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◎
出発日、集合はギルド前との指定だったので、ランスは早朝にギルドの前にやってきた。
ギルドの扉は閉まっていて、そこにユーリイが立っている。
「おはようございます、ランスロットさん」
「おはよう。……ほかはどうした?」
「ほか……とは?」
「ほかは、ほかだよ。コカトリスの討伐と言えば、大事だ。それとも、俺を迎えに来ただけで、辺境伯領で落ち合うのか?」
「いえ、討伐パーティは僕とランスロットさんの二人です」
「はっ?」
「僕とランスロットさんの、二人パーティです」
ランスは、わなわなしながら首を左右に振った。
「嘘だろ?」
「いいえ。コカトリス程度、僕一人で充分討伐可能です。裏手に騎竜を止めてありますので、行きましょう」
「いや、待て! 戦闘力がどうこう以前に、じゃあ野営用の荷物とか、二人で持つのか?」
「問題ありません。これがありますから」
ユーリイは、ウェストに付けているバッグをぽんっと叩いた。
それは、魔獣素材で作られた魔道具の鞄。
見た目よりも物が入る "異次元鞄" と呼ばれる便利道具だ。
「容量は竜車1台分ぐらいあります」
「そんなすごい道具持ってるなら、俺、いらなくね?」
「なにを言うんですか。行った先で食材調達をしても、料理をしてくれる人がいなければ食べられません。寝具の用意が出来ても、長期にわたった時にメンテナンスが出来なかったら、結局は宝の持ち腐れです」
「あ~、うん、そうね……」
と言うか、それは自分がユーリイに指導した一つだ。
ランスはため息を一つ吐き、親指を立てた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
二匹の騎竜には、立派な鞍がついている。
そして一匹には鐙があったが、一匹にはなかった。
「そっちを、ランスロットさんが使ってください」
鐙のついていない騎竜に、ユーリイはふわりと跨った。
その動きも、騎乗したあとの伸びた背筋も、文句のつけようがない優雅さと美しさ。
騎乗時に「よっこらしょ」と口から出た自分とは、雲泥の差だ。
「じゃあ、出発しましょう」
「ああ」
履いているブーツには、拍車もない。
だが、ランスよりも滑らかに──まるで騎竜と一体化しているかのように、ユーリイは竜を操り、進み始める。
──ホント、これこそが一級の格ってやつかね……。
ランスは手綱を引き、騎竜に "進め" の合図をだした。
◎
辺境伯領までの旅路は、至って平穏なものだった。
ユーリイは一級冒険者らしく懐には余裕があり、街道沿いの宿場町では必ず上等な宿を取り、食事も風呂も付けてもらえたからだ。
正直に言えば、これで辺境伯領のコカトリス討伐が "数日" で済んだ場合、ランスが付いてくる意味など無いに等しいだろうと感じるほどに。
だが、王都から辺境伯領までの旅路は、さほど長いものではなかった。
優れた騎竜と、少人数での行動。
四日目には辺境伯の領都に到着し、件の村には翌日到着した。
そして村人たちのコカトリス目撃情報などを集め、実被害が出ていないことを確かめたところで、騎竜を村に預け、二人は徒歩で森に向かった。
森へ足を踏み入れると、街道とは違う湿った冷気が肌を撫でた。
静寂を破るのは、鳥とも虫ともつかぬ奇妙な声。
ランスは肩を竦めてため息を吐く。
「やれやれ……やっぱり森に入った途端、空気が違うな」
だが隣のユーリイは、むしろ楽しげに笑みを浮かべていた。
「村の周辺に毒の影響はなさそうですね。安心しました」
「目撃情報からの、辺境伯からの依頼……だったっけ?」
「森にほど近い場所で、鉱山帰りの鉱夫が見たという話ですが……」
「しかし、コカトリスと言えば黒の森でも深層にいるもんだろうに、なんでこんな浅層に出てきちゃったかな……」
深層の魔物が浅層に出てきた理由は、人間が憶測出来るものではない。
分かっていることは、そうして出てきてしまった個体は、決して深層に戻ってはいかないということ。
「浅層に出てきた個体は、必ず人間を襲う……ですよね?」
「ああ。非力で食い出のある餌を狙うのは、自然の摂理だからな」
魔物の行動パターンや、討伐時の注意。
そんな些細な指導を、ユーリイはちゃんと覚えている。
「ともかく、夜になったらこっちが不利になる──」
「日が暮れる前に、野営地をしっかり決めること……ですね」
ふふっと笑って、ユーリイが言った。
◎
野営地は、川にほど近い平地を選んだ。
そこでバッグから取り出されたテントを眺めて、ランスはため息を吐く。
「魔物避けの術付き……か……」
「ええ。香を使うと、討伐対象が逃げてしまう可能性がありますから」
魔物避けの香は、比較的安価で買える。
もし購入が出来なかったり、手持ちが切れていたとしても、森や草原であれば自生しているいくつかの野草を混ぜることで一晩やり過ごす……ことが出来るものだ。
だが、このテントは──。
──香と術とじゃ、桁が違いすぎるだろ……。
ギリギリで口には出さなかった。
「途中で狩ったアルミラージでいいですか?」
「充分だろう」
受け取ったアルミラージを解体しながら、そういえば踊る兎亭のシチューを食べそこねたな……と思い出す。
──根菜類はないが、薬草ユリが水辺に咲いていたな……。
食料はほとんど持ち込んでいないが、塩と小麦粉だけは持ってきている。
アルミラージの肉を適当な大きさに切り分けて、胸肉と薬草ユリの根をシチューに、腿肉は香りの強い薬草で包んでハーブ焼きに仕上げた。
「出来たぞ」
「ランスロットさんの作ってくれる野外食、久しぶりで楽しみです」
「ユーリイ。俺はもう指導官じゃない。ランスでいいぞ」
「それなら僕も、ユリィと呼んでください」
「わかった」
器にシチューを盛って、ユーリイに渡す。
肉とユリネ、それにいくつかの野草しか入っていないシチューを、ユーリイはまるで宝物のように受け取った。
「やっぱり、ランスと来て正解でした。こんな食事、野営地で食べられるなんて幸せです」
一口食べたところで、ユーリイは深く息を吐き、満面の笑みを浮かべる。
「雑な野営飯で、そんな顔されてもな」
「駆け出しの時にランスにそう指導されて、僕も随分頑張りましたけど、こんな短時間で美味しく、魔物を調理することは出来ませんでした」
「まぁ、得手不得手はあるだろうが」
「料理のできるポーターを雇ったり、サポートに自信のある者とも組んでみましたが、ランスほどのクオリティは出してもらえませんでした」
「そうなの?」
「はい。メンバーを変えたり、職種の違う方を雇ってみたり、試行錯誤しましたが……。僕の要求が高すぎると言って、皆辞めてしまって……。結局、ソロでやってます」
「相手は人間だからな。気分や性格もあるだろう」
「なので今回、無理を言ってランスに同行をお願いしました」
まっすぐに向けられる青い瞳に、ランスは背筋がむず痒くなる思いだった。
長年 "褒める" ことばかりしてきたランスにとって、褒められることは慣れていない。
返事に詰まって、自分の手元を見るふりをして視線を外すのがせいぜいだった。
◎
食事のあとは、川の水を利用して簡易のサウナを作った。
大人が一人入れる程度のスペースを木の枝で作り、周りを毛布で囲み、焚き火で温まった石に水を掛けて蒸気を充満させる。
たったそれだけだが、最後に川の水で汗を流すと意外に気分がさっぱりするし、歩いてきた疲れも抜けるのだ。
ユーリイがサウナを使っている間に、ランスは食事の片付けと火の始末をする。
ユーリイのテントは、しっかり魔物避けの術が掛けられているので、見張りの必要はない。
術で退けられないランクの魔物や、登録者以外が近づいてきた時には、警戒の鈴が鳴って中の者に危機を知らせる機能付きだ。
ランスは、ユーリイと入れ替わりでサウナに入った。
──一緒に冒険……ねぇ。
温まった石に水を掛けながら、ランスは思い返していた。
初めてユーリイと出会ったのは、九年前。
ギルドで紹介された時は、成人済みの「15歳」と言われたが、指導のためにちいさなクエストをこなしていく中で、まだ誕生日前の14歳だと告白された。
幼さの残る端正な顔だちの中に、貴族的な額の高さ。
装備品はどれも上質な物ばかり。
ワケアリの様子から、気にかけていたが、持っていた短剣の柄にヴァルクレストの紋章を見つけた。
──ヴァルクレストと言えば、侯爵家だったか……?
ランスのような一介の冒険者に、貴族の家の事情などはわからない。
だが、決して身元の話をしないユーリイの様子から、もう実家には頼れないのだろうことが容易に想像出来た。
貴族のお遊びではなく、本当に冒険者として身を立てねばならない。
その気概と、なによりなんでも教えればすぐにも吸収して、期待以上の成果を出してくるユーリイの才能に、ランスは出来るだけのことはしてやろうと考えた。
極貧ではないが、豊かとも言い難い、中途半端な村。
街道沿いではないが、それほど遠くもない地理的事情。
農家を営む実家には、しっかりものの兄がいる。
家業を手伝っていては、嫁をもらうどころか、労働の担い手として使い潰されることはわかりきっていた。
似たような状況の同世代たちと一緒に村を出て、冒険者として登録をし、彼らと共にいくつものクエストをこなした。
──戦闘の才能が、全くない……てのもなぁ……。
剣であれ、槍であれ、盾であれ。
ランスにはそれらを扱う才能が、まるでなかった。
魔法も同様。
小さな炎、清潔な飲料水、湿った衣服を乾燥できる風。
ランスはサウナに使った毛布を広げ、パンッと伸ばして熱風を送る。
ふわりと乾いた毛布をたたみ、ランスはテントに戻った。
◎
テントは、一般的な冒険者が持つものよりもずっと広い。
が、それにしたって大人の男が二人で寝るにはギリギリの大きさと言えた。
「指導されていた時にも思いましたけど、ランスが整えてくれる寝床って、どうしてこんなに床がふわふわなんでしょう?」
「どう……って、まず土が堅かったら風魔法でちょっと柔らかくして。その時に石を取り除いて。あとは落ち葉や松葉を敷くだけだ」
「教わったとおりにやってるつもりなんですけど、僕が魔法を使うと地面がえぐれちゃうんですよね……」
「そりゃ、強すぎるんだ」
既に毛布にくるまっていたユーリイの隣に、乾かした毛布を身にまとって横になる。
「なぁ、なんでそんなに寄ってくるんだ?」
「夜は冷えますから」
それは確かにその通り……なのだが……。
「なぁ、なんで俺の毛布をめくるんだ?」
「寒くて……」
「いや、なんで俺のズボンに手を掛けてるんだっ!」
「だから、寒いんです」
「脱がすな! 俺のパンツを引っ張るなっ!」
「素肌のほうがあったまりますよ」
「やめろちゅーに!」
「ランス、別に今更じゃないですか……」
ユーリイの言葉に、ランスは忘れようとしていた過去を思い出す。
それは、ユーリイを指導していた当時のことだ。
冒険者は、ギルドに登録をする最初は "見習い" であり、必ず指導を受けてから五級の資格をもらう。
見習い期間は本人の希望に応じるが、すぐにも稼ぎに行きたい者は二週間程度、自信がなかったり、みっちり基礎を教わりたい者は一年ほど、指導をする冒険者と共にクエストをこなす。
ユーリイは、最初から一年を希望していた。
あとから思うに、それは15歳になっていなかったユーリイの後ろめたさからの希望だったのかもしれない。
ユーリイの年齢が14だと知ったあと、15歳の誕生日に成人を祝ってエールを奢ってやった。
初めての酒に、ユーリイはしたたか酔ったように見えた。
だからそのあと、誕生祝いに娼館を奢ってやる約束は、反故になってしまった。
だが、宿に戻ったところで意識を取り戻したユーリイが、ごねた。
約束は約束。
娼館へ行かなかった分は、ランスの体で代替えだ……と。
ユーリイは酔っていた。
ランスも酔っていた。
だから、なんだかそれで約束が履行されるなら、良いような気がした。
翌日、酒が抜けたあとに腰の痛みと、おかしい理論に激しく反省をしたが、実際にユーリイと寝たのは事実として残ってしまった。
「あれは、事故だ!」
「でも、事実です」
「俺は今日は、奢る約束はしてないぞ!」
「いえ、それは関係ありません。僕は……ランスが良いんです」
「はあっ?」
意味が理解できずにフリーズしている間に、ぐいと腕に抱き込まれ、キスをされていた。
「待て! 待て待て待て待てっ!」
「待ちません。もう……九年待ちましたから」
ランスのパンツは、易々と脱がされてしまった。
出発日、集合はギルド前との指定だったので、ランスは早朝にギルドの前にやってきた。
ギルドの扉は閉まっていて、そこにユーリイが立っている。
「おはようございます、ランスロットさん」
「おはよう。……ほかはどうした?」
「ほか……とは?」
「ほかは、ほかだよ。コカトリスの討伐と言えば、大事だ。それとも、俺を迎えに来ただけで、辺境伯領で落ち合うのか?」
「いえ、討伐パーティは僕とランスロットさんの二人です」
「はっ?」
「僕とランスロットさんの、二人パーティです」
ランスは、わなわなしながら首を左右に振った。
「嘘だろ?」
「いいえ。コカトリス程度、僕一人で充分討伐可能です。裏手に騎竜を止めてありますので、行きましょう」
「いや、待て! 戦闘力がどうこう以前に、じゃあ野営用の荷物とか、二人で持つのか?」
「問題ありません。これがありますから」
ユーリイは、ウェストに付けているバッグをぽんっと叩いた。
それは、魔獣素材で作られた魔道具の鞄。
見た目よりも物が入る "異次元鞄" と呼ばれる便利道具だ。
「容量は竜車1台分ぐらいあります」
「そんなすごい道具持ってるなら、俺、いらなくね?」
「なにを言うんですか。行った先で食材調達をしても、料理をしてくれる人がいなければ食べられません。寝具の用意が出来ても、長期にわたった時にメンテナンスが出来なかったら、結局は宝の持ち腐れです」
「あ~、うん、そうね……」
と言うか、それは自分がユーリイに指導した一つだ。
ランスはため息を一つ吐き、親指を立てた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
二匹の騎竜には、立派な鞍がついている。
そして一匹には鐙があったが、一匹にはなかった。
「そっちを、ランスロットさんが使ってください」
鐙のついていない騎竜に、ユーリイはふわりと跨った。
その動きも、騎乗したあとの伸びた背筋も、文句のつけようがない優雅さと美しさ。
騎乗時に「よっこらしょ」と口から出た自分とは、雲泥の差だ。
「じゃあ、出発しましょう」
「ああ」
履いているブーツには、拍車もない。
だが、ランスよりも滑らかに──まるで騎竜と一体化しているかのように、ユーリイは竜を操り、進み始める。
──ホント、これこそが一級の格ってやつかね……。
ランスは手綱を引き、騎竜に "進め" の合図をだした。
◎
辺境伯領までの旅路は、至って平穏なものだった。
ユーリイは一級冒険者らしく懐には余裕があり、街道沿いの宿場町では必ず上等な宿を取り、食事も風呂も付けてもらえたからだ。
正直に言えば、これで辺境伯領のコカトリス討伐が "数日" で済んだ場合、ランスが付いてくる意味など無いに等しいだろうと感じるほどに。
だが、王都から辺境伯領までの旅路は、さほど長いものではなかった。
優れた騎竜と、少人数での行動。
四日目には辺境伯の領都に到着し、件の村には翌日到着した。
そして村人たちのコカトリス目撃情報などを集め、実被害が出ていないことを確かめたところで、騎竜を村に預け、二人は徒歩で森に向かった。
森へ足を踏み入れると、街道とは違う湿った冷気が肌を撫でた。
静寂を破るのは、鳥とも虫ともつかぬ奇妙な声。
ランスは肩を竦めてため息を吐く。
「やれやれ……やっぱり森に入った途端、空気が違うな」
だが隣のユーリイは、むしろ楽しげに笑みを浮かべていた。
「村の周辺に毒の影響はなさそうですね。安心しました」
「目撃情報からの、辺境伯からの依頼……だったっけ?」
「森にほど近い場所で、鉱山帰りの鉱夫が見たという話ですが……」
「しかし、コカトリスと言えば黒の森でも深層にいるもんだろうに、なんでこんな浅層に出てきちゃったかな……」
深層の魔物が浅層に出てきた理由は、人間が憶測出来るものではない。
分かっていることは、そうして出てきてしまった個体は、決して深層に戻ってはいかないということ。
「浅層に出てきた個体は、必ず人間を襲う……ですよね?」
「ああ。非力で食い出のある餌を狙うのは、自然の摂理だからな」
魔物の行動パターンや、討伐時の注意。
そんな些細な指導を、ユーリイはちゃんと覚えている。
「ともかく、夜になったらこっちが不利になる──」
「日が暮れる前に、野営地をしっかり決めること……ですね」
ふふっと笑って、ユーリイが言った。
◎
野営地は、川にほど近い平地を選んだ。
そこでバッグから取り出されたテントを眺めて、ランスはため息を吐く。
「魔物避けの術付き……か……」
「ええ。香を使うと、討伐対象が逃げてしまう可能性がありますから」
魔物避けの香は、比較的安価で買える。
もし購入が出来なかったり、手持ちが切れていたとしても、森や草原であれば自生しているいくつかの野草を混ぜることで一晩やり過ごす……ことが出来るものだ。
だが、このテントは──。
──香と術とじゃ、桁が違いすぎるだろ……。
ギリギリで口には出さなかった。
「途中で狩ったアルミラージでいいですか?」
「充分だろう」
受け取ったアルミラージを解体しながら、そういえば踊る兎亭のシチューを食べそこねたな……と思い出す。
──根菜類はないが、薬草ユリが水辺に咲いていたな……。
食料はほとんど持ち込んでいないが、塩と小麦粉だけは持ってきている。
アルミラージの肉を適当な大きさに切り分けて、胸肉と薬草ユリの根をシチューに、腿肉は香りの強い薬草で包んでハーブ焼きに仕上げた。
「出来たぞ」
「ランスロットさんの作ってくれる野外食、久しぶりで楽しみです」
「ユーリイ。俺はもう指導官じゃない。ランスでいいぞ」
「それなら僕も、ユリィと呼んでください」
「わかった」
器にシチューを盛って、ユーリイに渡す。
肉とユリネ、それにいくつかの野草しか入っていないシチューを、ユーリイはまるで宝物のように受け取った。
「やっぱり、ランスと来て正解でした。こんな食事、野営地で食べられるなんて幸せです」
一口食べたところで、ユーリイは深く息を吐き、満面の笑みを浮かべる。
「雑な野営飯で、そんな顔されてもな」
「駆け出しの時にランスにそう指導されて、僕も随分頑張りましたけど、こんな短時間で美味しく、魔物を調理することは出来ませんでした」
「まぁ、得手不得手はあるだろうが」
「料理のできるポーターを雇ったり、サポートに自信のある者とも組んでみましたが、ランスほどのクオリティは出してもらえませんでした」
「そうなの?」
「はい。メンバーを変えたり、職種の違う方を雇ってみたり、試行錯誤しましたが……。僕の要求が高すぎると言って、皆辞めてしまって……。結局、ソロでやってます」
「相手は人間だからな。気分や性格もあるだろう」
「なので今回、無理を言ってランスに同行をお願いしました」
まっすぐに向けられる青い瞳に、ランスは背筋がむず痒くなる思いだった。
長年 "褒める" ことばかりしてきたランスにとって、褒められることは慣れていない。
返事に詰まって、自分の手元を見るふりをして視線を外すのがせいぜいだった。
◎
食事のあとは、川の水を利用して簡易のサウナを作った。
大人が一人入れる程度のスペースを木の枝で作り、周りを毛布で囲み、焚き火で温まった石に水を掛けて蒸気を充満させる。
たったそれだけだが、最後に川の水で汗を流すと意外に気分がさっぱりするし、歩いてきた疲れも抜けるのだ。
ユーリイがサウナを使っている間に、ランスは食事の片付けと火の始末をする。
ユーリイのテントは、しっかり魔物避けの術が掛けられているので、見張りの必要はない。
術で退けられないランクの魔物や、登録者以外が近づいてきた時には、警戒の鈴が鳴って中の者に危機を知らせる機能付きだ。
ランスは、ユーリイと入れ替わりでサウナに入った。
──一緒に冒険……ねぇ。
温まった石に水を掛けながら、ランスは思い返していた。
初めてユーリイと出会ったのは、九年前。
ギルドで紹介された時は、成人済みの「15歳」と言われたが、指導のためにちいさなクエストをこなしていく中で、まだ誕生日前の14歳だと告白された。
幼さの残る端正な顔だちの中に、貴族的な額の高さ。
装備品はどれも上質な物ばかり。
ワケアリの様子から、気にかけていたが、持っていた短剣の柄にヴァルクレストの紋章を見つけた。
──ヴァルクレストと言えば、侯爵家だったか……?
ランスのような一介の冒険者に、貴族の家の事情などはわからない。
だが、決して身元の話をしないユーリイの様子から、もう実家には頼れないのだろうことが容易に想像出来た。
貴族のお遊びではなく、本当に冒険者として身を立てねばならない。
その気概と、なによりなんでも教えればすぐにも吸収して、期待以上の成果を出してくるユーリイの才能に、ランスは出来るだけのことはしてやろうと考えた。
極貧ではないが、豊かとも言い難い、中途半端な村。
街道沿いではないが、それほど遠くもない地理的事情。
農家を営む実家には、しっかりものの兄がいる。
家業を手伝っていては、嫁をもらうどころか、労働の担い手として使い潰されることはわかりきっていた。
似たような状況の同世代たちと一緒に村を出て、冒険者として登録をし、彼らと共にいくつものクエストをこなした。
──戦闘の才能が、全くない……てのもなぁ……。
剣であれ、槍であれ、盾であれ。
ランスにはそれらを扱う才能が、まるでなかった。
魔法も同様。
小さな炎、清潔な飲料水、湿った衣服を乾燥できる風。
ランスはサウナに使った毛布を広げ、パンッと伸ばして熱風を送る。
ふわりと乾いた毛布をたたみ、ランスはテントに戻った。
◎
テントは、一般的な冒険者が持つものよりもずっと広い。
が、それにしたって大人の男が二人で寝るにはギリギリの大きさと言えた。
「指導されていた時にも思いましたけど、ランスが整えてくれる寝床って、どうしてこんなに床がふわふわなんでしょう?」
「どう……って、まず土が堅かったら風魔法でちょっと柔らかくして。その時に石を取り除いて。あとは落ち葉や松葉を敷くだけだ」
「教わったとおりにやってるつもりなんですけど、僕が魔法を使うと地面がえぐれちゃうんですよね……」
「そりゃ、強すぎるんだ」
既に毛布にくるまっていたユーリイの隣に、乾かした毛布を身にまとって横になる。
「なぁ、なんでそんなに寄ってくるんだ?」
「夜は冷えますから」
それは確かにその通り……なのだが……。
「なぁ、なんで俺の毛布をめくるんだ?」
「寒くて……」
「いや、なんで俺のズボンに手を掛けてるんだっ!」
「だから、寒いんです」
「脱がすな! 俺のパンツを引っ張るなっ!」
「素肌のほうがあったまりますよ」
「やめろちゅーに!」
「ランス、別に今更じゃないですか……」
ユーリイの言葉に、ランスは忘れようとしていた過去を思い出す。
それは、ユーリイを指導していた当時のことだ。
冒険者は、ギルドに登録をする最初は "見習い" であり、必ず指導を受けてから五級の資格をもらう。
見習い期間は本人の希望に応じるが、すぐにも稼ぎに行きたい者は二週間程度、自信がなかったり、みっちり基礎を教わりたい者は一年ほど、指導をする冒険者と共にクエストをこなす。
ユーリイは、最初から一年を希望していた。
あとから思うに、それは15歳になっていなかったユーリイの後ろめたさからの希望だったのかもしれない。
ユーリイの年齢が14だと知ったあと、15歳の誕生日に成人を祝ってエールを奢ってやった。
初めての酒に、ユーリイはしたたか酔ったように見えた。
だからそのあと、誕生祝いに娼館を奢ってやる約束は、反故になってしまった。
だが、宿に戻ったところで意識を取り戻したユーリイが、ごねた。
約束は約束。
娼館へ行かなかった分は、ランスの体で代替えだ……と。
ユーリイは酔っていた。
ランスも酔っていた。
だから、なんだかそれで約束が履行されるなら、良いような気がした。
翌日、酒が抜けたあとに腰の痛みと、おかしい理論に激しく反省をしたが、実際にユーリイと寝たのは事実として残ってしまった。
「あれは、事故だ!」
「でも、事実です」
「俺は今日は、奢る約束はしてないぞ!」
「いえ、それは関係ありません。僕は……ランスが良いんです」
「はあっ?」
意味が理解できずにフリーズしている間に、ぐいと腕に抱き込まれ、キスをされていた。
「待て! 待て待て待て待てっ!」
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