騎士だぜ! お前好きだろ!」
「マジかよ!?」
馬車の中から、細身で高身長の黒髪の男が飛び出してきた。
舌なめずりしながら、フェインを足先から頭頂まで舐めるように眺める。
「……外道が」
フェインの眼に、明確な殺意が芽生える。
ドンッ!!
その瞬間、フェインは地面を蹴った。
狙いは女の首を掴んでいた太った男。武器も構えず、中二病じみた黒コートを羽織っているだけ――今なら、一撃で屠れる。そう計算した。
カキン!!
一撃目、右上から斜めの斬撃。
だが、腕一本でガードされる。鉄を叩いたような重い音が響いた。
(……硬い。鎧を着ていないのに?)
しかし狙いは、それだ。
左手はガード中、右手は女を掴んでいる。胴は隙だらけ――フェインは剣を捨て、内側に潜り込む。
内股に足を通し、体当たり。
太った男は、でかい身体のまま――見事にすっ転んだ。
「キャッ!?」
「こっち!」
フェインは転びかけた少女を腕の中へ引き込み、宙を舞う剣の柄を掴み取る。踏み込み一つで間合いを切り、二人まとめて後ろへ退いた。
「もう大丈夫。私がいる。……君は、お母さんのところへ」
「あ……ありがとう! 騎士様!!」
涙でぐしゃぐしゃの顔なのに、笑った。
少女は駆け出し、母親も這うように起き上がって抱き寄せる。――ひとまず、守れた。
問題は。
フェインの前には、二人の転生者。
太った方は黄金に輝く二本の剣。背の高い方は巨大な鎌。
「……来い!!」
啖呵を切った。
だが、そこからは戦闘と呼べるものではなく、一方的な蹂躙だった。
速い。重い。痛い。
フェインの剣は届かない。身体能力の“格”が違う。
斬られ、蹴られ、殴られ、転がされ――弄ぶように、二人はフェインの鎧を剥いでいく。
金具が外れ、肩当てが落ち、胸当てが浮き、背中が露出する。
周囲の視線が、怖い。
「クソ……もう見てられねえよ……」
通りすがりの男が一歩出る。だが、足が止まる。
恐怖と現実が、足首を掴む。
「やめろ……お前にも……家族がいるだろ。次、狙われるなら、そうなる……犠牲なんて……一人でいいんだ」
地面に倒れるフェインは、それでも止めた。
剣を石畳に突き刺し、それを支えに――ゆっくり、立ち上がる。
「なあレイト。次はどこ削る?」
「そろそろ、見せ場だろ。
皆、そうだよな? 我関せずで見てるけどよ。どうせお前らも男だろ?
……良いぜ、見せてやるよ。でも、食うのは――俺だ」
鎌男が、地面を蹴った。
一瞬で距離が詰まる。フェインは反応できない。諦めるように片膝をついた。
鎌が胸元へ迫る――その瞬間。
「いや俺、純愛過激派なんだよなあ」
ガッキィィィイン!!
鎌が止まった。
豆粒を摘むみたいに、たった二本の指で。
「う、うわあああ!? な、ななな、なんだよこいつううう!?」
そこにいたのは――変態だった。
全裸の男。
頭には嫌がらせとしか思えない、荘厳な装飾の施された王冠。
まさに、その姿は――
「裸の……王様?」
「いやいやこらこら! 紳士って言ってくれよ!」
フェインの零した言葉に、全裸王冠の男は即ツッコミ。
次の瞬間、ぎろりと鎌男を睨む。
鎌男の体が震えた。顔が青ざめ、鳥肌が立ち、反射的に後ろへ下がる。
「おい!? あいつ……まさか……」
太った男も青ざめ、ポケットからくしゃくしゃの紙を引っ張り出す。
手配書――“はだかの勇者”の特徴が書いてある。
「そうだ、そこの勇者……」
二人の男が全裸を見る。
「いや、お前らじゃねえよ。本物の勇者、お前さ」
「わ、私……か?」
フェインが疑うように尋ねると、全裸王冠は胸を張る。
「お前以外に誰がいる。悪漢を前に、少女を救うために、わが身を顧みず立ち向かった。
この場で“勇者”と呼べるのは――お前だけだ」
フェインの眼に光が宿る。
いや、光を反射する。男の股間が発するまばゆい光を反射して。
「俺は真優(マヒロ)……真に優しき紳士と書いてマヒロだ」
マヒロは片膝をつき、フェインへ手を差し伸べた。
一瞬、フェインは手を伸ばしかけ――しかし自分を戒めるように首を振る。
「私は騎士だ……女では……」
フェインは差し出された手を取れず、反射で引っ込めかける。
しかし、その手首を――マヒロががっしり掴んだ。
「違う! 騎士として、共に戦う者としての握手だ!」
ぐい、と引き上げる。力任せなのに妙に優しい手つきだ。
「さっきトイレで手を洗うのは忘れたけど、それは許してくれ!」
「最悪だなお前は!」
ツッコミながらも、フェインの足が地面を捉える。すとん、と着地。
立ち上がっても、なお目線は合わない。マヒロが――高すぎる。
それでも、握られた手の熱だけは、対等だと錯覚させた。
「……できれば綺麗な手で握手はしたかったな……全裸の勇者!!」
その瞬間――
ガキン!!
フェインの剣が火花を散らし、マヒロへの背後からの一撃を弾き返した。
小太りの男が舌打ちする。黄金の剣を、もう一本構え直した。
「こっちには、もう一本、剣があるんだよ!!」
「マヒロ! 危ない!!」
ガキン!!
太った男の剣が、マヒロの背中を裂いた――ように見えた。
だが、剣は途中で止まって動かない。
「お、おまえ、フザッケンナ、きたねえだろ!! これは聖剣だぞ!?」
「汚い? ケツで真剣白刃取りするのと、背後からの奇襲なら、若干ケツの方が綺麗だと思うが……」
マヒロが真顔で言う。
フェインが引く。
「いや、助けてもらった手前すまないが。流石に汚いと思うぞ……それは……」
マヒロが力を抜くと、太った男は飛び退く。
(この女騎士でも倒せそうなのは……鎌持ってるノッポの方か)
「おい、女騎士!」
「フェインだ」
「なら、フェイン。あの大鎌の男は任せた。他全ては――俺がやる」
「他全て?」
次の瞬間。
馬車の中から一人、空から二人。中二病コートを羽織った男たちが増援として飛び出した。
全員、荘厳な装飾の武器を構え、マヒロを睨む。
「我ら勇者軍! 貴様の狼藉は万死に値するぞ、裸の勇者!!」
「さあ、死にてえ野郎からかかってきな……あ、女の子は先に自己申告してね。めっちゃ手加減するから、そしたら連絡先とか……」
刹那。
ガシャアン!!
二刀流の太った男が斬りかかるが、マヒロのデコピン一発で弾け飛ぶ。
次の瞬間、マヒロの姿が消える。
「後ろだよ」
振り返ろうとした瞬間、上段回し蹴りが顔面へ――
太った男は吹き飛び、民家の壁を突き破った。
「な、なにをした!?」
「何って、めっちゃ急いで後ろに回って蹴り飛ばしただけだっての。ほら、お前の後ろにも……」
大剣男が反射で後ろを見る。
ドゴオ!!
「ばあか。戦ってる最中に後ろ見るとか、殴ってくださいって言ってるようなもんだからな」
腹に拳が突き刺さり、男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「めんどくせえ……纏めてかかって来いよ」
勇者軍が一斉に襲う。
だが、誰もマヒロの速度に追いつけない。背後を取られ、殴られ、武器ごと投げ飛ばされ――瞬く間に壊滅。
そして最後の一人。
「クソ……クソォ!! この全裸の変態がああ!!」
「お! 女の子じゃん!!」
杖から放たれる光弾を手で払うと、マヒロは音もなく一瞬で距離を詰めた。
「ひえ……いつ……のまに……」
「好きな男のタイプは……?」
「は?」
「好きな男のタイプは!?」
女勇者は恐怖で固まる。杖が手から滑り落ちる。
「好きな男のぉおお! タイプはぁぁあああああああ?」
理解できない恐怖で涙が滲んだ、その時。
ドォォォォオオン!!
空から巨大な影が落ち、砂埃が巻き上がる。
煙が晴れると――漆黒の鎧に身を包み、禍々しい黒の大剣を担いだ美青年が立っていた。
「アリサちゃん、涙目じゃん。どしたん……話しきこか?」
「ソウマさま!!」
アリサの眼が輝く。
そしてマヒロを突き飛ばし距離を取る。
「あなた、終わりよ。こちらは我々勇者軍四天王の一人、漆黒の勇者ソウマ様!!
かの魔王の左腕とも呼ばれるお方よ!!」
……グサッ。
「……へ?」
アリサの胸を、剣が貫いた。
後ろから――ソウマが。
「……どう……して?」
「雑魚は死ね。口だけ達者の雑魚が一番嫌いなんよ、僕。それに、お前ブスだし」
シュッ、と剣を引き抜き、血を払うように振る。
アリサは崩れ落ちた。
「おい……仲間なんだろ……」
ブンッ。今度はマヒロに大剣が振り下ろされる。
マヒロは身を沈め、踏み込み、殴る――だが、鎧が“勝手に”形を変えてガードした。
そこからは攻防一体。
剣が振られるたび、建物が砕け、石が飛び、人々が悲鳴を上げる。
マヒロは守りながら戦うしかない。
守るものが多すぎて、動きが鈍る。
「女騎士!!」
「フェインよ!!」
血だらけのフェインが、鎌男を倒し終えて立っていた。
「すまねえ、回復ポーションは持ってるか? あそこでぶっ倒れてる女に使ってくれ。あのままだと死んじまう」
「……待って、あいつは敵」
「敵味方言ってられるか、人命優先。それが変態紳士の矜持ってもんだ」
「私は淑女であっても、変態ではないのだが……まあいい。その考えには賛同だ。しかし……」
フェインの顔が歪む。
倒壊した建物。怯える人々。血の匂い。
「任せろ」
マヒロは小さく呟き――地面を蹴った。石畳が凹み、砂塵が舞う。
「来いよ、変態」
キイィィィィィン!!
マヒロの蹴りと、ソウマの大剣が正面衝突する。
火花が散り、金属が噛み合うような音が響く。
均衡。
だが、その瞬間――
「テイク……オフ!!!」
マヒロが叫んだ。
黒い円形の影が広がり、収縮し、二人を包み込む。
次の瞬間。
世界は真っ暗な空間へと切り替わった。音も匂いも、遠い。
「……なにをした」
「テイクオフ……脱いだんだよ。この世界そのものを。
これなら周りに被害を出さねえ。俺も、お前も存分に力を出せる」
ソウマが小さく笑う。馬鹿にするように。
「……俺は勇者四天王。最強の破壊力を持つ。所詮、身体能力が高いだけのお前が勝てるわけないだろう。
さっきのが俺の本気だと思ったか? あれは“手加減”してやってたんだよ。デザートを楽しむためにな!!」
「お前も女目当てかよ。どいつもこいつも、純愛イチャラブセ〇〇〇が至高だって、なんで分かんねえんだ」
キュィィィイィン!!
ソウマが大剣を掲げると、赤いオーラが渦を巻く。
国ひとつ消せそうな魔力が、肌を刺した。
「なら逆に聞くが、何でお前は好き勝手にしない!
この世界で僕たちは神に等しい!!」
赤いオーラは天を貫くほどに肥大化する。
「決まってんだろ……」
マヒロは仁王立ちし、目を閉じた。
そして――ゆっくり腰を突き出す。
「モテたいんだ……正義の味方になって、モテて、モテて、モテまくって……」
股間の光が強くなる。黄金に輝き、天へ伸びる“黄金の聖剣”。
「俺は! 俺による! 俺の為の! 俺だけの異世界ハーレムを築くんだ!!」
熱で手が焼けるのに、マヒロは聖剣を握りしめる。
「そのために! 異世界を壊すお前らは絶対に許さない!
そしてお前ら魔王軍のかわいい女の子は全員俺が貰う!!」
視線がぶつかる。青と黒。
「レーヴァテイン!!」
ソウマが大剣を振り下ろすと、赤い巨剣の嵐が降り落ちる。
「エクス……カリバアアアアアアアアア!!!!!」
腰を振り下ろす刹那、黄金が天を裂き、赤と衝突。稲妻が弾け、衝撃で身体が吹き飛びそうになる。
それでも――
「おい、ドシタン野郎! お前、彼女はいるのか!?」
「十三人!!」
「死ねやああああああ!!」
黄金の聖剣がさらに肥大化し――
ズガアアアン!!
赤い巨剣すら叩き切った。
黄金の光がソウマを包む。
「ぐ……があああああああ!!」
「イケメンは……死ねええええええ!!」
絶叫が、無の空間に響く。
――これは単なる私怨である。
◆
戦いは終わった。
フェインが回復ポーションを使ったことで、アリサは一命を取り留めた。
他の連中も怪我はすれど、命に別状はない。
主犯格――ソウマとアリサ、そして何故だかマヒロまで。
騎士団の取調室に拘置されていた。目の前には男の王国騎士。
「いや、なんで俺まで!? 俺、救いのヒーローだぞ!!」
「普通にわいせつ物陳列罪だ……」
「おかっしいだろ!! あの女騎士……えっと……フェインの野郎を呼べ!!」
「きさま副団長様を!?」
騎士団員は怒鳴り、ソウマとアリサは黙り、マヒロだけが吠える。
そんな最中、扉がガチャリと開いた。
「すまない、待たせた……っておい、何やってる!?」
フェインが入るなり、マヒロの手枷を見て目を見開いた。
「え!? いやだって副団長、男一人と女一人に手枷をかけておけって……」
「……そうか……すまん。それは悪かった」
フェインは鍵を奪い取り、マヒロの手枷を外す。
そして床に座り込む――ソウマだった“美少女”を見た。
「……マヒロ。今の無礼は私から詫びよう、すまなかった。
しかしそれはそれとして、どうしてあの男はあんな姿に? 元からあの姿だったのを幻術で変えていた、とかか?」
「あ~、あれか。あれはこれのせいだよ……グボア!?」
「バカモノ! そんなもの近づけるな!」
マヒロが椅子の上に立って股間を近づけた瞬間、フェインが足を引く。
マヒロは椅子から転がり落ち、後頭部を石畳に打ちつけた。
「す、すまん!? つい条件反射で……」
マヒロは、駆け寄ってきたフェインを目だけで追い、見上げた。
(クソッ……パンツは見えねえか。まあスカートで戦う馬鹿なんて――)
マヒロの目線が部屋隅のアリサへ向く。
(白か……黒い中二じみたコートとのコントラストが、まあ美し――)
頬を掴まれ、強制的にフェインへ向けられた。
そこにあるのは、ゴミを見る目。
「こいつは地下牢にぶち込んどけ」
「イエスマム!!」
「誤解だ!!!!!!!!」
マヒロが叫ぶ。
「……で、早く説明しろ」
フェインは椅子にどかっと座り、脚を組む。
「あれは、俺の必殺技――エクスカリバーだ。
股間から伸びた剣で貫かれた相手は、どんな醜いおっさんでも激かわ美少女になる。
ついでにギフトも剥がれる。転生者はただの美少女になる。……そのせいで、ああなった」
ソウマがビクッとして視線を逸らす。
逸らした目がアリサと合う。アリサが低く呟く。
「許さねえからなカス」
ソウマの顔が青ざめ、俯いた。
(俺は知らん。少しは懲りろや、クソイケメン野郎)
マヒロが鼻を鳴らす。
「ちなみにだが……その……貴殿のその恰好はなんとかならんのか?」
「別に元には戻れるぜ」
マヒロが王冠を外すと、王冠が一瞬で形を変え、真っ白なブリーフになった。
そして――
「ぎゃああああああ!!!!!」
もちろん下半身の光も消える。
ゴン!!
「うぎゅう……いや、理不尽……だ……ろ……」
フェインの蹴りが股間に直撃。
マヒロは倒れて気絶した。
◆
気が付くと、知らない天井があった。
木目の梁。白い布の天蓋。窓の隙間から差し込む月明かりが、薄く部屋を撫でている。
「……起きたか」
声の方へ視線を向ける。
机の前で椅子に座り、フェインが本を片手にこちらを見ていた。鎧は脱いでいるが、背筋だけは騎士のままだ。
「ここは……?」
「私の自室だ」
身体を起こすと、ベッドが柔らかく沈んだ。
視線を落とせば、服も着せられている。――最低限の“人権”は守られているらしい。
「何度もすまん……その……恥ずかしい話、慣れておらんのだ。男の体というのは……」
フェインは深々と頭を下げた。
真面目すぎて、こっちが困るタイプだ。
「いや、別にいいって。頭上げてくれ。俺、そういうののほうが苦手なんだよ」
それでも頭は上がらない。
「私は王国騎士副団長。だというのに、国民を守れず、流れ者の貴殿に助けられた。
あまつさえ助けられたというのに、こんな仕打ち……」
(あー……こういうの、面倒だな)
マヒロは頭を掻き、ため息を吐いた。
「顔上げろ。そこまで謝るなら、救国の勇者として要求がある」
フェインが、ゆっくり顔を上げる。頬が赤い。
「分かっている……男が望むことなど……これ……だろ?」
フェインは胸元のボタンに指をかけ、ゆっくり外し始めた。
「こんな傷物では満足してもらえないだろうが……王国騎士副団長の初めてなら、少しは価値が――」
「いや、いやいやいや!!!!!! ちょおおおおおっと待てええええええ!!!!!」
「へ?」
マヒロは顔を覆い、後ろを向いて腕を伸ばす。
「いや、そういうんじゃねえよ! 俺は純愛過激派だから!!」
フェインがこてんと首をかしげる。
「純愛というなら……間違ってはいな……」
「違う違う! そういうのは結婚してからって決めてるの!! それが俺の純愛道なの!!」
フェインが不貞腐れたように頬を膨らませる。
「貴殿……モテないだろう……」
「うるっせえ!!」
振り返りかけて、マヒロは慌てて視線を逸らす。
「とりあえずボタン戻せ! ちゃんと要求はあるから!」
「……仕方のない奴だ」
フェインが身支度を整えるのを確認し、マヒロはようやく向き直った。
「要求は一つ。例の魔王軍の連中は、騎士団で匿ってやってくれ。
じゃなきゃ、あいつらどうせ殺されちまうんだろ?」
フェインの目が鋭くなる。副団長の目だ。
「……約束しよう。騎士団副団長として」
こくり。頷く。
「最後に、副団長じゃなくフェインに……」
フェインが息を呑む。
「俺は、いちゃいちゃ純愛ハーレムを作りたいと思っている。だからこそ、お前もそのハーレムに――」
「はあ?」
どすの効いた一言。
殺気。鋭い目。
マヒロ、固まる。
「貴殿……やはりクズだな……でも嫌いではない。
ならば世界を救ってくれ。勇者王を名乗る魔王を打倒し、転生者に侵されるこの世界を救ってくれ。
そしたら――お前のものになってやる」
フェインが、ふっと笑って肩肘をつく。
マヒロも笑った。
「言ったな。それじゃ待ってろ。自称・勇者王――ぶっとばしてやんよ」
マヒロは木の窓を開ける。夜風が差し込み、月光が床に落ちた。
地面は三階分、遠い。
「……もう、行ってしまうのか?」
「もちろん。この世界には救いの手を待つ野郎どもがたくさんいる」
「それは知っているが……今晩くらいは……」
「やだね。大事な初夜は、その時のために取っておかねえとな」
フェインの笑みが柔らかくなる。
「最後に。どうして貴殿は……転生者だというのに、我々に味方するんだ?」
窓枠に足をかけた時、最後に投げられた問いだった。
純粋な疑問――そして、理解できないものへの恐怖。
「……俺は、勇者(ゆうしゃ)じゃないからだ」
そう言って、マヒロは飛び降りた。
街の闇の中へ、一瞬で姿を消す。
フェインは窓枠に肘を置き、空を見上げた。
月が綺麗だ。
「……行ってしまった。勇者ではないから……では貴殿は……そうだな」
小さく呟く。
「……裸の勇者(ふしんしゃ)だな」
わずか十年で、異世界は転生者であふれかえった。
当初こそ、彼らの多くは“異世界のため”と真面目に尽力していた。だが年月とともに転生者の質は低下し、いつしか徒党を組み、略奪し、殺し、犯し――悪逆非道の限りを尽くす者ばかりとなった。
そんな転生者たちを束ねる最強の転生者がいる。転生者だけの国を打ち立て、世界の半分を手に入れた男、勇者王。
異世界人は、畏怖と憎悪を込めて彼をこう呼ぶ。――魔王、と。
◆
とある王国の大通り。
露店の香辛料の匂いと、パンを焼く甘い匂い。馬の汗、石畳の埃。昼の活気。
その中心で――空気だけが、冷えた。
白昼堂々。若い少女の手首を無理やり掴み、馬車の中へ引きずり込もうとする太った大柄の男がいる。
周囲の人々は、見ている。だが、見ないふりをしている。目を逸らし、歩幅を速め、息を殺す。
――転生者。
それだけで、刃物より鋭い“沈黙”が街を縛る。
「や、やめてください! お願いします!!」
少女の母親らしき女が、石畳に膝をついて縋りついた。
髪は乱れ、手のひらは擦りむけ、声は裏返っているのに――それでも必死に言葉を紡ぐ。
「お願いです!! 娘は……まだ十代になって間もないんです!
お相手なら、私が致します!! どんな辱めでも受け入れます! ですから娘だけは!!」
しかし、誰も止められない。
“止めた人間がどうなるか”を、この街は知っている。昨日見た。先週も見た。墓地が増えた。
「うるっせえババアだな!」
バチン!!
平手一発。
母親は風船みたいに吹き飛び、石畳に叩きつけられて転がった。
「俺は“慣れた女”には興味ねえんだよ。こういう、まだ顔が青いのが一番いい。
国まで持って帰って、たくさん使ってやるよ。な? 嬉しいだろ? 勇者様のおもちゃになれるんだからよ……」
掴まれた手首が、ぎり、と締まる。
少女の喉がひきつり、目が揺れた。視線の先には、倒れた母親。
「わか……りまし……た……。お願いだから……貴方の言うこと……聞くから……ママに乱暴しないで……」
少女は、力なく膝をついた。
唇が震えているのに、声は出ない。涙は出るのに、助けは来ない。
男の顔に、いやらしい笑みが浮かぶ。
「なんだぁ? 聞こえねえなぁ。もっとデカい声で言ってみろ。
――“連れて行ってください”って。お前の口で言え」
少女の目の光が、じわじわと削れていく。
通りの誰もが、それを見ているのに、見ないふりをした。
その時だった。
「そこまでだ! これ以上の狼藉は私が許さん!!」
通りを裂く声。
金色の影が疾走する。腰まで伸びた太い三つ編みが、尻尾のように風を引いた。
重そうな鎧の音が、やけに軽い。
「私はこの国、タリズ王国騎士団副団長――フェイン!
この国での狼藉は、天が許そうが私が許さん!」
薄汚れた直剣を抜いたフェインは、殴り飛ばされた母と娘の間に立ち、男へ剣先を向けた。
睨みつけるフェインに、男は面倒くさそうにため息をつく。
「……ったく。これで何度目だろうなぁ。お前みたいな“勘違い”をぶっ殺すのは」
にやり。気持ちの悪い笑み。
「へえ……でも身体だけはいいな。俺は興味ねえが……おい! レイト!
巨乳のツンデレ女騎士だぜ! お前好きだろ!」
「マジかよ!?」
馬車の中から、細身で高身長の黒髪の男が飛び出してきた。
舌なめずりしながら、フェインを足先から頭頂まで舐めるように眺める。
「……外道が」
フェインの眼に、明確な殺意が芽生える。
ドンッ!!
その瞬間、フェインは地面を蹴った。
狙いは女の首を掴んでいた太った男。武器も構えず、中二病じみた黒コートを羽織っているだけ――今なら、一撃で屠れる。そう計算した。
カキン!!
一撃目、右上から斜めの斬撃。
だが、腕一本でガードされる。鉄を叩いたような重い音が響いた。
(……硬い。鎧を着ていないのに?)
しかし狙いは、それだ。
左手はガード中、右手は女を掴んでいる。胴は隙だらけ――フェインは剣を捨て、内側に潜り込む。
内股に足を通し、体当たり。
太った男は、でかい身体のまま――見事にすっ転んだ。
「キャッ!?」
「こっち!」
フェインは転びかけた少女を腕の中へ引き込み、宙を舞う剣の柄を掴み取る。踏み込み一つで間合いを切り、二人まとめて後ろへ退いた。
「もう大丈夫。私がいる。……君は、お母さんのところへ」
「あ……ありがとう! 騎士様!!」
涙でぐしゃぐしゃの顔なのに、笑った。
少女は駆け出し、母親も這うように起き上がって抱き寄せる。――ひとまず、守れた。
問題は。
フェインの前には、二人の転生者。
太った方は黄金に輝く二本の剣。背の高い方は巨大な鎌。
「……来い!!」
啖呵を切った。
だが、そこからは戦闘と呼べるものではなく、一方的な蹂躙だった。
速い。重い。痛い。
フェインの剣は届かない。身体能力の“格”が違う。
斬られ、蹴られ、殴られ、転がされ――弄ぶように、二人はフェインの鎧を剥いでいく。
金具が外れ、肩当てが落ち、胸当てが浮き、背中が露出する。
周囲の視線が、怖い。
「クソ……もう見てられねえよ……」
通りすがりの男が一歩出る。だが、足が止まる。
恐怖と現実が、足首を掴む。
「やめろ……お前にも……家族がいるだろ。次、狙われるなら、そうなる……犠牲なんて……一人でいいんだ」
地面に倒れるフェインは、それでも止めた。
剣を石畳に突き刺し、それを支えに――ゆっくり、立ち上がる。
「なあレイト。次はどこ削る?」
「そろそろ、見せ場だろ。
皆、そうだよな? 我関せずで見てるけどよ。どうせお前らも男だろ?
……良いぜ、見せてやるよ。でも、食うのは――俺だ」
鎌男が、地面を蹴った。
一瞬で距離が詰まる。フェインは反応できない。諦めるように片膝をついた。
鎌が胸元へ迫る――その瞬間。
「いや俺、純愛過激派なんだよなあ」
ガッキィィィイン!!
鎌が止まった。
豆粒を摘むみたいに、たった二本の指で。
「う、うわあああ!? な、ななな、なんだよこいつううう!?」
そこにいたのは――変態だった。
全裸の男。
頭には嫌がらせとしか思えない、荘厳な装飾の施された王冠。
まさに、その姿は――
「裸の……王様?」
「いやいやこらこら! 紳士って言ってくれよ!」
フェインの零した言葉に、全裸王冠の男は即ツッコミ。
次の瞬間、ぎろりと鎌男を睨む。
鎌男の体が震えた。顔が青ざめ、鳥肌が立ち、反射的に後ろへ下がる。
「おい!? あいつ……まさか……」
太った男も青ざめ、ポケットからくしゃくしゃの紙を引っ張り出す。
手配書――“はだかの勇者”の特徴が書いてある。
「そうだ、そこの勇者……」
二人の男が全裸を見る。
「いや、お前らじゃねえよ。本物の勇者、お前さ」
「わ、私……か?」
フェインが疑うように尋ねると、全裸王冠は胸を張る。
「お前以外に誰がいる。悪漢を前に、少女を救うために、わが身を顧みず立ち向かった。
この場で“勇者”と呼べるのは――お前だけだ」
フェインの眼に光が宿る。
いや、光を反射する。男の股間が発するまばゆい光を反射して。
「俺は真優(マヒロ)……真に優しき紳士と書いてマヒロだ」
マヒロは片膝をつき、フェインへ手を差し伸べた。
一瞬、フェインは手を伸ばしかけ――しかし自分を戒めるように首を振る。
「私は騎士だ……女では……」
フェインは差し出された手を取れず、反射で引っ込めかける。
しかし、その手首を――マヒロががっしり掴んだ。
「違う! 騎士として、共に戦う者としての握手だ!」
ぐい、と引き上げる。力任せなのに妙に優しい手つきだ。
「さっきトイレで手を洗うのは忘れたけど、それは許してくれ!」
「最悪だなお前は!」
ツッコミながらも、フェインの足が地面を捉える。すとん、と着地。
立ち上がっても、なお目線は合わない。マヒロが――高すぎる。
それでも、握られた手の熱だけは、対等だと錯覚させた。
「……できれば綺麗な手で握手はしたかったな……全裸の勇者!!」
その瞬間――
ガキン!!
フェインの剣が火花を散らし、マヒロへの背後からの一撃を弾き返した。
小太りの男が舌打ちする。黄金の剣を、もう一本構え直した。
「こっちには、もう一本、剣があるんだよ!!」
「マヒロ! 危ない!!」
ガキン!!
太った男の剣が、マヒロの背中を裂いた――ように見えた。
だが、剣は途中で止まって動かない。
「お、おまえ、フザッケンナ、きたねえだろ!! これは聖剣だぞ!?」
「汚い? ケツで真剣白刃取りするのと、背後からの奇襲なら、若干ケツの方が綺麗だと思うが……」
マヒロが真顔で言う。
フェインが引く。
「いや、助けてもらった手前すまないが。流石に汚いと思うぞ……それは……」
マヒロが力を抜くと、太った男は飛び退く。
(この女騎士でも倒せそうなのは……鎌持ってるノッポの方か)
「おい、女騎士!」
「フェインだ」
「なら、フェイン。あの大鎌の男は任せた。他全ては――俺がやる」
「他全て?」
次の瞬間。
馬車の中から一人、空から二人。中二病コートを羽織った男たちが増援として飛び出した。
全員、荘厳な装飾の武器を構え、マヒロを睨む。
「我ら勇者軍! 貴様の狼藉は万死に値するぞ、裸の勇者!!」
「さあ、死にてえ野郎からかかってきな……あ、女の子は先に自己申告してね。めっちゃ手加減するから、そしたら連絡先とか……」
刹那。
ガシャアン!!
二刀流の太った男が斬りかかるが、マヒロのデコピン一発で弾け飛ぶ。
次の瞬間、マヒロの姿が消える。
「後ろだよ」
振り返ろうとした瞬間、上段回し蹴りが顔面へ――
太った男は吹き飛び、民家の壁を突き破った。
「な、なにをした!?」
「何って、めっちゃ急いで後ろに回って蹴り飛ばしただけだっての。ほら、お前の後ろにも……」
大剣男が反射で後ろを見る。
ドゴオ!!
「ばあか。戦ってる最中に後ろ見るとか、殴ってくださいって言ってるようなもんだからな」
腹に拳が突き刺さり、男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「めんどくせえ……纏めてかかって来いよ」
勇者軍が一斉に襲う。
だが、誰もマヒロの速度に追いつけない。背後を取られ、殴られ、武器ごと投げ飛ばされ――瞬く間に壊滅。
そして最後の一人。
「クソ……クソォ!! この全裸の変態がああ!!」
「お! 女の子じゃん!!」
杖から放たれる光弾を手で払うと、マヒロは音もなく一瞬で距離を詰めた。
「ひえ……いつ……のまに……」
「好きな男のタイプは……?」
「は?」
「好きな男のタイプは!?」
女勇者は恐怖で固まる。杖が手から滑り落ちる。
「好きな男のぉおお! タイプはぁぁあああああああ?」
理解できない恐怖で涙が滲んだ、その時。
ドォォォォオオン!!
空から巨大な影が落ち、砂埃が巻き上がる。
煙が晴れると――漆黒の鎧に身を包み、禍々しい黒の大剣を担いだ美青年が立っていた。
「アリサちゃん、涙目じゃん。どしたん……話しきこか?」
「ソウマさま!!」
アリサの眼が輝く。
そしてマヒロを突き飛ばし距離を取る。
「あなた、終わりよ。こちらは我々勇者軍四天王の一人、漆黒の勇者ソウマ様!!
かの魔王の左腕とも呼ばれるお方よ!!」
……グサッ。
「……へ?」
アリサの胸を、剣が貫いた。
後ろから――ソウマが。
「……どう……して?」
「雑魚は死ね。口だけ達者の雑魚が一番嫌いなんよ、僕。それに、お前ブスだし」
シュッ、と剣を引き抜き、血を払うように振る。
アリサは崩れ落ちた。
「おい……仲間なんだろ……」
ブンッ。今度はマヒロに大剣が振り下ろされる。
マヒロは身を沈め、踏み込み、殴る――だが、鎧が“勝手に”形を変えてガードした。
そこからは攻防一体。
剣が振られるたび、建物が砕け、石が飛び、人々が悲鳴を上げる。
マヒロは守りながら戦うしかない。
守るものが多すぎて、動きが鈍る。
「女騎士!!」
「フェインよ!!」
血だらけのフェインが、鎌男を倒し終えて立っていた。
「すまねえ、回復ポーションは持ってるか? あそこでぶっ倒れてる女に使ってくれ。あのままだと死んじまう」
「……待って、あいつは敵」
「敵味方言ってられるか、人命優先。それが変態紳士の矜持ってもんだ」
「私は淑女であっても、変態ではないのだが……まあいい。その考えには賛同だ。しかし……」
フェインの顔が歪む。
倒壊した建物。怯える人々。血の匂い。
「任せろ」
マヒロは小さく呟き――地面を蹴った。石畳が凹み、砂塵が舞う。
「来いよ、変態」
キイィィィィィン!!
マヒロの蹴りと、ソウマの大剣が正面衝突する。
火花が散り、金属が噛み合うような音が響く。
均衡。
だが、その瞬間――
「テイク……オフ!!!」
マヒロが叫んだ。
黒い円形の影が広がり、収縮し、二人を包み込む。
次の瞬間。
世界は真っ暗な空間へと切り替わった。音も匂いも、遠い。
「……なにをした」
「テイクオフ……脱いだんだよ。この世界そのものを。
これなら周りに被害を出さねえ。俺も、お前も存分に力を出せる」
ソウマが小さく笑う。馬鹿にするように。
「……俺は勇者四天王。最強の破壊力を持つ。所詮、身体能力が高いだけのお前が勝てるわけないだろう。
さっきのが俺の本気だと思ったか? あれは“手加減”してやってたんだよ。デザートを楽しむためにな!!」
「お前も女目当てかよ。どいつもこいつも、純愛イチャラブセ〇〇〇が至高だって、なんで分かんねえんだ」
キュィィィイィン!!
ソウマが大剣を掲げると、赤いオーラが渦を巻く。
国ひとつ消せそうな魔力が、肌を刺した。
「なら逆に聞くが、何でお前は好き勝手にしない!
この世界で僕たちは神に等しい!!」
赤いオーラは天を貫くほどに肥大化する。
「決まってんだろ……」
マヒロは仁王立ちし、目を閉じた。
そして――ゆっくり腰を突き出す。
「モテたいんだ……正義の味方になって、モテて、モテて、モテまくって……」
股間の光が強くなる。黄金に輝き、天へ伸びる“黄金の聖剣”。
「俺は! 俺による! 俺の為の! 俺だけの異世界ハーレムを築くんだ!!」
熱で手が焼けるのに、マヒロは聖剣を握りしめる。
「そのために! 異世界を壊すお前らは絶対に許さない!
そしてお前ら魔王軍のかわいい女の子は全員俺が貰う!!」
視線がぶつかる。青と黒。
「レーヴァテイン!!」
ソウマが大剣を振り下ろすと、赤い巨剣の嵐が降り落ちる。
「エクス……カリバアアアアアアアアア!!!!!」
腰を振り下ろす刹那、黄金が天を裂き、赤と衝突。稲妻が弾け、衝撃で身体が吹き飛びそうになる。
それでも――
「おい、ドシタン野郎! お前、彼女はいるのか!?」
「十三人!!」
「死ねやああああああ!!」
黄金の聖剣がさらに肥大化し――
ズガアアアン!!
赤い巨剣すら叩き切った。
黄金の光がソウマを包む。
「ぐ……があああああああ!!」
「イケメンは……死ねええええええ!!」
絶叫が、無の空間に響く。
――これは単なる私怨である。
◆
戦いは終わった。
フェインが回復ポーションを使ったことで、アリサは一命を取り留めた。
他の連中も怪我はすれど、命に別状はない。
主犯格――ソウマとアリサ、そして何故だかマヒロまで。
騎士団の取調室に拘置されていた。目の前には男の王国騎士。
「いや、なんで俺まで!? 俺、救いのヒーローだぞ!!」
「普通にわいせつ物陳列罪だ……」
「おかっしいだろ!! あの女騎士……えっと……フェインの野郎を呼べ!!」
「きさま副団長様を!?」
騎士団員は怒鳴り、ソウマとアリサは黙り、マヒロだけが吠える。
そんな最中、扉がガチャリと開いた。
「すまない、待たせた……っておい、何やってる!?」
フェインが入るなり、マヒロの手枷を見て目を見開いた。
「え!? いやだって副団長、男一人と女一人に手枷をかけておけって……」
「……そうか……すまん。それは悪かった」
フェインは鍵を奪い取り、マヒロの手枷を外す。
そして床に座り込む――ソウマだった“美少女”を見た。
「……マヒロ。今の無礼は私から詫びよう、すまなかった。
しかしそれはそれとして、どうしてあの男はあんな姿に? 元からあの姿だったのを幻術で変えていた、とかか?」
「あ~、あれか。あれはこれのせいだよ……グボア!?」
「バカモノ! そんなもの近づけるな!」
マヒロが椅子の上に立って股間を近づけた瞬間、フェインが足を引く。
マヒロは椅子から転がり落ち、後頭部を石畳に打ちつけた。
「す、すまん!? つい条件反射で……」
マヒロは、駆け寄ってきたフェインを目だけで追い、見上げた。
(クソッ……パンツは見えねえか。まあスカートで戦う馬鹿なんて――)
マヒロの目線が部屋隅のアリサへ向く。
(白か……黒い中二じみたコートとのコントラストが、まあ美し――)
頬を掴まれ、強制的にフェインへ向けられた。
そこにあるのは、ゴミを見る目。
「こいつは地下牢にぶち込んどけ」
「イエスマム!!」
「誤解だ!!!!!!!!」
マヒロが叫ぶ。
「……で、早く説明しろ」
フェインは椅子にどかっと座り、脚を組む。
「あれは、俺の必殺技――エクスカリバーだ。
股間から伸びた剣で貫かれた相手は、どんな醜いおっさんでも激かわ美少女になる。
ついでにギフトも剥がれる。転生者はただの美少女になる。……そのせいで、ああなった」
ソウマがビクッとして視線を逸らす。
逸らした目がアリサと合う。アリサが低く呟く。
「許さねえからなカス」
ソウマの顔が青ざめ、俯いた。
(俺は知らん。少しは懲りろや、クソイケメン野郎)
マヒロが鼻を鳴らす。
「ちなみにだが……その……貴殿のその恰好はなんとかならんのか?」
「別に元には戻れるぜ」
マヒロが王冠を外すと、王冠が一瞬で形を変え、真っ白なブリーフになった。
そして――
「ぎゃああああああ!!!!!」
もちろん下半身の光も消える。
ゴン!!
「うぎゅう……いや、理不尽……だ……ろ……」
フェインの蹴りが股間に直撃。
マヒロは倒れて気絶した。
◆
気が付くと、知らない天井があった。
木目の梁。白い布の天蓋。窓の隙間から差し込む月明かりが、薄く部屋を撫でている。
「……起きたか」
声の方へ視線を向ける。
机の前で椅子に座り、フェインが本を片手にこちらを見ていた。鎧は脱いでいるが、背筋だけは騎士のままだ。
「ここは……?」
「私の自室だ」
身体を起こすと、ベッドが柔らかく沈んだ。
視線を落とせば、服も着せられている。――最低限の“人権”は守られているらしい。
「何度もすまん……その……恥ずかしい話、慣れておらんのだ。男の体というのは……」
フェインは深々と頭を下げた。
真面目すぎて、こっちが困るタイプだ。
「いや、別にいいって。頭上げてくれ。俺、そういうののほうが苦手なんだよ」
それでも頭は上がらない。
「私は王国騎士副団長。だというのに、国民を守れず、流れ者の貴殿に助けられた。
あまつさえ助けられたというのに、こんな仕打ち……」
(あー……こういうの、面倒だな)
マヒロは頭を掻き、ため息を吐いた。
「顔上げろ。そこまで謝るなら、救国の勇者として要求がある」
フェインが、ゆっくり顔を上げる。頬が赤い。
「分かっている……男が望むことなど……これ……だろ?」
フェインは胸元のボタンに指をかけ、ゆっくり外し始めた。
「こんな傷物では満足してもらえないだろうが……王国騎士副団長の初めてなら、少しは価値が――」
「いや、いやいやいや!!!!!! ちょおおおおおっと待てええええええ!!!!!」
「へ?」
マヒロは顔を覆い、後ろを向いて腕を伸ばす。
「いや、そういうんじゃねえよ! 俺は純愛過激派だから!!」
フェインがこてんと首をかしげる。
「純愛というなら……間違ってはいな……」
「違う違う! そういうのは結婚してからって決めてるの!! それが俺の純愛道なの!!」
フェインが不貞腐れたように頬を膨らませる。
「貴殿……モテないだろう……」
「うるっせえ!!」
振り返りかけて、マヒロは慌てて視線を逸らす。
「とりあえずボタン戻せ! ちゃんと要求はあるから!」
「……仕方のない奴だ」
フェインが身支度を整えるのを確認し、マヒロはようやく向き直った。
「要求は一つ。例の魔王軍の連中は、騎士団で匿ってやってくれ。
じゃなきゃ、あいつらどうせ殺されちまうんだろ?」
フェインの目が鋭くなる。副団長の目だ。
「……約束しよう。騎士団副団長として」
こくり。頷く。
「最後に、副団長じゃなくフェインに……」
フェインが息を呑む。
「俺は、いちゃいちゃ純愛ハーレムを作りたいと思っている。だからこそ、お前もそのハーレムに――」
「はあ?」
どすの効いた一言。
殺気。鋭い目。
マヒロ、固まる。
「貴殿……やはりクズだな……でも嫌いではない。
ならば世界を救ってくれ。勇者王を名乗る魔王を打倒し、転生者に侵されるこの世界を救ってくれ。
そしたら――お前のものになってやる」
フェインが、ふっと笑って肩肘をつく。
マヒロも笑った。
「言ったな。それじゃ待ってろ。自称・勇者王――ぶっとばしてやんよ」
マヒロは木の窓を開ける。夜風が差し込み、月光が床に落ちた。
地面は三階分、遠い。
「……もう、行ってしまうのか?」
「もちろん。この世界には救いの手を待つ野郎どもがたくさんいる」
「それは知っているが……今晩くらいは……」
「やだね。大事な初夜は、その時のために取っておかねえとな」
フェインの笑みが柔らかくなる。
「最後に。どうして貴殿は……転生者だというのに、我々に味方するんだ?」
窓枠に足をかけた時、最後に投げられた問いだった。
純粋な疑問――そして、理解できないものへの恐怖。
「……俺は、勇者(ゆうしゃ)じゃないからだ」
そう言って、マヒロは飛び降りた。
街の闇の中へ、一瞬で姿を消す。
フェインは窓枠に肘を置き、空を見上げた。
月が綺麗だ。
「……行ってしまった。勇者ではないから……では貴殿は……そうだな」
小さく呟く。
「……裸の勇者(ふしんしゃ)だな」
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