18 / 122
ep.1:剣闘士の男
9:パンとワイン(1)
しおりを挟む
ファルサーが見せた "頼りにならない地図" で見当をつけ、ドラゴンの棲む場所に繋がる廃坑の入り口を目指して二人は進んだ。
しかしアテにならない地図は、その名の通り不備が多く、廃坑の入り口らしき場所に行っても完全に潰れて入れなかったり、廃坑とは無関係な獣の住処であったりと、無駄足に終わることが度々続いた。
前を行くファルサーの背中を眺めながら、アークはぼんやりと、先ほど見せられた肩の焼き印のことを考えていた。
彼に同行して来たのは、良い選択だったとは思えない。
彼にすぐにも訪れるであろう死を、なんとかして退けようとしているが、それが正しい選択なのかどうかすら、迷っている。
この危機を脱することが出来れば。
運の悪さで招いてしまった彼のこの窮状に、少し手を貸してやれば。
そうすれば彼にも、平穏が戻るのではないかと思った。
だが此処に至るまでに聞いたファルサーの話から、それは到底不可能だと解った。
生きて戻ったところで、王は彼に次の試練を課すだけだろう。
詩人の歌う神の試練を受ける英雄譚よりも、酷い重荷を背負わせられている。
しかも彼の場合、神の寵愛を受けておらず、ただ運が悪いだけだ。
「ファルサー」
少し開けた窪地に抜けた所で、アークは前に進もうとする背中に声を掛けた。
「なんですか?」
「もう、日が沈む。今日はこの辺りで夜を明かしたまえ」
アークの発言に、ファルサーは改めて辺りを見回し、息を一つ吐いてから頷いた。
「そうですね」
ファルサーが休む気になったのを見てから、アークは窪地の真ん中に立って身を屈める。
薪を集めた訳でも無いのに、そこに赤々と炎が燃え始めた。
それからアークは窪地の中をグルリと見回してから、おもむろに右手を掲げた。
アークの掌から小さな灯りが、ふわふわと飛び立っていき、窪地の四方に散っていく。
「それは、なんですか?」
「昆虫だ」
「虫…? なんのために?」
「昆虫は、連れ歩くのに便利な生き物だ。ちょっと手を加えたり、交配を重ねるだけで、こちらの都合に適った変異をするのも面白い」
「面白い…ですか? どうだろう? 僕は虫についてそこまで考えたコトはありません」
「そうか、残念だな。昆虫の交配や草木の配合を試行錯誤して、期待以上の結果が出た時は爽快だ。つまりあれが、達成感というものだろう」
「それなら、僕も解ります。剣技の練習をして、実践時にそれが上手く決まった時は、達成感がありますから」
「少し違うような気がしなくもないが、それぞれの得意分野が違うのだから、当然と言えば当然なのだろうな」
「それで、今は何をしたんです?」
「私は魔法を使わずに、昆虫を放つだけで結界を作る研究をしている」
「すみません。僕は学が無いので、魔法の知識が無いんです」
申し訳無さそうに、ファルサーは頭を下げた。
しかしアテにならない地図は、その名の通り不備が多く、廃坑の入り口らしき場所に行っても完全に潰れて入れなかったり、廃坑とは無関係な獣の住処であったりと、無駄足に終わることが度々続いた。
前を行くファルサーの背中を眺めながら、アークはぼんやりと、先ほど見せられた肩の焼き印のことを考えていた。
彼に同行して来たのは、良い選択だったとは思えない。
彼にすぐにも訪れるであろう死を、なんとかして退けようとしているが、それが正しい選択なのかどうかすら、迷っている。
この危機を脱することが出来れば。
運の悪さで招いてしまった彼のこの窮状に、少し手を貸してやれば。
そうすれば彼にも、平穏が戻るのではないかと思った。
だが此処に至るまでに聞いたファルサーの話から、それは到底不可能だと解った。
生きて戻ったところで、王は彼に次の試練を課すだけだろう。
詩人の歌う神の試練を受ける英雄譚よりも、酷い重荷を背負わせられている。
しかも彼の場合、神の寵愛を受けておらず、ただ運が悪いだけだ。
「ファルサー」
少し開けた窪地に抜けた所で、アークは前に進もうとする背中に声を掛けた。
「なんですか?」
「もう、日が沈む。今日はこの辺りで夜を明かしたまえ」
アークの発言に、ファルサーは改めて辺りを見回し、息を一つ吐いてから頷いた。
「そうですね」
ファルサーが休む気になったのを見てから、アークは窪地の真ん中に立って身を屈める。
薪を集めた訳でも無いのに、そこに赤々と炎が燃え始めた。
それからアークは窪地の中をグルリと見回してから、おもむろに右手を掲げた。
アークの掌から小さな灯りが、ふわふわと飛び立っていき、窪地の四方に散っていく。
「それは、なんですか?」
「昆虫だ」
「虫…? なんのために?」
「昆虫は、連れ歩くのに便利な生き物だ。ちょっと手を加えたり、交配を重ねるだけで、こちらの都合に適った変異をするのも面白い」
「面白い…ですか? どうだろう? 僕は虫についてそこまで考えたコトはありません」
「そうか、残念だな。昆虫の交配や草木の配合を試行錯誤して、期待以上の結果が出た時は爽快だ。つまりあれが、達成感というものだろう」
「それなら、僕も解ります。剣技の練習をして、実践時にそれが上手く決まった時は、達成感がありますから」
「少し違うような気がしなくもないが、それぞれの得意分野が違うのだから、当然と言えば当然なのだろうな」
「それで、今は何をしたんです?」
「私は魔法を使わずに、昆虫を放つだけで結界を作る研究をしている」
「すみません。僕は学が無いので、魔法の知識が無いんです」
申し訳無さそうに、ファルサーは頭を下げた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる