イルン幻想譚

琉斗六

文字の大きさ
20 / 122
ep.1:剣闘士の男

10:森の黄昏(1)

しおりを挟む
 日暮れが夜に変わるのは、まさに釣瓶落としだった。
 樹木に覆われた場所にいるからだろうと頭では解っていても、慣れない場所でこれからドラゴンに立ち向かうことを思うと、気が落ち着かない。

「国が恋しいかね?」
「どうでしょう…」
「母親を質に取られているのだから、帰りたいだろうと思ったが?」
「一人で国の外に出て、僕は今まで知らなかった世界を見聞しました。行く先々で虐げられもしましたけど、でも他人に指図をされない自由も知ってしまった。自分がどれほど狭い視野の、狭い世界に生きてきたのかも思い知った気分です」
「うむ。その気持ちは、私にも理解できる。…君ほど、自由を制限されていたことは無いがな」

 アークの答えに、ファルサーはちょっと意外な顔をした。
 現状のアークしか知らないファルサーからしたら、一人で自由気ままに生きているような印象しかなかったからだ。

「母のコトは、取り戻せれば…と思っています。王は僕に、生きて戻ったら准市民の資格を与えると言いましたが、全く信じられません。奇跡的にそれが叶ったとしても、僕は剣闘士グラディエーター以外の何にもなれはしませんし、旅の間のようになんでも自分で決められるような自由は与えられないでしょう。正直、あそこに帰りたいかと問われて、即座に "はい" と答えるコトは出来ませんね」
「しかし、此処に討伐にやってきたもの達は皆、最後は故郷に帰りたいと言っていた」
「僕にとってあそこは、故郷じゃないんでしょう」
「故郷とは、生まれ育った場所なのではないのかね?」
「少なくとも、僕の還りたい場所じゃありません」
「還りたい場所…か。そんな場所は、私にも無いな」
「それは違うでしょう?」
「どういう意味かね?」
「あなたは、自分自身でおのれのいる場所を作ってあるじゃないですか。故郷では無いかもしれませんが、あなたの還る場所はルナテミスだと思います」
「そんなことは、考えたことも無かったな」

 指摘されたことをしみじみと感慨深げに思案するアークは、珍しく口元に微笑みを浮かべているように見えた。

「あの…、とても不躾なコトを訊ねても良いですか?」
「随分と謙虚じゃないか。最初は何の前触れもなく、私を質問攻めにしていたのに」
「あなたが怒ったから、いきなり質問をぶつけられるのが、あなたには不愉快だと学んだだけです」
「質問は構わないが、答えるかどうかは保証出来かねる」
「構いません」
「では、聞こうか」
「あなたは、どれぐらいあそこで暮らしているんですか?」
「日数を数える習慣が無いので、正確な数字は判らんな。だが少なくとも、これから君が討伐しようとしているドラゴンが、此処に棲みつく以前から、私はあそこで暮らしている」
「ええっ!」

 ファルサーは、思わず頓狂な声を出してしまった。
 アークからすれば、人間リオンは "玻璃のように薄く脆弱" と感じるのだから、逆に人間リオン側からすれば、アークの存在は永遠不滅のように見える。
 ファルサーの驚きは、至極当然と言えた。
 アークが人間リオン以外の、伝説に語られるヒトならざる者ヴァリアントだとは思っていたが、しかし千年以上棲んでいると言われているドラゴンが現れる以前から…などという答えが返ってくるとは思いもしなかったからだ。
 だがそれは、ファルサーの好奇心を刺激する答えでもあった。

「失礼ですが、年齢を教えてもらえます?」
「知らん」
「年齢って単語が、理解出来ないって意味ですか?」
「自分がいつ出生したのか、知らんという意味だ」
「親御さんは?」
人間リオンの養父母はいた」
「いつからそこに?」
「君が、自我を持った時に母親がそばに居たのと、状況は一緒だと思うが」
「なんだか托卵みたいな話だなぁ…。でもやっぱり、あなたはヒトならざる者ヴァリアントなんですね」

 ほうっと、ファルサーは溜息をいた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

合成師

盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...