炎の騎士と水の巫女

星空の下で誓う永遠

　カルディア軍の総攻撃から数日が経ち、エリシア王国に平和が戻った。リヴァス川での戦いが敵の士気を挫き、撤退を余儀なくされたのだ。騎士団は王都へ凱旋し、村々には笑顔が戻っていた。だが、ミリアの心はまだ戦場の余韻を引きずっていた。あの夜、ダリウスと交わした言葉が、彼女の中で温かく響き続けていた。

　水の神殿は、再び静寂に包まれていた。ミリアは泉の縁に座り、ローブの裾を水に浸していた。腕の傷は癒え、青い瞳が泉に映る。彼女の手が水をかき混ぜると、小さな光が舞い上がり、風に溶けた。

「平和になったんだね……」

　ミリアが呟くと、背後から足音が近づく。振り返ると、ダリウスが立っていた。鎧を脱ぎ、黒い上着とズボンという簡素な姿だ。肩の包帯が少し見え、赤銅色の髪が陽光に輝く。彼はミリアの隣に腰を下ろし、泉を見つめた。

「傷はもういいのか」
「うん。水のおかげで。あなたは？」
「問題ない。少し痛むが、戦士には慣れたものだ」

　ダリウスが小さく笑う。ミリアはその笑顔に胸が温かくなり、彼の横顔を見た。鋭い瞳が柔らかく、初めて会った時の冷たさは消えていた。彼女はそっと尋ねた。

「これからどうするの？　戦いが終わったから、もう騎士団長として戦わなくていいよね」

　ダリウスが目を細め、泉に映る自分の顔を見つめた。

「王都に戻って報告だ。あとは……分からん。ずっと戦ってきたから、平和が何だか実感が湧かなくてな」

　その言葉に、ミリアは小さく笑った。

「私も同じだよ。神殿で水を操って、村に雨を降らせるだけの日々だった。でも、この戦いで変わった。私、あなたと一緒に何かしたいって思うようになった」

　ダリウスが彼女を振り返る。ミリアの青い瞳が真っ直ぐで、彼の胸が小さく高鳴った。彼は静かに言った。

「俺の炎はお前を守るためにある。あの戦場でそう思った。君がそばにいてくれるなら、俺も未来を考えられる」

　ミリアの頬が熱くなり、彼女は手を泉に浸した。水が光り、小さな渦を巻く。彼女が囁く。

「私の水はあなたを癒すよ。一緒にいれば、炎も水も、もっと素敵なものになるよね」

　ダリウスが手を伸ばし、ミリアの手を握った。冷たい水に濡れた彼女の手と、彼の温かい指が重なる。泉に映る二人の影が寄り添い、水面が穏やかに波打った。

「ミリア、俺と一緒にいてくれ」

　彼の声は低く、真剣だった。ミリアが目を上げ、彼の瞳を見つめる。そこには炎のような熱と、深い優しさが宿っていた。彼女は笑って頷いた。

「うん、ダリウス。私もそうしたい」

　二人の手が強く握られ、泉から小さな光が舞い上がる。ダリウスの肩から炎の粒子が上がり、ミリアの水と混じり合った。赤と青が交錯し、虹のような輝きが神殿を包む。風がそっと吹き、二人の髪を揺らした。

　その夜、神殿の前で村人たちが集まった。戦を終えた騎士団への感謝と、ミリアとダリウスの功績を祝うためだ。篝火が焚かれ、子供たちが笑いながら走り回る。ミリアはローブを脱ぎ、村娘がくれた花飾りのついたドレスを着ていた。ダリウスは黒い上着のまま、彼女の隣に立つ。

「似合ってるな」

　ダリウスが呟くと、ミリアが照れて笑う。

「ありがとう。あなたも、鎧じゃない方が優しそうに見えるよ」
「そうか？　騎士団の連中に聞かせたいな」

　二人が笑い合うと、村長が近づいてきた。白髪の老人は穏やかに微笑み、二人に頭を下げた。

「巫女様、騎士団長殿。村を救ってくれてありがとう。お二人が力を合わせたから、我々は生きていられる」

　ミリアが慌てて手を振る。

「そんな、私だけでできたことじゃないよ。ダリウスがいたから」

　ダリウスが肩をすくめ、村長を見た。

「俺もだ。彼女の水がなければ、村は焼けてた。礼なら二人に言え」

　村長が笑い、村人たちが拍手を送る。子供がミリアに花冠を渡し、彼女が頭に載せると、ダリウスが小さく笑った。

「子供にも好かれるとはな」
「あなただって、怖がられてないよ」

　二人が見つめ合い、周囲が温かい笑いに包まれた。篝火が夜空を照らし、星が瞬く。村人たちが歌を歌い始め、ミリアとダリウスは手を取り合った。

「踊るか？」

　ダリウスが言うと、ミリアが目を丸くする。

「え、私、踊りなんて……」
「俺が教える。簡単だ」

　彼が彼女の手を引き、篝火の周りで踊り始めた。ミリアは最初ぎこちなかったが、ダリウスのリードに合わせ、笑顔でステップを踏む。村人たちが拍手し、二人の周りに輪ができた。炎と水が寄り添うように、二人の影が重なる。

　夜が更け、村人たちが帰ると、二人は泉の縁に戻った。ミリアがダリウスの手を握り、星空を見上げた。

「これから、どんな未来になるんだろう」
「分からんが、君と一緒なら悪くないだろう」

　ダリウスが彼女の肩を抱き、ミリアが彼に寄り添う。泉に映る二人の姿が、静かに揺れた。

　炎の騎士と水の巫女は、戦いを終え、新たな道を歩み始めた。