86 / 89
第五部:ロイ
13
しおりを挟む
静かな部屋の中、その人間が生きている事を現す電子音だけが、規則正しく聞こえてくる。
呼吸器を付けられ、青白い横顔をみせている青年を、リンダはジッと見つめていた。
端正な横顔は、今はとても頼りなく見える。
この青年が、なぜあんなに強く見えたのだろう?
ベッドに横たわる身体も、青白く疲れはてたように見える横顔も、どこにもあの強靭な印象を見つけだす事が出来なくて。
リンダは、とても戸惑っていた。
確かに、この青年に護られる事よりも、この青年を抱き締める存在になりたいと願ったけれど。
自分が憧れていたのは、こんなにも線の細い青年だっただろうか。
「…リ…ンダ…」
呟くような声を聞いたような気がして、リンダは思わず座っていた椅子から立ち上がっていた。
「そ…こにいるの…、リンダ…でしょう…?」
顔がゆっくりとこちらに向けられて、今にも事切れてしまいそうな様子の青年が、ビニールのシートの向こう側で微かに笑っている事に気付く。
「気が…ついたのかい?」
「…リズは…、無事?」
ロイは手を伸ばすと、自分の顔についている呼吸用のマスクを外した。
「ダメだよ、外しちゃ」
リンダはシートをめくり上げると、ロイの側に歩み寄った。
「い…らないよ…、こん…なモノ。…そ…れより、…リズは?」
「どうして、そんなにあの娘を庇うんだい? そんなに、ボロボロになってまで…さ」
「選んだ騎士が…、思いの外に役立たずだから…かな」
「莫迦だね…」
「え…っ?」
「ロイは…、あの娘の事を愛してるワケじゃないんだろう? その…、恋人とか…、伴侶とかのつもりでさ」
「そう…だね。…僕は、彼女の良い叔父さんを…演じたかっただけさ」
「ロイが…、あの娘の伯父さんを殺したから?」
目を閉じて、口元に笑みを浮かべたロイが小さく頷いてみせる。
リンダは手を伸ばし、ロイの頬を温めるように掌で包み込んだ。
「そんな事を言ったら、ロイはあたいの親父にもならなくちゃいけなくなるよ」
「…そう…だね…」
「でも、ロイは他にもいっぱい人を殺したって言っただろ? 一体どれほどの人の肉親になるつもりなんだい?」
ロイは少し驚いたような表情をして、それから微かに笑んで見せた。
「ゴ…メン、…判ら…ないや…」
「判らなくて、当然だよ。だって、そんなモノになる必要ないんだからさ。リズの叔父さんも、あたいのパパも、代わりなんて誰にもなれないよ。その人に必要な人間は、その人が探し出さなくちゃ見つからないんだから。リズも、あの刑事さんも…、そしてロイも…ね」
「僕…に必要な…人は、…もう…居…なくなっちゃったよ…」
「そう思い込んで、探さなかったんだね。なにも、人生に一人きりってワケじゃないんだよ。大事な人はね」
「リ…ンダ?」
リンダはクスクスと笑いながら、そっと唇をロイの頬に押しつけた。
「本当に、アンタは莫迦だね。…莫迦な、子供なんだねロイは。…アンタ、あたいに自分は老人みたいだって言ったけど、訂正した方がいいよ。ロイは、子供なんだよ。きっと、そのアレックスって人が死んじまった時から、アンタは全然成長してないんだね」
「…そう、だね。…きっと、…リンダの言う通りだよ…」
「周りの連中も、莫迦だね。…それに気がつかないでさ。そんな所に居るから、自分が老人だなんてイカれた勘違いをしちまったんじゃないのかい?」
頬から手を離し、リンダはロイの髪をそっと梳いた。
「リンダの手は…、とても温かいね。…それに…、すごく優しい…」
穏やかな表情を浮かべるロイに、リンダは黙っていつまでも髪を梳いていた。
呼吸器を付けられ、青白い横顔をみせている青年を、リンダはジッと見つめていた。
端正な横顔は、今はとても頼りなく見える。
この青年が、なぜあんなに強く見えたのだろう?
ベッドに横たわる身体も、青白く疲れはてたように見える横顔も、どこにもあの強靭な印象を見つけだす事が出来なくて。
リンダは、とても戸惑っていた。
確かに、この青年に護られる事よりも、この青年を抱き締める存在になりたいと願ったけれど。
自分が憧れていたのは、こんなにも線の細い青年だっただろうか。
「…リ…ンダ…」
呟くような声を聞いたような気がして、リンダは思わず座っていた椅子から立ち上がっていた。
「そ…こにいるの…、リンダ…でしょう…?」
顔がゆっくりとこちらに向けられて、今にも事切れてしまいそうな様子の青年が、ビニールのシートの向こう側で微かに笑っている事に気付く。
「気が…ついたのかい?」
「…リズは…、無事?」
ロイは手を伸ばすと、自分の顔についている呼吸用のマスクを外した。
「ダメだよ、外しちゃ」
リンダはシートをめくり上げると、ロイの側に歩み寄った。
「い…らないよ…、こん…なモノ。…そ…れより、…リズは?」
「どうして、そんなにあの娘を庇うんだい? そんなに、ボロボロになってまで…さ」
「選んだ騎士が…、思いの外に役立たずだから…かな」
「莫迦だね…」
「え…っ?」
「ロイは…、あの娘の事を愛してるワケじゃないんだろう? その…、恋人とか…、伴侶とかのつもりでさ」
「そう…だね。…僕は、彼女の良い叔父さんを…演じたかっただけさ」
「ロイが…、あの娘の伯父さんを殺したから?」
目を閉じて、口元に笑みを浮かべたロイが小さく頷いてみせる。
リンダは手を伸ばし、ロイの頬を温めるように掌で包み込んだ。
「そんな事を言ったら、ロイはあたいの親父にもならなくちゃいけなくなるよ」
「…そう…だね…」
「でも、ロイは他にもいっぱい人を殺したって言っただろ? 一体どれほどの人の肉親になるつもりなんだい?」
ロイは少し驚いたような表情をして、それから微かに笑んで見せた。
「ゴ…メン、…判ら…ないや…」
「判らなくて、当然だよ。だって、そんなモノになる必要ないんだからさ。リズの叔父さんも、あたいのパパも、代わりなんて誰にもなれないよ。その人に必要な人間は、その人が探し出さなくちゃ見つからないんだから。リズも、あの刑事さんも…、そしてロイも…ね」
「僕…に必要な…人は、…もう…居…なくなっちゃったよ…」
「そう思い込んで、探さなかったんだね。なにも、人生に一人きりってワケじゃないんだよ。大事な人はね」
「リ…ンダ?」
リンダはクスクスと笑いながら、そっと唇をロイの頬に押しつけた。
「本当に、アンタは莫迦だね。…莫迦な、子供なんだねロイは。…アンタ、あたいに自分は老人みたいだって言ったけど、訂正した方がいいよ。ロイは、子供なんだよ。きっと、そのアレックスって人が死んじまった時から、アンタは全然成長してないんだね」
「…そう、だね。…きっと、…リンダの言う通りだよ…」
「周りの連中も、莫迦だね。…それに気がつかないでさ。そんな所に居るから、自分が老人だなんてイカれた勘違いをしちまったんじゃないのかい?」
頬から手を離し、リンダはロイの髪をそっと梳いた。
「リンダの手は…、とても温かいね。…それに…、すごく優しい…」
穏やかな表情を浮かべるロイに、リンダは黙っていつまでも髪を梳いていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
沢田くんはおしゃべり
ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!!
【あらすじ】
空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。
友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。
【佐藤さん、マジ天使】(心の声)
無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす!
めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨
エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!)
エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる