空に墜ちる──if

琉斗六

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16年後の二人の章

8.顛末

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 若桐は、教官室で予定表のチェックをしていた。
 扉の開く音に続いて、若桐に気付いた様子で、その人物が自分の傍に寄ってくる気配がした。

「若桐さん」
「やあ、樋口さん。毎回、ご苦労なことだな」

 顔を上げ、若桐は樋口に労いの言葉を掛けた。

「連絡なんて、今どきはデジタルで済ませられるのに、わざわざ出向かされるのは、本当に面倒ですよ」

 樋口は肩を竦める。

「全くなぁ。ところで樋口さん、先日の話なんだが……」
「先日? ああ、真壁のことですか……」

 樋口は、声を潜めて同情するように眉を寄せた。

「ああ……、そのことで、樋口さんにちょっと話がしたいんだが。時間、大丈夫か?」
「もちろん。どうせ急いで帰ったところで、俺に回される仕事なんて、たかがしれている」

 ハハハと笑い、樋口は立ち上がった若桐と共に教官室を出た。


§


 面談室の扉を開けた若桐に、樋口はなんの違和感も持たず、中に入った。
 だが、中には既に先客がいる。

 真壁と藤原の二人である。

「な……、おい、若桐さん、部屋を間違えたんじゃないのか?」

 振り返った先で、若桐は静かに扉を閉め、出入りを塞ぐように立っていた。

「樋口さん、会話は録音させてもらう」

 真壁がテーブルの上にICレコーダーを置き、一言告げる。

「こりゃ、一体どういうことだ?」
「どういうもこういうもありません。僕と藤原二佐は、あなたに謝罪を要求します」

 真壁が立ち上がり、真っすぐに樋口を見据えた。

「謝罪? 俺が? なんのために?」
「私と真壁君が、16年前に不倫をしていた……と、上層部に密告したでしょう? なんの根拠もない誹謗だと認めて、謝罪してください」

 今度は藤原が言った。
 だが、樋口は鼻で笑う。

「なんだ、もみ消しか?」
「もみ消しじゃありません。実際になにもない。あなたの捏造です」
「だが、写真があるんだろう? 動かぬ証拠じゃないか」

 強気の樋口に、背後の若桐が笑う。

「樋口さん、それって密告者があんただって、自白したようなもんだぞ?」

 樋口は、ハッとして振り返った。

「証拠写真があることは、よほどのコネがなきゃ調べられない。そうだろう?」
「そんなことを言うなら、なんであんたは知ってるんだ!」
「そりゃ、俺には "よほどのコネ" があるからさ」

 ギリッと奥歯を噛み、樋口は若桐を睨みつけた。

「あんたはいつもそうだよ、若桐さん! たかが二佐の分際で、お偉方とパイプを繋いでて……。自分が贔屓の生徒に、そのコネ使って出世させて!」
「おいおい、失敬なことを言うな。それじゃあまるで、俺が自分に都合の良い生徒を斡旋して、上層部にネットワークでも作ってるみたいじゃないか」
「実際にそうだろう! あんたに口利きして貰えれば、出世街道間違いなしだ! 現にこの若造が、39で将補だと? ありえんだろう!」
「真壁の地位は、真壁の実力で勝ち得たもんだ。俺がどうこう出来るもんじゃねぇ!」

 若桐が、珍しく大きな声を上げた。
 樋口の顔は紅潮し、額には汗が滲んでいる。

「あんたが、口添えしてくれていれば! 俺は何年も浜松の片隅で、……二佐でも務まるような地味な仕事を押し付けられたりはしなかったはずなのに……。それに比べておまえらはどうだ!」

 真壁と藤原に振り返り、樋口は怒鳴った。

「若桐に目をかけてもらって、華やかな舞台に立って、良いご身分じゃないかっ!」
「甘えんなっ! 真壁も藤原も、回された仕事も任務も、きっちりこなして次に進んでるんだ! 俺は、任せられるやつの名前を上げてるだけだ!」
「嘘だ!」
「本当にそんなことが出来るなら、当の昔に俺自身が出世してらぁ!」

 怒鳴り返した若桐の言葉に、樋口がぽかんとした顔になる。

「樋口さん。あなた、私が静浜にいた頃、さんざんセクハラまがいのことしてましたよね? だけど、私が若桐さんに相談して、録音や対処の方法を考えてもらったらピタッとやめたでしょう?」
「知らん!」
「他に被害が出ないように、訓練生たちに俺が根回ししてるの、知ってたか?」

 ぎょっとなった樋口が、再び若桐に振り返る。

「いっそ、あんたがセクハラしてるの、証拠にとっときゃ良かったよ」

 若桐は、そこで大きくため息をいた。

「冤罪だ! よってたかって……名誉毀損で訴えるぞ!」
「樋口さん。真壁と藤原は、あんたがここで謝罪さえしてくれりゃ、ことを内々に収めるつもりもあったんだぞ……」
「知らんと言ってるだろう!」

 もう一度ため息をき、若桐は扉を開く。
 扉の向こうには、堂島が立っていた。

「今度は、なんだ?」
「樋口さん、見損ないましたよ。あんた、俺のスマホから、狩谷が送ってきた画像をパクったでしょう?」
「なんの証拠があって……」

 そこで若桐が目配せをすると、堂島は持っていた封筒を開けて、机の上にいくつかの書類を並べた。

「こっちは、居酒屋で、俺が席を外した時に、あんたが俺のスマホをいじってる防犯カメラの映像。俺のスマホから、あんたのスマホに画像が送られた履歴。狩谷は俺以外にあの画像を送ってないと証言してるし、履歴も確かめてある」

 樋口は、血走った目で藤原を睨みつけた。

「女のクセに……っ!」

 だが、藤原は樋口の暴言も襲いかかるような動きもさほど気にする様子もなく、伸ばされた手を掴むと簡単に体位をいなし、足払いを掛けて男の体躯を床に抑え込んだ。

「女のクセに……って、いつの時代の考えよ……」

 呆れ果てたように、藤原がため息をいた。
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