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森をしばらく進んだところで、川辺に出た。
「流れが早いな。ここをどうやって渡る?」
「渡る必要はないさ」
ダスクはなにかを探すような仕草をし、それからミスティを手招きした。
傍に寄ると、大きな茂みの影に金属的なものが見える。
「ミスティ! 無事でなによりだ!」
「シェイド?」
後方支援担当の星影騎士団の長は、ミスティが来るまではラディアントの最年少だった。
年齢が近かったこともあるが、兵站を担うために顔を合わせることも多く、ミスティにとっては友人にもっとも近い存在であった。
「ダスク、ご苦労様」
「きみこそ、ご苦労様。良さげな小型艇を調達してきたな」
「それでガルディアの件だが、基本的に介入を拒否した。政治的に立場は中立を保ちたい……と。ただし "休暇中の職員の過ごし方には口出ししない" という、注釈付きだ」
「で、誰か休暇を取ったヤツがいるのかい?」
「ネフェスト艦長が」
「トリスタン・ネフェスト? そりゃ、最新鋭の旗艦、レヴィアタン号の艦長じゃないか」
ダスクは口笛を吹いた。
「この小型艦で河口から沖に出て、レヴィアタン号と接触する」
ダスクとシェイドのやりとりを聞きながら、ミスティの心に微かな迷いが生じた。
「ガルディアが公的に保護を名乗り出ないなら、ネフェスト艦長とも接触すべきではないのでは?」
ミスティの発言は、完全に二人の予想外だったらしい。
動きを止め、心底驚いた顔で振り返っている。
「それで、どうするんだ?」
「僕を同盟連邦評議会に渡せばいい。君たちが危険を冒す必要なんて、ない」
「なにを言ってるんだ!」
シェイドは声を荒げたが、すぐに顔を俯かせ、グッと拳を握りしめた。
「……グリント様や、クリスの気持ちを無駄にする気かい……?」
息を吐くように、押し殺した声でシェイドは言った。
しかし、それ以上の言葉は、ダスクによって遮られる。
「きみが、俺たちに危険を冒させたくない気持ちは分かる。だが、きみを同盟連邦評議会に引き渡すことは、きみの気持ちを無視しても、俺には出来かねる」
「なぜだ?」
「きみを引き渡せば、今までこの件に携わった者や、これから関わるであろう者たちの身の安全は図れるかもしれない。だが、きみが奴らの手に渡って、拷問に等しい、生きたまま解剖されるような日々を送ることは、俺たちにとって耐え難い日々だと理解しているか?」
「しかし……」
反論しようとしたミスティを、ダスクは右手を上げて制した。
「更に付け加えるならば。彼らの研究が実を結び、君の不死身の秘密が解き明かされたとしよう。それで不死身の軍隊が作られることまで、きみは考えているのか?」
ミスティはハッとなった。
「ついでに言えば、不死身になるのは兵士だけじゃない。そうした年寄り連中どももこぞって自分を不死身にするだろう。きみはそんな地獄を、この世界に実現したいのか? 人間の未来を、そんな暗黒に塗りつぶしたいのか?」
ミスティは、何も答えられなかった。
ダスクの言葉が、鋭い刃のように胸に刺さった。
己の存在が引き金となって、いずれ世界を "死なない者たち" の手に委ねてしまうかもしれないという想像は、それまで考えたこともない未来だった。
自分は、どこまで無自覚だったのか。
これまでは、死なないことが最も最強の武器だった。
死を知らない自分は、誰かの代わりにそれを担い、命を救うことが出来た。
だが今は……。
自分の不死性は、諸刃の剣だと気付かされる。
「しかし……、それは僕が……、個人が決めて良い選択なんだろうか? たかが一兵卒の僕が……」
「暁闇の騎士!」
ミスティはビクッと、姿勢を正した。
彼にとって、称号は己を記号化する呪言であった。
それでも略称の "ミスティ" であれば、許容もできる。
だが、フルで呼ばれることには、殊更抵抗があった。
己を縛る枷を誇りに思うことなど、不可能だった。
しかし、シェイドにとって、それは鼓舞であり、信頼を置く仲間を励ますつもりの一喝であったのだろう。
「もし、そうやって自分に "選ぶ資格" がないと、みんなが考えるようになったら、誰が世界を正しい方向へ導けると思ってるんだ? 政治家か? 貴族か? 同盟連邦評議会か? 彼らが、自分には "選ぶ資格" があると信じてきた結果が、今のこの混乱じゃないか!」
シェイドは、感情を押し殺した決意を込めたような声音で言った。
彼の眼差しは、怒りではなく、哀しみにも似た色が浮かんでいる。
その目をまっすぐに見て、ミスティは彼が本気で世界を思っているのだと知った。
その瞳の奥にあるのは、若さ特有のまっすぐな理想だけではなかった。
そこには、命を背負ってきた者の覚悟があった。
「……言うようになったな」
ダスクが呟いた。
だがそれは、皮肉ではなかった。
後方支援と言えば、前線に立つほどの危険性はないと思われがちだが、星影騎士団は傷ついた兵士たちの手当と搬送も担っている。
彼らの生死を静かに見守っていた青年は、今やその生死を自分で背負える男になっていた。
「君が選ばないなら、選ぶのは敵だ。ミスティ、おまえさんはもう "ただの一兵卒" じゃない。それが現実だ」
ダスクが言った。
「僕が選べば……君たちを巻き込むことになる。それでも、いいのか?」
「俺たちはとっくに巻き込まれてる。だが、その覚悟を持って、ことにあたってる」
ミスティは、わずかに目を伏せた。
それ以上、言葉が出てこなかった。
「選ばないことが、最も恐ろしい選択なんだよ」
その言葉は、ミスティの心に重く響いた。
未だ、迷いは胸の奥に残っている。
だが迷っている時間は、ない。
全てを抱えて、前に進まねばならないことを、彼はようやく理解し始めていた。
「……レヴィアタン号に合流しよう」
ミスティの決断に、ダスクとシェイドも頷いた。
「流れが早いな。ここをどうやって渡る?」
「渡る必要はないさ」
ダスクはなにかを探すような仕草をし、それからミスティを手招きした。
傍に寄ると、大きな茂みの影に金属的なものが見える。
「ミスティ! 無事でなによりだ!」
「シェイド?」
後方支援担当の星影騎士団の長は、ミスティが来るまではラディアントの最年少だった。
年齢が近かったこともあるが、兵站を担うために顔を合わせることも多く、ミスティにとっては友人にもっとも近い存在であった。
「ダスク、ご苦労様」
「きみこそ、ご苦労様。良さげな小型艇を調達してきたな」
「それでガルディアの件だが、基本的に介入を拒否した。政治的に立場は中立を保ちたい……と。ただし "休暇中の職員の過ごし方には口出ししない" という、注釈付きだ」
「で、誰か休暇を取ったヤツがいるのかい?」
「ネフェスト艦長が」
「トリスタン・ネフェスト? そりゃ、最新鋭の旗艦、レヴィアタン号の艦長じゃないか」
ダスクは口笛を吹いた。
「この小型艦で河口から沖に出て、レヴィアタン号と接触する」
ダスクとシェイドのやりとりを聞きながら、ミスティの心に微かな迷いが生じた。
「ガルディアが公的に保護を名乗り出ないなら、ネフェスト艦長とも接触すべきではないのでは?」
ミスティの発言は、完全に二人の予想外だったらしい。
動きを止め、心底驚いた顔で振り返っている。
「それで、どうするんだ?」
「僕を同盟連邦評議会に渡せばいい。君たちが危険を冒す必要なんて、ない」
「なにを言ってるんだ!」
シェイドは声を荒げたが、すぐに顔を俯かせ、グッと拳を握りしめた。
「……グリント様や、クリスの気持ちを無駄にする気かい……?」
息を吐くように、押し殺した声でシェイドは言った。
しかし、それ以上の言葉は、ダスクによって遮られる。
「きみが、俺たちに危険を冒させたくない気持ちは分かる。だが、きみを同盟連邦評議会に引き渡すことは、きみの気持ちを無視しても、俺には出来かねる」
「なぜだ?」
「きみを引き渡せば、今までこの件に携わった者や、これから関わるであろう者たちの身の安全は図れるかもしれない。だが、きみが奴らの手に渡って、拷問に等しい、生きたまま解剖されるような日々を送ることは、俺たちにとって耐え難い日々だと理解しているか?」
「しかし……」
反論しようとしたミスティを、ダスクは右手を上げて制した。
「更に付け加えるならば。彼らの研究が実を結び、君の不死身の秘密が解き明かされたとしよう。それで不死身の軍隊が作られることまで、きみは考えているのか?」
ミスティはハッとなった。
「ついでに言えば、不死身になるのは兵士だけじゃない。そうした年寄り連中どももこぞって自分を不死身にするだろう。きみはそんな地獄を、この世界に実現したいのか? 人間の未来を、そんな暗黒に塗りつぶしたいのか?」
ミスティは、何も答えられなかった。
ダスクの言葉が、鋭い刃のように胸に刺さった。
己の存在が引き金となって、いずれ世界を "死なない者たち" の手に委ねてしまうかもしれないという想像は、それまで考えたこともない未来だった。
自分は、どこまで無自覚だったのか。
これまでは、死なないことが最も最強の武器だった。
死を知らない自分は、誰かの代わりにそれを担い、命を救うことが出来た。
だが今は……。
自分の不死性は、諸刃の剣だと気付かされる。
「しかし……、それは僕が……、個人が決めて良い選択なんだろうか? たかが一兵卒の僕が……」
「暁闇の騎士!」
ミスティはビクッと、姿勢を正した。
彼にとって、称号は己を記号化する呪言であった。
それでも略称の "ミスティ" であれば、許容もできる。
だが、フルで呼ばれることには、殊更抵抗があった。
己を縛る枷を誇りに思うことなど、不可能だった。
しかし、シェイドにとって、それは鼓舞であり、信頼を置く仲間を励ますつもりの一喝であったのだろう。
「もし、そうやって自分に "選ぶ資格" がないと、みんなが考えるようになったら、誰が世界を正しい方向へ導けると思ってるんだ? 政治家か? 貴族か? 同盟連邦評議会か? 彼らが、自分には "選ぶ資格" があると信じてきた結果が、今のこの混乱じゃないか!」
シェイドは、感情を押し殺した決意を込めたような声音で言った。
彼の眼差しは、怒りではなく、哀しみにも似た色が浮かんでいる。
その目をまっすぐに見て、ミスティは彼が本気で世界を思っているのだと知った。
その瞳の奥にあるのは、若さ特有のまっすぐな理想だけではなかった。
そこには、命を背負ってきた者の覚悟があった。
「……言うようになったな」
ダスクが呟いた。
だがそれは、皮肉ではなかった。
後方支援と言えば、前線に立つほどの危険性はないと思われがちだが、星影騎士団は傷ついた兵士たちの手当と搬送も担っている。
彼らの生死を静かに見守っていた青年は、今やその生死を自分で背負える男になっていた。
「君が選ばないなら、選ぶのは敵だ。ミスティ、おまえさんはもう "ただの一兵卒" じゃない。それが現実だ」
ダスクが言った。
「僕が選べば……君たちを巻き込むことになる。それでも、いいのか?」
「俺たちはとっくに巻き込まれてる。だが、その覚悟を持って、ことにあたってる」
ミスティは、わずかに目を伏せた。
それ以上、言葉が出てこなかった。
「選ばないことが、最も恐ろしい選択なんだよ」
その言葉は、ミスティの心に重く響いた。
未だ、迷いは胸の奥に残っている。
だが迷っている時間は、ない。
全てを抱えて、前に進まねばならないことを、彼はようやく理解し始めていた。
「……レヴィアタン号に合流しよう」
ミスティの決断に、ダスクとシェイドも頷いた。
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