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ep.3:迷惑な同行者
5.貪欲【2】
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翌日は、朝からどんよりと雲が垂れ込めていた。
事前に仕入れた噂話では、多少は詣でる者がいると聞いていたが、そんな天候だった所為か他に人影は無い。
もっとも、マハトが行おうとしている "洗水の儀式" は他人に見られたくないものでもあったので、それはむしろ都合が良かった。
中央の柱に触れると、お約束の噴水がマハトの身に降り注ぎ、ずぶ濡れとなる。
今回は濡れただけで、稲妻だの炎だのが飛び出してこなかっただけマシだったが、濡れた衣服が肌に張り付いてなんとも気持ちが悪い。
この天気では、乾かすのにも一苦労しそうだ。
毎回こういうことになるならば、サークルに入る時は先に服を脱ぐべきだな…と考えていたら、目の前にタクトの白い手が伸びてきて、マハトの濡れた前髪を掻き上げた。
タクトは前回も同じように濡れたマハトの髪を梳いたが、今日は軽く髪を掴んだまま、額の上で手を留めている。
そして今まで以上に顔を近づけてきて、マハトの額に浮き出ているのであろう紋章を、ジッと見た。
タクトの瞳は、驚くほど美しい緑色をしている。
同じ緑でも、こんな猫の瞳のように鮮やかな緑は滅多に見ない。
透明感があり、煌めくその色合いは、噂に聞く翠光輝石を彷彿とさせる。
目だけではなく、鼻筋、唇、眉の形、顔の造作の全てが整っている。
こんな美しい顔をしていれば、タクトの言う鬱陶しい信奉者が次々と湧いて出るのも当然だな…と思う。
「ううむ。これは前々回の文様と同じ…だが。色が違うのか? それとも、単に光の加減だけか?」
タクトが額の紋章を調べている間、マハトは黙って真正面にある顔を見ていた。
少しするとタクトもそのことに気付いたようで、口の端をわざとらしく上げ、冷やかすように言う。
「なんじゃ。儂の美貌に見とれておるのか?」
「ああ、おまえの顔があんまり綺麗だから、見ていた」
マハトは素直に認めた。
するとタクトはなぜか驚いたような顔をした。
「…貴様、本気で儂を綺麗だと思っておるのか」
「だから、最初におまえの姿が見えた時に、クロスさんの言った通り美少女のようだと言ったじゃないか」
「ヘタレが言った言葉を、そのままなぞっただけだと思っておったわ」
「いや、本気で思ったから言った。おまえほど綺麗な者は見たことがない。ジェラートも綺麗な子だったが、あの子はおまえとタイプが違うし、比べられるものじゃないな」
「じゃあおまえは、本当に本気で儂が綺麗だと思っておるのだな」
普段から声高に自分の容姿を自慢しているし、自分の美貌に群がるものが、いくらでも貢いでくると豪語している奴が、何を今更そんなことを問うのだろうか? と、マハトは不思議に思った。
「思ってるさ、俺がわざわざ嘘を吐く必要は無いだろう? それに男がどんな顔をしてたって、俺にはどうでもいいことだ。それより解ったことを教えてくれ」
確かに容姿というものは、見苦しいよりは美麗なほうが色々と都合がいいこともあるのかもしれないが、しかしマハトの価値観からしたら男の容貌に美醜を求める感覚が解らない。
そんなことより、頑健さや清潔さのほうが重要な事案だろう。
だが、マハトがそう言った途端に、タクトはマハトを引き倒すような乱暴さで、掴んでいたマハトの髪を引っ張った。
「何をする!」
「黙っておれ、この無神経で鈍感な馬鹿者っ!」
いきなり乱暴なことをしてきたタクトのほうが、怒ったように怒鳴りつけてくる。
あまりにも唐突で、わけが解らず、マハトは怒るより唖然としてしまった。
事前に仕入れた噂話では、多少は詣でる者がいると聞いていたが、そんな天候だった所為か他に人影は無い。
もっとも、マハトが行おうとしている "洗水の儀式" は他人に見られたくないものでもあったので、それはむしろ都合が良かった。
中央の柱に触れると、お約束の噴水がマハトの身に降り注ぎ、ずぶ濡れとなる。
今回は濡れただけで、稲妻だの炎だのが飛び出してこなかっただけマシだったが、濡れた衣服が肌に張り付いてなんとも気持ちが悪い。
この天気では、乾かすのにも一苦労しそうだ。
毎回こういうことになるならば、サークルに入る時は先に服を脱ぐべきだな…と考えていたら、目の前にタクトの白い手が伸びてきて、マハトの濡れた前髪を掻き上げた。
タクトは前回も同じように濡れたマハトの髪を梳いたが、今日は軽く髪を掴んだまま、額の上で手を留めている。
そして今まで以上に顔を近づけてきて、マハトの額に浮き出ているのであろう紋章を、ジッと見た。
タクトの瞳は、驚くほど美しい緑色をしている。
同じ緑でも、こんな猫の瞳のように鮮やかな緑は滅多に見ない。
透明感があり、煌めくその色合いは、噂に聞く翠光輝石を彷彿とさせる。
目だけではなく、鼻筋、唇、眉の形、顔の造作の全てが整っている。
こんな美しい顔をしていれば、タクトの言う鬱陶しい信奉者が次々と湧いて出るのも当然だな…と思う。
「ううむ。これは前々回の文様と同じ…だが。色が違うのか? それとも、単に光の加減だけか?」
タクトが額の紋章を調べている間、マハトは黙って真正面にある顔を見ていた。
少しするとタクトもそのことに気付いたようで、口の端をわざとらしく上げ、冷やかすように言う。
「なんじゃ。儂の美貌に見とれておるのか?」
「ああ、おまえの顔があんまり綺麗だから、見ていた」
マハトは素直に認めた。
するとタクトはなぜか驚いたような顔をした。
「…貴様、本気で儂を綺麗だと思っておるのか」
「だから、最初におまえの姿が見えた時に、クロスさんの言った通り美少女のようだと言ったじゃないか」
「ヘタレが言った言葉を、そのままなぞっただけだと思っておったわ」
「いや、本気で思ったから言った。おまえほど綺麗な者は見たことがない。ジェラートも綺麗な子だったが、あの子はおまえとタイプが違うし、比べられるものじゃないな」
「じゃあおまえは、本当に本気で儂が綺麗だと思っておるのだな」
普段から声高に自分の容姿を自慢しているし、自分の美貌に群がるものが、いくらでも貢いでくると豪語している奴が、何を今更そんなことを問うのだろうか? と、マハトは不思議に思った。
「思ってるさ、俺がわざわざ嘘を吐く必要は無いだろう? それに男がどんな顔をしてたって、俺にはどうでもいいことだ。それより解ったことを教えてくれ」
確かに容姿というものは、見苦しいよりは美麗なほうが色々と都合がいいこともあるのかもしれないが、しかしマハトの価値観からしたら男の容貌に美醜を求める感覚が解らない。
そんなことより、頑健さや清潔さのほうが重要な事案だろう。
だが、マハトがそう言った途端に、タクトはマハトを引き倒すような乱暴さで、掴んでいたマハトの髪を引っ張った。
「何をする!」
「黙っておれ、この無神経で鈍感な馬鹿者っ!」
いきなり乱暴なことをしてきたタクトのほうが、怒ったように怒鳴りつけてくる。
あまりにも唐突で、わけが解らず、マハトは怒るより唖然としてしまった。
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