イルン幻想譚

琉斗六

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ep.2:追われる少年

17.禁忌の真実【1】

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『ヘタレ! しっかりせえっ!』

 耳に届いたタクトの声に、ハッと我に返る。
 眼前に迫っていたはずのドラゴンは、短い腕で自分の顔を覆うように身をかがめ、よろめきながら後ろに数歩下がった。
 駆け寄ってきたマハトの手にある、見たこともないほど装飾華美な大剣の切っ先に、ドラゴンの黒い血が付いていて、右目を傷つけられたドラゴンは、痛みか怒りか悔しさか判らない叫びを上げ続けている。

「クロスさん、無事か! ジェラートは!」
「あ…あ、あ、ああああっ! ジェラートが! 今っ、本当に今の今だよっ! アイツに喰われちまった!」
『なんじゃとっ!』

 タクトは気色ばんだ。

『このヘタレめがっ、絶対に取り戻せと言ったであろう!』
「ああっ! アレ、アレっ!」

 クロスが指差した方向に、マハトとタクトが振り返る。
 ドラゴンの首から胸に掛けてのウロコが、内側から押し出されたようにザワザワと動いていて、そこに翠光輝石グロンスヴァリンのようなに透けた木の葉の緑色をした、丸い水晶がボコリと浮かび出た。
 何を思っているのか、ドラゴンが続けざまに咆哮を上げている。
 一拍置いてゆっくりと視野を巡らし、一つの目玉で一同を見据えて、口を開いた。

退けいっ! 炎がるぞっ!」

 タクトが叫けぶ。
 マハトは咄嗟に、クロスの襟と背中の生地を掴むと、何も言わずにその場から投げ飛ばし、同時に自分も射線上から逃れるために駆け出した。
 吐き出されたブレスは、猛烈な勢いで三人が居た場所を含めた広範囲を焼き尽くしたが、マハトのおかげでクロスも難を逃れた。

『ヘタレっ! なんでもいいから目眩ましをやれいっ!』
「ええっ、あ、あああっ…」

 頭の中に指令を発してくるタクトに狼狽えながら、クロスはくうサークルを描く。

『ほほう、やるな。右手と左手で別のサークルを描くとは』

 ぼそりと呟いたタクトに、マハトが訊ねた。

「それはどれぐらい凄い技なんだ」
『では問うが、貴様は両手で、同時に違う絵柄が描けるかの?』
「いや、出来ん」
『それをアイツはやっておるのじゃ』
「それなら、ヘタレなんて呼ぶのはやめろ」
『技がどれほど凄くても、性根がヘタレではヘタレ野郎に決まっとろう』

 一つのサークルは、暗闇から抜け出たような真っ黒な鳥になって、ドラゴンの頭の周りをグルグルと旋回する。
 もう一つのサークルは、ドラゴンが黒い鳥をはたき落としたタイミングを狙って、真っ白になるほどの輝きを放って、ドラゴンの顔面で弾けた。
 それは、ほんの数秒だがドラゴンの視力を完全に奪った。

『身を隠す場所を探すのじゃ!』
「じゃあ、こっちっ」

 ドラゴンを見ていたマハトは、じゅつの効果で同じように視力を奪われていたが、クロスが手を引いて水先案内をすることにより、奥の研究室へと導かれた。

「目が、チカチカする…」
「ごめん。一言、言えばよかった」

 マハトは何度か瞬きをしてから、戻った視力で周囲を見回した。

「なんなんだ、ここは?」

 壊れた廊下のその奥まで退いていたため、マハトはその扉だらけの廊下に呆れたような顔をした。

「禁忌の研究をするための施設だよ。だから、特殊な生き物を飼うために、小部屋がたくさん必要だったっぽい」
『そんなことよりもジェラートじゃ! ジェラートはどうなった?』

 タクトの問いに、クロスは顔を曇らせた。

「……それが…あのドラゴンに、ヒトクチで飲み込まれて…」

 絞りだすような声で、クロスは言った。
 胸の内には、目の前からジェラートが消えた瞬間の絶望、アルバーラに対する怒り、そしておのれに対する不甲斐なさが、今も渦巻いている。

『この馬鹿者!』
「タクト、気持ちは解るが、ここでクロスさんを責めても意味が無いだろう」
たれもそのような、無意味なことはしておらん! ヘタレておらんで、もっとシャキッと状況の説明をせよ! 貴様、彼奴きゃつがジェラートを喰ったと言うたな?』
「…ああ…うん」
『ふん!』

 タクトは、その美少女然とした顔に似合わない、やや悪意に満ちたようなニヤリとした笑みを浮かべる。

「その顔はなんだ? まだ打てる手があるなら、説明しろ」
「えっ? マハさん、タクトが視えるようになったの?」
「ああ。だが俺がタクトを視えるようになった経緯は、話と長くなる。今は、目の前の問題に集中しよう」

 マハトは目で、タクトに先を促した。

彼奴きゃつは未だ、神耶族イルンの能力を手にしておらぬ』
「でも、ジェラートを助けられなかった事実は、変わらないでしょ…」

 俯いたままのクロスが呟いた。
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