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第二部:ハリー
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「おい、ハリー坊」
「んー?」
資料を手に持ったまま、あらぬ方を眺めていたハリーに、マーフィーが声をかけた。
「もう七時になるが、帰らんのか?」
ハリーはマーフィーの顔を見やり、それから自分の腕の時計に目をやる。
「仕事が、終わんなくっちゃ帰れないよ」
「仕事が終わらないんじゃなくて、終わらせないの間違いじゃないのか。それはともかく、連絡ぐらいしてやれよ」
「ん…、ああ、そうだね」
ハリーは力なく立ち上がると、廊下の突き当たりの公衆電話に歩み寄りポケットを探った。
「小銭がないのか?」
突然、後ろから声をかけられてギョッとなる。
振り向くと、そこには一瞬白髪にも見えるシルバーグレイの髪をした、長身の上司が立っていた。
「グレイブス部長…、今お戻りですか?」
「ああ。しかし、大変な事になった。寄りによって、署内で…しかも、主任クラスの人間が狙撃されたのだからな」
「それであの、イーストン主任は大丈夫、なんでしょうか…?」
「一命は取り留めた。まだ意識は戻らんがな。今は奥方が付いている。心配するな」
グレイブスの言葉に、ハリーは安堵と不安の入り交じった溜息をつく。
「何処に、かけるんだ? こんな時間に…」
「家に、です。遅くなりそうだから…」
「そうか、キミは所帯持ちだったな。残業か? イーストン君の件かね?」
「いえ、僕はモンテカルロの件を受け持ってますんで…。主任を撃ったヤツを検挙したい気持ちはありますケド、そうそう全部の事件に関わっていたら、何も解決しませんから」
「それも、そうだな。…イーストンの留守の間は、私が代わりを務める事になる。少しモンテカルロの件で聞いておきたい事もあるから、帰る前に顔を出してくれないか? 私は、主任室で現場を見ているから」
「解りました。伺います」
ハリーの答えに満足したのか、グレイブスはその場を離れていった。
その背中を見送ってから、ハリーは受話器を取ると自宅のナンバーをプッシュし始めた。
報告の為にいくつかの書類をまとめて、ハリーは主任室に向かった。
「あれっ、マクミラン先輩まだいたんですか?」
廊下ですれ違った後輩巡査が、ニコニコと声をかけてくる。
「マクセル、夜勤か?」
「署内にいる警官が撃たれたなんて不祥事があったもんだから、非番だってゆーのに駆り出されたんですよ。これからコイツと夜回りです」
自販機の紙コップ入りコーヒーを持ってきたビクターを顎で指し示し、マクセルは笑う。
「ご苦労だな。そうすると今夜は帰れないかな…」
「さあ、どうかな。でも署内にはほとんど残らないみたいですよ。緊急対策委員が組まれたケド、みんな怖くて外回りに出ちまいましたから」
「市民を守る警察も、命は惜しいみたいですね」
「仕方ないサ。俺だって怖い」
ハリーは皮肉な笑いを浮かべて見せる。そんなハリーに、二人は顔を見合わせた。
「先輩、イーストン主任、大丈夫なんスか?」
「うん、先刻グレイブス部長に会ったケド、一命は取り留めたってさ」
「そりゃあ、よかったっスねェっ!」
何か、主任の無事を喜ぶという態度とは少し違う彼らの様子に、ハリーは怪訝な顔をする。
「なんだいそれ? オマエ達、主任が生きていた事はどうでも良いみたいじゃないか」
「そんなんじゃありませんケド…」
狼狽える二人に、ハリーはますます怪訝な顔になる。
「なんだよ、ハッキリ言ってみろよ」
「…だって、なぁ…」
二人は、しばらくの間目配せするような態度をとっていたが、見逃してくれそうもないハリーに観念したように顔を上げた。
「だって、マクミラン先輩とイーストン主任は、グレイス先輩の共通の友達なんでしょう? グレイス先輩が、やっぱり殉職なさっているから、ここでイーストン主任まであんな凶弾に倒れたら…」
「ああ…」
ハリーは二人の後輩の気遣いに、思わず笑みを浮かべてしまう。
「オマエ等に心配される程、情けない顔して歩いていたか?」
「いえ、そんなんじゃありませんっ!」
「いいよ。ありがとう、マクセル、ビクター」
笑顔で自分達の肩を叩いてきたハリーの様子に、二人は安心したように笑みを返してくれた。
「じゃ俺達も出かけますんで…」
「先輩も、残られるんでしたら、気をつけて下さいね」
「ああ、気をつけてな」
二人の巡査はカップのコーヒーを飲み干すと、連れ立って出かけていく。
ハリーは二人の背中を見送って、主任室へと向かった。
「んー?」
資料を手に持ったまま、あらぬ方を眺めていたハリーに、マーフィーが声をかけた。
「もう七時になるが、帰らんのか?」
ハリーはマーフィーの顔を見やり、それから自分の腕の時計に目をやる。
「仕事が、終わんなくっちゃ帰れないよ」
「仕事が終わらないんじゃなくて、終わらせないの間違いじゃないのか。それはともかく、連絡ぐらいしてやれよ」
「ん…、ああ、そうだね」
ハリーは力なく立ち上がると、廊下の突き当たりの公衆電話に歩み寄りポケットを探った。
「小銭がないのか?」
突然、後ろから声をかけられてギョッとなる。
振り向くと、そこには一瞬白髪にも見えるシルバーグレイの髪をした、長身の上司が立っていた。
「グレイブス部長…、今お戻りですか?」
「ああ。しかし、大変な事になった。寄りによって、署内で…しかも、主任クラスの人間が狙撃されたのだからな」
「それであの、イーストン主任は大丈夫、なんでしょうか…?」
「一命は取り留めた。まだ意識は戻らんがな。今は奥方が付いている。心配するな」
グレイブスの言葉に、ハリーは安堵と不安の入り交じった溜息をつく。
「何処に、かけるんだ? こんな時間に…」
「家に、です。遅くなりそうだから…」
「そうか、キミは所帯持ちだったな。残業か? イーストン君の件かね?」
「いえ、僕はモンテカルロの件を受け持ってますんで…。主任を撃ったヤツを検挙したい気持ちはありますケド、そうそう全部の事件に関わっていたら、何も解決しませんから」
「それも、そうだな。…イーストンの留守の間は、私が代わりを務める事になる。少しモンテカルロの件で聞いておきたい事もあるから、帰る前に顔を出してくれないか? 私は、主任室で現場を見ているから」
「解りました。伺います」
ハリーの答えに満足したのか、グレイブスはその場を離れていった。
その背中を見送ってから、ハリーは受話器を取ると自宅のナンバーをプッシュし始めた。
報告の為にいくつかの書類をまとめて、ハリーは主任室に向かった。
「あれっ、マクミラン先輩まだいたんですか?」
廊下ですれ違った後輩巡査が、ニコニコと声をかけてくる。
「マクセル、夜勤か?」
「署内にいる警官が撃たれたなんて不祥事があったもんだから、非番だってゆーのに駆り出されたんですよ。これからコイツと夜回りです」
自販機の紙コップ入りコーヒーを持ってきたビクターを顎で指し示し、マクセルは笑う。
「ご苦労だな。そうすると今夜は帰れないかな…」
「さあ、どうかな。でも署内にはほとんど残らないみたいですよ。緊急対策委員が組まれたケド、みんな怖くて外回りに出ちまいましたから」
「市民を守る警察も、命は惜しいみたいですね」
「仕方ないサ。俺だって怖い」
ハリーは皮肉な笑いを浮かべて見せる。そんなハリーに、二人は顔を見合わせた。
「先輩、イーストン主任、大丈夫なんスか?」
「うん、先刻グレイブス部長に会ったケド、一命は取り留めたってさ」
「そりゃあ、よかったっスねェっ!」
何か、主任の無事を喜ぶという態度とは少し違う彼らの様子に、ハリーは怪訝な顔をする。
「なんだいそれ? オマエ達、主任が生きていた事はどうでも良いみたいじゃないか」
「そんなんじゃありませんケド…」
狼狽える二人に、ハリーはますます怪訝な顔になる。
「なんだよ、ハッキリ言ってみろよ」
「…だって、なぁ…」
二人は、しばらくの間目配せするような態度をとっていたが、見逃してくれそうもないハリーに観念したように顔を上げた。
「だって、マクミラン先輩とイーストン主任は、グレイス先輩の共通の友達なんでしょう? グレイス先輩が、やっぱり殉職なさっているから、ここでイーストン主任まであんな凶弾に倒れたら…」
「ああ…」
ハリーは二人の後輩の気遣いに、思わず笑みを浮かべてしまう。
「オマエ等に心配される程、情けない顔して歩いていたか?」
「いえ、そんなんじゃありませんっ!」
「いいよ。ありがとう、マクセル、ビクター」
笑顔で自分達の肩を叩いてきたハリーの様子に、二人は安心したように笑みを返してくれた。
「じゃ俺達も出かけますんで…」
「先輩も、残られるんでしたら、気をつけて下さいね」
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二人の巡査はカップのコーヒーを飲み干すと、連れ立って出かけていく。
ハリーは二人の背中を見送って、主任室へと向かった。
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