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第一部:アレックス

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 人間には『喜怒哀楽』というものがある。アレックスがその事に気がついたのは最近の事だった。
 俗に刑事がコンビを組むと、その相棒との信頼関係は夫婦よりも強くなると言われているが、妻のいないアレックスにとって相棒であり義弟でもあるハリーは、一緒にいない時の方が少ない人間だった。
 ハリーは、どんな感情も素直に表わす事の出来る人間だ。
 その為アレックスは嫌でもハリーの感情を受け止めなければならなかった。
 つまりアレックスが『人には豊かな感情がある』事に気がついたのは、ハリーのおかげ、と言っても過言ではない。
 ところが、今アレックスの前にいるペイルグリーンの瞳を持った少年は、ハリーとは対照的に表情を変えない人間だった。
 昼食に誘い、こうして向き合っていると、彼の表情の殆どが造られた物だという事を、嫌でも実感させられる。

「ヴァレンタイン?」
「…」
「ヴァレンタイン!」
「えっ? 何だ?」
「まったく珍しい奴だな。人の顔を見つめたまま気を失ってたのか?」
「いやぁ、キミって笑わないんだなって、思ったんだよ」

 咄嗟に考えていた事を口に出してしまい、アレックスはしまったと思う。案の定、ロイは呆れ果てたような顔でこちらを見ていた。

「食前酒に酔っぱらってんじゃないよ。そういう台詞は、女を口説く時にでも使うんだね」
「そんな事を言うって事は、キミ女の子を口説いた事があるんだ。へぇー」
「な、なんだよ。そんな顔して!」
「いやぁ、別にィ。ただ私もした事が無いのに、キミはすでにやっているのかって思っただけだよ」
「…ちょっとちょっと、ジョーダンも程々にしなさいよ。アンタみたいな男が女を口説いた事が無いって? ンなバカな話があるワケないでしょう」
「ホントだよ。私は仕事好きだから、女の子口説いてるヒマなんて、今までの人生になかったなぁ。それで、どんな風に口説いたの? ぜひ手ほどきをお願いしたいなぁ」
「悪かったね。女を口説いた事なんて無いよ。ンな事してたら、ボスに半殺しにされっちまう」

 ロイは不機嫌な顔をして見せた。いや、不機嫌と言うよりは、投げ遣りと言うべきか。

「そうか。そりゃあ残念だなぁ。せっかく面白い話を聞かせてもらえると思ったのに」

 残念そうな顔をして見せてはいるが、その実アレックスはジッとロイの様子を観察していた。
 ロイはその言葉で自分自身さえも傷つけようとしている。それが、ひどく痛ましいとアレックスは思った。

「まったく、人のコト呼び出しておいて、用件も言わずにいきなり飯が喰いたいなんて言ったかと思えば、今度はくだらない話を聞きたがるし…。どーなってんの?」
「用件は今遂行されてるじゃないか」
「?」
「この間キミの持ってきてくれた仕事、成功したの。ボスにはキミを呼び出す前に報告したから、今お祝してるワケ」

 いかにも自慢気にニコニコしながら、アレックスはグラスを目の高さに挙げて傾けてみせる。

「…そいつは、…おめでとう…」

 ロイは戸惑った顔で答えた。嫌味や皮肉の言葉ならいくらでも出てくるのだが、祝福の言葉など使った事が無かったからだ。

「祝ってくれるんだ。それじゃ乾杯しましょ」

 テーブルの中央に陣取っているワインクーラーからボトルを取り出すと、アレックスはロイの前に置いてあるグラスに注いだ。
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