イルン幻想譚

琉斗六

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ep.1:剣闘士の男

5:アークの憂鬱(2)

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 人間リオンの村落で平穏に暮らすには、アークの持つ素養は異質な点が多すぎた。
 迫害を受け、職にも付けず、生活に行き詰まったが、助けてくれるものはいない。
 だが食うにも困る状況にまで追い詰められても、一向に生命の危機を感じない。
 そこで初めて、自分がヒトならざる者ヴァリアントだと気が付いた。
 人間リオンであれば、どうあってもコミュニティと繋がりがなければ生きていくことが出来ないが、抜きん出た能力値ステータスを持ち、更に食う必要が無いとあれば、その限りでは無い。
 それに気付いたところで、アークは人里離れた場所で生活を始めた。

 しかし不思議なことに、そうして人間リオンから離れた暮らしをしていると、なぜかわざわざアークを探し出して会いにものが現れるようになった。
 はじめのうちは応じていたが、それがアークの飛び抜けた能力値ステータスを利用するのが目的で、いざともなれば裏切られたり迫害を受けたりする。
 そうした経験を経て、アークは更に人里離れた場所を求めて放浪し、辿り着いたのがこの辺鄙な場所だった。
 この土地を選んだのは、標高が高い山の上のほうに興味深い遺跡があったからだ。
 それに山の中腹にある丘と、隆起した岩壁のロケーション。
 そこから一望できる、麓と湖のコントラスト。
 軽い気持ちで人間リオンが訪れるのが難しい環境など、理想的な場所と言えた。

 移り住んで間もない頃は、悪心を抱いたものに利用された不愉快な思い出から人間リオンを避け、遺跡を歩いて一人で時間を過ごしたが、しばらくしたらやはり人恋しさを感じた。
 アークが居を構えた当初は、麓の村落は人口も数えられるぐらいしかおらず、非常に貧しい環境だった。
 だが、アークが人恋しさを覚えて再び麓に降りた時には、湖の島で鉄の精錬をしており、人間リオンの数もかなり増えていて、活気にあふれる町に成長していた。
 そこで時折、山から降りて村人と交流を持った。
 こちらから干渉はせず、ある程度の距離を置くことで上手く付き合えることを学び、ささやかな友情のようなものも交わすことが出来たと思った。
 だが、ほんの少し時間が開くと、村落の世代交代が二つ三つ進んでいたことがままあった。
 人間リオンの里で養父母と暮らしていた頃の時間の感覚は、しばらく一人で過ごしているうちにすっかり失われてしまっていた。
 どれほどの好感を抱いていようと、時は無慈悲にそのものの寿命を区切っていく。
 アークが必死になって手を伸ばしても、彼等はアークを残して去っていく。
 まるで薄い玻璃のように脆弱で儚い彼等の存在は、身近に感じれば感じるほど、アークの孤独感がいや増すだけだった。
 だが、どうすればいいのか?

 一つの転機が訪れたのは、偶然町にやってきていた旅芸人ジョングルール達と出会った時だ。
 丈の長いローブを着ていた占い師ソーサラーの肌に、蛇のような鱗があることに気付き、声を掛けた。
 最初は警戒されたが、酒場でエールを奢り「自分は魔力持ちセイズだ」と告げると色々と話をしてくれた。

 曰く、この世界には人間リオン以外のヒトガタ種族が多く存在すること。
 人間リオンは数が多く、コミュニティも発展しているので、自分達のような獣人族セリアンスロウは生計を立てるために里を出て巡業をしていること。
 人間リオンのコミュニティで過ごすために、変幻術ブリンディという古代魔法フォニルガルズを使って人間リオンのフリをしていること。
 鱗が見えた占い師ソーサラーは、ローブに隠れることを過信しすぎて変幻術ブリンディを怠っていたこと。
 自分達は人間リオンに紛れているために彼等を "頂点に立つ者リオン" と呼ぶが、仲間内では "数の多い者フォルク" と呼んでいること。
 詩人バードが詠う英雄譚や、語り継がれるおとぎ話の中には、世界の真実の一部が含まれていること。
 とはいえ、そのどこまでが史実であるかは解らないこと。
 といったようなことを、教えてくれた。

 そこでアークは、千年生きるヒトならざる者ヴァリアントは存在しないのかと訊ねた。
 すると彼等はヒトならざる者ヴァリアントとは、人間リオン以外のヒトガタをした種族をまとめた総称であると言い、獣人族セリアンスロウの寿命は人間リオンよりも長く、五百年ほどだと教えてくれた。
 そして獣人族セリアンスロウよりも長く生きる種族はいるらしいが、実際に見聞きしたという話は聞いたことが無いとも言われた。
 おとぎ話に出てくる "神にも等しいヒトならざる者ヴァリアント" には、不老不死を思わせる描写もあるが、人間リオンからすれば獣人族セリアンスロウの寿命でさえも気が遠くなるほど長いので、実際に存在するかどうか怪しい…と。
 その問答から、アークほどの能力値ステータスを持つ種族の話は、事実かどうか判らない詩の断片程度しか情報が無いことが伺えた。
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