魔王は敗れ、勇者に飼われる

琉斗六

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 大広間の石柱は、建物をようやく支えていた。
 玉座の間の天蓋は破れ、月光が差し込んでいる。
 激しかった戦いは、今や決し、勇者の大剣が片膝を付いた魔王の首に当てられている。

「早く、殺せ……」

 長きに渡り、人の世を震撼させた恐怖の支配者は、今、まさに敗北を受け入れうなだれている。
 誇り高き王は、死を前に恐れも迷いもなかった。

 しかし、勇者はその剣を引く。

「情けはいらぬ」
「なぜわざわざ、苦労して狩った獲物を無駄にする必要がある」

 感情もなにもない、無機質な声。
 魔王が顔を上げるその一瞬に、彼の手足は光の縛鎖に囚われた。

「なに?!」

 床に手足を縫い止められ、驚く間もなく下衣を引き裂かれる。

「ぐっ……ああっ!」

 無理に開かされた足の間に、勇者が昂りを押し当ててきた。
 敗者に追い打ちをかけるような、その無慈悲な行いに、抗議の言葉を上げることすら叶わない。
 勇者は、容赦なく腰を振り立て、魔王の体がどれほど傷つき、引き裂かれても、構いもせずに劣情を注いだ。

 白く、しなやかな魔王の体を、勇者の巨躯が押さえつける。
 感情を見せない青い瞳が、無機質に見下ろして熱を押し付け続ける。

「貴様……っ!」

 光の縛鎖が、抵抗を全て阻む。
 魔王の赤い瞳が、最後の矜持を持って睨みつけてきた。

「敗者を……更に辱めるか……っ!」
「おまえは、俺の獲物だろう」

 無骨な手が腰を掴み、更に行為は続く。
 勇者の息が上がり、戦いに昂った熱を全て注ぎ終わるまで、それは続いた。






 ぐったりと横たわった魔王を見下ろし、勇者は腰の袋を探った。
 取り出されたのは、銀に装飾が施された聖具。

 動かない魔王の首に、敗者の証として一つ。
 首輪から伸びた細い鎖の先の小さな金具で、胸の突起をつまみ上げる。

「く……っ! それ……は……」
「おまえを封じる聖具だ」
「聖具……だと?」

 突起をつまんだ金属は、ジリジリと刺激を加えながら魔王の体から魔力を引き出す。
 更に勇者は、首輪から伸びた鎖の先の環を、足の付け根の──萎えた場所に通した。
 根本に嵌まった瞬間、それはきつく根本を締め上げる。

 そして最後に、先程散々に勇者の熱を注ぎ込まれた場所に、丸い石のようなものを押し込まれる。

「これでおまえの魔力は封じられた」
「下司な人族めが……」

 薄衣一枚に、首には敗者の証が光る。
 その姿のまま、魔王は勇者に引き連れられて、城から連れ出された。






 夜の森を、魔王は走った。
 焚き火の傍で、眠りに落ちた勇者の隙をつき、闇夜の中を逃げた。

 もう、背後に焚き火は見えない。
 裸足で森を進むのは容易ではなかったが、それでも魔王は先へと進んだ。

「…………っ!」

 不意に、背筋に悪寒のような感覚が走り、膝をつく。
 体内深くにある聖具が、ぶるりと動いた。

「ひぐ……っ!」

 足がもつれ、幹に手を突く。
 振動が更に強くなる。
 同時に、胸をつまんでいる金属が、更に強い刺激を与えながら魔力を吸い上げる。

「う……、ぐ…………っ、んんっ……っ!」

 ビクンっと、魔王の体がのけぞった。
 だが、熱は堰き止められ、体の外へ解放されない。

「あ……ぐ……っ!」

 堪えようと唇を噛むが、息の合間に声が漏れる。
 誇り高く、矜持を保とうとする全てを嘲笑うかのような、刺激。

 背後に、足音が聞こえた。

「どこに行こうと、聖具の在処は分かる」

 ぐいと、肩を掴まれた。

「ああっ!」

 思わず、声が漏れる。

「……おまえは、そんな顔もするのか……?」

 自分を見下ろす勇者の顔は、霞んでよく見えなかった。
 だが、薄衣をめくりあげられた感触に、次に来る衝撃は予想がつく。

「あああっ!」

 玉座の間と同じく、勇者は己の昂りをただ魔王の体に押し当てた。
 体を引き裂かれる感覚。
 体内の石が、ひときわ奥まで押し込まれ、勇者の熱がその欲望のままに抜き差しされる。

 逃亡の果てに、得られたものは自由ではなく──。
 更なる責め苦でしかなかった。







 旅路の中で、魔王は既に逃げることを諦めていた。
 勇者から離れれば、体内の石が振動する。
 聖具の在処を、勇者は常に察して現れる。
 逃げることは、不可能だと魔王は学んでしまった。

 だが、あの晩から、勇者は夜になると、魔王の体を暴いた。
 夜毎、情緒も慈しみもなく、ただ衝動の捌け口にされることにも、魔王は諦めていた。

 しかし──。

「ぐ……っぅ……ッ!」

 足を開かされ、熱を飲み込まされている姿勢のまま、その時、勇者の指先が首から下がった鎖にもつれ、胸の突起を引っ張られた。
 その衝撃に、思わず声が溢れたのだが……。

 勇者は、その魔王の反応に興味を示した。
 無骨な指が、聖具に挟まれて赤くなっている乳首を、そっと撫でる。

「ひうっ!」

 魔王が抑えられずに声を上げると、勇者はそれを何度も、何度も、何度も繰り返した。

「や……めろっ!」
「こうすると、締め付ける。なぜだ……?」

 答えないと、勇者は今度、そこを舌で刺激してきた。
 舐め、吸い、転がし……、その度に魔王はたまらなくなって喘ぎ声を零す。

 勇者の、無機質な碧眼が、微かな興味を示して、揺れた。
 敵を観察し、弱点を探り、隙をつき、勝利を得る……それは戦いに似て──そしてそれは、勇者の得意とするものだった。

 ただ野蛮だった熱の処理は、やがて執拗な愛撫を伴うものへと変わっていった。

「貴様……、ただの幼子であったか……」

 巨躯に後ろから貫かれ、終わりのない行為に絶え絶えの息の合間に、魔王が呟いた。

「俺は、子供ではない」
「……どうだかな……」

 聖具によって、熱の解放を許されない魔王は、揺すられ続けると最後は意識を手放してしまう。
 それでも、勇者はその体にしがみついた。






 王都の鐘が高らかに鳴り響き、勇者の帰還を告げる。
 人々の歓声が石畳を揺らし、凱旋のパレードが王城へと連なる。

 荷車に縛り付けられた魔王は、そのまま牢へと引き連れられ。
 勇者は王の待つ、謁見の間へと迎えられた。

「良くぞ戻った、勇者よ」

 王は、彼の名すら呼ばなかった。

「望みの報奨はなにか?」

 その言葉に、感情を見せない碧眼が上げられる。

「狩った獲物を、返して欲しい」

 それが魔王の身柄を示すことを、王が理解するのに数秒掛かった。
 臣下はざわめき、宰相は眉をひそめ、教皇は首を横に振る。

「……それでは、内容に関しては日を改めてな」

 王は、曖昧な笑みを浮かべてそう答えた。
 その笑みの持つ裏の思惑など、勇者には理解できない。

 魔王を討てるほどの力なぞ、人族にとっては脅威でしかない──という事実すら。

 その夜、祝賀の宴が開かれた。
 勇者の酒杯には、常に酒が注がれる。
 そうして、したたかに酔った勇者の背に、呪いが打ち込まれた。
 ナイフの形をしたそれは、脇腹を抉る。
 柄の部分は、二度と抜けないようにと折られてしまった。

「その者を、刑場へ!」

 過剰な報奨をねだった罪で、勇者は罪人となった。
 だが、呪具によって光の魔法を封じ込められたとて、その巨躯を抑えられる兵なぞおらず。
 近づいた者はひとり残らず、悲鳴と共に血潮に沈んだ。

 よろめき、走り出た勇者は、聖具の在処へと走った。







 石牢の中、不意に響いた悲鳴のあと、鉄扉が破られる。
 鎖に繋がれた魔王は、しかし顔を上げなかった。

「来いっ!」

 勇者の声に、ようやく面が上げられる。
 乱れた黒髪、赤い瞳には、既になんの光もなかった。

「なんのためにだ? 我はもう、これ以上の生き恥をさらす気は無い。あとは、死を望むのみだ」
「俺は望まない!」

 腕を取られ、ぐいと牢から引きずり出される。
 明るい場所で見た勇者は、鎧も肉体も裂け、金の髪からは赤い雫が滴っていた。

「……貴様のほうが、よほど魔王のようではないか。罪なき兵を皆殺しにして」

 そこで絶命している張り番の兵を見やり、魔王が呟く。

「やつらにとって、俺は化け物だ。化け物は人を殺す」

 吐き出された言葉は平坦だったが、それは怒りが巨大すぎて感情として発露されていないように聞こえた。

──孤独な幼子……。

 強大な力は、時に恐れを呼ぶ。
 人族は、この者の力を利用はしても、労りはしなかったのだ……と、魔王はその時、初めて理解した。






 牢を出た二人の行く手には、波のように兵と騎士とか押し寄せた。
 剣戟と怒号。
 勇者の大剣が、それらを薙ぎ払う。

 だが──。

「どうした、手を抜いているのか?」
「うるさい!」

 キレも冴えもないその切っ先。
 だが、勇者の背を見て、魔王はその理由を理解した。

「貴様、裏切られたのか」
「…………っ!」

 返事はない。
 剣を振るう勇者は、既に闇雲に荒れ狂っているだけだった。
 膝が折れ、巨躯が傾く。
 魔王は、その体を支えた。

 兵が一気にこちらに迫る。

「退けい、愚か者ども!」

 夜の闇を切り裂いて、魔王の一喝が響いた。
 黒い魔力を放てば、聖具が体を責め苛む。
 しかし、魔王は勇者の巨躯を支えたまま、赤い瞳で兵たちを睨み据えた。

「貴様らごときが、触れてよいものではないわっ!」

 天を割って、雷が落ちる。
 吹き荒れる暴風が、恐慌に陥った兵を吹き飛ばし、なおも斬りかかろうとした騎士をなぎ倒す。
 魔王は、勇者を抱いて王都を出た。






 王都から離れた小さな町。
 そこに、魔王の姿があった。

 聖具によって体を蝕まれながら、そこで日雇いの仕事をこなし、日々賃金を得る。
 その少ない日銭で薬草と黒パンを買い、町から外れた打ち捨てられた納屋へと帰る。
 納屋の中には、勇者が寝かされていた。

 傷は深く、意識は虚ろ。
 それでも勇者は生きていた。
 川で汲んできた水をろ過して煮沸し、それで傷を洗う。
 薬草を揉んで傷にあてがい、黒パンを噛んで口に含ませる。
 舌で喉奥まで押し込めば、かろうじて飲み込む様子に微かな安堵を覚える。

──我は、なにをしている?

 その問いに、答えは出ない。
 ただ、町へ行けば離れすぎた距離のために聖具が震え、魔王の体を責め苛むが、日々の糧を得なければ勇者は死ぬ。

 そんな屈辱に耐え忍んでも、この幼子のような心根の男を、生き延びさせたい衝動があった。






 ふと、夜中に気配を感じて目を開ける。
 闇の向こうから、青い双眸がこちらを見ていた。

「目覚めたか……?」
「ここは……?」

 魔王は体を起こし、勇者の傍に寄った。
 あれほど屈強に見えた巨躯が、今は弱々しい。

「なぜ……、助けた……?」

 かすれた問いに、魔王は一瞬、答えを迷った。

「貴様以外に……、この忌々しい聖具を外せるものがいないからだ」
「死を望んでいたのだろう?」

 張った見栄は、すぐにも覆される。

「おまえの顔は、わかりやすい」
「幼子の分際で、なにをいう」

 伸ばされた手が、魔王の腕を掴んで引き寄せる。

「なにを……」

 衣の下に手を入れられて、一瞬体がすくんだが。
 赤く腫れた胸の突起から、金属がぽちりと外される。
 更に下に伸ばされた手が、肉に食い込む環を外し、背後に忍び込んだ指が、丸い石を体内から抜き取った。

「……っ……、くっ……」

 労わるように触れた指が、今まで決して解放されなかった熱を、促すように解き放つ。

「ああっ! …………あっ……っ!」

 震える体を、弱々しく勇者の腕が抱きとめた。

「おまえは……、美しい」
「なにを……?」
「その赤い瞳が、魔力に燃える様も。闇を纏う誇り高い姿も……。この世界で、一番美しい……」

 腕に力がこもると同時に、背中の呪具が魔力を帯びる気配がした。

「ぐ……うっ……」

 魔王を抱く腕が、痛みに震える。

「愚か者めが……」

 魔王は勇者の腕を解くと、その頬を両手で包んだ。
 聖具から解放された黒い魔力が、辺り一帯を濃密に包み込む。
 勇者の背中の呪具が、どろりと溶けて落ちた。






 夜の闇の中、魔王の白い肢体を、勇者の舌がくまなく触れる。

「貴様……、まだ飽きぬか……?」

 零れる吐息の合間に、魔王が言った。

「飽きる? 俺が? お前を? ありえない」

 足を開かせ、熱く張り詰めたそこを喉に迎えいて、念入りに舌を這わせる。
 魔王の喉が、低く鳴った。
 呪具が外れ、傷が癒えた勇者の体は、見る間に回復した。
 そして取り戻した怪物じみた体力で、夜毎に魔王の体を愛した。

 山間の森の奥。
 人の通わぬこの地は、二人の楽園となった。

 散々に魔王の体を抱き、知り尽くしたその指は、どこに触れれば震えるか分かっている。

「そ……こは……っ!」
「もっと、声を聞かせてくれ……」

 声を零す場所を、執拗に責められて、魔王は腰を震わせてか細く啼く。
 その声に、勇者の顔に愉悦が滲んだ。

「これ……では、……また明日も……」
「構わないだろう。おまえは、眠っていればいい……」

 無尽蔵の体力で求められ、魔王はその爪を勇者の背に食い込ませた。

「や……やめ……、あっ……、ああっ!」
「こんな場所だ、どんな声で鳴いても、俺以外には聞こえない」
「やかまし……、ん……あ……っ」

 熱の高まりに、魔王の声が甘く溶けた。







 時の流れの中で、やがて勇者の髪に白いものが混ざり始める。
 姿の変わらない魔王は、寝床に横たわる勇者の姿を、静かに見つめていた。

「蜜を採ってきた。食えるか?」

 問いに、首が左右に揺れる。
 そして皺の刻まれた手が伸びて、魔王のつややかな手を取った。

「……長く、縛って悪かったな」

 勇者が掠れた声で笑う。

「ふん。貴様が老いさらばえて逝くのを、我が見届けてやるのだわ。ありがたく思え」
「ふ……ふ……、憎まれ口も、相変わらずだ」

 微かに笑う顔に、この男も笑うようになったのだ……と思う。

「最後に……わがままを言っていいか」
「貴様、散々勝手に振る舞っておいて、今さら殊勝ぶるか?」

 勇者は苦笑し、ゆっくりと息を整えた。

「俺の名はカイン。……カインと呼んで、キスをしてくれ」

 魔王の目が見開かれる。
 そして初めて、勇者が──その功績を称える場ですら──名を呼ばれたことがないことに気付いた。

「カイン……。唯一、この闇の王を跪かせた人族であり……。そして、我が愛しき者よ」

 魔王は、カインの頬に手を添えて、そうっと唇を重ね合わせた。
 青い瞳が、微かに微笑み──。
 そして、閉じた。






 夜明け前。
 愛を知り、そして愛されて死んだ男の遺骸を抱いて、魔王は山の小屋を出た。

 身を包む魔力が、濃密な瘴気に満たされた魔王城へと導く。

 瓦礫の山のように、朽ちた城の中を進み、魔王は玉座へと至る。
 そして城の中心にカインの遺骸を置くと、ふわりと濃密な魔力で封じ込めた。

 倒れた玉座を起こし、そこに腰を下ろす。
 指を鳴らすと、轟音と共に城が──まるで立ち上がるかのように、かつての姿を取り戻した。

 否──。

 それは、かつてのそれよりも遥かに強大で、堅牢で、荘厳だった。
 化け物と呼ばれた勇者の、その精を日々注がれた体は、以前よりも強力な魔力を秘めている。

「……うぬの墓は、誰にも暴かせはせぬ」

 魔王は肘掛けに肘を置き、頬杖をついて目を閉じた。



終わり。
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