12 / 14
16年後の二人の章
8.顛末
しおりを挟む
若桐は、教官室で予定表のチェックをしていた。
扉の開く音に続いて、若桐に気付いた様子で、その人物が自分の傍に寄ってくる気配がした。
「若桐さん」
「やあ、樋口さん。毎回、ご苦労なことだな」
顔を上げ、若桐は樋口に労いの言葉を掛けた。
「連絡なんて、今どきはデジタルで済ませられるのに、わざわざ出向かされるのは、本当に面倒ですよ」
樋口は肩を竦める。
「全くなぁ。ところで樋口さん、先日の話なんだが……」
「先日? ああ、真壁のことですか……」
樋口は、声を潜めて同情するように眉を寄せた。
「ああ……、そのことで、樋口さんにちょっと話がしたいんだが。時間、大丈夫か?」
「もちろん。どうせ急いで帰ったところで、俺に回される仕事なんて、たかがしれている」
ハハハと笑い、樋口は立ち上がった若桐と共に教官室を出た。
§
面談室の扉を開けた若桐に、樋口はなんの違和感も持たず、中に入った。
だが、中には既に先客がいる。
真壁と藤原の二人である。
「な……、おい、若桐さん、部屋を間違えたんじゃないのか?」
振り返った先で、若桐は静かに扉を閉め、出入りを塞ぐように立っていた。
「樋口さん、会話は録音させてもらう」
真壁がテーブルの上にICレコーダーを置き、一言告げる。
「こりゃ、一体どういうことだ?」
「どういうもこういうもありません。僕と藤原二佐は、あなたに謝罪を要求します」
真壁が立ち上がり、真っすぐに樋口を見据えた。
「謝罪? 俺が? なんのために?」
「私と真壁君が、16年前に不倫をしていた……と、上層部に密告したでしょう? なんの根拠もない誹謗だと認めて、謝罪してください」
今度は藤原が言った。
だが、樋口は鼻で笑う。
「なんだ、もみ消しか?」
「もみ消しじゃありません。実際になにもない。あなたの捏造です」
「だが、写真があるんだろう? 動かぬ証拠じゃないか」
強気の樋口に、背後の若桐が笑う。
「樋口さん、それって密告者があんただって、自白したようなもんだぞ?」
樋口は、ハッとして振り返った。
「証拠写真があることは、よほどのコネがなきゃ調べられない。そうだろう?」
「そんなことを言うなら、なんであんたは知ってるんだ!」
「そりゃ、俺には "よほどのコネ" があるからさ」
ギリッと奥歯を噛み、樋口は若桐を睨みつけた。
「あんたはいつもそうだよ、若桐さん! たかが二佐の分際で、お偉方とパイプを繋いでて……。自分が贔屓の生徒に、そのコネ使って出世させて!」
「おいおい、失敬なことを言うな。それじゃあまるで、俺が自分に都合の良い生徒を斡旋して、上層部にネットワークでも作ってるみたいじゃないか」
「実際にそうだろう! あんたに口利きして貰えれば、出世街道間違いなしだ! 現にこの若造が、39で将補だと? ありえんだろう!」
「真壁の地位は、真壁の実力で勝ち得たもんだ。俺がどうこう出来るもんじゃねぇ!」
若桐が、珍しく大きな声を上げた。
樋口の顔は紅潮し、額には汗が滲んでいる。
「あんたが、口添えしてくれていれば! 俺は何年も浜松の片隅で、……二佐でも務まるような地味な仕事を押し付けられたりはしなかったはずなのに……。それに比べておまえらはどうだ!」
真壁と藤原に振り返り、樋口は怒鳴った。
「若桐に目をかけてもらって、華やかな舞台に立って、良いご身分じゃないかっ!」
「甘えんなっ! 真壁も藤原も、回された仕事も任務も、きっちりこなして次に進んでるんだ! 俺は、任せられる奴の名前を上げてるだけだ!」
「嘘だ!」
「本当にそんなことが出来るなら、当の昔に俺自身が出世してらぁ!」
怒鳴り返した若桐の言葉に、樋口がぽかんとした顔になる。
「樋口さん。あなた、私が静浜にいた頃、さんざんセクハラまがいのことしてましたよね? だけど、私が若桐さんに相談して、録音や対処の方法を考えてもらったらピタッとやめたでしょう?」
「知らん!」
「他に被害が出ないように、訓練生たちに俺が根回ししてるの、知ってたか?」
ぎょっとなった樋口が、再び若桐に振り返る。
「いっそ、あんたがセクハラしてるの、証拠にとっときゃ良かったよ」
若桐は、そこで大きくため息を吐いた。
「冤罪だ! よってたかって……名誉毀損で訴えるぞ!」
「樋口さん。真壁と藤原は、あんたがここで謝罪さえしてくれりゃ、ことを内々に収めるつもりもあったんだぞ……」
「知らんと言ってるだろう!」
もう一度ため息を吐き、若桐は扉を開く。
扉の向こうには、堂島が立っていた。
「今度は、なんだ?」
「樋口さん、見損ないましたよ。あんた、俺のスマホから、狩谷が送ってきた画像をパクったでしょう?」
「なんの証拠があって……」
そこで若桐が目配せをすると、堂島は持っていた封筒を開けて、机の上にいくつかの書類を並べた。
「こっちは、居酒屋で、俺が席を外した時に、あんたが俺のスマホをいじってる防犯カメラの映像。俺のスマホから、あんたのスマホに画像が送られた履歴。狩谷は俺以外にあの画像を送ってないと証言してるし、履歴も確かめてある」
樋口は、血走った目で藤原を睨みつけた。
「女のクセに……っ!」
だが、藤原は樋口の暴言も襲いかかるような動きもさほど気にする様子もなく、伸ばされた手を掴むと簡単に体位をいなし、足払いを掛けて男の体躯を床に抑え込んだ。
「女のクセに……って、いつの時代の考えよ……」
呆れ果てたように、藤原がため息を吐いた。
扉の開く音に続いて、若桐に気付いた様子で、その人物が自分の傍に寄ってくる気配がした。
「若桐さん」
「やあ、樋口さん。毎回、ご苦労なことだな」
顔を上げ、若桐は樋口に労いの言葉を掛けた。
「連絡なんて、今どきはデジタルで済ませられるのに、わざわざ出向かされるのは、本当に面倒ですよ」
樋口は肩を竦める。
「全くなぁ。ところで樋口さん、先日の話なんだが……」
「先日? ああ、真壁のことですか……」
樋口は、声を潜めて同情するように眉を寄せた。
「ああ……、そのことで、樋口さんにちょっと話がしたいんだが。時間、大丈夫か?」
「もちろん。どうせ急いで帰ったところで、俺に回される仕事なんて、たかがしれている」
ハハハと笑い、樋口は立ち上がった若桐と共に教官室を出た。
§
面談室の扉を開けた若桐に、樋口はなんの違和感も持たず、中に入った。
だが、中には既に先客がいる。
真壁と藤原の二人である。
「な……、おい、若桐さん、部屋を間違えたんじゃないのか?」
振り返った先で、若桐は静かに扉を閉め、出入りを塞ぐように立っていた。
「樋口さん、会話は録音させてもらう」
真壁がテーブルの上にICレコーダーを置き、一言告げる。
「こりゃ、一体どういうことだ?」
「どういうもこういうもありません。僕と藤原二佐は、あなたに謝罪を要求します」
真壁が立ち上がり、真っすぐに樋口を見据えた。
「謝罪? 俺が? なんのために?」
「私と真壁君が、16年前に不倫をしていた……と、上層部に密告したでしょう? なんの根拠もない誹謗だと認めて、謝罪してください」
今度は藤原が言った。
だが、樋口は鼻で笑う。
「なんだ、もみ消しか?」
「もみ消しじゃありません。実際になにもない。あなたの捏造です」
「だが、写真があるんだろう? 動かぬ証拠じゃないか」
強気の樋口に、背後の若桐が笑う。
「樋口さん、それって密告者があんただって、自白したようなもんだぞ?」
樋口は、ハッとして振り返った。
「証拠写真があることは、よほどのコネがなきゃ調べられない。そうだろう?」
「そんなことを言うなら、なんであんたは知ってるんだ!」
「そりゃ、俺には "よほどのコネ" があるからさ」
ギリッと奥歯を噛み、樋口は若桐を睨みつけた。
「あんたはいつもそうだよ、若桐さん! たかが二佐の分際で、お偉方とパイプを繋いでて……。自分が贔屓の生徒に、そのコネ使って出世させて!」
「おいおい、失敬なことを言うな。それじゃあまるで、俺が自分に都合の良い生徒を斡旋して、上層部にネットワークでも作ってるみたいじゃないか」
「実際にそうだろう! あんたに口利きして貰えれば、出世街道間違いなしだ! 現にこの若造が、39で将補だと? ありえんだろう!」
「真壁の地位は、真壁の実力で勝ち得たもんだ。俺がどうこう出来るもんじゃねぇ!」
若桐が、珍しく大きな声を上げた。
樋口の顔は紅潮し、額には汗が滲んでいる。
「あんたが、口添えしてくれていれば! 俺は何年も浜松の片隅で、……二佐でも務まるような地味な仕事を押し付けられたりはしなかったはずなのに……。それに比べておまえらはどうだ!」
真壁と藤原に振り返り、樋口は怒鳴った。
「若桐に目をかけてもらって、華やかな舞台に立って、良いご身分じゃないかっ!」
「甘えんなっ! 真壁も藤原も、回された仕事も任務も、きっちりこなして次に進んでるんだ! 俺は、任せられる奴の名前を上げてるだけだ!」
「嘘だ!」
「本当にそんなことが出来るなら、当の昔に俺自身が出世してらぁ!」
怒鳴り返した若桐の言葉に、樋口がぽかんとした顔になる。
「樋口さん。あなた、私が静浜にいた頃、さんざんセクハラまがいのことしてましたよね? だけど、私が若桐さんに相談して、録音や対処の方法を考えてもらったらピタッとやめたでしょう?」
「知らん!」
「他に被害が出ないように、訓練生たちに俺が根回ししてるの、知ってたか?」
ぎょっとなった樋口が、再び若桐に振り返る。
「いっそ、あんたがセクハラしてるの、証拠にとっときゃ良かったよ」
若桐は、そこで大きくため息を吐いた。
「冤罪だ! よってたかって……名誉毀損で訴えるぞ!」
「樋口さん。真壁と藤原は、あんたがここで謝罪さえしてくれりゃ、ことを内々に収めるつもりもあったんだぞ……」
「知らんと言ってるだろう!」
もう一度ため息を吐き、若桐は扉を開く。
扉の向こうには、堂島が立っていた。
「今度は、なんだ?」
「樋口さん、見損ないましたよ。あんた、俺のスマホから、狩谷が送ってきた画像をパクったでしょう?」
「なんの証拠があって……」
そこで若桐が目配せをすると、堂島は持っていた封筒を開けて、机の上にいくつかの書類を並べた。
「こっちは、居酒屋で、俺が席を外した時に、あんたが俺のスマホをいじってる防犯カメラの映像。俺のスマホから、あんたのスマホに画像が送られた履歴。狩谷は俺以外にあの画像を送ってないと証言してるし、履歴も確かめてある」
樋口は、血走った目で藤原を睨みつけた。
「女のクセに……っ!」
だが、藤原は樋口の暴言も襲いかかるような動きもさほど気にする様子もなく、伸ばされた手を掴むと簡単に体位をいなし、足払いを掛けて男の体躯を床に抑え込んだ。
「女のクセに……って、いつの時代の考えよ……」
呆れ果てたように、藤原がため息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
空に墜ちる
琉斗六
BL
◎あらすじ◎
航空自衛隊の教官方宿舎。鉄と静寂に包まれたその一室で、教官・真壁百合緒は訓練生・白鳥貴雄と一線を越えてしまった。
かつて、複座戦闘機の事故で最愛の主操縦士・若桐守を失った真壁は、深い喪失を抱えたまま時を止めて生きている。教官という仮面の奥に隠した傷跡は、誰にも触れさせなかった。――本来なら、訓練生にも。
だが、白鳥の無邪気さは残酷なほど真壁を揺さぶる。
忘れたはずの温もり。
封じたはずの欲望。
そして、自分を見つめる瞳は、若桐とは似ても似つかないのに、なぜか焼きついて離れない。
これは、過去に縛られた男と、未来ごとその心を奪おうとする若者の物語。
禁忌の関係の果てに、彼らが見つけるのは――赦しか、それとも。
◎作品説明◎
こちらの作品は、複数のサイトに投稿されています。
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる