イルン幻想譚

琉斗六

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ep.1:剣闘士の男

8:好奇心(2)

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「僕は駆け出しですけど、剣闘士グラディエーターに向いているんだと思います。デビュー戦から連戦連勝して、最近では僕が試合に出るコトで客を集められる程度に人気も上がり、"左利きの闘士ストゥンガ" なんて二つ名まで付けられてましたから。それで良くも悪くも人目を引き、剣闘士グラディエーターの試合なんかにさほどの興味を持っていないような後宮の愛妾まで、僕の顔と名前を知るようになったんです。でも逆に、そんな愛妾が僕に褒美をくれたことは、ゴシップとして民衆に知れ渡ってもいたので、王は自分の嫉妬心から僕を殺すワケにはいかなかったんです」
「そうだな。そんなことをしたら、人気取りのための企画で人気が下がってしまうな。しかしだからといって、全く勝機の無いドラゴン討伐などに行かせたら、大差ないと思うが?」
「そこは王も、ぬかりがありませんよ。僕は名誉を得るために、自主的に名乗りをあげたコトになっているんです」
「そういうことを言い出すのが、普通なのかね?」
「多くは無いけど、無いワケでもない。英雄行為で准市民に成り上がった剣闘士グラディエーターは、過去にちゃんと存在します。討伐を口実に、逃亡を画策するものもいたりしますけどね」
「君は家族を質に取られているから、逃亡は出来ないと言っていたな」
「母のコトもありますが…。逃亡すれば、必ず追手が掛かります」
「手配書でも回るのかね?」

 ファルサーは振り返ると、左肩の肩当てを持ち上げてみせた。
 そこには肩から背中にかけて、焼きごてで付けられたらしき大きな焼き印がある。

「帝国の所持品だと、一目瞭然でしょう? 通行手形に行くべき場所や、通るべきルートが記載されているので、そこから少しでも外れた場所に居たら、逃亡奴隷とみなされます。逃亡奴隷を訴えでれば、微々たるものですが報奨金も出ますし、著名な学者や、敵対している国で支持されている政治家などなら、亡命を手助けしてくれる支援者がいますが、奴隷の逃亡を手伝うバカはいません。あなたは麓の町は中立だと言ってましたが、協定があるならそこには逃亡奴隷や犯罪者の引き渡しなどの項目があるはずです。コレが付いている限り、結局どこに行っても奴隷扱いされます。逃げたところで、状況は変わらないどころか、むしろ悪くなる可能性のほうが大きい」
「酷いことをするものだな」
「これが僕の "常識" です」
「やはり君達の常識は、私には理解しがたい」

 不愉快そうに表情を曇らせたアークに、ファルサーは苦笑を浮かべただけだった。

「ええっと…、方向は……」

 生い茂った葉の隙間から日が差している場所で立ち止まり、ファルサーは地図を広げる。

「こんな地図が出回っているのかね?」

 ドラゴンによって追い散らされた鉱夫達が、島の見取り図程度の物を作成するのは容易だっただろう。
 だが、ファルサーの持っている地図には、島の見取り図の他に坑道の詳細まで描き込まれていた。
 奇跡的に生き延び、九死に一生を得、更に気丈にも精神を崩壊させなかったものが、討伐時の記録や記憶を持ち帰り、坑道の地図に貢献したのかもしれない。

「この先の廃坑の奥に、ドラゴンが巣食っているって話です。あんまりアテにはならないと言われましたけどね」
「最近はほとんど見かけなくなったが、坑道の奥に棲んでいるよ」

 地図を覗き込んできたアークは、図面を正面から見ようとしたのか、ファルサーに触れるほど近付いた。
 しげしげと地図に見入っているアークの横顔を、思いがけなく間近で見たファルサーは、地図よりもアークの顔を注視してしまう。
 初めて見た時から、アークの印象は "白" だった。
 プラチナブロンドの髪も、白い肌も、薄氷のようなブルーの瞳も、全てが光に透けるガラス細工のように繊細で美しい。
 俯いている横顔の長い睫毛さえも、光をそのまま湛えたような白だ。
 アークが地図から顔を上げ、ファルサーを見た。
 近距離で視線が合ったことで、ファルサーは狼狽える。

「物珍しいか?」
「そんなコトは…」
「この容姿については、昔から奇異だと言われている。珍しげに見られるのも、慣れている」

 皮肉めいた微笑みの中には、ファルサーの理解出来ない不思議な憂いも含まれていた。

「色々言われたのは、珍しいという以上に、あなたがとても美しいからでしょう」
「美しい?」
「ええ。僕の見識は狭いけど、あなたみたいに美しい人は見たコトがありません」
「君は見識が狭いのではなくて、視力に問題があるんじゃないかね?」

 眉をひそめて、アークは少し怒ったような顔をしたが、その態度や様子からは、戸惑っている印象を受けた。
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