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第12話:ただいまとおかえり
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さあ僕たちの闘いはこれからだ――そう思わせる一日だった。
……が、そこからすでに二週間が経過した。
あの日から凛さんは、例のミノスの迷宮ダンジョンの報告レポートに没頭し、ずっと研究室に籠りきり。
まきまきも僕の身元を保証する書類やデータの作成に時間を割き、この二週間は完全にダンジョンどころか配信からも離れていた。
「りんさ~ん! 起きてください! 研究室行くって言ってたじゃないですか。もう朝の八時ですよ!」
「んあ……んんん……あと……ごふん……」
「それ四回目です!! お~き~てえ!!」
僕はというと、凛さんの家に泊めてもらっている立場なので、家事は全部担当させてもらっている。
「うっわああ! おいしそう!!」
「今日はフレンチトーストです。頭使うでしょうし、お砂糖ほしいですもんね」
「うん! いただきま~す!」
親がほとんど家にいなくて家事をやっていたおかげで、料理にはちょっと自信がある。ワンルームの狭いキッチンも、小さくなった僕の体にはむしろぴったりで――ありがたい、のかもしれない。
「それじゃあ行ってきます」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ぱたぱたと走って、家を出ようとする凛さんを玄関で呼び止めた。扉を開けたまま振り返る凛さん。寝起きの髪を雑にまとめて、でも目だけはいつも通り鋭い。
「お弁当! 忘れてます!」
包みを二つ、凛さんに渡す。
「いつも悪いな。もう一つは……」
「一応、その……まきまきの分です。この前、菓子パンとお酒しか食べないって言ってたから。勝手に作っちゃってごめんなさい」
「いや、ありがたいよ。まきまきにも世話になってるしな。……じゃ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい!」
凛さんが出かけたら次は、掃除と洗濯と、それから夕飯の準備。
――と、思ったところで。
「あ!? いけない……トイレットペーパーがきれそうなんだった。ドラッグストア行かないと……」
家事を回していると、気づけば昼。僕も外に出る時間だ。向かうのは、まきまきの研究室。
いつも通り、パソコンに向かう凛さんとまきまき。
そして今日は――珍しく、らいこさんの姿もあった。
「こんにちは~」
「おっ!! 祈里く~ん。お弁当ありがとぉねえ」
「いえいえ、構いませんよ」
まきまき、今日は酒の匂いが薄い。飲んでいるには飲んでいるけど、真面目に働いている証拠だ。
それより気になるのは、やっぱり――。
「珍しいですね、らいこさん」
「あなたに関する書類を受け取りに来たのよ。上から任されちゃってね」
「僕に関する書類……例のギフト届ですか?」
「ええ、そうよ」
戸棚から紅茶の茶葉を取り出し、流しへ。やかんに水を入れて火をつける。茶器を手早く用意して、三人分のカップに注ぐ。
まきまきと凛さんにはそれぞれの作業机へ。中央の大きなテーブル、硬い椅子に座るらいこさんの前にも、かちゃり。
「あら、気が利くわね。ありがとう」
「僕のために皆さん頑張ってくださってるんですから。これくらいは……」
そう言って研究室から出ようとしたところで、らいこさんに呼び止められた。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「今から温室の方のダンジョン植物への水やりです。朝とお昼に一回ずつ必要なんですよ」
「……」
らいこさんの視線が、じとーっとデスクの二人へ刺さる。
「あなた達……さすがに祈里君に色々任せすぎじゃないの?」
「いいんですよ、らいこさん。お二人に僕が迷惑をかけてるのは事実ですし」
「……あなたがそれでいいならいいけど」
納得しきれない顔のまま、紅茶をひとすすり。らいこさんが立ち上がり、椅子に掛けていた上着を羽織った。
「祈里君。私も付いて行っちゃだめかしら? ちょうどまきまきを待ってて暇なの」
施設のことだし、僕には判断できない。ちらりとまきまきを見る。
まきまきはパソコンから目を離さず、言葉だけ投げた。
「構わないよぉ~」
らいこさんが、にこりと微笑む。
「らしいわ。ご一緒してもいいわよね?」
「はい。一人だと退屈しちゃいますし。嬉しいです」
昼から夜はこんな感じで、研究室の雑用がメインだ。温室の管理、備品の補充、データ整理の手伝い。夕方になったらスーパーに寄って帰る。
帰ったら夕飯。作りすぎても明日のお弁当に回せるから、いつも少し多め。
――ただ今日は、特別にもう少し多め。
夜七時。帰ってきた凛さんとまきまきが床に座ったところで、ようやく夕飯だ。
「……」
食卓に座った凛さんの表情が、少しだけ険しい。
「……もしかして、回鍋肉嫌いでした?」
「いや、回鍋肉はむしろ好物よ……でもね……」
次の瞬間。
「なんでこいつがいるんだ!」
凛さんの指さす先には――行儀よく正座するらいこさん。
「別にいいじゃない。減るもんじゃないでしょ」
「減るわ! ご飯の量が!!」
「大丈夫ですよ。いつもより多くご飯炊いてるので」
「そういう問題じゃ――……だあもういいや。お腹空いた。食べよ……」
狭いワンルームの、さらに狭いちゃぶ台が、今日はいつもより狭く感じる。
でもその分、妙に温かい。これがこの二週間の生活だった。
そして、二週間が過ぎ――さらに二日後。
今日の朝は、いつもと違った。
玄関で、忘れかけたお弁当を渡している最中。凛さんがふと、何か思い出したように声を上げた。
「あっ……そうだった。少し待ってるから、祈里も外に出る準備してくれるか?」
「いいですけど……どうしたんですか?」
「まきまきが朝、君を連れて来いって」
(まきまきが? 思い当たること、特に――)
そこで、はっとする。最近のまきまきの仕事は僕のあれこれ。身元照合、ギフト認証……つまり――。
「もしかして、僕の身元だったりギフトのことが終わったとか?」
「ぽいな」
凛さんは嬉しそうに笑っている。
なのに――どこか寂しそうにも見えた。
それがどうしてなのか、僕にはまだ分からない。
研究室に着く。
しかし――そこに、いつものまきまきがいない。
「あれ……まきまき~……まきまき!」
「いるっているいる」
研究室奥の扉が開き、出てきたのは――水色の髪をフォーマルにまとめ、スーツをびしっと着込んだ女性だった。酒の気配が一切ない。むしろ香水の、いい匂い。
「だ……だれ?」
「まきまきだよ。学会とかでは割とあんな感じ」
横から凛さんがさらっと教えてくれる。
いや、信じられない。別人みたいだ。
「……それで本物のまきまきは……」
「本物だよ!!」
即ツッコミが飛んだ。
声、間違いない。うん、本物だ。
「それで、今日呼び出された理由っていうのは?」
「あらかた察しはついてるだろぉ。お前さんの身元保証やギフト認証が終わった。ようやく家に帰れるって話だぁ」
家。
そうだ。二週間以上も家を空けてしまった。両親は海外。家には妹が一人だけ。
「心配……かけただろうなあ……」
肩を落とした僕の頭に、凛さんがぽん、と手を置く。温かい。
「祈里が悪いわけじゃないんだ。ここは普通に喜んでいいと思うぞ」
その柔らかな微笑みに、胸の奥の硬いものが少し溶ける。
「その前に……」
まきまきが、じとっとした目で僕と凛さんを交互に見た。こんな表情、初めてだ。
凛さんが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだ? まきまき」
「あのだねえ。祈里君はまあ……いいよ。でも凛君、君は一応この騒動の責任者でもあるんだから、しっかり正装しなさい。できれば祈里君も」
確かに凛さんの格好は変なTシャツにジャージ。僕もオーバーサイズのTシャツと短パンに、小さなエプロン。
凛さんが、僕の顔を覗き込む。
「……だめか?」
「凛さんは何を着ててもかっこいいですよ」
反射で言ってしまった。
まきまきは呆れたようにため息をつき、頭を抱えた。
そのまま凛さんは奥の部屋に連行。出てきた頃にはスーツ姿で、タイトなラインが日本人離れしたスタイルを際立たせ、まるでモデルみたいだ。
「すごい! さっきよりも更にかっこいいです!!」
そして流れるように僕も連行された。奥の部屋は実験室兼更衣室らしく、ロッカーから出てきたのは白のセミフォーマルなワンピース。少し大きいけど、裾が地面につかないギリギリ。サンダルも隠せる。
「さあ、行くぞお前さんらぁ~」
こうして僕ら一行は、僕の家へ向かうことになった。
まきまきと凛さんは監督責任者として。――まきまき、やっぱり相当偉い人なんだな。
電車に乗って、改めて思い知らされる。公共交通機関の人波の中で、自分がどれだけ小さくなったのか。登校中の小学生と、目線が同じだ。
そしてさらに驚かされたのは凛さんだった。身長が高いとは思っていたけど、電車の扉より背が高い。周りのサラリーマンと比べても頭ひとつ抜けている。存在感が違う。
「あの~……凛さんって身長何センチなんですか?」
「んーとね。計ったの結構前だからな……たしか……一九〇くらい?」
「デッカ!?」
予想よりはるかに高い。
でも、ギフト無しでモンスターと渡り合うなら、このくらいの体格が必要なんだろう――と妙に納得させられる。
まきまきは……うん。なんかちょうど良くて安心する。
「おい祈里……お前さんいま失礼なこと考えたろぉ……」
「そ、そんな! 微塵も!!」
「ホントかぁ?」
服装だけはビシッとしているのに、会話はいつものまま。
だから緊張も少しずつほぐれていった。
そして到着する。僕の家。二階建ての一軒家。駐車場はあるけど、車はない。
たった二週間なのに、妙に懐かしい。
まきまきが躊躇いなくインターホンを押す。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
妹が心配で体調を崩していたらどうしよう。
逆に、二週間空けた僕を見ても普段通りだったら、今度は僕が倒れそうだ。
(もう! どうしろってんだよ……)
ガチャリ。
扉がゆっくり開く。隙間から、懐かしい実家の匂い。
それでも鳴りやまない心臓。僕は、開かれていく扉の先を見つめた。
ひょっこりと顔を覗かせたのは――さらりとした黒髪を腰まで伸ばした少女。二歳下の妹、鈴木香苗(すずきかなえ)だった。
扉が開け切られ、姿が現れる。ジャージ姿なのはいつものこと。背筋を伸ばして立つその姿を見て、僕の心配が杞憂だったと分かる。
(妹だというのに、香苗は僕よりずっと大人びている。……心配の必要なんて、なかったのかもしれない)
香苗が何かを言うより先に、まきまきが深々と頭を下げた。
「私(わたくし)、日本ダンジョン協会――通称NDKにて特別技術顧問、兼、ダンジョン生態・資源研究センター副センター長を務めております。包帯薪まきと申します」
続けて凛さんも、ふわりと優雅に頭を下げる。
「そして、包帯薪さんのもとで教鞭をとらせていただいております、桐生凛と申しますわ。此度は鈴木様の身辺のお世話を――」
……お世話をしていたのは僕の方だ。
言いたい。でも、飲み込んだ。空気が完全に“お上品モード”になっている。
「此度はご家族にご心配をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。情報機密などの問題上、ご連絡もできず……不徳の致すところです」
「そ、そんな。頭を上げてください。事情は……ら、らいこさん? って方から聞いてはいますので」
香苗は動じない。むしろ、対応が慣れているみたいに落ち着いている。
そして凛さんが、さらに上品に手土産を差し出した。
「こちら心ばかりの品ではございますが、お納めください」
「あらあら……カステラ。申し訳ございません。ありがたく頂戴します」
僕の実家の玄関が、いつの間にか上流階級の交流の場みたいになっている。
その中で物怖じしない我が妹よ……いつの間にそんな立派になって。お兄ちゃん立つ瀬がないぞ。
手土産を受け取ると、香苗は扉を大きく開け、中に招き入れるように手を差し出した。
「もしよろしければ、上がってください。立ち話もなんですから」
まきまきと凛さんは言葉に甘え、いそいそと中へ入っていく。
僕も追いかけようとした、その時――。
ドンッ。
玄関を塞ぐように、香苗の足が置かれた。
沈黙が落ちる。
「お二方。リビング、そこの左の扉です。先に入っていていただけますか?」
二人は状況を察したのか、軽く頭を下げてリビングへ。
入る瞬間、親指を立ててくれた……気がする。がんばれ、ってことだろう。
玄関に残されたのは、僕と香苗だけ。
「お兄ちゃん……ですよね?」
背筋がぞくりとする。
にこやかな笑顔。細い目。笑っているのに、その奥から漂う圧が告げている。
――怒ってる。
「え、えーっと……あは……あはは……」
「……やっぱり」
香苗は大きくため息をついた。
「よくわかったな」
「そりゃ分かりますよ。生まれてからずっと、ほぼ毎日見てきたんですから」
僕は、観念して視線を落とす。
「……悪かった。家を空けて……」
「そうじゃないですよね」
言葉を遮られる。
まずい。何で怒ってるのか分からない。分からないのに、怒ってるのだけは分かる。
焦っていると、香苗はもう一度ため息をつき、吐き出すように言った。
「どうして……話してくれなかったんですか?」
「その……こんな姿で会っても、僕だと分からなくて怖がるかと……」
香苗の“笑顔”が、ほんの少しだけ冷える。
表情は変わらないのに、怒りだけが濃くなる。
「それじゃあ……今のわたしは何ですか?」
「……はい。一切の弁解の余地もなく。お気づきになられてます……はい」
じりじりと押され、僕は数歩後ろへ。
香苗も玄関を出て、ゆっくりと扉を閉める。
――めちゃくちゃ怒られる。
そう覚悟した瞬間。
ぎゅっ、と抱きつかれた。
今では体格が逆転している。香苗の方が大きい。息が詰まるくらい、強い。
「ちょ、かな、香苗……つぶ……つぶれりゅ……」
「私を見くびった罰です。心配……したん……ですから……」
言葉が途切れ途切れになる。肩に、冷たいものが落ちる。涙だ。
「……ごめん。今後はもっと信頼する。でもさ、お兄ちゃんとして、怖がらせたくなかったんだよ。いきなりこんな体になって、僕自身も理解できず、慌ててたから」
「だったら尚更です。家族を信頼してください。家族は迷惑をかけ合うものだって――そう教えてくれたのは兄さんでしょう」
正論。ぐうの音も出ない。
僕は黙って、香苗の震えを受け止めた。
「……ただいま」
「……おかえりなさい」
……が、そこからすでに二週間が経過した。
あの日から凛さんは、例のミノスの迷宮ダンジョンの報告レポートに没頭し、ずっと研究室に籠りきり。
まきまきも僕の身元を保証する書類やデータの作成に時間を割き、この二週間は完全にダンジョンどころか配信からも離れていた。
「りんさ~ん! 起きてください! 研究室行くって言ってたじゃないですか。もう朝の八時ですよ!」
「んあ……んんん……あと……ごふん……」
「それ四回目です!! お~き~てえ!!」
僕はというと、凛さんの家に泊めてもらっている立場なので、家事は全部担当させてもらっている。
「うっわああ! おいしそう!!」
「今日はフレンチトーストです。頭使うでしょうし、お砂糖ほしいですもんね」
「うん! いただきま~す!」
親がほとんど家にいなくて家事をやっていたおかげで、料理にはちょっと自信がある。ワンルームの狭いキッチンも、小さくなった僕の体にはむしろぴったりで――ありがたい、のかもしれない。
「それじゃあ行ってきます」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ぱたぱたと走って、家を出ようとする凛さんを玄関で呼び止めた。扉を開けたまま振り返る凛さん。寝起きの髪を雑にまとめて、でも目だけはいつも通り鋭い。
「お弁当! 忘れてます!」
包みを二つ、凛さんに渡す。
「いつも悪いな。もう一つは……」
「一応、その……まきまきの分です。この前、菓子パンとお酒しか食べないって言ってたから。勝手に作っちゃってごめんなさい」
「いや、ありがたいよ。まきまきにも世話になってるしな。……じゃ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい!」
凛さんが出かけたら次は、掃除と洗濯と、それから夕飯の準備。
――と、思ったところで。
「あ!? いけない……トイレットペーパーがきれそうなんだった。ドラッグストア行かないと……」
家事を回していると、気づけば昼。僕も外に出る時間だ。向かうのは、まきまきの研究室。
いつも通り、パソコンに向かう凛さんとまきまき。
そして今日は――珍しく、らいこさんの姿もあった。
「こんにちは~」
「おっ!! 祈里く~ん。お弁当ありがとぉねえ」
「いえいえ、構いませんよ」
まきまき、今日は酒の匂いが薄い。飲んでいるには飲んでいるけど、真面目に働いている証拠だ。
それより気になるのは、やっぱり――。
「珍しいですね、らいこさん」
「あなたに関する書類を受け取りに来たのよ。上から任されちゃってね」
「僕に関する書類……例のギフト届ですか?」
「ええ、そうよ」
戸棚から紅茶の茶葉を取り出し、流しへ。やかんに水を入れて火をつける。茶器を手早く用意して、三人分のカップに注ぐ。
まきまきと凛さんにはそれぞれの作業机へ。中央の大きなテーブル、硬い椅子に座るらいこさんの前にも、かちゃり。
「あら、気が利くわね。ありがとう」
「僕のために皆さん頑張ってくださってるんですから。これくらいは……」
そう言って研究室から出ようとしたところで、らいこさんに呼び止められた。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「今から温室の方のダンジョン植物への水やりです。朝とお昼に一回ずつ必要なんですよ」
「……」
らいこさんの視線が、じとーっとデスクの二人へ刺さる。
「あなた達……さすがに祈里君に色々任せすぎじゃないの?」
「いいんですよ、らいこさん。お二人に僕が迷惑をかけてるのは事実ですし」
「……あなたがそれでいいならいいけど」
納得しきれない顔のまま、紅茶をひとすすり。らいこさんが立ち上がり、椅子に掛けていた上着を羽織った。
「祈里君。私も付いて行っちゃだめかしら? ちょうどまきまきを待ってて暇なの」
施設のことだし、僕には判断できない。ちらりとまきまきを見る。
まきまきはパソコンから目を離さず、言葉だけ投げた。
「構わないよぉ~」
らいこさんが、にこりと微笑む。
「らしいわ。ご一緒してもいいわよね?」
「はい。一人だと退屈しちゃいますし。嬉しいです」
昼から夜はこんな感じで、研究室の雑用がメインだ。温室の管理、備品の補充、データ整理の手伝い。夕方になったらスーパーに寄って帰る。
帰ったら夕飯。作りすぎても明日のお弁当に回せるから、いつも少し多め。
――ただ今日は、特別にもう少し多め。
夜七時。帰ってきた凛さんとまきまきが床に座ったところで、ようやく夕飯だ。
「……」
食卓に座った凛さんの表情が、少しだけ険しい。
「……もしかして、回鍋肉嫌いでした?」
「いや、回鍋肉はむしろ好物よ……でもね……」
次の瞬間。
「なんでこいつがいるんだ!」
凛さんの指さす先には――行儀よく正座するらいこさん。
「別にいいじゃない。減るもんじゃないでしょ」
「減るわ! ご飯の量が!!」
「大丈夫ですよ。いつもより多くご飯炊いてるので」
「そういう問題じゃ――……だあもういいや。お腹空いた。食べよ……」
狭いワンルームの、さらに狭いちゃぶ台が、今日はいつもより狭く感じる。
でもその分、妙に温かい。これがこの二週間の生活だった。
そして、二週間が過ぎ――さらに二日後。
今日の朝は、いつもと違った。
玄関で、忘れかけたお弁当を渡している最中。凛さんがふと、何か思い出したように声を上げた。
「あっ……そうだった。少し待ってるから、祈里も外に出る準備してくれるか?」
「いいですけど……どうしたんですか?」
「まきまきが朝、君を連れて来いって」
(まきまきが? 思い当たること、特に――)
そこで、はっとする。最近のまきまきの仕事は僕のあれこれ。身元照合、ギフト認証……つまり――。
「もしかして、僕の身元だったりギフトのことが終わったとか?」
「ぽいな」
凛さんは嬉しそうに笑っている。
なのに――どこか寂しそうにも見えた。
それがどうしてなのか、僕にはまだ分からない。
研究室に着く。
しかし――そこに、いつものまきまきがいない。
「あれ……まきまき~……まきまき!」
「いるっているいる」
研究室奥の扉が開き、出てきたのは――水色の髪をフォーマルにまとめ、スーツをびしっと着込んだ女性だった。酒の気配が一切ない。むしろ香水の、いい匂い。
「だ……だれ?」
「まきまきだよ。学会とかでは割とあんな感じ」
横から凛さんがさらっと教えてくれる。
いや、信じられない。別人みたいだ。
「……それで本物のまきまきは……」
「本物だよ!!」
即ツッコミが飛んだ。
声、間違いない。うん、本物だ。
「それで、今日呼び出された理由っていうのは?」
「あらかた察しはついてるだろぉ。お前さんの身元保証やギフト認証が終わった。ようやく家に帰れるって話だぁ」
家。
そうだ。二週間以上も家を空けてしまった。両親は海外。家には妹が一人だけ。
「心配……かけただろうなあ……」
肩を落とした僕の頭に、凛さんがぽん、と手を置く。温かい。
「祈里が悪いわけじゃないんだ。ここは普通に喜んでいいと思うぞ」
その柔らかな微笑みに、胸の奥の硬いものが少し溶ける。
「その前に……」
まきまきが、じとっとした目で僕と凛さんを交互に見た。こんな表情、初めてだ。
凛さんが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだ? まきまき」
「あのだねえ。祈里君はまあ……いいよ。でも凛君、君は一応この騒動の責任者でもあるんだから、しっかり正装しなさい。できれば祈里君も」
確かに凛さんの格好は変なTシャツにジャージ。僕もオーバーサイズのTシャツと短パンに、小さなエプロン。
凛さんが、僕の顔を覗き込む。
「……だめか?」
「凛さんは何を着ててもかっこいいですよ」
反射で言ってしまった。
まきまきは呆れたようにため息をつき、頭を抱えた。
そのまま凛さんは奥の部屋に連行。出てきた頃にはスーツ姿で、タイトなラインが日本人離れしたスタイルを際立たせ、まるでモデルみたいだ。
「すごい! さっきよりも更にかっこいいです!!」
そして流れるように僕も連行された。奥の部屋は実験室兼更衣室らしく、ロッカーから出てきたのは白のセミフォーマルなワンピース。少し大きいけど、裾が地面につかないギリギリ。サンダルも隠せる。
「さあ、行くぞお前さんらぁ~」
こうして僕ら一行は、僕の家へ向かうことになった。
まきまきと凛さんは監督責任者として。――まきまき、やっぱり相当偉い人なんだな。
電車に乗って、改めて思い知らされる。公共交通機関の人波の中で、自分がどれだけ小さくなったのか。登校中の小学生と、目線が同じだ。
そしてさらに驚かされたのは凛さんだった。身長が高いとは思っていたけど、電車の扉より背が高い。周りのサラリーマンと比べても頭ひとつ抜けている。存在感が違う。
「あの~……凛さんって身長何センチなんですか?」
「んーとね。計ったの結構前だからな……たしか……一九〇くらい?」
「デッカ!?」
予想よりはるかに高い。
でも、ギフト無しでモンスターと渡り合うなら、このくらいの体格が必要なんだろう――と妙に納得させられる。
まきまきは……うん。なんかちょうど良くて安心する。
「おい祈里……お前さんいま失礼なこと考えたろぉ……」
「そ、そんな! 微塵も!!」
「ホントかぁ?」
服装だけはビシッとしているのに、会話はいつものまま。
だから緊張も少しずつほぐれていった。
そして到着する。僕の家。二階建ての一軒家。駐車場はあるけど、車はない。
たった二週間なのに、妙に懐かしい。
まきまきが躊躇いなくインターホンを押す。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
妹が心配で体調を崩していたらどうしよう。
逆に、二週間空けた僕を見ても普段通りだったら、今度は僕が倒れそうだ。
(もう! どうしろってんだよ……)
ガチャリ。
扉がゆっくり開く。隙間から、懐かしい実家の匂い。
それでも鳴りやまない心臓。僕は、開かれていく扉の先を見つめた。
ひょっこりと顔を覗かせたのは――さらりとした黒髪を腰まで伸ばした少女。二歳下の妹、鈴木香苗(すずきかなえ)だった。
扉が開け切られ、姿が現れる。ジャージ姿なのはいつものこと。背筋を伸ばして立つその姿を見て、僕の心配が杞憂だったと分かる。
(妹だというのに、香苗は僕よりずっと大人びている。……心配の必要なんて、なかったのかもしれない)
香苗が何かを言うより先に、まきまきが深々と頭を下げた。
「私(わたくし)、日本ダンジョン協会――通称NDKにて特別技術顧問、兼、ダンジョン生態・資源研究センター副センター長を務めております。包帯薪まきと申します」
続けて凛さんも、ふわりと優雅に頭を下げる。
「そして、包帯薪さんのもとで教鞭をとらせていただいております、桐生凛と申しますわ。此度は鈴木様の身辺のお世話を――」
……お世話をしていたのは僕の方だ。
言いたい。でも、飲み込んだ。空気が完全に“お上品モード”になっている。
「此度はご家族にご心配をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。情報機密などの問題上、ご連絡もできず……不徳の致すところです」
「そ、そんな。頭を上げてください。事情は……ら、らいこさん? って方から聞いてはいますので」
香苗は動じない。むしろ、対応が慣れているみたいに落ち着いている。
そして凛さんが、さらに上品に手土産を差し出した。
「こちら心ばかりの品ではございますが、お納めください」
「あらあら……カステラ。申し訳ございません。ありがたく頂戴します」
僕の実家の玄関が、いつの間にか上流階級の交流の場みたいになっている。
その中で物怖じしない我が妹よ……いつの間にそんな立派になって。お兄ちゃん立つ瀬がないぞ。
手土産を受け取ると、香苗は扉を大きく開け、中に招き入れるように手を差し出した。
「もしよろしければ、上がってください。立ち話もなんですから」
まきまきと凛さんは言葉に甘え、いそいそと中へ入っていく。
僕も追いかけようとした、その時――。
ドンッ。
玄関を塞ぐように、香苗の足が置かれた。
沈黙が落ちる。
「お二方。リビング、そこの左の扉です。先に入っていていただけますか?」
二人は状況を察したのか、軽く頭を下げてリビングへ。
入る瞬間、親指を立ててくれた……気がする。がんばれ、ってことだろう。
玄関に残されたのは、僕と香苗だけ。
「お兄ちゃん……ですよね?」
背筋がぞくりとする。
にこやかな笑顔。細い目。笑っているのに、その奥から漂う圧が告げている。
――怒ってる。
「え、えーっと……あは……あはは……」
「……やっぱり」
香苗は大きくため息をついた。
「よくわかったな」
「そりゃ分かりますよ。生まれてからずっと、ほぼ毎日見てきたんですから」
僕は、観念して視線を落とす。
「……悪かった。家を空けて……」
「そうじゃないですよね」
言葉を遮られる。
まずい。何で怒ってるのか分からない。分からないのに、怒ってるのだけは分かる。
焦っていると、香苗はもう一度ため息をつき、吐き出すように言った。
「どうして……話してくれなかったんですか?」
「その……こんな姿で会っても、僕だと分からなくて怖がるかと……」
香苗の“笑顔”が、ほんの少しだけ冷える。
表情は変わらないのに、怒りだけが濃くなる。
「それじゃあ……今のわたしは何ですか?」
「……はい。一切の弁解の余地もなく。お気づきになられてます……はい」
じりじりと押され、僕は数歩後ろへ。
香苗も玄関を出て、ゆっくりと扉を閉める。
――めちゃくちゃ怒られる。
そう覚悟した瞬間。
ぎゅっ、と抱きつかれた。
今では体格が逆転している。香苗の方が大きい。息が詰まるくらい、強い。
「ちょ、かな、香苗……つぶ……つぶれりゅ……」
「私を見くびった罰です。心配……したん……ですから……」
言葉が途切れ途切れになる。肩に、冷たいものが落ちる。涙だ。
「……ごめん。今後はもっと信頼する。でもさ、お兄ちゃんとして、怖がらせたくなかったんだよ。いきなりこんな体になって、僕自身も理解できず、慌ててたから」
「だったら尚更です。家族を信頼してください。家族は迷惑をかけ合うものだって――そう教えてくれたのは兄さんでしょう」
正論。ぐうの音も出ない。
僕は黙って、香苗の震えを受け止めた。
「……ただいま」
「……おかえりなさい」
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また、奇妙な事に、日本国に限り、齢10歳を迎えた日本在住の日本人にのみ体のどこかから多種多様な紋章が発現し、当人が念じると任意の場所から召喚陣が現れ、人ならざるモンスターを召喚される。
そして、彼らモンスターは主人である当人や心を許した者に対して忠実であった。
そのため、古来の日本から、彼ら召喚獣は農耕、治水、土木、科学技術、エネルギー、政治、経済、金融、戦争など国家の基盤となる柱から、ありとあらゆる分野において、今日に至るまで日本国とアジアの繁栄に寄与してきた。
そして、建国から今まで、国益の基盤たる彼ら数万種類以上をも及ぶ召喚獣を取り締まり管理し、2600年以上と脈々と受け継がれてきた名誉ある国家職がーーーーー国家召喚獣管理官である。
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