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ep.3:迷惑な同行者
4.デュエナタン【3】
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ぬかるんだサークルの中へ入ってきたタクトは、マハトの額を覗き込んだ。
「此度の紋章は、前回と細部で少々柄が違うようだな」
考えるような素振りのあと、タクトは人差指と中指を軽く重ねた形にして、マハトの面前に出してきた。
目の前が何か赤くちらついたが、それだけだった。
「それは何だ?」
タクトは薬指と小指を折った形の右手を、スッと真上に挙げた。
マハトは頭上に光を感じたが、やはりそれだけだった。
「おまえ、先刻から何をしてる?」
「平気か?」
「平気って、何が?」
「顔を炎で炙り、頭に炎の弾を落としたが、平気か? と問うておるのじゃ」
「はあ!?」
「ふむふむ、特殊耐性の威力が増したようじゃな」
そう言われれば、そうなのかもしれないが、それはマハトの求めていることとは、話が違う。
「それで俺の履歴の何が解ったんだ?」
「解るわけなかろう」
「はあ!?」
「なんじゃ? 不服そうだの?」
「サークルで洗水をして、紋章を見れば何かが解るんじゃないのか?」
「遺跡を巡れば一族の情報が得られるかもしれぬとは言ったが、水を浴びたら貴様の出自がすぐさま判明するとは言っておらん」
タクトは肩を竦めた。
「だが、おまえは院長以外の縁戚を見つける情報があると言ったじゃないか」
「碑文に記された、ファミリーツリーでもあると思っておったのか?」
「違うのか?」
「魔力持ちの一族が、そんな一目瞭然の資料を残しておったら、根絶やしにされてしまうではないか。そもそもデュエナタンの遺跡が、この世界にどれぐらいあると思っておるのだ?」
「そ…そんなに、たくさんあるのか?」
「デュエナタンは、フォ…人間の歴史において、一時代を担った大きな文明の一つぞ。遺跡の数だけ言えば、百はくだらん」
「待て。古代文明の巫が、そんな広大な場所に散らばる、無数の泉を回らなければ修行が終わらないのでは、一生の間に終わらないんじゃないのか?」
「支配地域が広大であったから、それぞれの場所に回るべきサークルが設置されておっただけで、一人が回るべき場所はせいぜい十も無かったであろうよ」
「じゃあ、なんで俺は全部を回らねばならんのだっ!」
「回るべき場所が、どれとどれなのか、儂もおまえも知らぬからに決まっておろう」
踏んだり蹴ったりな状況に見舞われて、しかも不本意な結果しか得られず、マハトはガッカリした。
濡れた髪や鼻先から水滴を滴らせ、肩口の焦げ跡を晒した自分が、タクトにはどれほど滑稽に見えているだろうか。
更に腹が立つのは、この事案に関しては、タクトの言い分のほうが全て正しいという事実だ。
修行をしていても一朝一夕で結果が出るものではないのだから、この行脚も同じように続けるしかないのだろう。
色々と無理に自分を納得させていたら、不意にタクトの手が伸びてきて、濡れて顔に張り付いていたマハトの前髪を梳きあげた。
「おまえの髪の色は、濡れると珈琲の色に似ておるな」
「こおひい?」
「なんだ、知らんのか? まぁ、嗜好品ではあるし、修道院では口にする機会は無かったかもしれんか…。ある種の豆を煎ってから、ドリップした飲み物だ。苦味が強いがうっとりするほどいい香りがする、飲めば大概が病みつきになる」
「…おまえは色々なことを知ってるんだな」
「亀の甲より年の功と言うだろう? この遺跡巡りを続ければ、おまえもそのうちに珈琲の味と香りを知るであろうよ」
タクトの様子は、物を知らないマハトの反応を楽しんでいるように見える。
マハトは目線を逸らして訊ねた。
「それで、これからどうするんだ?」
「儂の記憶が正しければ、この辺りにもう一つ二つ、遺跡があったはずじゃ。なに、おまえの足ならそう時間も掛かるまい。今日中に、もう一つぐらいは済ませてしまおうぞ」
「この格好でか?」
「なにか問題か? この通り、こんな寂れた遺跡を訪れる者などおらぬのだから、途中で誰かとすれ違うこともなかろうよ。それに、今の季節なら体調を崩すこともあるまい」
そう言うと、タクトはマハトの返事も聞かず、さっさと移動し始めてしまったので、仕方がなくマハトはそのあとを追った。
「此度の紋章は、前回と細部で少々柄が違うようだな」
考えるような素振りのあと、タクトは人差指と中指を軽く重ねた形にして、マハトの面前に出してきた。
目の前が何か赤くちらついたが、それだけだった。
「それは何だ?」
タクトは薬指と小指を折った形の右手を、スッと真上に挙げた。
マハトは頭上に光を感じたが、やはりそれだけだった。
「おまえ、先刻から何をしてる?」
「平気か?」
「平気って、何が?」
「顔を炎で炙り、頭に炎の弾を落としたが、平気か? と問うておるのじゃ」
「はあ!?」
「ふむふむ、特殊耐性の威力が増したようじゃな」
そう言われれば、そうなのかもしれないが、それはマハトの求めていることとは、話が違う。
「それで俺の履歴の何が解ったんだ?」
「解るわけなかろう」
「はあ!?」
「なんじゃ? 不服そうだの?」
「サークルで洗水をして、紋章を見れば何かが解るんじゃないのか?」
「遺跡を巡れば一族の情報が得られるかもしれぬとは言ったが、水を浴びたら貴様の出自がすぐさま判明するとは言っておらん」
タクトは肩を竦めた。
「だが、おまえは院長以外の縁戚を見つける情報があると言ったじゃないか」
「碑文に記された、ファミリーツリーでもあると思っておったのか?」
「違うのか?」
「魔力持ちの一族が、そんな一目瞭然の資料を残しておったら、根絶やしにされてしまうではないか。そもそもデュエナタンの遺跡が、この世界にどれぐらいあると思っておるのだ?」
「そ…そんなに、たくさんあるのか?」
「デュエナタンは、フォ…人間の歴史において、一時代を担った大きな文明の一つぞ。遺跡の数だけ言えば、百はくだらん」
「待て。古代文明の巫が、そんな広大な場所に散らばる、無数の泉を回らなければ修行が終わらないのでは、一生の間に終わらないんじゃないのか?」
「支配地域が広大であったから、それぞれの場所に回るべきサークルが設置されておっただけで、一人が回るべき場所はせいぜい十も無かったであろうよ」
「じゃあ、なんで俺は全部を回らねばならんのだっ!」
「回るべき場所が、どれとどれなのか、儂もおまえも知らぬからに決まっておろう」
踏んだり蹴ったりな状況に見舞われて、しかも不本意な結果しか得られず、マハトはガッカリした。
濡れた髪や鼻先から水滴を滴らせ、肩口の焦げ跡を晒した自分が、タクトにはどれほど滑稽に見えているだろうか。
更に腹が立つのは、この事案に関しては、タクトの言い分のほうが全て正しいという事実だ。
修行をしていても一朝一夕で結果が出るものではないのだから、この行脚も同じように続けるしかないのだろう。
色々と無理に自分を納得させていたら、不意にタクトの手が伸びてきて、濡れて顔に張り付いていたマハトの前髪を梳きあげた。
「おまえの髪の色は、濡れると珈琲の色に似ておるな」
「こおひい?」
「なんだ、知らんのか? まぁ、嗜好品ではあるし、修道院では口にする機会は無かったかもしれんか…。ある種の豆を煎ってから、ドリップした飲み物だ。苦味が強いがうっとりするほどいい香りがする、飲めば大概が病みつきになる」
「…おまえは色々なことを知ってるんだな」
「亀の甲より年の功と言うだろう? この遺跡巡りを続ければ、おまえもそのうちに珈琲の味と香りを知るであろうよ」
タクトの様子は、物を知らないマハトの反応を楽しんでいるように見える。
マハトは目線を逸らして訊ねた。
「それで、これからどうするんだ?」
「儂の記憶が正しければ、この辺りにもう一つ二つ、遺跡があったはずじゃ。なに、おまえの足ならそう時間も掛かるまい。今日中に、もう一つぐらいは済ませてしまおうぞ」
「この格好でか?」
「なにか問題か? この通り、こんな寂れた遺跡を訪れる者などおらぬのだから、途中で誰かとすれ違うこともなかろうよ。それに、今の季節なら体調を崩すこともあるまい」
そう言うと、タクトはマハトの返事も聞かず、さっさと移動し始めてしまったので、仕方がなくマハトはそのあとを追った。
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