9 / 122
ep.1:剣闘士の男
5:アークの憂鬱(2)
しおりを挟む
人間の村落で平穏に暮らすには、アークの持つ素養は異質な点が多すぎた。
迫害を受け、職にも付けず、生活に行き詰まったが、助けてくれるものはいない。
だが食うにも困る状況にまで追い詰められても、一向に生命の危機を感じない。
そこで初めて、自分がヒトならざる者だと気が付いた。
人間であれば、どうあってもコミュニティと繋がりがなければ生きていくことが出来ないが、抜きん出た能力値を持ち、更に食う必要が無いとあれば、その限りでは無い。
それに気付いたところで、アークは人里離れた場所で生活を始めた。
しかし不思議なことに、そうして人間から離れた暮らしをしていると、なぜかわざわざアークを探し出して会いに来る者が現れるようになった。
はじめのうちは応じていたが、それがアークの飛び抜けた能力値を利用するのが目的で、いざともなれば裏切られたり迫害を受けたりする。
そうした経験を経て、アークは更に人里離れた場所を求めて放浪し、辿り着いたのがこの辺鄙な場所だった。
この土地を選んだのは、標高が高い山の上のほうに興味深い遺跡があったからだ。
それに山の中腹にある丘と、隆起した岩壁のロケーション。
そこから一望できる、麓と湖のコントラスト。
軽い気持ちで人間が訪れるのが難しい環境など、理想的な場所と言えた。
移り住んで間もない頃は、悪心を抱いた者に利用された不愉快な思い出から人間を避け、遺跡を歩いて一人で時間を過ごしたが、しばらくしたらやはり人恋しさを感じた。
アークが居を構えた当初は、麓の村落は人口も数えられるぐらいしかおらず、非常に貧しい環境だった。
だが、アークが人恋しさを覚えて再び麓に降りた時には、湖の島で鉄の精錬をしており、人間の数もかなり増えていて、活気にあふれる町に成長していた。
そこで時折、山から降りて村人と交流を持った。
こちらから干渉はせず、ある程度の距離を置くことで上手く付き合えることを学び、ささやかな友情のようなものも交わすことが出来たと思った。
だが、ほんの少し時間が開くと、村落の世代交代が二つ三つ進んでいたことがままあった。
人間の里で養父母と暮らしていた頃の時間の感覚は、しばらく一人で過ごしているうちにすっかり失われてしまっていた。
どれほどの好感を抱いていようと、時は無慈悲にその者の寿命を区切っていく。
アークが必死になって手を伸ばしても、彼等はアークを残して去っていく。
まるで薄い玻璃のように脆弱で儚い彼等の存在は、身近に感じれば感じるほど、アークの孤独感がいや増すだけだった。
だが、どうすればいいのか?
一つの転機が訪れたのは、偶然町にやってきていた旅芸人達と出会った時だ。
丈の長いローブを着ていた占い師の肌に、蛇のような鱗があることに気付き、声を掛けた。
最初は警戒されたが、酒場でエールを奢り「自分は魔力持ちだ」と告げると色々と話をしてくれた。
曰く、この世界には人間以外のヒトガタ種族が多く存在すること。
人間は数が多く、コミュニティも発展しているので、自分達のような獣人族は生計を立てるために里を出て巡業をしていること。
人間のコミュニティで過ごすために、変幻術という古代魔法を使って人間のフリをしていること。
鱗が見えた占い師は、ローブに隠れることを過信しすぎて変幻術を怠っていたこと。
自分達は人間に紛れているために彼等を "頂点に立つ者" と呼ぶが、仲間内では "数の多い者" と呼んでいること。
詩人が詠う英雄譚や、語り継がれるおとぎ話の中には、世界の真実の一部が含まれていること。
とはいえ、そのどこまでが史実であるかは解らないこと。
といったようなことを、教えてくれた。
そこでアークは、千年生きるヒトならざる者は存在しないのかと訊ねた。
すると彼等はヒトならざる者とは、人間以外のヒトガタをした種族をまとめた総称であると言い、獣人族の寿命は人間よりも長く、五百年ほどだと教えてくれた。
そして獣人族よりも長く生きる種族はいるらしいが、実際に見聞きしたという話は聞いたことが無いとも言われた。
おとぎ話に出てくる "神にも等しいヒトならざる者" には、不老不死を思わせる描写もあるが、人間からすれば獣人族の寿命でさえも気が遠くなるほど長いので、実際に存在するかどうか怪しい…と。
その問答から、アークほどの能力値を持つ種族の話は、事実かどうか判らない詩の断片程度しか情報が無いことが伺えた。
迫害を受け、職にも付けず、生活に行き詰まったが、助けてくれるものはいない。
だが食うにも困る状況にまで追い詰められても、一向に生命の危機を感じない。
そこで初めて、自分がヒトならざる者だと気が付いた。
人間であれば、どうあってもコミュニティと繋がりがなければ生きていくことが出来ないが、抜きん出た能力値を持ち、更に食う必要が無いとあれば、その限りでは無い。
それに気付いたところで、アークは人里離れた場所で生活を始めた。
しかし不思議なことに、そうして人間から離れた暮らしをしていると、なぜかわざわざアークを探し出して会いに来る者が現れるようになった。
はじめのうちは応じていたが、それがアークの飛び抜けた能力値を利用するのが目的で、いざともなれば裏切られたり迫害を受けたりする。
そうした経験を経て、アークは更に人里離れた場所を求めて放浪し、辿り着いたのがこの辺鄙な場所だった。
この土地を選んだのは、標高が高い山の上のほうに興味深い遺跡があったからだ。
それに山の中腹にある丘と、隆起した岩壁のロケーション。
そこから一望できる、麓と湖のコントラスト。
軽い気持ちで人間が訪れるのが難しい環境など、理想的な場所と言えた。
移り住んで間もない頃は、悪心を抱いた者に利用された不愉快な思い出から人間を避け、遺跡を歩いて一人で時間を過ごしたが、しばらくしたらやはり人恋しさを感じた。
アークが居を構えた当初は、麓の村落は人口も数えられるぐらいしかおらず、非常に貧しい環境だった。
だが、アークが人恋しさを覚えて再び麓に降りた時には、湖の島で鉄の精錬をしており、人間の数もかなり増えていて、活気にあふれる町に成長していた。
そこで時折、山から降りて村人と交流を持った。
こちらから干渉はせず、ある程度の距離を置くことで上手く付き合えることを学び、ささやかな友情のようなものも交わすことが出来たと思った。
だが、ほんの少し時間が開くと、村落の世代交代が二つ三つ進んでいたことがままあった。
人間の里で養父母と暮らしていた頃の時間の感覚は、しばらく一人で過ごしているうちにすっかり失われてしまっていた。
どれほどの好感を抱いていようと、時は無慈悲にその者の寿命を区切っていく。
アークが必死になって手を伸ばしても、彼等はアークを残して去っていく。
まるで薄い玻璃のように脆弱で儚い彼等の存在は、身近に感じれば感じるほど、アークの孤独感がいや増すだけだった。
だが、どうすればいいのか?
一つの転機が訪れたのは、偶然町にやってきていた旅芸人達と出会った時だ。
丈の長いローブを着ていた占い師の肌に、蛇のような鱗があることに気付き、声を掛けた。
最初は警戒されたが、酒場でエールを奢り「自分は魔力持ちだ」と告げると色々と話をしてくれた。
曰く、この世界には人間以外のヒトガタ種族が多く存在すること。
人間は数が多く、コミュニティも発展しているので、自分達のような獣人族は生計を立てるために里を出て巡業をしていること。
人間のコミュニティで過ごすために、変幻術という古代魔法を使って人間のフリをしていること。
鱗が見えた占い師は、ローブに隠れることを過信しすぎて変幻術を怠っていたこと。
自分達は人間に紛れているために彼等を "頂点に立つ者" と呼ぶが、仲間内では "数の多い者" と呼んでいること。
詩人が詠う英雄譚や、語り継がれるおとぎ話の中には、世界の真実の一部が含まれていること。
とはいえ、そのどこまでが史実であるかは解らないこと。
といったようなことを、教えてくれた。
そこでアークは、千年生きるヒトならざる者は存在しないのかと訊ねた。
すると彼等はヒトならざる者とは、人間以外のヒトガタをした種族をまとめた総称であると言い、獣人族の寿命は人間よりも長く、五百年ほどだと教えてくれた。
そして獣人族よりも長く生きる種族はいるらしいが、実際に見聞きしたという話は聞いたことが無いとも言われた。
おとぎ話に出てくる "神にも等しいヒトならざる者" には、不老不死を思わせる描写もあるが、人間からすれば獣人族の寿命でさえも気が遠くなるほど長いので、実際に存在するかどうか怪しい…と。
その問答から、アークほどの能力値を持つ種族の話は、事実かどうか判らない詩の断片程度しか情報が無いことが伺えた。
10
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる